学位論文要旨



No 116430
著者(漢字) 志田,裕子
著者(英字)
著者(カナ) シダ,ヒロコ
標題(和) 裂型別にみた口唇口蓋裂患者におけるHLA領域候補遺伝子の多型解析
標題(洋)
報告番号 116430
報告番号 甲16430
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1825号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 助教授 上妻,志郎
 東京大学 助教授 朝戸,裕貴
 東京大学 講師 丹生,健一
内容要旨 要旨を表示する

 口唇口蓋裂(Cleft Lip with or without Cleft Palate、以下CL/P)は、体表奇形中、最も高頻度の先天奇形であり、日本人を含む、アジア系集団(黄色人種)の発生率は、ヨーロッパ系集団(白人)、アフリカ系集団(黒人)に比して高い。一卵性双生児における研究より、その発症の一致率は100%ではなく、遺伝様式は単純なメンデルの法則に従わないことが知られている。これまでに、薬剤、ステロイド、ウィルスなど、病因に関しては様々な研究が行われたが、現在は、多くの遺伝学的な要因と、環境要因とが複雑に関与する多因子しきい説が最も有力である。これまでに様々な、疾患感受性遺伝子の同定が試みられているが、未だに有力な報告はない。

 HLA(human leukocyte antigen)遺伝子領域は、ヒト第6染色体の短腕上に約4000kbにわたって存在する。HLA遺伝子は、高度の多型を示し、患者群と対照群との間でHLAアリル(対立遺伝子)頻度を比較することにより、HLA遺伝子領域における疾患感受性遺伝子の存在を推定することができ、これまでに様々な疾患との相関が発見されている。近年、この領域においても多くの遺伝子が同定され、多くのマイクロサテライトマーカー、およびSNPs(Single Nucleotide Polymorphism)が発見されてきている。これらをマーカーとして用いながら疾患感受性領域を特定し、真の感受性遺伝子を同定する方法はこのような研究においてたいへん有用であると考えられる。

 HLAとCL/Pとの関係については過去に様々な論争があった。1975年、Bonnerらは、マウスにおける研究で、H-2(マウスMHC)のハプロタイプによって口蓋裂発症の感受性に違いがあったと報告したのが最初で、以後HLAとCL/Pとの関係を示唆する報告がなされてきたが、報告者により相違がみられ、いずれも確証には至っていない。1997年、マイクロサテライトマーカーを用いたゲノムワイド連鎖分析が行われ、CL/Pと6p23との連鎖が示された。これは、厳密にはHLA領域ではないものの、この領域とCL/Pとの関係を示唆するものであると考えられる。これらの報告をもとに我々の研究グループは、世界で初めて、口唇口蓋裂患者におけるDNA塩基配列レベルでのタイピングを行った。その結果、患者群においてHLA-DRB1*0802およびHLA-B*1501、HLA-B*5101の有意な増加、HLA-DRB1*1302およびHLA-B*4403の有意な減少がみられ、HLA-DPB1では関連がみられなかったことを報告した。この先行研究をふまえ、HLA領域にあると考えられるCL/Pの疾患感受性領域のさらなる絞り込みが今回の研究の目的である。また、CL/Pは、その表現型として左側裂、右側裂、両側裂に大別することができ、それぞれ発生率、男女比に相違がみられる。これらには、表現型を決定付けるなんらかの遺伝的な背景があると考えられるが、その解析を行った研究はこれまでにない。そこで、この研究では、HLA-DRB1〜HLA-Bにかけての候補領域に存在する候補遺伝子の多型解析を行い、さらにその結果を裂型別に解析した。

 対象は、1997年7月から2000年3月までに東京大学医学部歯科口腔外科・矯正歯科および、北里大学医学部形成外科に来院した日本人口唇口蓋裂患者(CL/P)のうち、本人、ならびに両親に本研究の趣旨を説明後、承諾を得られた非血縁患者113名であった。臨床的に他の先天異常を併発している症例は除外した。その内訳は左側口唇口蓋裂(L-CL/P)47名(男性24名,女性23名)、右側口唇口蓋裂(R-CL/P)28名(男性19名,女性9名)、両側性口唇口蓋裂(B-CL/P)38名(男性21名,女性17名)であった。比較対照群は東京近郊に住む、非血縁の健常日本人145名であった。

 患者および対照群より採血後、ゲノムDNAを抽出し、それぞれ多型解析を行った。方法は、HLA-DRB1、HLA-Bアリルタイピングは、PCR-MPH(microtiter plate hybridization)法を用いて決定した。HLA-Bアリルタイピングは、PCR-MPH法にてLow resolution typingを行い、有意差のみられたグループ(HLA-B15、HLA-B51、HLA-B44)についてHigh resolution typingまで行った。HLA-B15、HLA-B51についてはPCR-MPH法にて、HLA-B44についてはPCR-SSCP法にて、タイピングを行った。NOTCH4の(CTG)n repeat数の解析は、目的部位をPCRにて増幅後、ABI377sequencerを用いて、電気泳動を行い、その結果をGENESCANを用いて解析した。TNFαpromoterに存在するSNPsの解析は、promoterの-1031、-863、-857各部位におけるSNPsをPCR-PHFA(preferential homoduplex formation assay)法を用いてタイピングした。統計学的解析については、各々の遺伝子座の各々のアリル陽性率を算出し、CL/P患者群と対照群とで比較した。統計学的解析は、χ2検定を用いて行い、観測度数が少数(5未満)の場合は、Fisherの直接確率検定法を用いた。

 その結果、HLA-DRB1遺伝子多型との関連分析ではCL/P全体においてHLA-DRB1*1301の有意な増加(P=0.0012、Pc=0.0288)、HLA-DRB1*1302の減少(P=0.0043)がみられた。各サブタイプでは、R-CL/Pにおいて、先行研究で関連のみられたHLA-DRB1*0802(P=0.0108)が増加傾向を示していた。特にL-CL/Pとの間に差がみられたため、統計学的に比較したところ、その陽性率はL-CL/Pに比し増加(P=0.0339)していた。NOTCH4のシグナルペプタイドに存在する(CTG)repeat数の多型解析では、今回の研究で、新たにR13アリルが発見された。CL/Pとの関連については、どのサブタイプについてもR11およびR13アリルの増加傾向、R10アリルの減少傾向がみられたが、いずれも有意差ではなかった。しかし、B-CL/PとL-CL/Pを、R9アリルについて比較すると、Phenotype Freq.で、(P=0.0681)と、有意水準に近い差がみられた。ここで、NOTCH4はDRB1近傍に存在しているので、連鎖不平衡に由来する有意差がみられることが容易に予想されるが、今回の結果からは見られなかった。この原因を考察するため、2座位のハプロタイプ頻度の解析を行った。この結果と、HLA-DRB1*1301陽性患者がすべてR9アリル陽性であることから、患者群で有意な増加が見られるHLA-DRB1*1301、HLA-DRB1*0802、および患者群で有意な減少が見られるHLA-DRB1*1302は共にNOTCH4のR9アリルとハプロタイプを組んでおり、NOTCH4がCL/Pと強い関連を示さなかったのは、両者の効果が相殺されたためと考えられた。TNFαpromoterに存在するSNPsの多型解析では、各遺伝子座(-1032、-863、-857)毎に、それぞれCL/P全体、R-CL/P、L-CL/P、B-CL/Pについて、アリル頻度を対照群と比較した。しかし、有意な差は得られなかった。以上のことより、疾患感受性遺伝子は、TNFα近傍には存在しないと推定される。

 HLA-B遺伝子多型との関連分析については、CL/P全体においてHLA-B*1501(P=0.0097)、HLA-B*5101の増加(P=0.01)、HLA-B*4403の減少(P=0.0063)がみられた。各サブタイプでは、R-CL/PにおいてHLA-B*1501が有意に増加(P<0.0001、Pc<0.0003、OR=3.23)していた。L-CL/Pにおいては、HLA-B*1501の増加(P=0.034 OR=2.46)、HLA-B*5101の増加傾向、HLA-B*4403の減少(P=0.0066、Pc=0.0198 OR=0.16)がみられた。B-CL/Pにおいては、HLA-B*5101が有意に増加(P=0.0001、Pc=0.0001、OR=4.60)していた。すなわち、R-CL/PはHLA-B*1501、L-CL/PはHLA-B*4403、B-CL/PはHLA-B*5101との強い関連が示された。また、HLA-B*5101陽性率については、B-CL/PとL-CL/Pとの間に特に差がみられたため、統計学的な比較をおこなった。その結果、B-CL/Pにおける陽性率は、L-CL/Pに対して、有意に増加(P=0.0101、Pc=0.0303 OR=3.73)していた。

 本研究は、口唇口蓋裂患者において、その裂型の決定に関与する遺伝子の存在を示唆したものとして、掌握し得た範囲では、世界において最初の研究である。本研究では先行研究を受け、真の疾患感受性遺伝子の発見のため、その候補領域を絞ることに主眼がおかれた。そのため、HLA-DRB1からHLA-Bにかけての領域に存在する、HLA遺伝子を含めた候補遺伝子の多型解析を行い、同時にマーカーとして用いた。その結果、HLA-B座のアリルのなかに、B-CL/PおよびR-CL/Pとの関連がみられるものが別々に見つかった。また、HLA-DRB1座のアリルのなかにCL/P全体との関連がみられるものが見つかった。さらに、これらの遺伝子座の間に存在する候補遺伝子NOTCH4、TNFαは発症に関与しないと考えられた。これらの結果は、Cleftingそのもののメカニズムへ関与する遺伝子、および裂型の決定へ関与する遺伝子の両者がHLA領域に存在することを示唆する。Cleftingのメカニズムとしては、発生段階における顔面突起の癒合不全、突起同士の接触後の上皮の残存、中胚葉塊の欠損、移動、merging形成時における間葉の成長遅延などがこれまでに提唱されてきている。また、裂型決定へのメカニズムとしては、突起の成長、伸長能、などが提唱され、また、近年左右非対称性(左右軸の決定)へ関与する遺伝子が発見されてきている。HLA領域遺伝子がこのようなメカニズムのどの段階で関与しているのか、その解明も今後の課題である。発症抑制に関与すると考えられるハプロタイプも同定された。今後は、さらに疾患感受性遺伝子の解明のため、裂型ごとに検体数を増やし、HLA-Bおよびその近傍の遺伝子(MICなど)、HLA-DRB1およびその近傍の遺伝子(TAPなど)の多型解析をすすめる予定である。また、今後の重要な課題として、多因子疾患と考えられる他の顎顔面奇形、例えば顔面裂等の裂奇形、あるいは左右非対称性がみられる、hemifacial microsomiaなど、その症状(左右差)別にHLAタイピング、および候補遺伝子の多型解析を行うことが挙げられ、本研究とあわせて行ってゆく所存である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、これまでに有力な報告のない口唇口蓋裂(Cleft Lip with or without Cleft Palate、以下CL/P)の疾患感受性遺伝子の同定を試みたものである。同研究グループによる先行研究を受け、日本人口唇口蓋裂患者(CL/P)113名ならびに非血縁の健常日本人145名に対し、疾患感受性の高いと思われたHLA-DRB1〜HLA-Bにかけての候補領域に存在する候補遺伝子(HLA-DRB1,NOTCH4,TNFA,HLA-B)の多型解析を行い、同時にマーカとして用いることにより、疾患感受性領域のさらなる絞り込みを行っている。さらにその結果を左側裂、右側裂、両側裂と裂型別に解析することにより表現型を決定付ける遺伝子の解析についても併せて行ったもので、下記の結果を得ている。

1. HLA-DRB1遺伝子多型との関連分析ではCL/P全体においてHLA-DRB1*1301の有意な増加(P=0.0012、Pc=0.0288)、HLA-DRB1*1302の減少(P=0.0043)がみられた。各サブタイプでは、R-CL/Pにおいて、先行研究で関連のみられたHLA-DRB1*0802(P=0.0108)が増加傾向を示していた。特にL-CL/Pとの間に差がみられたため、統計学的に比較したところ、その陽性率はL-CL/Pに比し増加(P=0.0339)していた。

2. NOTCH4のシグナルペプタイドに存在する(CTG)repeat数の多型解析では、今回の研究で、新たにR13アリルが発見された。CL/Pとの関連については、どのサブタイプについてもR11およびR13アリルの増加傾向、R10アリルの減少傾向がみられたが、いずれも有意差ではなかった。しかし、B-CL/PとL-CL/Pを、R9アリルについて比較すると、Phenotype Freq.で、(P=0.0681)と、有意水準に近い差がみられた。

3. TNFA promoterに存在するSNPSの多型解析では、各遺伝子座(-1032、-863、-857)毎に、それぞれCL/P全体、R-CL/P、L-CL/P、B-CL/Pについて、アリル頻度を対照群と比較した。しかし、有意な差は得られなかった。以上のことより、疾患感受性遺伝子は、TNFA近傍には存在しないと推定される。

4. HLA-B遺伝子多型との関連分析については、CL/P全体においてHLA-B*1501(P=0.0097)、HLA-B*5101の増加(P=0.01)、HLA-B*4403の減少(P=0.0063)がみられた。各サブタイプでは、R-CL/PにおいてHLA-B*1501が有意に増加(P<0.0001、Pc<0.0003、OR=3.23)していた。L-CL/Pにおいては、HLA-B*1501の増加(P=0.034 OR=2.46)、HLA-B*5101の増加傾向、HLA-B*4403の減少(P=0.0066、Pc=0.0198 OR=0.16)がみられた。B-CL/Pにおいては、HLA-B*5101が有意に増加(P=0.0001、Pc=0.0001、OR=4.60)していた。

 すなわち、R-CL/PはHLA-B*1501、L-CL/PはHLA-B*4403、B-CL/PはHLA-B*5101との強い関連が示された。また、HLA-B*5101陽性率については、B-CL/PとL-CL/Pとの間に特に差がみられたため、統計学的な比較をおこなった。その結果、B-CL/Pにおける陽性率は、L-CL/Pに対して、有意に増加(P=0.0101、Pc=0.0303 0R=3.73)していた。

 以上、本論文は、口唇口蓋裂患者において、その裂型の決定に関与する遺伝子の存在を示唆したものとして、掌握し得た範囲では、世界において最初の研究であり、HLA-B座のアリルのなかに、B-CL/PおよびR-CL/Pとの関連がみられるものを別々に見つけた。また、HLA-DRB1座のアリルのなかにCL/P全体との関連がみられるものを見つけた。さらに、これらの遺伝子座の間に存在する候補遺伝子NOTCH4、TNFAは発症に関与しないことを示唆した。これらの結果は、Cleftingそのもののメカニズムへ関与する遺伝子、および裂型の決定へ関与する遺伝子の両者がHLA領域に存在することを示唆したものであり、口唇口蓋裂の発生原因の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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