学位論文要旨



No 116425
著者(漢字) 宇納,恵三
著者(英字)
著者(カナ) ウノウ,ケイゾウ
標題(和) 外科手術後のリン代謝:手術侵襲時における副甲状腺ホルモンのリン利尿作用についての検討
標題(洋)
報告番号 116425
報告番号 甲16425
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1820号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 助教授 斉藤,英昭
 東京大学 助教授 五十嵐,徹也
 東京大学 講師 木村,健二郎
内容要旨 要旨を表示する

<背景>

 Piはあらゆる細胞内に存在し、高エネルギーリン酸化合物としてエネルギー代謝に重要な役割を果たしている。またPiは組織への酸素運搬に関与している。Piが低下すると赤血球の2・3diphosphoglycerateが欠乏し、ヘモグロビンが組織に対し酸素を供給できなくなる(tissue hypoxia)。さらにPiはリン脂質、核酸、核蛋白として細胞の構成成分をなしている。

手術侵襲や外傷後に低Pi血症がおきることはこれまでに報告されている。しかしPiの主な調節因子である副甲状腺ホルモン(PTH)の手術侵襲下での変化は不明である。そこで、外科侵襲時のPi代謝に対するPTHの影響を解明する目的で、以下の臨床研究と動物実験をおこなった。

<臨床研究>

 [目的]

本研究の目的は、1)外科手術後に血中Pi濃度が低下するか、2)外科手術後に尿中へのPi排泄がどのように変化するか、3)外科手術後に血中PTH濃度がどのように変化するか、を調べることである.

[方法]

 胃全摘もしくは胃亜全摘術を施行された8人の胃癌患者(男性:6人、女性:2人、年齢54〜77才;平均年齢64.9±7.3才)を対象とした。術前および術後第1・2・3・5・7病日に採血・採尿をおこない,血中・尿中のナトリウム(Na)、Pi、カルシウム(Ca)、creatinine濃度および血中PTH濃度を測定した。

[結果]

 術後第1・2病日に明らかな低Pi血症を認め(術前:3.6±0.2mg/dL;第1病日:2.8±0.2mg/dL;第2病日:2.1±0.1mg/dL),第3病日にも血中Pi濃度の低下は遷延する傾向にあった(2.8±0.3mg/dL,P=0.06)(Fig.1).U24h-Piは第1病日に増加する傾向にあり(術前:330±61mg/day;第1病日:785±94mg/day,P=0.06)、その後徐々に減少し第7病日には術前のレベル(307±39mg/day)までもどった(Fig.1)。Piバランスは術前と比べ、第1病日で著名なマイナスバランスとなり、その後徐々に回復傾向に向かった(Fig・2)。U24h-Naは術前値と比べ、第1・2病日で有意に増加し(術前:79±10mEq/day;第1病日:200±39mEq/day;第2病日:122±16mEq/day)、その後徐々に減少し第7病日には術前のレベル(69±21mEq/day)までもどった(Fig.1)。U24h+PiとU24h-Naの経時変化をTwo-way Repeated Measures ANOVAで検定した結果、両者の経時変化に差がないことが示唆された(時間と反応の交互作用:P=0.77)。第1病日におけるU24h-Piと出血量は有意に相関し、U24h-Piと手術時間は相関する傾向にあった(Table 1)。血中PTH濃度は第1病日で術前値よりやや高値であったが、有意差は認めなかった(術前値:35.0±4.2,第1病日:43.5±5.5,P=0.32)。そして第3〜7病日で有意に低下した(第3病日:22.8±3.2,第5病日:18.2±1.1,第7病日:17.3±1.6,P<0.05)。

[考察]

 胃手術後の患者で有意な血中Pi濃度の低下を認めた。この原因として、1)Na利尿に連動してPiの尿中排泄が増加すること;2)手術侵襲によりPiが尿中に失われること、の可能性が考えられた。しかし、PTHがu-Piの増加に関与するか否かは、不明であった。

<動物実験>

[目的]

 本実験の目的は、術後のu-Piに対するPTHの影響を調べることである。

[方法]

 手術侵襲(胃切)を加えたラットと加えないラットにTPTXを施し、内因性のPTHを排除した後に外因性に直接PTHもしくはsalineを投与することで、腎でのPTHのPi利尿作用を検討した。

[結果](Fig.3)

 PTH投与後、尿中Pi排泄分画(FEPi)は、非手術ラットと比べ胃切ラットで有意に低下した。また、PTH投与後のcAMP(PTH作用のセカンドメッセンジャー)の尿中排泄量(u-cAMP)は、非手術ラットと比べ胃切ラットで有意に低下した。

[考察]

 外科侵襲時にはu-cAMPが低下し、腎でのPTHのPi利尿作用が弱まる。そして、侵襲時に生体はPiを体内に保持し、侵襲を乗り切ろうとすることが推測される。

<まとめ>

1)外科手術後には低Pi血症が生じる。

2)この原因として、外科侵襲による尿中へのPi喪失とNa利尿に伴うPi利尿の可能性が考えられる。

3)この時、Pi排泄の主要な調節ホルモンであるPTHに対する腎応答は減弱し、生体内にPiを保持しようと働く。

Fig.1: Time course of serum and urinary concentrations of phosphate in patients after gastrectomy. Pre: preoperative day; POD: postoperative day. Serum phosphate concentrations (s-Pi,▲) significantly decrease during the early postoperative petiod and phosphate excretion (U24h-Pi,○) tends to increase during the first operative day and is associated with natriuresis. U24h-Na(●), sodium excretion. All values are expressed as means ± SE. *P<0.05, versus preoperative values, paired t-test.

Fig.2: Time course of phosphate balancein patients after gastrectomy. Pre: preoperative day;POD: postoperative day, All values are expressed as means ± SE. *P<0.05, versus preoperative values, paired t-test.

Table 1. Relationship between phosphate excretion and clinical factors on postoperative day 1

Fig.3 Effect of gastrectomy on parathyroid hormone-mediated phosphata excretion in rats.

■:rats that have undergone gastrectomy. □rats that have undergone only catheterization operation. Figures in parenthesis were the numbers of animals. a) fractional excretion of phosphate (FEPi) after parathyroid hormone (PTH) or saline (Saline) infusion. b) cAMP excretion (u-cAMP) per glomerular filtration rate (GFR) after PTH or saline infusion. All values are expressed as means ± SE.

*P<0.05, versus catheterization group.†P<0.05, versus saline-infused rats. ANOVA.

審査要旨 要旨を表示する

 三無機リン(Pi)はあらゆる細胞内に存在し、高エネルギーリン酸化合物としてエネルギー代謝に重要な役割を果たしており、侵襲下の生体にとって不可欠な物質である。本研究は手術侵襲時におけるPi代謝 - 特に術後早期における副甲状腺ホルモン(PTH)のPi利尿作用 - を解明するため、臨床研究と動物実験にて、術後の血中Pi濃度、Piバランス、PTHの腎でのPi利尿作用の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.臨床研究では、胃全摘もしくは胃亜全摘術を施行された8人の胃癌患者を対象に、術前および術後第1・2・3・5・7病日に採血・採尿をおこなった。その結果、術後第1・2病日に明らかな低Pi血症を認め、第3病日にも血中Pi濃度の低下は遷延する傾向にある事が示された。

2.また同臨床研究において、Piバランスは術前と比べ,第1病日で著名なマイナスバランスとなり、その後徐々に回復傾向に向かった。そして、第1病日における尿中Pi排泄量と出血量は有意に相関する事、また尿中Pi排泄量と手術時間は相関する傾向にある事が示された。

3.さらに、術前後の尿中Pi排泄量と尿中ナトリウム(Na)排泄量の経時変化をTwo-way Repeated Measures ANOVAで検定した結果、両者の経時変化に差がない事が示された。

4.動物実験では、手術侵襲(胃切)を加えたラット(Wistar系雄性ラット)と加えないラットに甲状腺副甲状腺全摘(TPTX)を施し、内因性のPTHを排除した後に外因性に直接PTHもしくはsalineを投与することで、腎でのPTHのPi利尿作用を検討した。その結果、PTH投与後、尿中Pi排泄分画(FEPi)は、非手術ラットと比べ胃切ラットで有意に低下した。また、PTH投与後のcAMP(PTH作用のセカンドメッセンジャー)の尿中排泄量(u-cAMP)は、非手術ラットと比べ胃切ラットで有意に低下した。このことから、外科侵襲時にはu-cAMPが低下し、腎でのPTHのPi利尿作用が弱まる事が示された。したがって、手術侵襲時早期には、生体はPiを体内に保持し、侵襲を乗り切ろうとする可能性が強く示唆された。

 以上,本論文は、1)外科手術後には低Pi血症が生じること、2)この原因として、外科侵襲による尿中へのPi喪失とNa利尿に伴うPi利尿の可能性が考えられること、を確認し、さらに手術侵襲時早期には、Pi排泄の主要な調節ホルモンであるPTHに対する腎応答は減弱し、生体内にPiを保持しようと働くことを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、外科侵襲時のPi代謝におよぼすPTHの影響の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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