学位論文要旨



No 116409
著者(漢字) 王,咏梅
著者(英字) Wang,Yongmei
著者(カナ) オウ,エイバイ
標題(和) エストロゲン欠乏性骨量減少に伴う骨芽細胞および骨細胞のアポトーシスにおけるFas-Fasリガンドシステムの関与
標題(洋) Involvement of Fas-Fas ligand system in apoptosis of osteoblasts and osteocytes in estrogen deficiency-induced bone loss
報告番号 116409
報告番号 甲16409
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1804号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 堤,治
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 助教授 青木,幸昌
 東京大学 講師 井上,聡
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

 高齢化社会を迎えた現代、骨粗鬆症は世界的に大きな社会問題となりつつある。骨粗髪症の病態生理を基礎的に解明することは、この疾患の予防法・治療法の確立に大きく寄与すると考えられる。閉経あるいは卵巣摘除によりエストロゲンが減少すると、骨のリモデリング(bone remodeling)が活発化し、骨吸収および骨形成はいずれも亢進する。この場合、骨吸収の程度が骨形成と比較して相対的に大きく、骨リモデリングのimbalanceが生じ急激な骨量減少が起きる。この高代謝回転型骨量減少は、エストロゲン投与により骨の代謝回転が正常に戻ることにより抑制できると考えられている。しかしながら、現在、分子レベルでのメカニズムの解明は十分ではなく、これを明らかにすることは骨粗髪症の治療法の確立に際し重要な課題であり、閉経後女性に対するホルモン補充療法の新しい展開に示唆を与えるものである。

 アポトーシス(apoptosis)は1972年にKerrらにより定義された細胞死の一形態で、核の凝縮、DNAの断片化を伴い、多くの生命現象に関わっているが、現在、このアポトーシスと骨量減少との関係が注目されている。最近、グルココルチコイド剤により骨芽細胞に、また、エストロゲンにより破骨細胞にアポトーシスが誘導されることが報告された。これらの結果より、アポトーシスは骨リモデリングに重要な役割を果たすことが推測されている。Fas/APO-1/CD95は45-kDaの膜貫通型タンパクで、TNFレセプターファミリーに属し、interleukin-1βcoverting enzyme(ICE)/Ced-3-related proteaseを活性化させ、免疫組織(リンパ細胞)においてアポトーシス誘導に関与する。そのリガンドであるFasリガンドは31-kDaの膜貫通型タンパクで、活性化Tリンパ細胞のFasと結合してそのアポトーシスを誘導することが知られている。最近では、Fas-Fasリガンドシステムは多様な非免疫系組織(甲状腺、肝臓、腸管、精巣など)のアポトーシス誘導に関与すると考えられている。しかしながら、これまでのところ、骨組織におけるFasおよびFasリガンドの発現と局在、さらにはエストロゲン欠乏状態によるFas-Fasリガンドシステムの変動に関する報告はない。本研究では、エストロゲン欠乏により引き起こされる骨量減少に伴い、骨組織にアポトーシスが誘導されるか否かを調べるとともに、このアポトーシス誘導におけるFas-Fasリガンドシステムの関与について検討した。

【方法】

1. 実験プロトコール:3ヶ月齢の雌Sprauge-Dawleyラット(体重250g)をSHAM手術群、卵巣摘除術群(OVX)、卵巣摘除術4週目にエストラジオール徐放剤(E2,0.5mg/錠,60日間徐放型)を皮下投与する群の三群(n=8)に分けた。手術8週間後に、体重を測定後、ラットを屠殺し子宮重量を測定した。採取した血液は遠心し、血清E2および骨代謝マーカーの osteocalcinレベルをRIA法で測定した。もう一種類の骨代謝マーカーの alkaline phosphatase (ALP)のレベルはstandard colorimetric methodで測定した。大腿骨、腰椎の骨密度(BMD)はDXA法で測定した。

2. 骨組織の処理:脛骨は4%PFA/PBSで12時間固定し、10%EmAで脱灰した後にパラフィン包埋し、5μmの連続切片を作製した。骨組織はさらに2%OsO4/PBSで固定して、Epon 812で包埋した。75nmの超薄切切片を作製して、透過型電子顕微鏡(transmission electron microscope,TEM)で観察した。

3. TUNEL法:組織切片上でDNA断片化を示すterminal deoxynucleotidyl transerase-mediated dUTP-biotin nick end labelling (TUNEL) 染色を施行した。

4. 免疫組織化学法:Fas-Fasリガンドの局在を免疫染色法により蛋白レベルで解析した。免疫染色は、抗Fasポリクロナール抗体(P4)、抗Fasリガンドポリクロナール抗体(P5)を用いて酵素抗体法にて施行した。さらに、細胞増殖、DNA修復の指標となるproliferationg cell nuclear antigen (PCNA) の局在も免疫組織化学法により調べた。

5. in situ hybridization 法:in situ hybridization 法によりFas、Fasリガンドの局在をmRNAレベルで解析した。紫外線照射によるT-T dimer化によって標識したFasとFasリガンドoligo-DNA probeを用いた非放射性in situ hybridization法にて施行した。

【結果】

1. 卵巣摘除術により血清E2レベル、子宮重量、大腿骨と腰椎のBMDは減少し、体重と骨代謝マーカーは増加した。これらの変化はE2の併用によりいずれもSHAM群と同じレベルまで回復した。

2. アポトーシスの確認:TUNEL陽性細胞は、骨芽細胞と骨細胞に認められた。また、透過型電子顕微鏡の観察により、OVX群の骨芽細胞核にクロマチンの凝縮を認めた。骨芽細胞と骨細胞のTUNEL陽性率は、SHAM群ではそれぞれ14.6%、15.2%であり、OVX群ではそれぞれ53.8%、59.5%とSHAM群に比べて有意に増加した。この変化は、E2併用によりそれぞれ26.5%、33.8%まで有意に抑制された。一方、破骨細胞のアポトーシスは認められなかった。

3. Fas-Fasリガンドの局在:免疫組織化学法によりFasおよびFasリガンドは骨芽細胞と骨細胞に局在することが確認された。骨芽細胞と骨細胞のFas陽性率は、SHAM群ではそれぞれ12.1%、14.4%であり、OVX群ではそれぞれ51.0%、53.8%とSHAM群に比べて有意に増加した。この変化は、E2併用によりそれぞれ26.2%、29.2%まで有意に抑制された。骨芽細胞と骨細胞のFasリガンド陽性率は、SHAM群ではそれぞれ11.8%、15.1%であり、OVX群ではそれぞれ52.4%、53.3%とSHAM群に比べて有意に増加した。この変化は、E2併用によりそれぞれ25.5%、28.9%まで有意に抑制された。破骨細胞を同定するTRAP染色とFas-Fasリガンドの免疫染色とによる二重染色法では、破骨細胞にFas-Fasリガンドの局在は認めなかった。OVX群において、Fas-FasリガンドのmRNAは骨芽細胞と骨細胞に局在することがin situ hybridization 法により確認された。

4. 免疫組織化学法により、PCNAはSHAM群とOVX群では認められず、E2併用群の骨芽細胞にのみ認められた。

【考察】

 SHAM群における骨芽細胞、骨細胞のTUNEL陽性率は、それぞれ14.6%、15.2%であった。この結果より、アポトーシスは、少なくとも一部の骨芽細胞と骨細胞では常に生理的に起きており、通常の骨代謝において骨組織の恒常性の維持に重要な役割りを果たすことが示唆された。また、卵巣摘除により骨芽細胞、骨細胞のTUNEL陽性率はSHAM群に比べて有意に上昇したが、エストロゲン欠乏状態では骨芽細胞と骨細胞のアポトーシスが促進されると考えられた。一方、エストロゲン補充により骨芽細胞と骨細胞のTUNEL陽性率はSHAM群と同レベルまで回復し、エストロゲンは骨芽細胞と骨細胞のアポトーシスを抑制することが証明された。免疫組織化学法により、FasとFaSリガンドはSHAM群の骨芽細胞と骨細胞に局在することが認められた。エストロゲン欠乏およびエストロゲン補充によるFas-Fasリガンドの陽性率の変動は、TUNEL陽性率のそれと類似していた。さらに、in situ hybridization 法により、Fas-Fasリガンドシステムが遺伝子レベルでも骨芽細胞と骨細胞に局在することが証明された。E2投与群の骨芽細胞にのみPCNA陽性が認められたが、これは、エストロゲンが骨芽細胞においてアポトーシスを抑制すると同時にDNAを修復するためと考えられた。

 最近、エストロゲンは破骨細胞のアポトーシスを誘導すると報告されたが、本研究では、E2投与群においてTUNEL陽性あるいはFas-Fasリガンド陽性の破骨細胞は検出されかった。これを説明するものとして、最近同定された破骨細胞形成抑制因子OPG/OCIFと破骨細胞分化因子OPG-L/ODFの関与が考えられる。エストロゲン投与により骨芽細胞のOPG産生は促進され、一方、OPG-Lの産生が抑制されることにより前破骨細胞から成熟破骨細胞への分化が抑制され、その結果、骨表面の成熟破骨細胞数が実質的に減少したからではないかと推測される。

【まとめ】

 エストロゲン欠乏性骨量減少に伴い、骨芽細胞、骨細胞においてアポトーシスが誘導され、これにFas-Fasリガンドシステムが関与することが示唆された。さらに、エストロゲンはこのアポトーシスを抑制すると同時に、骨芽細胞のDNAを修復することが示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はOVXラットを用いて、エストロゲン欠乏性骨量減少に伴い、骨組織にアポトーシスが誘導されるか否かを調べると共に、このアポトーシス誘導におけるFas-Fasリガンドシステムの関与について検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. OVXにより血清E2レベル、子宮重量、大腿骨・腰椎のBMDは減少し、体重と骨代謝マーカーは増加した。これらの変化は、E2投与により回復した。

2. SHAM群における骨芽細胞、骨細胞のTUNEL陽性率はそれぞれ14、6%、15.3%であった。アポトーシスは少なくとも一部の骨芽細胞と骨細胞では生理的に起きており、通常の骨代謝において骨組織の恒常性の維持に重要な役割を果たすことが明らかになった。

3. OVXによるエストロゲン欠乏性高代謝回転型の骨量減少に伴い、TUNEL陽性の骨芽細胞と骨細胞の数はそれぞれ53.8%、59.5%まで有意に増加したが、TUNEL陽性の破骨細胞は認められなかった。エストロゲン欠乏に伴い、骨芽細胞、骨細胞のアポトーシスが誘導される一方、破骨細胞は活性化され、骨吸収が骨形成より相対的に高まり、骨量減少が起きると考えられた。

4. 免疫組織化学法とin situ hybridization 法により、Fas,FasLは骨芽細胞と骨細胞に局在することが証明された。Fas,FasLの陽性率は、OVXによりTUNEL染色の結果と同様に有意に増加した。Fas-FasLシステムは、骨組織におけるアポトーシス誘導に関与することを証明した。

5. E2投与による骨量回復に伴い、骨芽細胞と骨細胞におけるTUNEL,Fas,FasL陽性率はSHAM群と同レベルまで回復した。エストロゲンは、骨芽細胞、骨細胞においてFas-FasLシステムが仲介するアポトーシスを抑制することが示された。

6. 本研究に於いて細胞増殖或いはDNA修復の指標であるPCNAはE2投与群の骨芽細胞にのみ認められた。この場合、エストロゲンは骨芽細胞の増殖を促進するのではなく、むしろOVXにより誘導される骨芽細胞のアポトーシスを抑制し、そのDNAを修復することが示唆した。

 以上、本論文はOVXラットを用いて、エストロゲン欠乏性骨量減少に伴い、骨芽細胞および骨細胞のポトーシスが誘導され、このアポトーシス誘導にFas-Fasリガンドシステムが関与することが示唆された。また、エストロゲンはこのアポトーシスを抑制すると同時に、骨芽細胞のDNAを修復することが示された。本研究は骨粗髪症の病態生理の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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