学位論文要旨



No 116428
著者(漢字) 中川,雅裕
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,マサヒロ
標題(和) シュワン細胞の基底膜を構成するラミニン発現と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 116428
報告番号 甲16428
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1823号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 講師 星地,亜都司
内容要旨 要旨を表示する

(目的と方法) ラミニンは、基底膜を形成する主要蛋白質であり、α鎖、β鎖、γ鎖の組み合わせでラミニン1から11までのアイソフォームが存在する。そのうちラミニン2(別名メロシン)は、α2鎖、β1鎖、γ1鎖からなり、心筋、骨格筋、末梢神経のシュワン細胞の基底膜に発現している。メロシン欠損型先天性筋ジストロフィー(以下MD-CMD)は、ラミニンα2鎖をコードするLAMA2遺伝子の異常が原因でラミニンα2鎖の発現異常があり、乳幼児期より、筋線維の壊死、大小不同、結合組織の増加などが認められ、筋力の低下を示す疾患である。MD-CMDは、末梢神経伝導速度の低下も示すが、その原因は解明されていない。MD-CMDと同様に、ラミニンα2鎖の発現が著しく低下する突然変異マウスのdyマウスでも、筋力低下、筋線維の壊死、大小不同、結合組織の増加が認められ、また、末梢神経の異常も報告されている。末梢神経の脊髄神経根で、髄鞘のない裸の軸索(naked axon)が集簇するのが電子顕微鏡的観察で認められ、また、坐骨神経の有髄線維のシュワン細胞の基底膜が断裂し、末梢神経伝導速度の低下も認められている。しかし、dyマウスの遺伝子異常は明確に解っておらず、骨格筋の基底膜に僅かながらラミニンα2鎖が発現していることより、dyマウスはMD-CMDのモデルマウスとしては完全ではない。そこで、ラミニンα2鎖の骨格筋や神経系における機能や発現を詳細に解明し、MD-CMDの骨格筋や神経系における異常を明かにし、治療法を開発するためにラミニンα2鎖の発現を完全に欠損したノックアウトマウス(dy3Kマウス)が作成された。dy3Kマウスは、ラミニンα2鎖の発現が骨格筋及び末梢神経に全く認められず、症状はdyマウスより重く、体重増加不良、筋力低下で生後6〜8週で死亡してしまう。筋病理所見では、骨格筋の基底膜はなく、筋線維の壊死が認められ、筋線維の再生がおこるが不良で結合組織の増加が認められる。dy3Kマウスの骨格筋の研究はすでにMiyagoeらにより報告されている注1。MD-CMDの神経系における異常を明かにし、治療法を開発するためにラミニンの発現と機能を研究した。

(結果と考察) 組織学的検索において、脊髄神経根では、WTマウスのシュワン細胞は個々の軸索を取り囲み髄鞘を形成しているのに対し、dyマウスのシュワン細胞は軸索を取り囲まず、髄鞘の形成していない裸の軸索(naked axon)が集簇するのが認められた。このnaked axonには基底膜は認められなかった。dy3Kマウスのシュワン細胞でも個々の軸索を取り囲み髄鞘を形成していたが、基底膜は全く形成しなっかた。また、WTマウスに比べ髄鞘は菲薄化し、髄鞘を欠く孤在性軸索も認めらた(Fig. 1,2)。

 坐骨神経では、WTマウス、dyマウスおよびdy3Kマウスともに髄鞘が形成されていた。dyマウスとdy3Kマウスの有髄線維のシュワン細胞には基底膜が存在するが、一部に断裂が認められた(Fig. 3)。ランビエ絞輪の基底膜にも断裂が見られるものが多かった。

 脊髄神経根及び坐骨神経においてdy3Kマウスでは、シュワン細胞が個々の軸索を取り囲み髄鞘を形成していたことより、ラミニンα2鎖の発現の完全欠損でもシュワン細胞の分化は進行し、髄鞘を形成することが示された。

 免疫組織化学的検索で、dyマウスとdy3Kマウスで脊髄神経根の形態に差が生じたのは、dy3Kマウスでは、ラミニンα2鎖の発現が欠損しているもののラミニンα5鎖の発現が保たれているのに対し、dyマウスでは、ラミニンα2鎖の欠損に加えてラミニンα5鎖の発現が低下しているためと考えられた(Fig. 4,5)。よって、ラミニンα5鎖がシュワン細胞の分化を促進する可能性が示唆された。

 坐骨神経では、dyマウスとdy3Kマウスの神経内膜にはラミニンα2鎖の発現は認められなかった(Fig. 6)。また、ラミニンβ鎖やラミニンγ鎖は神経内膜に発現しているものの、ラミニンα鎖の他のアイソフォームの代償的発現は認められなかった。これにより、坐骨神経のシュワン細胞の基底膜は、未知のラミニンα鎖や他の接着因子が形成している可能性を示唆された。

 電気生理学的検索で神経伝導速度を坐骨神経脊椎外側部から腓骨神経(S-P)、脛骨神経(S-T)、腓腹神経(s-s)の遠位端までそれぞれ測定した。dyマウスでは坐骨神経の神経伝導速度は、WTマウスと比較してS-TとS-Sで10%程度低下しているものの有意差は無かった。dy3Kマウスでは神経伝導速度は、WTマウスと比較して運動神経のS-PとS-Tで有意に遅延していた(Table 1)。dy3Kマウスの神経伝導速度の遅延の背景としては、軸索直径の低下、髄鞘の厚さの非薄化、ランビエ絞輪の形態異常、特にランビエ絞輪の基底膜の断裂による影響が考えられた。

(結語)dy3Kマウスにおいて、髄鞘形成が認められたことよりラミニンα2鎖は、シュワン細胞の分化には必須ではないことが示唆された。またdy3Kマウスの基底膜の欠損及び断裂が認められたことよりラミニンα2鎖は基底膜形成に関与していると考えられた。

注1 FEBS Letters 415 (1997) 33-39

Table 1 坐骨神経伝導速度

Fig.1)脊髄神経根の電子顕微鏡像

ワイルドタイプマウス(WT)では髄鞘形成が認められるが、dyマウス(dy)では裸の軸索(naked axon)が集簇するのが認められる。dy3Kマウス(dy3K)では髄鞘の形成は認められるものの菲薄である。

Fig.2)脊髄神経根のシュワン細胞の電子顕微鏡像

ワイルドタイプマウス(WT)では基底膜の形成が認められるが、dy3Kマウス(dy3K)では基底膜の形成は認められない。

Fig.3)坐骨神経のシュワン細胞の基底膜の電子顕微鏡像

ワイルドタイプマウス(WT)では基底膜の連続性が認められるが、dyマウス(dy)とdy3Kマウス(dy3K)では基底膜の断裂が認められる。

Fig.4)脊髄神経根のラミニンα2鎖抗体による免疫組織化学染色

ワイルドタイプマウス(WT)では神経内膜にラミニンα2鎖の発現が認められるが、dyマウス(dy)とdy3Kマウス(dy3K)ではラミニンα2鎖の発現は神経内膜に認められない。

Fig.5)脊髄神経根のラミニンα5鎖抗体による免疫組織化学染色

ワイルドタイプマウス(WT)とdy3Kマウス(dy3K)ではでは神経内膜にラミニンα5鎖の発現が認められるが、dyマウス(dy)ではラミニンα5鎖の発現は神経内膜で低下している。

Fig.6)脊髄神経根のラミニンα2鎖抗体による免疫組織化学染色

ワイルドタイプマウス(WT)では神経内膜にラミニンα2鎖の発現が認められるが、dyマウス(dy)とdy3Kマウス(dy3K)ではラミニンα2鎖の発現は神経内膜に認められない。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はメロシン欠損型先天性筋ジストロフィーの末梢神経障害の病態を明らかにするため、その原因遺伝子であるラミニンα2鎖の遺伝子を欠損させたノックアウトマウス(dy3Kマウス)とラミニンα2鎖の発現異常である自然発生ミュータントマウス(dyマウス)を用いて、末梢神経のシュワン細胞におけるラミニンの発現とラミニンと基底膜の形成の関係および末梢神経の機能を検索したものであり、下記の結果を得ている。

1. 脊髄神経根においてdyマウスでは、シュワン細胞は軸索を取り囲まず、髄鞘の形成していない裸の軸索(naked axon)が集族するのが認められた。このnaked axonには基底膜は認められなかった。一方、dy3Kマウスの脊髄神経根では、シュワン細胞は基底膜が形成されなかったにもかかわらず、個々の軸索を取り囲み、菲薄ながら髄鞘を形成するのが認められた。このことよりラミニンα2鎖は、シュワン細胞の分化と髄鞘の形成には必須ではないことが示された。

2. 脊髄神経根において、ラミニンの発現を免疫組織化学染色で検索した。dy3Kマウスとdyマウスでラミニンα2鎖の発現は認められなかった。また、dy3Kマウスとdyマウスでラミニンα4鎖の発現は神経内膜で亢進していた。dy3Kマウスでは、ラミニンα5鎖の発現が神経内膜に保たれているのに対し、dyマウスでは、ラミニンα5鎖の発現が低下していた。dyマウスとdy3Kマウスで脊髄神経根の形態に差が生じたのは、シュワン細胞の分化障害の時期が異なることが考えられ、この原因がラミニンα5鎖の発現の違いによると考えられた。よって、ラミニンα5鎖がシュワン細胞の分化を促進する可能性が示された。

3. 坐骨神経では、dyマウスとdy3Kマウスともに髄鞘が形成されていた。dyマウスとdy3Kマウスの有髄線維のシュワン細胞には基底膜が存在したが、一部で断裂が認められた。ランビエ絞輪の基底膜にも断裂が認められた。ラミニンα2鎖の発現は全く認められなかった。よって、ラミニンα2鎖の欠損では連続した基底膜は形成されなないため、ラミニンα2鎖は、基底膜の形成と維持の役割を担っていると考えられた。

4. 末梢神経の機能を調べるために電気生理学的検索を行った。dyマウスで坐骨神経の神経伝導速度は、若干低下していたが、正常マウスと比較して有意差は無いことが示された。一方、dy3Kマウスの神経伝導速度は、運動神経で正常マウスに比べ有意に遅延していることが示された。この原因として、軸索直径の低下、髄鞘の厚さの菲薄化、ランビエ絞輪の形態異常、特にランビエ絞輪の基底膜の断裂が考えられた。

 以上、本論文はラミニンα2鎖のノックアウトマウス(dy3Kマウス)と自然発生ミュータントマウス(dyマウス)からラミニンの末梢神経における発現を明らかにし、ラミニンと基底膜の形成との関係を検討し、ラミニンα2鎖は、シュワン細胞の分化には必須ではないが基底膜形成に関与することを示唆した。このことよりメロシン欠損型先天性筋ジストロフィーにおける末梢神経の障害の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク