学位論文要旨



No 116423
著者(漢字) 友澤,滋
著者(英字)
著者(カナ) トモザワ,シゲル
標題(和) 大腸癌の血行性転移 : 選択的Cyclooxygenase (COX)-2阻害剤の転移抑制効果
標題(洋)
報告番号 116423
報告番号 甲16423
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1818号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 助教授 江里口,正純
 東京大学 助教授 高山,忠利
 東京大学 講師 大西,真
 東京大学 講師 峯,徹哉
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的

 非ステロイド系抗炎症剤(NSAIDs)の服用により大腸癌の危険率が約半分に減少するという疫学的報告がなされ、その機序としてNSAIDsがプロスタグラジン合成酵素であるcyclooxgenase(COX)を阻害することが提唱されている。COXにはCOX-1とCOX-2の2つのアイソザイムが存在するが、近年COX-2がほとんどの大腸癌に発現しており、腫瘍の発生のみならず増殖や浸潤にも関与しているという報告がなされている。また最近、COX-1を阻害することで生じる胃潰瘍などの合併症のあるNSAIDsにかわり、COX-2のみをターゲットにできる選択的COX-2阻害剤が開発されており大腸癌の化学予防物質としての可能性が報告されている。本研究では、まず大腸癌におけるCOX-2過剰発現の臨床病理学的意義を検討し、次に選択的COX-2阻害剤であるJTE-522(日本たばこ産業より供与)の大腸癌血行性転移抑制効果をマウスの実験モデルにて検討した。

大腸癌におけるCOX-2発現と臨床病理学的因子との関係

 対象と方法 : 1990年から1994年までに治癒切除を受けた血行性転移のない進行大腸癌63症例についてCOX-2の発現を免疫組織学的に評価し、臨床病理学的因子との関係を統計学的に検討した。

結果 : COX-2の発現は主に大腸癌細胞の核膜および細胞質に認められたが、その程度と範囲により高COX-2発現群(13症例)と低COX-2発現群(50症例)に分類された。高COX-2発現群は低COX-2発現群に比べ血行性転移による再発率が有意に高く無再発生存率も不良であったが、他の臨床病理学的因子とCOX-2の発現との間に相関は認められなかった。またCOX-2発現は血行性転移を予測する唯一の独立した因子であった。

まとめ : 大腸癌においてCOX-2過剰発現は血行性転移による再発に有意に関係し、血行性転移を予測する独立した因子になり得る。

選択的COX-2阻害剤による大腸癌血行性転移抑制

材料と方法 : 選択的COX-2阻害剤はJTE-522(日本たばこ産業より供与)を用いた。マウス大腸癌細胞株であるcolon-26のsubcloneで、COX-2の高発現株であるclone Pと低発現株clone 5を用いた。(1)JTE-522がclone Pとclone 5の増殖・アポトーシス・浸潤に及ぼす影響をin vitroにて調べた。(2)マウスにて肺転移モデルを作製し、JTE-522が転移形成に及ぼす影響を調べた。

結果 : (1)clone PではJTE-522によりアポトーシスが有意に誘導され、増殖抑制効果が認められたが、clone 5ではその効果はclone Pより弱かった。また浸潤能を示すマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の産生も、clone PではJTE-522処理により有意に抑制されたのに対し、clone 5ではその効果はほとんど認められなかった。(2)肺転移モデルでは、JTE-522によりclone Pでは有意に転移形成が抑制されたが、clone5では抑制効果はほとんど認められなかった。

まとめ : 選択的COX-2阻害剤JTE-522によりCOX-2高発現株clone Pでは有意に血行性転移形成が抑制された。その機序として大腸癌細胞の増殖抑制、apoptosis誘導、MMP産生抑制が挙げられる。尚、低発現株clone 5では抑制効果はほとんど認められなかった。

本研究の結語

 COX-2を高発現している大腸癌は血行性転移による再発率が高く、近年開発された選択的COX-2阻害剤は大腸癌の発生のみならず血行性転移の抑制(特にCOX-2を過剰発現している大腸癌)にも有効である可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は大腸腫瘍の発生において重要な役割を演じていると考えられるCyclooxygenase(COX)-2について、その発現と大腸癌血行性転移との関係に注目し、選択的COX-2阻害剤の大腸癌血行性転移に及ぼす影響を検討したものである。そして、下記の結果を得ている。

1)ヒト大腸癌におけるCOX-2発現と臨床病理学的因子との関係について免疫組織学的手法を用いて検討した結果、COX-2過剰発現は血行性転移による再発に有意に関係し、無再発生存に影響する独立した因子になり得ることが示された。

2)マウスの大腸癌血行性転移モデルにおいて、選択的COX-2阻害剤によりCOX-2高発現株の大腸癌では有意に血行性転移が抑制され、その機序として大腸癌細胞の増殖抑制、アポトーシス誘導、浸潤能抑制が関与していることを示した。

 本研究はこれまで大腸腫瘍においてその発生に関与していると考えられていたCOX-2が血行性転移にも関係していること、また選択的COX-2阻害剤が大腸癌の発生のみならず血行性転移の抑制にも有効であることを明らかにした点から、今後の大腸癌血行性転移の治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク