No | 116415 | |
著者(漢字) | 石井,健男 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イシイ,タケオ | |
標題(和) | 喫煙による肺障害におけるGlutathione S-transferase P1役割 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 116415 | |
報告番号 | 甲16415 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1810号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生殖・発達・加齢医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | (1)Glutathione S-transferase P1の遺伝子多型と慢性閉塞性肺疾患(COPD)のAssociation Study 肺胞及び末梢気管支における局所解毒作用に寄与する酵素は、喫煙に対する防御機構において重要な役割を果たしていると考えられる。喫煙により肺組織が障害を受けやすいか否かは遺伝的に決定されている部分があると考えられており、一定のgenotypeが慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:以下COPDと略)の病態形成のリスクの一部を担っていると推察される。これまでにもmicrosomal epoxide hydrolase(mEPHX)を含む複数の遺伝子についてassoiation studyにてCOPDとの関連が報告されている。本研究においては、mEPHX同様xenobiotic metabolizing enzymeの一つでありかつ肺胞や呼吸細気管支などの末梢気道における発現の報告されているglutathione S-transferase P1(GSTP1)の遺伝子多型とCOPDについてassociation studyを行った。 GSTP1における2箇所の遺伝子多型、すなわちexon-5に位置するIle105Valとexon-6におけるAla114Valについて、polymerase chain reaction(PCR)及びrestriction fragment length polymorphism(RFLP)を行いgenotypeを決定した。検体は、東京大学医学部附属病院、順天堂大学医学部附属病院、及び東京顕微鏡院より、COPD患者より53検体、対照群として50検体を収集した。性差をなくしかつ喫煙の影響を均一化するため、2群とも男性のみを選択し、対照群については喫煙歴のマッチした現喫煙者のみとした。 GSTP1/Ile105homozygoteの割合は対照群に比較しCOPD患者群において有意に高率であった(COPD群79%,対照群52%。P=0.009)。他のgenotypeと比較してのGSTP1/Ile105homozygoteのCOPD罹患についてのodds ratioは3.5(95%CI2.7〜4.6)であった。GSTP1の114座位の遺伝子多型については、2群間に差は認められなかった。 以上より、GSTP1/Ile105homozygoteがCOPD患者群において有意に高い割合で見られたことから、GSTP1のexon5の遺伝子多型はCOPDと関連のある可能性のあることが示唆された。GSTP1/Ile105のhomozygoteは喫煙に対する解毒による防御能が他のgenotypeに比べ低いと考えられた。GSTP1の105番目のアミノ酸は、疎水性基質結合部位に属し、この部分の遺伝子多型に対応するアミノ酸の置換により酵素活性の変化が見られることが報告されており、上記のassociation studyの結果と合わせ、GSTP1の機能が喫煙による肺障害の防御に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。 (2)ヒト肺由来細胞における喫煙防御能とGSTP1との関わり 喫煙は、肺癌や肺気腫を含む複数の肺関連疾患における主な危険因子と考えられている。しかしながら、肺由来細胞の生存能における喫煙障害の直接的影響に関しては、十分な検討がなされているとはいえない。本研究において、ヒト肺線維芽細胞由来のcell lineであるHFL-1を用いて、異なった濃度のcigarette smoke extract(CSE)を培地より調整し希釈系列を作成、各濃度のCSE下における生存能を経時的に検討し、その過程におけるapoptosis,necrosisの関与について検討した。また、先述のassociation studyによりCOPDの病態と関連があると考えられた解毒酵素の一つであるGSTP1について、喫煙障害への防御に関する寄与について検討を行った。 方法について順に記載する。CSEはDMEM培地を市販タバコ及びpump-smoke machineを用いてbubblingし、その後0.22μm pore filterにてフィルタをかけ末梢気道に到達し得ないと考えられる粗大粒子を除外、この液体を100%CSEと定義した。これを無血清のDMEMに加えて希釈系列を作成、異なる濃度のCSEにおけるHFL-1の生存能について検討を行った。 Apoptosisについてはその早期変化として細胞膜外表面に出現するphosphatidyl serineをこれに特異的に結合するAnnexin Vに蛍光物質であるphygoerythrine(PE)を結合させることにより認識、necrosisは7-amino-actinomycinDの細胞内への取り込みにて細胞膜の障害を検討、この双方の蛍光をflow cytometryにより別々の波長を認識するfluorescence channelを用いて検出し検討した。すなわちannexin-V(-)かつ7-AAD(-)の細胞をviable,annexin-V(+)かつ7-AAD(-)の細胞をapoptotic、そして7-AAD(+)の細胞をnecroticと認識した。 次にGSTP1の発現量の操作について述べる。人工的にinternal ribosomal entry site(IRES)及びenhanced green fluorescent protein(EGFP)の配列を導入されたeukaryotic bicistronic vectorを基礎骨格とし、GSTP1の発現量を同時に発現するEGFPの蛍光強度でモニターできるようにsense及びantisense expression vectorを作成した。これらのベクターについてHFL-1へのtransient transfactionを行い、このtransfectantへのCSEの影響を先述の方法により認識、GSTP1の役割について検討を行うこととした。 結果につき記載する。HFL1について、CSEは10-25%の低濃度においては優位にapoptosisを、また50-100%の高濃度においてはnecrosisを引き起こした。10-25%CSEにおいては時間依存性にnecrosisの細胞の割合が増加した。 次にGSTP1のsense及びantisense vectorについて、EGFPの蛍光強度に従ってGSTP1の発現量が亢進及び抑制していることについての確認を行った。各transfectantについて、細胞膜を透過性にしてから抗GSTP1抗体を一次抗体とし、またPEの結合している二次抗体を用いてimmunofluorescent flow cytometryの方法を用い、細胞内GSTP1濃度を蛍光強度にて間接的に検討した。その結果、GSTP1発現量がsense及びantisense vectorのtransfectantにおいて、それぞれ優位に増加及び減少していることが確認された。 その後、CSEによる細胞障害に対するGSTP1の防御能に関して検討を行った。Apoptosis, necrosis双方について検討するために25%CSEを用いた。HFL-1のnecrosisはGSTP-1の高発現により減少し、逆にantisense vectorのtransfectionにより増加した。Apoptosisについては、各transfectant間にて有意な差は認められなかった。 GSTP1の発現量を亢進、及び抑制させることにより、HFL-1に対するCSEの細胞毒性がそれぞれ抑制、及び増強された。この結果より、気道細胞において、GSTP1は喫煙に対する防御効果を有していることが示された。 (3)考察 本研究において、まずGSTP1とCOPDとのassociation studyにより105 IlehomozygoteのgenotypeにてCOPD発症のリスクが高いことが示唆された。GSTP1の105番目のアミノ酸は疎水性基質結合部位に属しそのアミノ酸の種類及びそれをコードする遺伝子配列により酵素活性が変化することが報告されており、上記研究結果とあわせGSTP1の喫煙に対する防御能及びその重要性が強く示唆された。 そこでin vitroの系にて喫煙による細胞障害に対するGSTP1の防御能について検討を行ったところ、喫煙により肺線維芽細胞にapoptosis及びnecrosisが誘導され、この細胞毒性の効果がnecrosisの減少を介してGSTP1により抑制されることが見出された。これらの結果より、xenobiotic enzymeの一つであり肺胞、呼吸細気管支を含む末梢気道に強く発現しているGSTP1が喫煙による肺障害に対する防御の能力を有し、肺気腫を含む喫煙関連肺疾患の発症を防ぐ上で重要な役割を果たしていることが示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は、肺胞、肺胞マクロファージや呼吸細気管支において強い発現を認めるxenobiotic enzymeであるGlutathione S-transferase P1(GSTP1)の喫煙障害に対する防御における役割を調べることを鑑み、研究を計画した。前半では、喫煙関連疾患である慢性閉塞性肺疾患とGSTP1の105番及び114番目のアミノ酸の多型とのassociation studyを行った。後半においては、肺由来細胞に喫煙負荷をかけ、そのviabilityにおけるGSTP1の役割をGSTP1のover-expression及びunder-expression cellを作成し検討した。以上の研究により、下記の結果を得ている。 1. glutathione S-transeferase P1(GSTP1)における2箇所の遺伝子多型、すなわちexon-5に位置するIle105Valとexon-6におけるAla114Valに関して、COPDとのassociation studyを行った。 GSTP1/Ile105 homozygoteの割合は対照群に比較しCOPD患者群において有意に高率であった(COPD群79%,対照群52%。P=0.009)。他のgenotypeと比較してのGSTP1/Ile105 homozygoteのCOPD罹患についてのodds ratioは3.5(95%CI2.7〜4.6)であった。GSTP1の114座位の遺伝子多型については、2群間に差は認められなかった。 以上より、GSTP1/Ile105 homozygoteがCOPD患者群において有意に高い割合で見られたことから、GSTP1/Ile105のhomozygoteは喫煙に対する解毒による防御能が他のgenotypeに比べ低いと考えられた。 2. ヒト肺由来細胞における喫煙防御能とGSTP1との関わりを検討すべく、ヒト肺線維芽細胞由来のcell lineであるHFL-1を用いて、異なった濃度のcigarette smoke extract(CSE)を培地より調整し希釈系列を作成、各濃度のCSE下における生存能を経時的に検討し、その過程におけるapoptosis, necrosisの関与について検討した。また、先述のassociation studyによりCOPDの病態と関連があると考えられた解毒酵素の一つであるGSTP1について、喫煙障害への防御に関する寄与について検討を行った。 HFL-1について、CSEは10-25%の低濃度においては優位にapoptosisを、また50-100%の高濃度においてはnecrosisを引き起こした。10-25%CSEにおいては時間依存性にnecrosisの細胞の割合が増加した。 その後、CSEによる細胞障害に対するGSTP1の防御能に関して検討を行った。Apoptosis,necrosis双方について検討するために25%CSEを用いた。 HFL-1のnecrosisはGSTP-1の高発現により減少し、逆にantisense vectorのtransfectionにより増加した。Apoptosisについては、各transefectant間にて有意な差は認められなかった。 以上、本論文により、xenobiotic enzymeの一つであり肺胞、呼吸細気管支を含む末梢気道に強く発現しているGSTP1が喫煙による肺障害に対する防御の能力を有し、肺気腫を含む喫煙関連肺疾患の発症を防ぐ上で重要な役割を果たしていることが示唆された。本研究は未知の部分の多いCOPDの病態形成過程の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |