学位論文要旨



No 116410
著者(漢字) 水岸,貴代美
著者(英字)
著者(カナ) ミズギシ,キヨミ
標題(和) 転写制御因子としてのZicと蛋白質の特徴およびGLI蛋白質との関係
標題(洋) Molecular properties of Zic proteins as transcriptional regulators and their relationship to GLI proteins
報告番号 116410
報告番号 甲16410
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1805号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 助教授 上妻,志郎
 東京大学 講師 金森,豊
内容要旨 要旨を表示する

 Zic(Zinc finger protein of the cerebellum)ファミリー遺伝子はもともと小脳の顆粒細胞に強く限局して発現している遺伝子として単離され、小脳の発生過程において重要な働きをしている。Zic蛋白質は、5回繰り返すZnフィンガーモチーフを持つ転写因子であり、ショウジョウバエの節形成関連遺伝子odd-pairedの脊椎動物ホモログである。現在、マウス、カエル、ニワトリ、ヒトで数種類の関連遺伝子が発見されている。Zicファミリー遺伝子は脊椎動物の発達、特に神経系の発達に重要な役割を果たしており、その欠損マウスでは、小脳の低形成や失調運動(Zic1)、二分脊椎や全前脳症(Zic2)、内臓逆位(Zic3)などが生じる。ヒトでも関連した疾患が報告されており、さらに髄芽腫でも特異な発現が認められている。

 Zicファミリー遺伝子は、さらに膠芽腫で増幅している癌遺伝子として同定されたGliファミリー遺伝子とも、そのZnフィンガードメインを中心として高い相同性を示す。GliはSonic hedgehog(Shh)シグナル伝達経路の下流因子として、標的配列に直接結合し、標的遺伝子の転写を制御する。現在までにZic蛋白質は、Gli蛋白質の標的配列に結合しうることが報告されているが、Zic蛋白質がどのように転写を制御するかについて分子レベルでの解明はほとんど行われていない。

 今回、私はまずZic1、Zic2およびZic3蛋白質に対する標的配列を決定した。Nを30個含むプローブを作製し、PCRによる増幅、精製、ゲルシフトアッセイ、蛋白質と結合してシフトしたバンドの切り出し、DNAの溶出という過程を5回繰り返し、選択されてきた配列を決定した。蛋白質としてはDNA結合領域である、Znフィンガードメインを用いた。その結果、選択された標的配列はGLI蛋白質の標的配列と同じ、TGGGTGGTCであった。さらに1つずつ塩基置換した変異配列を作製してゲルシフトアッセイを行ったところ、結合に必要な最小標的配列はGGGTGGTCであった。

 しかしながら、GLI蛋白質とZic蛋白質には標的配列に対する結合親和性に大きな差があり、すべてのZic蛋白質の親和性はGLI蛋白質のそれよりずっと低かった。結合親和性の違いを定量化するため、ゲルシフトアッセイにおいてDNAプローブの濃度または蛋白質の濃度を変化させ、解離定数を決定した。その結果、算出された解離定数はGLI 38.5 x 10-9、Zic1 5.2 x 10-8、Zic2 4.8 x 10-8、Zic3 7.1 x 10-8であり、解離定数に明らかな差が認められた。

 さらに、私はレポーターアッセイによって、Zic蛋白質の転写制御について解析した。全長のZic蛋白質を培養細胞に発現させた時、Zic蛋白質は様々なプロモーターを活性化することができた。さらにこの活性化にGLIの標的配列の存在が必要であるかどうか調べるため、TK(thymidine kinase)プロモーターの上流にGLIの標的配列を6個つけたレポーターとつけないレポーター遺伝子を用いて解析を行った。すべてのZic蛋白質はGLIの標的配列が存在しなくてもTKプロモーターを活性化することができ、GLIの標的配列が存在するとその活性化は幾分促進された。これは、GLIの転写活性化に標的配列の存在が不可欠であるという事実と対照的であった。このZic蛋白質とGLI蛋白質の転軍活性化メカニズムの差異は、GLI標的配列に対する結合親和性の違いを反映していると思われる。

 また、培養細胞においてGLIとZicを共に発現させ、標的配列を介したGLI蛋白質の転写活性化にZic蛋白質がどのような影響を及ぼすかを調べた。その結果、Zic蛋白質は培養細胞の種類に依存して、GLI蛋白質による転写活性化をさらに促進、または抑制した。このデータはGLIとZicの問に重要な相互作用が存在する可能性を示唆している。

 以上の結果からZic蛋白質の転写制御メカニズムについていくつかの仮説が考えられる。1つは、Zic蛋白質がDNAと結合せずに転写を制御するという仮説である。最近、我々のグループでGLIとZicが直接、蛋白質レベルで相互作用することが証明された。したがって、Zic蛋白質はGLI蛋白質と直接相互作用し、GLIによる標的配列を介した転写活性化を制御している可能性がある。また、細胞の種類により、その作用が異なるため、細胞特異的なコファクターも関与していると思われる。つまりZic蛋白質は転写制御過程の中でコアクティベーターとして働き、その機能はGLI蛋白質やその他の細胞特異的なコファクターによって調節されていると考えられる。他方、Zic蛋白質とGLI蛋白質が、時間的、空間的制約の中で同じ標的配列に異なる親和性で結合することにより、発生過程における緻密なネットワークを制御している可能性もある。

 Zic蛋白質がどのように発生過程に関与しているかを解明するため、GLI以外の、相互作用する因子の同定、下流の標的遺伝子の同定などさらなる解析が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は脊椎動物の発達、特に神経系の発達に重要な役割を演じている転写因子、Zicファミリー遺伝子の転写制御メカニズムを明らかにするため、in vitroの系および培養細胞を用いて、Zic蛋白質の標的DNA配列の解析およびGLI蛋白質との相互作用についての解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. Nを30個含むプローブのPCRによる増幅、精製、ゲルシフトアッセイ、Zic蛋白質によりシフトしたバンドの切り出し、DNAの溶出という過程を5回繰り返し、選択されてきたZic蛋白質の標的配列はGLI蛋白質の標的配列と同じ、TGGGTGGTCであった。さらに1塩基ずつ置換した変異配列を用いて解析したところ、結合に必要な最小標的配列はGGGTGGTCであった。

2. Zic蛋白質とGLI蛋白質には標的配列への結合親和性に差が認められたため、ゲルシフトアッセイによって定量化を行った。その結果得られた解離定数は、GLI3 8.5 x 10-9、Zic1 5.2 x 10-8、Zic2 4.8 x 10-8、Zic3 7.1 x 10-8であり、Zic蛋白質の結合親和性はGLI蛋白質より明らかに低かった。

3. レポーターアッセイによって、Zic蛋白質による転写制御について解析した。全長のZic蛋白質を培養細胞に発現させたところ、Zic蛋白質は様々なプロモーターを活性化することができた。さらに、Zic蛋白質はGLIの標的配列が存在しなくてもTK(thymidine kinase)プロモーターを活性化することができたが、GLIの標的配列が存在すると幾分、その活性化は促進された。一方、GLI蛋白質による転写活性化には、GLIの標的配列の存在は不可欠であり、ZicとGLIには標的配列を介した転写制御メカニズムに違いがある可能性が示唆された。

4. 培養細胞においてGLIとZicを共に発現させ、標的配列を介したGLI蛋白質の転写活性化にZic蛋白質が影響を与えるかどうか調べた。293T細胞においては、Zic蛋白質はGLI蛋白質による転写活性化を抑制し、C3H10T1/2細胞ではその活性化をさらに促進した。この結果からGLIとZicの間に何らかの相互作用が存在する可能性が示唆された。さらに、この相互作用に細胞特異的な補助因子の関与も示唆された。

以上、本論文はZicファミリー遺伝子について、標的DNA配列との関係、その配列を介した転写制御、GLI白質との相互作用について明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、分子レベルでのZicの転写制御メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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