学位論文要旨



No 116416
著者(漢字) 富田,哲治
著者(英字)
著者(カナ) トミタ,テツジ
標題(和) β-defensin-2の抗菌活性機序及び発現の分子機構
標題(洋)
報告番号 116416
報告番号 甲16416
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1811号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 講師 吉栖,正雄
内容要旨 要旨を表示する

 生物が生来もっている生体防御機構として、植物、昆虫、哺乳類などに抗菌ペプチドが存在していることが知られている。ヒトにおける抗菌ペプチドは3組の分子内ジスルフィド結合で架橋された塩基性ペプチドであり、defensinと総称されている。その抗菌活性は広範囲であり、細菌以外に真菌やウイルスにも抗菌活性をもつことが知られている。ヒトでは顆粒球、小腸粘膜由来の6種類のα-defensinおよび粘膜上皮由来の2種類のβ-defensinに分類される。

 β-defensinのうちhuman β-defensin-2(hBD-2)はhuman β-defensin-1(hBD-1)と相同性をもつ新たな抗菌ペプチドとして、1997年に乾癬患者の皮膚より単離・構造決定された41アミノ酸残基からなるペプチドである。hBD-2は全身臓器にその発現分布がみられるが、特に皮膚、気管および肺で強く発現がみられる。また、hBD-1の発現は恒常的にみられるのに対してhBD-2では細菌感染や炎症性サイトカイン刺激にてその発現が誘導されるという特徴をもっている。そのため、hBD-2は肺炎などの呼吸器感染とより密接な関係をもつことが示唆される。よって、ヒトの抗菌ペプチドであり気道粘膜上皮の感染防御の関与が考えられているhBD-2について以下の検討を加えた。

 defensinの抗菌メカニズムについては、顆粒球由来であるα-defensinはイオンチャンネルを標的細胞膜上に形成し膜透過性を変化させることが知られている。一方、β-defensinであるhBD-1、hBD-2はNa+濃度依存性に抗菌活性を消失すること以外は、その他の陽イオン、陰イオンなどの影響については報告されておらず、またその抗菌活性機序についても知られていない。よって第1の検討として、hBD-2の抗菌活性機序について検討する目的にて、大腸菌を用いた細菌学的な方法(Harwigらのcolony count assay法)にてhBD-2と電解質イオンとの関係について検討した。

 その結果、hBD-2は大腸菌に対して濃度依存性に抗菌活性がみられた。その抗菌活性は大腸菌実験株、臨床分離株では差を認めなかった。次に1価の陽イオンであるNa+、K+によるhBD-2抗菌活性に対する影響について検討した。その結果、Na+、K+ともそれぞれ濃度依存性にhBD-2抗菌活性に影響を及ぼした。in vivoにおけるairway surface liquid(ASL)中の電解質組成についてZabnerらの最近の報告によると、radiotracer法にてASL中のNa+濃度は正常50mM、Cysticfibrosis(CF)100mMであり、このためCFではdefensinの活性が低下し細菌感染を起こしやすいと考えられている。今回のin vitroでの抗菌実験では、Na+濃度50mM以下の環境ではhBD-2抗菌活性がみられるが、Na+濃度100mM以上の環境では著明にhBD-2抗菌活性の低下がみられたことは、Zabnerらの報告によるin vivoでのASL電解質組成と矛盾しないと考えられる。さらにNa+、K+の複合した影響について検討した。イオンを補充して反応液の最終イオン濃度をそれぞれ(A).K+37mM、(B).Na+50mMに調整した。pH補正のために含まれている燐酸緩衝液により、反応液中にはあらかじめNa+14.8mM、K+1.6mMが含まれている。よって(A)、(B)の反応液中のNa+とK+のイオン総和はそれぞれ約52mMと等しくなり、さらにこのときの抗菌活性は(A)、(B)両者に差を認めなかった。一方、反応液の最終イオン濃度をそれぞれ(B).Na+50mM、(C).K+50mMに調整したものでは、反応液中のNa+とK+のイオン総和は(B).約52mM、(C).約65mMとなり、このときの抗菌活性の比較では、総和イオン濃度が低い(B).の方がより強い抗菌活性を認めた。さらに(D).K+87mM、(E).Na+100mM、(F).K+100mMの比較ではいずれも抗菌活性に差を認めなかった。以上の結果よりNa+、K+自体の作用よりもその電荷当量により抗菌活性が影響を受ける可能性が示唆された。また、陰イオンによる影響について検討したが、Cl-、SO42-とも抗菌活性に差を認めなかった。また、2価の陽イオンであるCa2+、Mg2+の検討ではそれぞれNa+、K+よりかなり低いイオン濃度(0.05mM以下)で抗菌活性がみられた。2価の陽イオンであるCa2+、Mg2+と1価の陽イオンであるNa+、K+とは異なる抗菌活性機序が推測された。ウサギ血小板由来の抗菌ペプチドであるtPMP(Thrombin-induced platelet microbiai protein)はStaphylococcus aureusに対する抗菌活性実験にて、l100(菌発育を100%阻止する最小濃度)は1価陽イオンではNa+250mM,K+250mMであるのに対して、2価陽イオンではCa2+25mM,Mg2+10mMであるとの報告があり、抗菌活性はイオン電荷当量と相関があると推察されている。今回の実験結果より、tPMPと同様にhBD-2の抗菌活性はイオン電荷当量の関与がある可能性が示唆された。

 hBD-2は肺や気管に発現がみられること及び、細菌感染や炎症性サイトカインなどの刺激により発現が誘導されることより、肺炎などの急性炎症との関係が示唆される抗菌ペプチドである。hBD-2遺伝子配列をみると、転写開始上流域にNF-κBおよびAP-1と類似した配列が存在している。これはhBD-2が急性期に誘導されることと一致した事実であり、その転写調節にNF-κBおよびAP-1が関与していることが予想される。hBD-2の転写活性について、初代培養ヒト気道上皮細胞を用いたin vitroの系にてLPS刺激がマクロファージ表面抗原であるCD14とLPS receptorであるTLRs(Toll like receptor)を介してNF-κBを活性化することが最近報告されている。

しかし、AP-1の関与についてはまだ報告がない。よって本研究では第2の検討として、in vitroの系でのhBD-2発現の転写調節について、(1)転写因子NF-κB,AP-1の関与、(2)GlucocorticoidおよびCOX inhibitorであるlndomethacin,NS-398,Aspirinなどの薬剤のhBD-2発現誘導に及ぼす影響について検討した。

 日本人肺腺癌由来であるLC-2/ad細胞を用いてhBD-2の発現の分子機構について、Northern blot法にて検討した。その結果、まずLPS用量依存性にhBD-2発現の増加がみられた。またLPS刺激にてhBD-2の発現は刺激後24時間にてプラトーに達する経時的な増加がみられた。NF-κB阻害剤であるPDTCはLPSによるhBD-2発現を用量依存的に抑制した。12-O-tetradecanoylphorbol-13-acetate(TPA)はPKCを介して転写因子であるAP-1を活性化する一方、TPAを長時間作用させると逆にPKCをdownregulationすることがin vitroの検討にて知られている。TPA単独刺激ではhBD-2の発現誘導はみられなかったが、TPA24時間前処置後(PKC downreguiation)のLPS刺激では、対照群に比べhBD-2の部分的な発現抑制がみられた。以上より、hBD-2の転写活性はNF-κBの関与および一部AP-1の関与が考えられた。さらに細胞内CaキレーターであるBAPTA-AMによりLPSによるhBD-2発現は著明に抑制された。次に抗炎症薬による影響について検討した。Glucocorticoidの転写活性については、Glucocorticoid Receptor(GCR)はGlucocorticoid Response Element(GRE)を介してある特定の遺伝子を活性化することが知られている。一方、GCRはNF-κB複合体p65 subunitに結合してNF-κB活性を抑制することにより、抗炎症作用をもつことが報告されている。さらにGCRはJun-Fos複合体に結合し、AP-1を介する遺伝子発現を抑制するとの報告もある。本研究による検討では、GlucocorticoidはLPS刺激によるhBD-2発現を用量依存性に抑制した。これより、GlucocorticoidはNF-κBおよびAP-1の両方または一方を抑制することにより、hBD-2の発現を抑制することが推察された。またCOX inhibitorであるlndomethacin, NS-398,Aspirinはいずれも同刺激によるhBD-2発現を抑制しなかった。これより、hBD-2の転写発現にはcyclooxygenase系の関与がないことが予想された。

 hBD-2は肺炎などの呼吸器疾患とより密接な関係があることが示唆される抗菌ぺプチドである。hBD-2は元来生体内で産生されるものであり広範囲に抗菌活性をもつことから、今後の臨床的応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はヒトの生体防御を司る抗菌ペプチドであるdefensinの中で、呼吸器感染症とより密接な関係があると示唆される、human β-defensin-2(hBD-2)について、抗菌活性に対する電解質イオンの影響及び発現に対する抗炎症薬の影響について、その作用および発現に関わるそれぞれの環境の影響について検討を加えたものであり、下記の結果を得ている。

1. 大腸菌を用いた細菌学的な方法にて、hBD-2抗菌活性は1価の陽イオンであるNa+、K+によるイオン濃度依存性の影響が示された。

 またNa+、K+相互の関係では総和イオン濃度が抗菌活性に影響を与える可能性が示唆された。さらに、2価の陽イオンであるCa2+、Mg2+でもイオン濃度依存性の影響が示された。一方、陰イオンであるC1-、SO42-による抗菌活性に対する影響はみられなかった。

 以上より、hBD-2抗菌活性はイオン電荷当量の関与がある可能性が示唆された。

2. ヒト肺癌由来の培養細胞であるLC2/adにて、LPS刺激によるhBD-2発現誘導を、RT-PCRおよびNorthen blotにて示した。同刺激によるLPS時間依存性および濃度依存性のhBD-2発現増加が認められた。

3. LC2/ad細胞によるin vitroの検討にて、NF-κB阻害剤であるPDTC投与によりLPS刺激によるhBD-2発現の抑制が認められた。TPA長時間刺激(PKC downregulation)により、LPS刺激によるhBD-2発現の部分的な抑制が認められた。hBD-2の転写制御に関しては、NF-κBおよび一部AP-1の関与が考えられた。

4. LC2/ad細胞にて、dexamethasone投与により、LPS刺激によるhBD-2発現の抑制が認められた。COX-1,2阻害剤であるindomethacin, aspirinおよびCOX-2選択的阻害剤であるNS-398投与により、LPS刺激によるhBD-2発現は抑制されなかった。

 以上、本論文はヒトの抗菌ペプチドであるhBD-2の抗菌活性に対する電解質イオンの影響についてhBD-2発現誘導に対する転写因子、抗炎症薬の影響について明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかったhBD-2抗菌活性機序およびhBD-2発現誘導に対する抗炎症薬(Sreroid, NSAID)の影響について、臨床においても重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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