学位論文要旨



No 116408
著者(漢字) 渡邊,理子
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ミチコ
標題(和) エストロゲンレセプターαのAF-1特異的な転写共役因子として機能するRNA結合DEAD-BOX タンパクp72
標題(洋) A subfamily of RNA binding DEAD-box proteins,acts as an estrogen receptor α AF-1 coactivator with an RNA coactivator,SRA.
報告番号 116408
報告番号 甲16408
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1803号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堤,治
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 講師 門脇,孝
 東京大学 講師 井上,聡
 東京大学 講師 小島,俊行
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】主要な女性ホルモンであるエストロゲンは、女性生殖器官の発育、維持、ホルモン依存性癌の増殖等に深く関与することが知られている。

 エストロゲンの生理作用は、その特異的な核内レセプター群(エストロゲンレセプター:ERα、ERβ)を介した標的遺伝子の転写制御により発揮される。ERの機能領域は、N末端側からA〜F領域に分割され、転写活性化能はN末端側のA/B領域(Activation function-1;AF-1)とC末端側のE領域(AF-2)に存在する。AF-1の転写活性化能は恒常的かつ組織特異的であるが、AF-2の転写活性化能はリガンド結合依存的である。

 一方、近年核内レセプターによる転写開始には、RNAポリメラーゼIIを中核とした基本転写装置を仲介するような転写共役因子群の存在が必須であることが示されてきた。これまでに、転写共役因子群として、ヒストンアセチル化(HAT)活性を持つCBP/p300、SRC-1/TIF2/AIB1、PCAFなどの因子群及びヒストンアセチル化活性を持たずRNAポリメラーゼIIホロ酵素の構成サブユニットを含むTRAP/DRIP、その他RNA転写共役因子、SRAなどが明らかになってきた。現在、核内レセプターが仲介する転写系においては、まずレセプターのリガンド結合に伴いHAT複合体が相互作用しクロマチン構造を緩め、TRAP/DRIP複合体と共に相互作用することで転写開始複合体が形成されるモデルが提唱されている。

 最も解析されている転写共役因子である、SRC-1、TIF2、AIB1はその相同性からファミリー(SRC-1 protein family)を形成している。これらは二つの転写活性化ドメイン(AD1、AD2)、核内レセプター結合ドメイン(NID)を有する。AD1は、CBP/p300が直接結合することにより、転写活性を持つことが示されたが、AD2ドメインの転写活性化機構については、不明であった。一方、AIB1はER陽性の乳癌細胞株、乳癌組織において、過剰発現している転写共役因子であることが1997年に報告され、転写共役因子とエストロゲン依存性悪性腫瘍との関連が注目された。

 本研究では、AIB1に結合する因子を検索し、解析することにより、ERの転写調節機構をより詳細に解明することを目的とした。

【方法】

1)AIB1 AD2領域蛋白相互作用因子のスクリーニング

 ライブラリーにはAIB1の発現が高いとされているヒト子宮頚部腺癌、HeLaのcDNAライブラリーを用いた。約1000万クローンの酵母ライブラリーよりスクリーニングを行った。

2)AIB1相互作用因子の解析

 (1)AIB1相互作用因子とSRC-1 family proteinのAD1、AD2領域、hERα、βのAF-1、AF-2領域との直接の相互作用をGST pull-down法により検討した。

 (2)エストラジオール(E2)存在下、非存在下におけるAIB1相互作用因子とSRC-1 family protein、hERαの核内局在について検討した。AIB1相互作用因子はGFP(Greenfluorescence protein)融合タンパクを発現させ、hERα、TIF2は各々特異的に認識する抗体を用いて染色し、検出した。

 (3)MCF7細胞内では、ERを介して、内在性遺伝子pS2の発現が、E2依存的に増加することが知られている。そこで、AIB1相互作用因子をMCF7に過剰発現させ、pS2の発現量の変化をNorthern blottingにより検討し、AIB1相互作用因子が内在性のERに対して転写共役因子様の活性を示すか否かを確認した。

 (4)昨年、SRC-1 family proteinを含むcomplexの中に、RNA転写共役因子として機能するSRAが存在するという報告があった(2)。そこで、我々は、AIB1相互作用因子が転写共役因子として機能する機構をさらに詳細に解明するため、RNA Gel shift assayにて、AIB1相互作用因子とSRAとの結合を検討した。

 (5)細胞内での結合を検討するため、AIB1相互作用因子、SRC-1 family protein、bERα各抗体を用いて免疫共沈降を行った。さらに、免疫沈降物の中にSRAが含まれることを証明するために、免疫沈降物からRNAを抽出し、SRA特異的なプライマーを用いてRT-PCRを行った。

 (6)P72の様々な核内レセプターの転写系に対する影響をluciferase assayを用いて検討した。

【結果】

1)スクリーニングの結果得られた44のポジティブクローンについてシークエンスを行いアミノ酸配列を解析した結果、RNA結合蛋白p72、1クローン、preferntially expressed antigen of melanoma PRAME、36クローン、Human transmembrane receptor preausor PTK7、3クローン、その他細胞質存在蛋白4クローンが同定された。これらを動物細胞発現ベクター(pcDNA3)に組み込み、Luciferase assayを行い、AIB1の転写促進能を増強したクローンとしてp72を選出した。p72は、DEAD-boxというRNA結合モチーフを持ち、RNA結合を介してRNAヘリケース活性をもつ蛋白として知られている。遠藤らはDEAD-box蛋白p68がhERα Ser118のリン酸化依存的にhERαと相互作用し、hERα AF-1の転写共役因子として働くことを報告した(1)。p72はDEAD-boxモチーフをもつ蛋白のファミリーのなかで、p68とのみ高い相同性を持つ。また、ERαA/BドメインのMAP kinaseによるリン酸化により内在性に結合する蛋白を、MCF7の核抽出液を用いたFar-Western法で確認したところ、およそ120、72、68kDaの3つの蛋白が、リン酸化されたERαA/Bドメインに結合するものとして検出された(桝広による)。この結果から、DEAD-box蛋白p72とp68がERαの結合物である可能性が示唆された

2)(1)GST pull-downの結果、p72は全てのSRC-1 family proteinのAD2領域、hERαのAF-1領域と相互作用し、AD1領域、hERαのAF-2領域およびhERβのいずれの領域とも相互作用しなかった。 (2)細胞内局在の検討では、3者とも核内に存在したが、E2非存在下においてはこれらの局在は完全には重複せず、E2存在下において局在はほぼ一致した。 (3)p72をMCF7に過剰発現させたところ、pS2の発現がさらに増加した。 (4)RNA Gel shift assayにて、SRAとp72が複合体を形成することを証明した。(5)免疫共沈降法により、細胞内でp72、SRC-1 family protein、hERαが同じcomplexsに含まれることが、さらに、免疫沈降物の中にSRAが含まれることをRT-PCRで示した。(6)luciferase assayの結果、p72はRAR、RXR、VDR、TR、PPAR、AR、MR、GR、hERβなどの核内レセプターの転写活性化能にはほとんど影響を与えなかったが、hERαの転写活性化能を促進した。そこで、hERαの各転写促進領域(AF-1、AF-2)への影響を検討した結果、p72はAF-活性を亢進したが、AF-2には効果がなかった。さらに、p72はhERαの転写活性化能をTIF2、SRAと協調して上昇させた。

【考察】

 本研究においては、SRC-1 family protein AIB1に相互作用する転写共役因子をスクリーニングし、その結合因子の機能を詳細に解析することによってhERαの転写調節機構を解明することができた。このように、転写共役因子を解析することは、ERをはじめとする核内レセプターの機能を解明する重要な糸口となり得る。

 今後、臨床において、ホルモン依存性、非依存性疾患と核内レセプターとの関係を解明する上で、転写共役因子の発現量、組織分布等の解析が期待される。

【まとめ】

 SRC-1 family protein AIB1に相互作用する転写共役因子をスクリーニングし、その結合因子としてRNA結合蛋白p72を見い出した。p72はSRC-1 family protein、RNA転写共役因子SRAと直接結合し、核内で複合体を形成した。さらに、p72はSRC-1 family protein、SRAと協調してhERαAF-1特異的な転写共役因子として機能することを明らかにした。

参考文献

(1)Endoh,H.et al.(1999)Mol.Cell.Biol.99,5363-72.

(2)Lanz,RB.et al.(1999). Cell 97,17-27.

審査要旨 要旨を表示する

 エストロゲンはエストロゲンレセプター(ER)を介し、女性生殖器官の発育、維持や生殖機能をはじめ、ホルモン依存性癌の増殖や骨代謝等に広く関与する。ERの分子メカニズムを解明することは、これらの現象を理解するために重要である。最近、ERをはじめとする核内レセプターが機能するためには、レセプターと基本転写装置を仲介する転写共役因子が重要であることがわかってきた。本研究では、ERの新たな転写共役因子をYeast Two-hybrid systemを用いてスクリーニングし、得られた因子を分子生物学的手法で詳細に解析することにより、以下の結果を得た。

1. スクリーニングの結果得られた44のポジティブクローンを動物細胞発現ベクター(pcDNA3)に組み込み、Luciferase assayを行い、AIB1の転写促進能を増強したクローンとしてp72を選出した。p72は、DEAD-boxというRNA結合モチーフを持ち、RNA結合を介してRNAへリケース活性をもつ蛋白として知られていた。ERαAF-1特異的な転写j共役因子とえいて報告されているDEAD-box蛋白p68と高い相同性を持っていた。また、ERαA/BドメインのMAP kinaseによるリン酸化により内在性に結合する蛋白を、MCF7の核抽出液を用いたFar-Western法で確認したところ、およそ120、72、68kDaの3つの蛋白が、リン酸化されたERαA/Bドメインに結合するものとして検出された。

この結果から、DEAD-box蛋白p72とp68がERαの結合物である可能性が示唆された。

2. GST pull-downの結果、p72は全てのSRC-1 family proteinのAD2領域、ERαのAF-1領域と相互作用し、AD1領域、ERαのAF-2領域およびERαのいずれの領域とも相互作用しなかった。

3. 細胞内局在の検討では、3者とも核内に存在したが、エストロゲン(E2)非存在下においてはこれらの局在は完全には重複せず、E2存在下において局在はほぼ一致した。

4. p72をMCF7に過剰発現させたところ、エストロゲン標的遺伝子であるpS2のmRNAの発現がさらに増加した。

5. RNA Gel shift assayにて、SRAとp72が複合体を形成することを証明した。

6. 免疫共沈降法により、細胞内でp72、SRC-1 family protein、ERαが同じcomplexに含まれることが、さらに、免疫沈降物の中にSRAが含まれることをRT-PCRで示した。

7. luciferase assayの結果、p72はRAR、RXR、VDR、TR、PPAR、AR、MR、GR、ERβなどの核内レセプターの転写活性化能にはほとんど影響を与えなかったが、ERαの転写活性化能を促進した。そこで、ERαの各転写促進領域(AF-1、AF-2)への影響を検討した結果、p72はAF-1活性を亢進したが、AF-2には効果がなかった。さらに、p72はERαの転写活性化能をTIF2、SRAと協調して上昇させた。

 以上、本論文は、SRC-1 family protein AIB1に相互作用する転写共役因子をスクリーニングし、その結合因子としてRNA結合蛋白p72を見い出した。さらに、これがSRC-1 family protein、SRAと協調して、新たなクラスのERαAF-1特異的な転写共役因子として機能することを明らかにした。本研究での、転写共役因子の解析は、生殖器機能におけるエストロゲン作用の分子メカニズムを明らかにしたのみならず、ERをはじめとする核内レセプターの機能を解明する重要な糸口となり得ると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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