学位論文要旨



No 116429
著者(漢字) 片桐,未佳
著者(英字)
著者(カナ) カタギリ,ミカ
標題(和) 受容体型チロシンキナーゼシグナルGas6/Tyro 3を介する破骨細胞の機能解析
標題(洋)
報告番号 116429
報告番号 甲16429
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1824号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 高取,吉雄
 東京大学 講師 井上,聡
 東京大学 講師 石田,剛
 東京大学 講師 吉村,浩太郎
内容要旨 要旨を表示する

1.背景及び目的

 成熟破骨細胞を直接刺激して活性化を促すシグナルは、ほとんど解明されていないが、近年この成熟破骨細胞にTyro 3,FGFR1といった複数の受容体型チロシンキナーゼ(RTK)の発現が報告されている。中でもTyro 3は最も強く発現しているRTKでそのリガンドであるGas6の刺激によってウサギ長管骨由来の成熟破骨細胞の骨吸収活性を促進する事が知られている。

 本研究では、マウスの脾細胞単独培養及び骨芽細胞と骨髄細胞の共存培養を用いた実験系で、破骨細胞の分化段階におけるTyro 3の発現、また、Gas6による破骨細胞の分化誘導能、骨吸収活性について検討をおこなった。さらにTyro 3を介する細胞内シグナリングについても蛋白レベルでの解析を行った。

 以上の解析の後、Tyro 3/Gas6シグナリングのin vivoにおける機能との関連を検討するために、卵巣摘出術を施した骨粗鬆症モデルマウスを作成し、脛骨と骨髄細胞におけるTyro 3とGas6の発現を検討し、すでに卵巣摘出によってその発現が上昇することが明らかになっているM-CSFを含む他のRTKとそのリガンドについて発現パターンを比較した。

2.方法

(1)Gas6による骨吸収活性の検討:8週令マウス脛骨由来の骨髄細胞と新生児マウス頭蓋骨由来の骨芽細胞様細胞を1,25(OH2)D3とPGE2存在下で共存培養を行うことにより、酒石酸耐性酸フォスファターゼ(TRAP)陽性多核破骨細胞様細胞をコラーゲンゲル上で形成させた。これをコラゲナーゼ処理によって剥離し、象牙片上に播種してGas6存在下及び非存在下で形成された骨吸収窩の数及び面積を測定することにより(吸収窩形成法)、Gas6の骨吸収活性を検討した。

(2)Gas6による破骨細胞の形成能の評価:8週令マウス脛骨由来の骨髄細胞と新生児マウス頭蓋骨由来の骨芽細胞様細胞をGas6存在下で共存培養を行い、TRAP陽性多核破骨細胞様細胞形成能を検討した。

(3)Gas6による破骨細胞の延命作用の評価:TRAP陽性多核破骨細胞様細胞をコラーゲンゲル上で形成させたのち、12 well dishに播種、pronaseE+EDTAを用いて単離したのち、Gas6存在下、非存在下で72時間まで培養した。ポジティブコントロールとしてM-CSFを加えた群を置いた。延命効果の評価は、TRAP染色とトリパンブルー染色によって行った。

(4)骨系細胞におけるGas6とTyro 3の発現の検討:8週令マウス脛骨由来の骨髄細胞と新生児マウス頭蓋骨由来の骨芽細胞様細胞を1,25(OH2)D3とPGE2存在下で共存培養を行うことにより、TRAP陽性多核破骨細胞様細胞を形成させ、pronaseE+EDTAを用いて成熟破骨細胞様細胞を単離精製した。骨芽細胞様細胞、成熟破骨細胞様細胞、脾細胞、骨髄細胞からtotalRNAを抽出し、RT-PCRにてGas6とTyro 3の発現を検討した。また、TRAP陽性多核破骨細胞様細胞および骨芽細胞様細胞からは、蛋白も抽出し、抗Tyro 3抗体を用いたWestern blotによってTyro 3の発現を確認した。さらに脾細胞をRANKL/ODFとM-CSF存在下で培養し1日ごとにRNAを抽出、破骨細胞の分化段階におけるTyro 3の発現も合わせて検討した。

(5)Tyro 3を介する細胞内シグナリングの検討:単離した成熟破骨細胞様細胞をGas6で1-10分刺激を行い蛋白を抽出、抗phospho-tyrosine抗体を用いたWestern blotによってチロシンリン酸化の検討を行った。さらに、抗phospho-p42/p44mitogen activated protein(MAP)kinase,抗phospho-c-Jun amino-terminal kinase(JNK),抗phospho-p38 MAP kinase抗体で免疫染色を行い、下流の細胞内シグナリングについても検討した。Tyro 3の自己リン酸化はIn vitro kinase assayを用いて確認した。さらに、吸収窩形成法を用いてp42/p44 MAP kinaseのinhibitorであるPD98059,p38のinhibitorであるSB203580存在下におけるGas6の骨吸収促進作用への影響も検討した。

(6)卵巣摘出による骨粗鬆症モデルマウスより抽出した骨及び骨芽細胞を用いたm-RNAレベルにおける受容体型チロシンキナーゼとそのリガンドの発現の検討:骨吸収性疾患におけるGas6/Tyro 3の機能を明らかにしていくために、卵巣摘出による骨粗鬆症モデルマウスを作成し、解析を行った。8週令マウスにケタラール+セレクタール麻酔下で卵巣摘出術及び偽手術を施し、卵巣摘出群には、プラシーボペレットおよび17β-エストラジオールペレットを埋め込んだ。3週間後、脛骨と骨髄細胞よりRNAを抽出しNorthern blotによってGas6,Tyro 3,FGF-2,FGFR1,M-CSF,c-Fmsの発現を検討した。

3.結果

(1)Gas6による破骨細胞の骨吸収促進効果:マウス骨芽細胞と骨髄細胞の共存培養系においてGas6の破骨細胞の機能に対する影響を検討したところ、Gas6(〓10-9M)群で2.3倍以上の骨吸収促進効果が見られたが、骨吸収窩の数には変化が見られなかった。一方、破骨細胞形成に対しては、Gas6は濃度に関係なく影響を及ぼさなかった。さらに、Gas6の単離成熟破骨細胞に対する延命作用を72時間まで検討したが、コントロール群と比較して差はみられず、48時間でほとんどの細胞は死滅していた。

(2)骨系細胞におけるTyro 3とGas6の発現パターン:マウス骨芽細胞、破骨細胞、脾細胞、骨髄細胞、脳細胞(ポジティブコントロール)のmRNAレベルでの検討で、Gas6は全ての細胞において発現が見られたが、Tyro 3は破骨細胞と脳細胞にしか発現が見られなかった。蛋白レベルにおいても、Tyro 3は成熟破骨細胞において発現が見られたが、骨芽細胞では発現が見られなかった。一方、破骨細胞の分化段階におけるTyro 3の発現の検討を行った結果、培養5日めの成熟破骨細胞の出現に一致してTyro 3の発現がわずかにみられ、培養6日めに破骨細胞が多数形成されるのに伴ってその発現も増大した。これらの検討から、Tyro 3は、成熟破骨細胞に特異的に発現し、前駆細胞の段階では発現が見られないことが明らかになった。

(3)Gas6における細胞内蛋白チロシンリン酸化

成熟破骨細胞をGas6(5×10-9M)で刺激したところ、刺激後1分から細胞内蛋白のチロシンリン酸化が見られ最大10分まで続いた。MAPキナーゼ関連の抗体による免疫染色により、Tyro 3の下流ではp42/p44MAPキナーゼが刺激後1分からリン酸化が起こり、2分で最大に達することが明らかになった。一方で、p38とJNKはほとんどリン酸化を受けていなかった。さらにin vitro kinase assayにより、Gas6は、Tyro 3のキナーゼ活性を1分後から促進し、2分後にはピークを迎え、5分後には消失することが明らかになった。

p42/p44MAPキナーゼの阻害剤であるPD98059,p38の阻害剤であるSB203580を添加し、Gas6存在下、非存在下における骨吸収窩形成への影響を検討したところ、PD98059は、Gas6刺激による骨吸収窩形成をコントロールレベルまで抑制した。一方でSB203580は、骨吸収窩形成促進に影響を与えなかった。

(4)卵巣摘出(OVX)マウスにおけるTyro 3とGas6の発現:骨髄細胞におけるGas6のm-RNAレベルでの発現は、同じRTKで、すでにOVXによってその発現が上昇し、破骨細胞の分化を促進することが明らかになったいるM-CSFと同様、卵巣摘出術を行った群で偽手術群よりも増加していたが、エストロゲン投与によってその増加は抑制された。一方でTyro 3の発現は、脛骨と骨髄細胞共に見られなかった。このことから、OVXによる骨吸収性疾患の病態には、骨髄細胞でのGas6の発現が関与していることが示唆された。

4.結語

(1)間葉系細胞や造血系細胞で発現しているGas6は、成熟破骨細胞特異的に発現している受容体Tyro 3に直接作用して骨吸収を促進することが明らかになった。一方で、破骨細胞の分化や延命には影響を与えないことが明らかになった。

(2)Gas6は、Tyro 3の自己リン酸化を含む細胞内チロシンリン酸化を介するシグナルによって破骨細胞の活性を促進していることが明らかになった。シグナルの下流には、p42/p44MAPキナーゼを介していることが示された。

(3)Gas6は、成熟破骨細胞に直接作用し、閉経性骨粗鬆症などの骨吸収系疾患の病因となっている可能性が示唆された。今後、Gas6の臨床的意義についてのさらなる検討を加えていく必要があるものと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、骨吸収において中心的な役割を果たしている成熟破骨細胞での発現が報告されている受容体型チロシンキナーゼTyro 3とそのリガンドであるGas6が、破骨細胞の分化、延命、骨吸収活性にどのように関与しているかを明らかにし、さらに細胞内シグナリングや、in vivoにおけるGas6/Tyro 3シグナルの解明も試みたものであり、下記の結果を得ている。

I.マウスを用いた骨吸収窩形成系において、Gas6は、10-9M以上の濃度で、2.3倍以上の骨吸収促進効果が見られたが、一方で骨吸収窩の数には変化が見られなかった。またGas6は、破骨細胞形成に関しては、濃度に依存することなく全く影響を及ぼさなかった。

さらに、Gas6の単離成熟破骨細胞に対する延命作用を72時間まで検討したが、コントロール群と比較して差は見られず、48時間でほとんどの細胞は死滅していた。

II.マウス骨芽細胞、破骨細胞、脾細胞、骨髄細胞、脳細胞(ポジティブコントロール)のmRNAレベルでの検討で、Gas6はすべての細胞において発現が見られたが、Tyro 3は破骨細胞と脳細胞にしか発現が見られなかった。一方、破骨細胞の分化段階におけるTyro 3の発現の検討を行った結果、培養5日目の成熟破骨細胞の出現に一致してTyro 3の発現が見られた。このことから、Tyro 3は、成熟破骨細胞に特異的に発現し、前駆細胞の段階では発現が見られないことが明らかになった。

III.マウス成熟破骨細胞をGas6(5×109M)で刺激したところ、刺激後1分から細胞内の複数の蛋白においてチロシンリン酸化が見られ、最大10分まで続いた。さらにin vitro kinase assayにより、Gas6はTyro 3のキナーゼ活性を1分後から促進し、2分後にはピークを迎え、5分後には消失することが明らかになった。また、p42/p44MAPキナーゼも刺激後1分からリン酸化が起こり、2分でピークに達することから、Gas6はTyro 3の自己リン酸化を介して複数の蛋白をリン酸化し、下流でp42/p44MAPキナーゼを介して破骨細胞の機能を促進していることが明らかになった。このことは、p42/p44MAPキナーゼの阻害剤であるPD98059の添加によりGas6による破骨細胞の骨吸収活性がコントロールレベルまで抑制されることからも証明された。

IV.卵巣摘出モデルマウスの骨髄細胞において偽手術群との比較でGas6の発現が著明に上昇し、さらにエストロゲン添加によってその上昇が抑制されることが明らかになった。このことから、エストロゲン欠乏による骨吸収性疾患において骨髄でのGas6の発現が関与していることが示唆された。

以上、本研究では、間葉系細胞や造血系細胞で発現しているGas6は、破骨細胞の分化及び延命には作用せず、成熟破骨細胞に特異的に発現している受容体Tyro 3のチロシンリン酸化を介するシグナルによって破骨細胞の活性を促進していることが示された。

 本研究は破骨細胞の分子レベルでの機能解明に役立つと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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