学位論文要旨



No 116420
著者(漢字) 西松,寛明
著者(英字)
著者(カナ) ニシマツ,ヒロアキ
標題(和) 内因性アドレノメデュリンが血管緊張および虚血再灌流障害に及ぼす影響に関する研究 : アドレノメデュリントランスジェニック/ノックアウトマウスを用いた研究
標題(洋)
報告番号 116420
報告番号 甲16420
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1815号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 助教授 三村,芳和
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 講師 大野,実
 東京大学 助教授 本間,之夫
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

 アドレノメデュリン(AM)はヒトの褐色細胞腫から分離された強力な血管拡張性ペプチドである。体内を循環しているAMは主に血管壁から分泌されており、血管緊張調節に重要な役割を果たしていると推測されている。一方、AMは血小板のcyclic adenosine monophosphate(cAMP)の増加活性をモニターして発見された経緯より、当初はcAMPが唯一の血管拡張作用に対するsecond messengerと考えられていた。またAMはその構造の相同性から、calcitonin gene-related peptide(CGRP)ファミリーの一員と考えられた。最近、AMとCGRPは一部、共通の受容体を介した作用を有することが証明されているが、両者の細胞内情報伝達の詳細は不明である。AMは内皮依存性の血管拡張作用を示し、cyclic guanosine monophosphate(cGMP)がもう一つのsecond messengerであることが示されている。我々はすでに、血管内皮剥離やグアニル酸シクラーゼ阻害剤によりAMの血管拡張反応が低下することや、灌流腎においてAMが一酸化窒素(NO)の遊離を増加させること、NO合成阻害薬によりNO遊離や血管拡張反応が低下することを示してきた。以上の事実から、AMによる血管拡張反応は少なくとも一部は、NO-cGMP系を介するものと考えられる。AMは高血圧、心不全、腎不全の症例でその血漿濃度が上昇していることが報告されている。AMが血管拡張作用やNa利尿作用を有することから、AMはこれらの病態に代償的に作用している可能性がある。しかしながら内因性のAMが循環調節系にどの様な役割を担っているかは不明な点が多い。また、AMは少なくともその内皮依存性の血管拡張反応にNOが関わっていることを述べたが、NOは様々な心血管系への作用を有している一方で、虚血・再潅流障害に対する役割に関しては議論が分かれるところである。我々は以前、急性腎不全では内皮由来のNOの産生が増加し、腎組織障害を緩和することを示した。内因性のAMがこの様な病態にどの様に関わっているかをさらに明らかにするために、発生工学的手法を用いてAMの機能解析を行った。

【方法】

1. トランスジェニックマウス(TG)およびノックアウトマウス(KO)

 Shindo,Kuriharaらの開発したマウスを解析した。AMTGは、AMが主に血管から分泌されることに着目し、血管特異的な遺伝子プロモーターを応用して内因性AMを過剰発現させた。具体的には、エンドセリン-1(ET-1)が血管内皮細胞に高い選択性を持って発現していることに着目し、このET-1プロモーター領域の下流に、0.7kbのラットAMcDNAを結合した導入遺伝子を作成し、マウス受精卵に導入してAMを過剰発現させたAMTGマウスを確立した。またAM遺伝子のプロモーター領域約1.3kbおよびexon 1-4をネオマイシン耐性遺伝子で置換するようにtargeting vectorを作成することによりAMKOマウスを確立した。KOはホモ接合体が胎生13.5日で致死に至ることから、ヘテロ接合体を今回の検討に用いた。大動脈や腎臓におけるAMの発現レベルは、TGにおいて約200-500%と増加し、KOにおいては約50%に低下していた。

2. AMの血管拡張作用の検討

 これらのマウスを用いて、内因性のAMの血管系や腎臓における役割を検討した。生後12週齢で雄のTG、KO、ならびに同腹の野生型マウス(WT)を用いて胸部大動脈の血管反応を調べた。それぞれのマウスから胸部大動脈を摘出し、等尺性張力を測定した。前収縮には10-6mol/Lのノルエピネフリンを用いた。

 内皮の有無によってそれぞれアセチルコリン(ACh)、AM、CGRPに対する張力の変化を観察した。次いで、内皮の剥離、NO合成阻害薬である、L-NG argininemethyl ester(L-NAME)、AM受容体拮抗薬であるAM(22-52)やCGRP(8-37)、そしてcGMP特異的なphosphodiesterase阻害薬であるE-4021の大動脈張力に及ぼす影響を検討した。大動脈輪の弛緩の程度は最高張力からの減少率にて示した。

 またこれらのマウスの右腎を単離灌流し、腎灌流圧(RPP)を測定した。腎静脈からの流出灌流液はNO測定装置に接続した。灌流液中に10-7mol/LのアンジオテンシンIIと10-5mol/Lのインドメサシンを加えることにより灌流圧を約100mmHg(100±7mmHg)に維持した。この単離灌流腎モデルにおいて、ACh、AM、AM(22-52)、CGRP(8-37)、L-NMMA、E-4021による腎灌流圧の変化を検討した。

3. 虚血性急性腎不全モデルの作成

 さらに、これらのマウスで両側の腎動脈を45分圧迫閉塞し後に閉塞を解除して生じる急性腎不全モデルを作成し、虚血再灌流24時間後にBUN測定のための採血後、賢臓を灌流固定し、Bowman嚢腔の拡大、尿細管腔の拡張・壊死、尿細管上皮の脱落および円柱の程度によるdamage scoreを組織学的に検討した。これらをL-NAMEの前投与下でも測定した。またAMがNO産生に与える影響を検討するため、正常ならびに虚血再灌流後24時間の腎臓髄質を用いて、14Cで標識したL-アルジニンがシトルリンに変換される効率からカルシウム依存性と非依存性のNO合成酵素(NOS)の活性を測定した。

【結果】

 TGでは同腹のWTに比較して、平均血圧で約15mmHgの血圧低下を示したが、KOではWTに比べて平均血圧で10mmHg程度の血圧上昇を示した。

 大動脈リング標本での検討では、ACh、AMそしてCGRP等の内皮依存性血管拡張物質は用量依存性に大動脈の張力を低下させたが、その程度は、WTやKOに比べてTGで有意に低下していた(%Δtension[10-5M ACh]:KO -85.1± 8.7、WT -51.9±7.8、TG -40.3±7.3,p<0.01)。また内皮を剥離することにより三群間の有意差は消失した。内皮剥離によるAMならびにCGRPの血管拡張反応は50%以上減弱した。AM受容体拮抗薬であるAM(22-52)とCGRP(8-37)の投与により、3群とも血管収縮作用を示した。これらの拮抗薬はWTやKOに比べて、TGにおいて強かった(%Δtension[10-6M CGRP(8-37)]:KO 24.0±2.3、WT 51.2±3.0、TG 74.6±5.0,p<0.01)。またAM受容体拮抗薬の作用は、内皮を剥離することにより有意差が消失した。E-4021は単独投与にて用量依存性に血管を拡張させ、L-NAMEは血管緊張を増加し、その程度はTG>WT>KOの順であった(%Δtension [10-7M E-4021]:KO -18.7±1.9、WT -25.4±1.5、TG -35.7±2.4,p<0.05)。またL-NAMEならびにE-4021の効果は内皮を剥離することにより減弱した。

 単離灌流腎での検討では、腎灌流圧の基礎値は、KO、WTに比較してTGで有意に低下していた(KO 162±6,WT 135±7,TG 93±6mmHg,p<0.01)。

ACh、AMやCGRPは用量依存的にRPPを減少させたが、その血管拡張の程度は、KOやWTに比較してTGで減弱していた(%�儚PP [10-8M CGRP]:KO -62±3%,WT -55±2%,TG -39±7%,p<0.01)。一方、L-NMMAではTGでより強い血管収縮を示した。AM受容体拮抗薬での検討では大動脈リング標本での検討結果と同様で、RPPを増加させ、その程度もTG>WT>KOの順であった(%ΔRPP[10-6M CGRP(8-37)]:KO +49±9%,WT +94±13%,TG +135±18%,p<0.01)。

 急性腎不全モデルの検討ではTGにおいて血中BUN値の上昇は軽度であった(BUN:KO 104±5,WT 98±15,TG 38±7mg/dl,p<0.05)。またrenal damage scoreもTGにおいてWTやKOより有意に少なかった(KO 4.04±0.13、WT 3.16±0.12、TG 1.96±0.17、p<0.05)。これらの有意差は、L-NAMEの前投与によって消失した。

 NOS活性の検討結果では、Ca依存性のNOSにおいてTG>WT>KOの順で活性の上昇を認めた([14C]-citrulline(pmol/min/mg protein):KO 4.47±0.54、WT 5.73±0.51、TG 8.90±0.91、p<0.05)。Ca非依存性のNOS活性は全群で低かった。

【考察および結語】

 AMの血管拡張作用は内皮剥離、L-NAMEの投与により著明に減弱する一方、E-4021の投与により拡張したことから、AMの血管緊張調節機序は内皮依存性であり、少なくとも一部はNO-cGMP系を介していると考えられた。またこれらの薬物による反応がTGで増強し、KOで減弱していたことより、内因性のAMがNO-cGMP系を活性化していることが明らかとなった。さらにAM受容体拮抗薬はTGのみならずWTでも血管緊張を亢進したことからも、内因性のAMは血管緊張の生理的調節に重要な役割を担っていると考えられた。またAMを過剰発現させることによって虚血・再潅流障害から腎組織を保護することが出来、その機序としてAMのNO遊離能によることが考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、血管拡張性ペプチドであるアドレノメデュリン(AM)が循環調節系にどの様な役割を担っているかを明らかにするために、発生工学的手法を用いてAMトランスジェニックマウス(TG)およびノックアウトマウス(KO)を作成して、内因性AMの作用機序を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. TGでは同腹のWTに比較して、平均血圧で約15mmHgの血圧低下を示したが、KOではWTに比べて平均血圧で10mmHg程度の血圧上昇を示した。内因性AMが血管拡張作用を有しており、血圧降下作用を有することが示された。

2. 大動脈リング標本での検討では、ACh、AMそしてCGRP等の内皮依存性血管拡張物質は用量依存性に大動脈の張力を低下させたが、その程度は、WTやKOに比べてTGで有意に低下していた。また内皮を剥離することにより三群間の有意差は消失した。内皮剥離によるAMならびにCGRPの血管拡張反応は50%以上減弱した。AM受容体拮抗薬であるAM(22-52)とCGRP(8-37)の投与により、3群とも血管収縮作用を示した。

 これらの拮抗薬はWTやKOに比べて、TGにおいて強かった。またAM受容体拮抗薬の作用は、内皮を剥離することにより有意差が消失した。E-4021は単独投与にて用量依存性に血管を拡張させ、L-NAMEは血管緊張を増加し、その程度はTG>WT>KOの順であった。またL-NAMEならびにE4021の効果は内皮を剥離することにより減弱した。

2. 単離灌流腎での検討では、腎灌流圧の基礎値は、KO、WTに比較してTGで有意に低下していた。ACh、AMやCGRPは用量依存的にRPPを減少させたが、その血管拡張の程度は、KOやWTに比較してTGで減弱していた。一方、L-NMMAではTGでより強い血管収縮を示した。AM受容体拮抗薬での検討では大動脈リング標本での検討結果と同様で、RPPを増加させ、その程度もTG>WT>KOの順であった。

3. 急性腎不全モデルの検討ではTGにおいて血中BUN値の上昇は軽度であった。またrenal damage scoreもTGにおいてWTやKOより有意に少なかった。これらの有意差は、L-NAMEの前投与によって消失した。NOS活性の検討結果では、Ca依存性のNOSにおいてTG>WT>KOの順で活性の上昇を認めた。Ca非依存性のNOS活性は全群で低かった。

 以上、本論文ではAMの血管拡張作用は内皮剥離、L-NAMEの投与により著明に減弱する一方、E-4021の投与により拡張したことから、AMの血管緊張調節機序は内皮依存性であり、少なくとも一部はNO-cGMP系を介している事を初めて証明するとともに、これらの薬物による反応がTGで増強し、KOで減弱していたことより、内因性のAMがNO-cGMP系を活性化していることを示唆した研究である。さらに本研究では、内因性のAMは血管緊張の生理的調節に重要な役割を担っており、さらにAMを過剰発現させることによって虚血・再潅流障害から腎組織を保護することが出来る事を示した。以上・血管生理学の解明に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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