学位論文要旨



No 116413
著者(漢字) 内田,広夫
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,ヒロオ
標題(和) 同種輸血により生体内に誘導される免疫抑制物質の同定とその免疫抑制機序
標題(洋)
報告番号 116413
報告番号 甲16413
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1808号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 講師 高見沢,勝
 東京大学 講師 藤井,知行
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 近年臓器移植は末期臓器不全の唯一の根治療法として確立された。現在の課題は免疫反応のコントロールであるが、シクロスポリンやタクロリムスなどの強力な免疫抑制剤の使用は免疫機能を全般的に低下させ感染症や発癌などの問題をおこすため、移植臓器に特異的な免疫抑制法の開発が望まれている。実験的に免疫寛容を導入する試みは遺伝子背景の整った齧歯類などの小動物ではいろいろな方法で成功しているが、大動物やヒトではほとんど成功していない。逆に、腎移植におけるDonor specific transfusion(DST)や肝移植後の免疫抑制剤の計画的な離脱のように移植に有利な免疫抑制状態や免疫寛容が誘導されたとする臨床報告がある。従って、著者はこのような臨床的史実に基づき動物実験を展開することで臨床応用の可能性が高い研究を行うことができると考えた。

 同種異系間の輸血によりレシピエントの免疫抑制状態がもたらされる。特に腎移植においては、強力な免疫抑制剤が出現する以前の1970年代にDSTによって治療成績が向上した。本研究は同種輸血により誘導される内因性生理活性物質を同定し、その免疫抑制機序を明らかにすることを目的とした。DST実験系をin vivoで確認した後、血清中に免疫抑制物質が誘導されていることを確かめた。次に、誘導される免疫抑制因子の同定を試み、新規免疫抑制タンパク質、MAY-IIを含めて3つのタンパク質の同定に成功した。

【材料および方法】

 DA(MHC haplotype;RT1a)ラットのヘパリン添加全血1mlをLewis(RT11)ラットに輸血する系を用いた。この組み合わせはhigh responder combinationであるが、DST後の腎移植モデルでは免疫寛容が誘導される。輸血経路として末梢静脈あるいは門脈を用い、輸血後経時的に血清を採取し血清中に誘導される免疫抑制活性物質の有無を混合リンパ球試験(MLR)で確認した。さらにProtein profilesの比較を行い、輸血により新たに誘導されるタンパク質を検討した。In vivoの免疫抑制活性は、輸血後1週間目に異所性心移植(HHT)を行い生着延長の有無で検討した。次に門脈から輸血を受けて1週間目のラット血清を大量に採取し、塩析や液体クロマトグラフィーを用いて免疫抑制因子の精製を行った。

【結果】

 末梢静脈あるいは門脈からの輸血によって移植心の有意な生着延長が認められ、門脈からのDSTがより効果的であった。特に門脈からDSTを受けたラット血清はMLRを強力に抑制した。これらの血清をSDS-PAGEで比較すると門脈から輸血を受けたラットの血清にのみ新たに誘導される165kDaのタンパク質を認めた。

免疫抑制因子-1

 新規免疫抑制タンパク質(MAY-1):血清を塩析後、ProteinG、Hydroxyapatite columnによって分離し、免疫抑制活性分画をゲルろ過した。26kDa付近のタンパク質はMLRを抑制し、SDS-PAGEにて単離が確認された。N末端アミノ酸配列はラットinter-α-inhibitory H4p heavy chain(H4P)の内部sequenceと100%一致した。

質量分析装置による精製タンパク質の分子量測定の結果、MAY-IはH4PのC末端を含むfragmentであることが確定した。MAY-IのcDNAをクローニング後、組換えタンパク質(RP-MAY)を作製した。RP-MAYは容量依存的にMLRを抑制した。同時にH4P全長とH4PのN末側約2/3のcDNA(p-H4P)を作成し、組換えタンパク質を作製したところH4P全長には免疫抑制活性が認められたが、MAY-Iを含まないp-H4Pには免疫抑制活性が認められなかった。

免疫抑制因子-2

 α2-macroglobulin:Protein profilesの比較によって明らかになった、新たに誘導される165kDaのタンパク質を精製した。このタンパク質はN末端アミノ酸配列よりラットα2-macroglobulin(α2MG)と考えられた。ヒトのα2MGをヒトMLRの系に添加したところ容量依存的に抑制を示し、MLR上清中のIFN-γ産生は強力に抑制され、IL-10の産生を亢進したが、IL-2やIL-4には変化が認められなかった。

免疫抑制因子-3

 IgG分画:血清を硫安沈殿ののちDEAE、Hydroxyapatite、MonoQ、Superose 12カラムで精製した。還元条件のSDS-PAGEにて56kDaと27kDaの2本のバンドが認められた。これはWestern blotting法により抗イディオタイプ抗体を含む可能性が示唆された。この精製した抗体群はMLRを抑制し、MLR上清中のIFN-γ産生を強力に抑制したが、IL-2やIL-4、IL-10産生は変動しなかった。一方IFN-γmRNAの発現に変動は認められなかった。

【考察】

 同種輸血により受血者は一過性の免疫抑制状態となるが、そのメカニズムはいまだ十分には解明されていない。免疫抑制を起こす液性因子として、移植早期に産生される抗イディオタイプ抗体やプロスタグランジンE1、TGF-β1が移植片の生着延長に寄与していることが報告されている。

 ラットhigh responderの組み合わせで、DSTにより移植心の生着が延長することを確認した。さらに、輸血を受けたラットの血清はMLRを抑制したため、輸血により誘導された内因性生理活性物質が全身性に免疫修飾を行うと考え、それらの物質の同定を試みた。

 第1の免疫抑制因子として新規タンパク質を同定しMAY-Iと命名した。MAY-Iは血清より約1/1x107の濃縮精製によって純化された。MAY-Iはラットinter-α-inhibitory H4Pheavy chain(H4P)のC末端を含むfragmentで、234のアミノ酸からなる。Northern blotting法より、MAY-1は肝臓で作られているH4Pがプロテアーゼにより切断されて血清中に発現するものと考えられた。ラットH4Pは肝臓より作られており、急性炎症時にその発現が上昇することがわかっているが、H4P自体の機能についてはわかっていない。そのためH4P全長およびN末端側約2/3の組換えタンパクを作製したところ、H4PはMLRを抑制したが、MAY-Iを含まないN末側のH4Pは全く抑制しなかった。したがって、H4Pのアミノ酸配列の中でもMAY-Iに相当する部位が免疫抑制活性に重要な役割を果たしていると考えられた。(MAY-I:特許整理番号22D00JP)

 次に各種血清のprotein profilesの比較から門脈からの輸血により誘導される165kDaのタンパク質、α2MGを同定した。ヒトの系で確認を行うと、ヒトα2MGはヒトMLRを容量依存的に抑制し、MLR上清中のIL-10産生を亢進させIFN-γ産生を抑制した。すなわちα2MGはThl活性を抑制し、Th2活性を誘導すると考えられた。α2MGはリンパ球系細胞の抗原依存性あるいは非依存性の刺激に対する増殖を抑えることが知られている。その機序としてT細胞の活性化に重要な役割を果たすある種のプロテアーゼがα2MGと結合することでその機能を失う可能性や、トリプシンなどのプロテアーゼとα2MGが複合体を形成することで、IL-2などの各種サイトカインの生理活性を抑制すると考えられている。

これまで輸血により血清中のIL-10産生が上昇することや、DST後に心移植をするモデルでその移植心がIL-10を強く発現しIFN-γの発現が抑制されているという報告もある。

我々の実験結果よりDSTにより血清中のα2MGが誘導され、IFN-γの抑制とIL-10の誘導を介して免疫反応を抑制することが示唆された。

 最後に精製された免疫抑制活性を示すタンパク質は、IgG分画に存在することが明らかになった。この精製分画は抗RT1a抗体と反応することより、anti-indiotypic antibody (AIAb)を含む可能性があると思われた。精製分画はMLRを強力に抑制しMLR上清中のIFN-γ産生を抑制したがIL-2産生は抑制しなかった。一方、IFN-γmRNAの発現を抑制していなかった。これまでanit-MHCイムノグロブリンが輸血後早期に誘導されることがラットおよびヒトで報告されており、この抗体が移植抗原に対する抗体の抗体価を抑制し、細胞障害的な反応を抑えることが示されてきた。また、T細胞の抗原認識部位に直接作用して増殖反応を抑制するメカニズムも考えられている。今回我々が精製した抗体分画をMLR開始後24時間目に加えても、同様に50%程度の増殖抑制率が認められた。さらに刺激細胞としてthird party(BNラット)を用いて行ったMLRでも、40%程度の抑制率を示した。

すなわち精製した抗体分画は非特異的免疫抑制成分も含む可能性が考えられた。

【結語】

 ラット同種輸血モデルにおいて移植心の生着延長が認められ、輸血により誘導される生理活性物質が全身性に免疫修飾を行うことが明らかになった。輸血を受けたラットの血清の分離、解析により血清中に誘導される免疫抑制物質を3種類、新規タンパク質MAY-Iおよびα2-macroglobulin、抗体分画を同定した。MAY-Iはinter-α-inhibitor H4P heavychainのC末端側を含む234アミノ酸からなる。その免疫制御機序は明らかではないが、肝臓より分泌されるH4pが切断されMAY-Iとなることでより強力な免疫抑制活性を示していた。α2MGはTh1/Th2バランスをTh2優位にすることで免疫を制御していると考えられた。精製した抗体分画はMLR反応を抑制した。その免疫抑制機序としてanergyが関与していると考えられた。また、この抗体分画はドナー非特異的な免疫抑制を行っている可能性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は同種輸血によりもたらせられるレシピエントの免疫抑制状態を明らかにするために、ラット同種異系輸血モデルを用いて、レシピエント血清中に誘導される内因性免疫抑制因子の解析をしたもので、下記の結果を得ている。

1. 輸血(DST)を行い1週間後に異所性心移植をおこなうと移植心の生着が延長することおよびDSTを受けたラットの血清が混合リンパ球試験(MLR)を抑制することから、DSTを受けることでラット血清中に免疫抑制因子が誘導されていることが示された。

2. 塩析や液体クロマトグラフィーを用いて血清からMLRを抑制する分画を分離する方法で、新規免疫抑制タンパク質MAY-Iを精製した。MAY-Iは既存のラットH4Pinter-a-inhibitory heavy chain(H4p)のC末端側234アミノ酸からなり、H4PおよびMAY-I、partial-H4P(MAY-Iの配列を含まないH4PのC末端側約2/3)の組換えタンパク質を作製し、その機能をMLRで比較した。MAY-Iは強力に、H4Pは軽度MLRを抑制するが、partila-H4PはMLRを抑制しないことが示された。また、MAY-IはNorthern blotting法により主に肝臓から作られていることが判明し、まずH4Pとして分泌されたのち、プロテアーゼにより切断されて血清中に存在することが考えられた。

3. 門脈からDSTを受けたラットの血清にのみ誘導されている165kDaのタンパク質を精製し、それはα2-macroglobulin(α2MG)であった。ヒトα2MGもMLRを抑制し、MLR上清中において、IFN-γ産生は抑制され、TL-10産生は亢進し、IL-4やIL-10の産生には変化がないことが示された。したがって、α2MGはTh1活性を抑制しTh2活性を誘導することで免疫を制御していることが考えられた。

4. 塩析や液体クロマトグラフィーを用いて血清からMLRを抑制する分画を分離する方法で、抗体分画を精製し、その抗体分画が抗イディオタイプ抗体を含む可能性が示された。また精製抗体分画はMLRを抑制し、MLR上清中のIFN-γ産生を抑制したが、IFN-γmRNAの発現には変化が認められないことが示された。さらにこの精製抗体分画にはドナー非特異的な免疫抑制因子である抗体が含まれている可能性も示された。

 以上、本論文はラット異系輸血モデルにおいて、生体内に誘導される3種類の免疫抑制タンパク質を明らかにした。一つは新規免疫抑制物質であるMAY-Iであり、他にα2MGと精製抗体分画であった。本研究はこれまであまり解析されていない、DSTにより誘導される免疫抑制液性因子を新規タンパク質を含めて3種類同定し、DSTの免疫抑制機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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