学位論文要旨



No 116411
著者(漢字) 村田,敬
著者(英字)
著者(カナ) ムラタ,タカシ
標題(和) Rubinstein-Taybi症候群におけるCBP遺伝子の解析
標題(洋) Analysis of CBP in Rubinstein-Taybi Syndrome
報告番号 116411
報告番号 甲16411
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1806号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 講師 藤井,知行
 東京大学 講師 関根,孝司
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の背景

 Rubinstein-Taybi症候群は、特異的な顔貌、幅広い母指趾、低身長、精神発達遅滞を呈する先天奇形症候群である。生命予後は一般的に良好である。腫瘍やケロイドを合併することがある。頻度は1:300,000とされており、常染色体優性遺伝する。Rubinstein-Taybi症候群の原因遺伝子としてCREB-binding protein (CBP)遺伝子の片方のアリルの微小欠損ならびに変異が報告されている。これまでに報告された症例では、変異により不完全な短いCBP蛋白ができることが予測されている。CBPは、cyclic AMP response element binding protein (CREB)と結合する蛋白として見いだされた。CBPはCREBのほか、ステロイドレセプターなど、多種多様な転写因子による転写を促進する。さらにCBPはヒストナセチル化活性(HAT活性)を有している。ヒストンのN末にあるリジン残基がアセチル化されるとリジン残基のプラスの電荷が中和され、その結果、マイナスの電荷を有するDNAから解離し、転写が促進されると理解されている。しかし、これまでCBP蛋白の機能の異常とRubinstein-Taybi症候群の関係は明らかでなかった。

2.方法

 CBP遺伝子の微小欠損および変異を調べるために、16例のRubinstein-Taybi症候群患者の末梢血を解析した。このため、染色体分析、fluorescent in situ hybridization (FISH)解析、reverse transcriptase-polymerase chain reaction single-strand conformation polymorphism (RT-PCR-SSCP)解析、およびシークエンスを行った。

FISH解析ではCBP遺伝子の3'側をカバーするRT-1プローブを使用した。また、RT-PCR-SSCP解析ならびにシークエンスに用いたプライマーはhuman CBP cDNA sequence (GenBank accession number U85962)をもとに設計された。

 さらに、見いだされたmissense mutationについては、変異がCBP蛋白の機能に及ぼす影響を詳細に解析した。まず、Quick Change Mutagenesis Kit (Stratagene,USA)を用いて実際の症例と同一の変異をCBPに導入した。これを大腸菌で発現させ、GST-pull-down法にて精製した後、ヒストンとアイソトープラベルしたアセチルCo-Aを反応させて、取り込まれたアイソトープ活性を測定することにより、CBPのHAT活性を測定した。また、これを微小注入法にて培養細胞内で発現させ、CREBに対する転写促進能を測定した。この際、培養細胞にもともと存在するCBPの影響は、抗CBP抗体を同時に注入することにより抑制された。

3.結果

 本研究においては、16例のRTS患者中、1例においてCBP遺伝子の片方のアリルの微小欠損がFISH解析にて検出され、5例においてCBP遺伝子の片方のアリルの変異が見いだされた。 症例1では、塩基4319と4320の間に2塩基の欠失があり、コドン1167にストップコドンが出現するnonsense mutationが見いだされた。症例2では、塩基4898から4908にかけて11塩基の欠失があり、コドン1361から1379にかけて異常なアミノ酸が出現し、コドン1380にストップコドンが出現するframe-shift mutationが見いだされた。症例3では、塩基5212と5213の間に“CCTCGGTCCTGCAC”の14塩基の挿入があり、コドン1466から1471にかけて異常なアミノ酸が出現し、コドン1472にストップコドンが出現するframe-shift mutationが見いだされた。 症例4では、塩基5222から5223にかけて2塩基の欠失があり、コドン1469から1476にかけて異常なアミノ酸が出現し、コドン1477にストップコドンが出現するframe-shift mutationが見いだされた。

症例5では塩基4951のグアニン(G)がシトシン(C)に置換され、コドン1378がCGG(アルギニン)からCCG(プロリン)となるmissense mutationが見いだされた。

 症例5と同一の変異をリコンビナントCBP蛋白に導入したところ、CBPのHAT活性は失われ、また、CREBによる転写を促進する転写コアクチベーターとしての機能も失われていた。

4.考察

 過去に報告されたCBP遺伝子の変異では、HAT domainの全てもしくは一部を欠くCBP蛋白が予測されていたが、症例1、2、3、4で見られた変異では、HAT domainの一部を欠くCBP蛋白が予測された。また、症例1、3、4、5で見られた変異は、これまで未報告なものである。

 さらに、症例5の生化学的な解析を通じて、CBPのHAT活性の喪失、およびそれにともなうCBPの転写促進能の喪失が、Rubinstein-Taybi症候群の原因である可能性が高いことが明らかになった。これはHAT活性の異常とヒトの疾患の直接的な関連を示す、最初の報告である。

 ヒストンのアセチル化は可逆的で、ヒストンジアセチラーゼにより脱アセチル化される。転写制御においては、ヒストンのアセチル化と脱アセチル化のバランスが重要と考えられており、Rubinstein-Taybi症候群においては相対的にヒストンジアセチラーゼが優位になっていると考えられる。このため、ヒストンジアセチラーゼ阻害剤を用いれば、脱アセチル化に傾いたアセチル化と脱アセチル化のバランスを矯正することができる可能性がある。このようなことから、ヒストンジアセチラーゼ阻害剤がRubinstein-Taybi症候群の症状の改善に有効である可能性が本研究により示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、特異的な顔貌、幅広い母指趾、低身長、精神発達遅滞を呈する先天奇形症候群であるRubinstein-Taybi症候群(RTS)の原因遺伝子であるCREB-binding protein (CBP)遺伝子の解析、ならびにCBPのヒストンアセチルトランスフェラーゼ(HAT)活性の異常とRTSの関係を調べるために、16例の典型的RTS患者のCBP遺伝子の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 16例のRTS患者中、6例にCBP遺伝子の異常を同定した。このうち、fluorescent in situ hybridization (FISH)解析では1例にCBP遺伝子の片方のアリルの微小欠損が同定され、reverse transcriptase-polymerase chain reaction single-strand conformation polymorphism(RT-PCR-SSCP)解析およびシークエンスでは、5例においてCBP遺伝子の片方のアリルの変異が同定された。症例1では、塩基4319と4320の間に2塩基の欠失があり、コドン1167にストップコドンが出現するnonsense mutationが見いだされた。症例2では、塩基4898から4908にかけて11塩基の欠失があり、コドン1361から1379にかけて異常なアミノ酸が出現し、コドン1380にストップコドンが出現するframe-shift mutationが見いだされた。症例3では、塩基5212と5213の間に“CCTCGGTCCTGCAC”の14塩基の挿入があり、コドン1466から1471にかけて異常なアミノ酸が出現し、コドン1472にストップコドンが出現するframe-shift mutationが見いだされた。症例4では、塩基5222から5223にかけて2塩基の欠失があり、コドン1469から1476にかけて異常なアミノ酸が出現し、コドン1477にストップコドンが出現するframe-shift mutationが見いだされた。症例5では塩基4951のグアニン(G)がシトシン(C)に置換され、コドン1378がCGG(アルギニン)からCCG(プロリン)となるmissense mutationが見いだされた。

2. 症例1から4については、HATドメインの一部を欠く短いCBPが生成されることが予想された。また、症例5で見いだされたコドン1378のアルギニンは、CBPのHATドメイン中に存在し、マウスCBP、ショウジョウバエCBP homologue、ヒトp300の間で種を超えて保存されていることがわかった。そこで症例5と同一の変異をリコンビナントCBP蛋白に導入したところ、CBPのHAT活性は失われ、かつ、CREBによる転写を促進する転写コアクチベーターとしての機能も失われていた。

 以上、本論文はRTS患者のCBP遺伝子の解析から、CBPのHAT活性の喪失がRTSの原因であることを初めて明らかにした。さらに、ヒストンジアセチラーゼの投与による、RTSの新しい治療法の可能性を示した。また本論文は、HAT活性の異常により生じる疾患の存在を初めて明らかにしたという点でも、重要である。このように、本研究は疾患に於けるHAT活性の役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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