学位論文要旨



No 116421
著者(漢字) 藤田,喜一郎
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,キイチロウ
標題(和) 前立腺特異的に発現する新規遺伝子hJALに関する研究
標題(洋)
報告番号 116421
報告番号 甲16421
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1816号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 助教授 三村,芳和
内容要旨 要旨を表示する

1 目的

 染色体領域1q21はさまざまな腫瘍において変異が認められている。また、この領域にはEDC(epidermal differentiation complex)として知られている、表皮の最終分化に関与する遺伝子群がクラスターを形成し、遺伝子の密度が高くなっている領域が存在している。このように特徴的な染色体領域に局在する遺伝子として、hJTB(jumping translocation breakpoint)が単離された。hJTBは急性骨髄単球性白血病症例において認められた、希な染色体転座であるjumping translocation(JT)の転座点に局在する遺伝子として同定された、膜貫通ドメインを有する膜蛋白である。JTによって変異を受けたhJTBはこの膜貫通ドメインを欠失しており、この変異が白血病の発生機構と関連があることが示唆されている。

 この特徴的な染色体領域についての知見を得ることは、染色体転座の発生機構、および、腫瘍の発生や悪性度の進展の機構を解明する有用な手がかりになり得ると考え、本研究では、染色体1q21の構造について、詳細に検討することを目的とする。

2 結果と考察

2.1 hJALの単離

 まず、hJTB遺伝子座の周辺領域のゲノムDNAの塩基配列を決定し、解析した。得られた塩基配列をもとに、データベース検索を行ったところ、hJTB近傍の塩基配列と相同性を持つESTクローンが得られた。このESTクローンを用いて,cDNAの全長を単離することに成功した。得られたcDNAをプローブとしたノーザンブロット解析の結果、想定される遺伝子は約1.8kbの転写産物として、前立腺に特異的に発現していることが明らかとなった。卵巣、胃、甲状腺、気管においても発現を認めたが発現量はごくわずかであった。以上から、このcDNAが実際に遺伝子をコードしていることが確認された。得られたcDNAの塩基配列をもとに、データベース検索を行ったところ、有意な相同性を示すクローンは得られなかった。そこで、この遺伝子を新規なものと判断し、hJAL(human jumping-translocation-associated gene,large)と名付けた。hJAL cDNAは全長1747塩基対からなり、予想されるORFは395アミノ酸からなる分子量43.4kDaの蛋白質をコードしていると考えられた。予想されるアミノ酸配列から、bZIP(basic domain-leucine zipper)モチーフを分子の中央付近に有することが明らかとなり、bZIP転写因子スーパーファミリーに属することが予想された。また、アミノ末端とカルボキシル(C)末端に1つずつ、セリン残基に富んだ領域が認められた。さらに、hJAL cDNAが実際に蛋白質をコードしていることを確認するために、C末端をFLAGで標識した組み換え蛋白質(hJAL-FLAG)を293T細胞に発現させ、ウエスタンブロットで解析した。その結果、hJAL-FLAGは54.0 kDaおよび58.1 kDaの2本のバンドとして検出された。この結果からhJALが実際に蛋白質をコードしており、またhJALが何らかの修飾を受けていることが予想された。

 hJAL遺伝子座周辺のゲノムDNAの塩基配列を詳細に解析し、cDNAの塩基配列と比較したところ、hJALは10個のエキソンおよび9個のイントロンからなり、全体としては約6.5kbにおよぶ構造を持つことが明らかとなった。またAlu繰り返し配列を多く含んでいること、および、hJALとhJTBはtail-to-tailの形で隣接し、hJALのポリAシグナルの3'末端とhJTBのポリAシグナルの3'末端の間にはわずか180塩基対しか存在していないことが明らかとなった。これらの結果は、この領域の遺伝子の密度が高いということを反映していると考えられた。

2.2 hJALの構造

hJAL cDNAから予測されるアミノ酸配列を用いて、データベース検索を行ったところ、bZIP転写因子スーパーファミリーに属するhLZIPと有意な相同性を持つことが分かった。hLZIPの生物学的機能は不明であるが、HCF(host cell factor)-1と結合することにより、細胞周期に依存した転写制御に関与していると考えられている。hJALとhLZIPの間にはbZIPドメインを中心として、約120アミノ酸にわたってよく保存されている領域が認められた。この領域内に、hLZIPでは膜貫通ドメインが存在しており、hJALにも同様のドメインの存在が示唆された。両蛋白質間でよく保存されている領域は、hJALのエキソンの構造とほぼ一致していると考えられ、hJALとhLZIPが進化上近い関係にあることが示唆された。

 hJAL cDNAの塩基配列を用いたデータベース検索によって得られたESTクローンを用いて、マウスのホモログ(mJAL)を単離することに成功した。mJALは370アミノ酸からなる分子量41.0 kDaの蛋白質で、hJALの全長と比較して66.4%の同一性を有していることが明らかとなった。また、ラット、ウシ、ブタ、ゼブラフィッシュにも、高い相同性を有するESTクローンが検索され、JALが広く脊椎動物の間で保存されていることが明らかとなった。

 ウサギ網状赤血球抽出液を用いて組み換えhJAL蛋白質を発現させた。この組み換え蛋白質を用いたゲルシフトアッセイの結果、hJALがCREに結合することが明らかとなった。また、hJALのC/EBP結合配列、AP-1配列への結合は認められなかった。以上の結果からアミノ酸配列からだけでなく、機能的にもCREB/ATFファミリーと関連が強いことが示された。

2.3 hJAL遺伝子座の変異

 hJALをプローブとしたサザンハイブリダイゼーションの結果、前立腺癌症例の一部において、染色体の変異と考えられる付加的なDNA断片が検出された。同一症例の正常精巣由来では、同様の変異は認められなかった。さらに解析を進めた結果、hJAL比遺伝子座に転座点を有する染色体転座で、hJALのセントロメア寄りの一部の増幅を伴っているものであると推測された。上記と同様の変異が前立腺癌細胞株においても認められるかを検討した結果、本研究で用いた3種類の細胞株全てにおいて変異が認められないことが明らかとなった。

2.4 hJALの発現

 前立腺癌細胞株における、hJALの発現をノーザンブロットで検討した。その結果,アンドロゲン依存性を有する細胞株LNCaPにおいてはhJALの発現を認めた。これに対して、アンドロゲン非依存性株PC-3、DUI45では、発現が認められないことか明らかとなった。さらに、前立腺癌組織におけるhJALの発現をノーザンブロットを用いて解析したところ、正常前立腺、前立腺肥大症組織では発現を認めたが、前立腺癌組織ではhJALの発現を認めなかった。さらにRT-PCRにてhJALの発現を検討したところ,正常前立腺、前立腺肥大症組織では発現を認めた。一方、前立腺癌組織ではhJALの発現が減少している傾向が認められたものの、発現が検出される症例も認められた。以上の結果から、hJALは正常前立腺におけるアンドロゲン依存性の発生、分化、増殖に関連した機能を有しており、hJALの発現の低下により、正常の分化、増殖の制御機構が破綻し、前立腺の癌化を引き起こす可能性があると推測された。

 これまでに得られた結果から、hJALの発現量の低下が、前立腺の腫瘍化の原因と関連があることが推測された。そこで、hJALのプロモーター領域を解析することによって、hJALの発現機構の解明を試みた。その結果、すでに報告されている、いくつかの前立腺特異的に発現する転写因子の結合配列が存在していることが明らかとなった。興味深い点は、検索された転写因子結合配列のうち、出現頻度が最も高く、かつコンセンサス配列と高度に一致を認めた配列として、性決定因子とされるSRYとその関連蛋白質SOX5の結合配列が認められたことである。SRYと前立腺の発生や前立腺癌の形成との関わりについては、ほとんど知られていないが、個体の発生に関与する転写因子の結合配列がhJALのプロモーター領域に多数見いだされたことは、hJAL比が前立腺の発生、分化に関与している可能性を示唆するものと考えられた。

3 まとめ

 本研究によって得られた結果から、hJALは正常前立腺におけるアンドロゲン依存性の発生、分化、増殖に関連した機能を有していると推測されたが、今後、hJALの生物学的機能を明らかにすることによって、解明の進んでいない、前立腺の腫瘍化、悪性度の進展の分子生物学的機構を説き明かす手がかりが得られることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はさまざまな腫瘍において高頻度に変異を認め、また、高頻度の組み換え、増幅の結果、高い遺伝子密度を獲得した、特徴的な染色体領域1番染色体長腕バンド21の構造を明らかにするために、染色体1q21に転座点を有する急性骨髄単球性白血病症例において観察された、希な様式の染色体転座であるジャンピングトランスロケーションの転座点に局在する遺伝子hJTBの周辺領域のゲノムDNAの塩基配列を約13kbに渡って詳細に解析したものであり、下記の結果を得ている。

1. 得られた塩基配列を用いたデータベース検索の結果、ESTクローンがhJTBの3'末端側に、新規遺伝子hJAL比を単離することに成功した。この遺伝子のcDNAは全長1747塩基対からなり、ゲノムDNAの塩基配列との比較から、10個のエキソンおよび9個のイントロンで構成されていることが明らかとなった。

2. hJAL五遺伝子座周囲には、Alu繰り返し配列が多数認められた。Alu繰り返し配列の存在と、遺伝子密度とが相関することが知られており、hJAL遺伝子座周辺領域においても、進化上、高頻度に遺伝子組み換えが起こっていたことが示唆された。

3. hJALは395アミノ酸からなる分子量43.4 kDaの蛋白質をコードすると予想され、予想されるアミノ酸配列からhJALは分子の中央付近にbZIPモチーフを有しており、bZIPファミリーに属していることが明らかとなった。また、HCF-1と相互作用することにより、細胞周期に依存した転写制御に関与していると考えられている、bZIPファミリーに属する転写因子のhLZIPと有意な相同性を認めた。

4. 組み換え蛋白質を用いたゲルシフトアッセイで、hJALがCREに結合可能であることが明らかとなり、機能的にもbZIPファミリーに属していることが明らかとなった。

5. hJALの塩基配列を用いたデータベース検索の結果、マウスのホモログの単離に成功した。また、他の動物種においてもhAJLのホモログの存在が示唆され、JALは脊椎生物において広く分布し、進化上高度に保存されてきたことが明らかとなった。

6. hJALは前立腺特異的に発現しており、前立腺癌組織においては発現が消失している傾向にあることが明らかとなった。さらに、アンドロゲン依存性を有する前立腺癌細胞株LNCaPでは発現を認めたが、アンドロゲン非依存性株PC-3、DU145では発現を認めないことが明らかとなった。これらの結果から、hJALが前立腺のアンドロゲンに依存した正常発生、分化、増殖に関与している可能性が示唆され、このhJALの機能の破綻が前立腺の腫瘍化の原因となっている可能性が推測された。

7. サザンハイブリダイゼーションを用いたゲノムDNAの解析により、前立腺癌症例の一部で、hJAL遺伝子座内の染色体異変と考えられるDNA断片を検出した。

 以上、本論文はさまざまな腫瘍において高頻度に変異を認め、また、高頻度の組み換え、増幅の結果,高い遺伝子密度を獲得した、特徴的な染色体領域1q21のゲノムDNAの塩基配列の解析から、前立腺特異的に発現する新規遺伝子hJALを単離し、この遺伝子が前立腺のアンドロゲンに依存した正常発生、分化、増殖に関与し、この機能の破綻が前立腺の腫瘍化と関連する可能性を示した。本研究は未だ解明の進んでいない、前立腺の発生、分化、および腫瘍化の分子生物学的機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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