学位論文要旨



No 116419
著者(漢字) 史,亜洲
著者(英字)
著者(カナ) シ,アシュウ
標題(和) 胆嚢癌におけるRb蛋白過剰発現と予後およびp16INK4蛋白欠失との関連性に関する研究
標題(洋) Overexpression of Retioblastoma Protein Predicts Decreased Survival and Correlates with Loss of p16INK4 Protein in Gallbladder Carcinomas
報告番号 116419
報告番号 甲16419
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1814号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 講師 堀江,重郎
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】

 癌抑制遺伝子の異常はほとんどすべてのヒトの腫瘍で高頻度に見いだされており、ヒトの癌の発症にと進展に重要な役割を果たしていると考えられている。Rbとp16INK4遺伝子は代表的な癌抑制遺伝子であり、その発現異常は多くのヒトの癌で報告されている。

 Rb蛋白は細胞増殖抑制能をもち、細胞周期のG1期を負に制御しているが、その活性はリン酸化により調節されている。低リン酸化型のRb蛋白が活性型であり、高リン酸化型のRb蛋白は不活性型である。Rb蛋白はG1期においては低リン酸化状態で、E2Fなどの転写因子と結合してその活性を積極的に抑制し、増殖関連遺伝子群の転写を負に制御している。G1後期からS期においてRb蛋白はサイクリン/サイクリン依存性キナーゼ(cdk)複合体によりリン酸化される。それによりRb蛋白とE2Fとの結合は解離してE2Fが活性化する。そしてS期に必須な増殖関連遺伝子群の転写が活性化し、S期へと進行する。cdkの活性はcdk阻害蛋白(p16INK4蛋白など)によって抑制的に制御されている。p161M4蛋白はサイクリンD/cdk複合体を阻害することによりRb蛋白のリン酸化を抑制し、細胞周期をG1期に止める。最近、培養細胞において、p16INK4の転写はRb蛋白によって抑制されることが報告された。また、Rbの転写はp16INK4蛋白によって抑制されることも報告された。これにより、Rbとp16INK4の間、bi-directional feedback経路が存在する可能性を示した。p16INK4/Rb経路の異常が多くの癌で報告されている。本研究では、胆嚢癌におけるRb蛋白およびp16INK4蛋白の発現を免疫組織化学法により解析し、その発現異常と臨床病理因子及び予後との関連性の検討を目的とした。

【対象と方法】

1. 対象

 対象は1990年1月から1999年4月までの間に東京大学附属病院肝胆膵外科で切除術を施行した胆嚢癌症例36例とした。二つの腫瘍がある症例は1例あった。年齢は45歳から84歳まで、中間値は65歳で、男性17例、女性19例であった。術式は、胆嚢切除術23例(単純胆嚢切除術15例、拡大胆嚢切除術8例)であり、胆嚢切除兼他臓器合併切除術は13例であった。Follow-up期間は3ケ月から101ケ月まで、中間値は28ケ月であった。生存解析は根治性切除の32症例を対象とする。正常胆嚢7標本及び胆嚢癌患者23例の非癌部胆嚢標本を対照とした。

 病理組織学的検討は胆道癌取り扱い規約に従い行った。37腫瘍の腫瘍の組織学的分類は、乳頭腺癌が12例で、管状腺癌が21例(高分化型12例、中分化型6例、低分化型3例)で、粘液癌が1例で、印環細胞癌が1例で、腺扁平上皮癌が1例で、未分化癌が1例であっだ。37腫瘍をstage別にみると、stage Iが11例、IIが11例、IIIが7例、IVが8例であった。

2. 免疫組織化学的方法

 1)Rb蛋白の免疫染色

 ホルマリン固定パラフィン包埋ブロックより5μmの薄切切片を作製し、脱パラフィンの後、autoclaveで抗原復活を行った。1次抗体として抗Rb蛋白マウスモノクローナル抗体(clone G3-245)と一晩反応させた。2次抗体としてbiotinylated anti-mouse IgGを用いた。続いて、Avidin-Biotin Complexと30分反応させた後にDAB液にて発色させ、Hematoxylinで核染色を行って、顕微鏡で観察した。

 2)p16INK4蛋白の免疫染色

 p16INK4蛋白の免疫染色はRb蛋白と同じ方法により行った。1次抗体は抗p16INK4蛋白マウスモノクローナル抗体(clone G175-405)と抗p16INK4蛋白ウサギポリクローナル抗体(C-20)を用いて、免疫染色を行った。

3. 統計学的方法

 Rb蛋白、p16INK4蛋白発現と臨床病理因子との相関についてはFisherの直接確率法により行った。累積生存率はKaplan-Meier法により算出し、生存率の有意差検定はlog rank testにより行った。生存率の有意差検定はCox's regression hazards modelによる多変量解析を行った。P<0.05を統計学的有意差ありと判定した。

【結果】

1. Rb蛋白の発現

 7例正常胆嚢上皮及び23例非癌部の胆嚢上皮はRb陽性を示し、陽性細胞の百分率は90%以上であった。免疫染色の強度は弱陽性と強陽性を分けたところ、7例正常胆嚢上皮及び大部分症例の非癌部胆嚢上皮の染色強度は弱陽性であった。強陽性の胆嚢上皮細胞は一部の症例の非癌部胆嚢上皮にみられ、その百分率は50%以下であった。これに基づいて、胆嚢癌を3群に分けた。pRb 0(欠失)、陽性腫瘍細胞が見られないあるいはその百分率<1%;pRb 1+ (正常)、陽性腫瘍細胞の百分率〓1%かつ強陽性腫瘍細胞の百分率<50%;pRb 2+(過剰発現)、強陽性腫瘍細胞の百分率〓50%。

 37腫瘍の中、pRb 0は5(13.5%)例で、pRb 1+は14(37.8%)例で、pRb 2+は18(48.6%)例であった。pRb 1+と比べて、pRb 0、pRb 2+腫瘍はstage III/IV群の中に有意に高率であった(pRb 0 vs.pRb 1+,26.7% vs.6.7%,P=0.0061;pRb 2+ vs.pRb 1+,66.7% vs.6.7%,P=0.0075)。pRb 1+腫瘍は、リンパ節転移群の中に1例もみられなかったが、pRb 0、pRb 2+腫瘍は、高率であった(pRb 0 vs.pRb 1+,16.7% vs.0%,P=0.059;pRb 2+ vs.pRb 1+,83.3% vs.0%,P=0.0013)。また、pRb 1+と比べて、pRb 0、pRb 2+腫瘍は神経浸潤群の中に有意に高率であった(pRb 0 vs.pRb 1+,23.1% vs.7.7%,P=0.037;pRb 2+vs.pRb 1+,69.2% vs.7.7%,P=0.019)。Rb蛋白の発現はほかの臨床病理学因子との間には相関が認められなかった。

 根治性切除の32症例の術後生存率を検討したところ、pRb 1+、pRb 0、pRb 2+群症例の5年生存率はそれぞれ90%、60%、21.5%であった。pRb 0群症例と比べて、pRb 1+群症例の予後は良い傾向がみられたが、有意差がなかった(P=0.19;log-rank test)。pRb 1+群症例はpRb 2+群症例より有意に予後良好であった(P=0.001)。この差はstage I/II群症例(22例)で検討してもリンパ節陰性の症例(25例)で検討しても全症例(36例)で検討してもいずれでも認められた。多変量解析により、根治性切除の32症例における有意な生存予後因子は、pRb 2+(P=0.011)、腫瘍の組織学的分類(P=0.016)の2因子であった。

2. p16INK4蛋白の発現

 p16INK4蛋白は正常胆嚢上皮細胞には染まらない。p16INK4のcut off値を1%とし、胆嚢癌を2群に分けた。p16INK4陰性腫瘍、陽性腫瘍細胞が見られないあるいはその百分率<1%;16INK4陽性腫瘍、陽性腫瘍細胞の百分率〓1%。37腫瘍の中、p16INK4陰性は28(75.7%)腫瘍で、p16INK4陽性は9(24.3%)腫瘍であった。p16INK4蛋白の発現は臨床病理学因子及び予後との間には有意な相関が認められなかった。

3. Rb蛋白発現とp16INK4蛋白発現との関連性

 Rb蛋白発現とp16INK4発現に関してχ2検定を行ったところ、両者の間に有意な相関がみられた。pRb 0腫瘍5例全例はp16INK4陽性で、pRb 2+腫瘍18例全例はp16INK4陰性であった。Rb蛋白とp16INK4蛋白の同時欠失がみられなかったが、両者の同時陽性が4例であった。pRb 2+(過剰発現)はpl61NK4蛋白の欠失と有意に相関した。

【まとめ】

 本研究は胆嚢癌におけるRb蛋白およびp16INK4蛋白の発現異常と腫瘍の臨床病理因子及び予後との関連性を検討し、以下の結論を得た。

 1) 胆嚢癌において、Rb蛋白過剰発現はRb蛋白欠失と同程度に、腫瘍の進展に関与している。また、Rb蛋白過剰発現は胆嚢癌の予後因子として有用である。

 2) 胆嚢癌において、Rb蛋白過剰発現はp16INK4蛋白の欠失と関連がある。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、胆嚢癌におけるRb蛋白およびp16INK4蛋白の発現を免疫組織化学法により解析し、その発現異常と臨床病理因子及び予後との関連性の検討を行い、以下の結果を得ている。

1. 胆嚢癌において、Rb蛋白過剰発現はRb蛋白欠失と同程度に、腫瘍の進展に関与している。また、Rb蛋白過剰発現は胆嚢癌の予後因子として有用である。

2. 胆嚢癌において、Rb蛋白過剰発現はp16INK4蛋白の欠失と関連がある。

 以上、本論文は胆嚢癌におけるRb蛋白およびp16INK4蛋白の発現異常と臨床病理因子及び予後との関連性を解明した。また、Rb蛋白過剰発現はp16INK4蛋白の欠失と関連があることを示した。これらの知見は胆嚢癌の新しいbiotherapyの開発と臨床治療のstrategyに重要な貢献があると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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