学位論文要旨



No 116433
著者(漢字) 真鍋,典世
著者(英字)
著者(カナ) マナベ,ノリヨ
標題(和) Klotho遺伝子変異マウスにおける低回転型骨粗鬆症の分子細胞学的機構
標題(洋) Mechanism of osteopenia in klotho-mutant mice exhibiting low bone turnover
報告番号 116433
報告番号 甲16433
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1828号
研究科 医学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 三村,芳和
 東京大学 助教授 高取,吉雄
 東京大学 講師 矢野,哲
 東京大学 講師 井上,聡
内容要旨 要旨を表示する

【表現型の解析】

 本老化モデルマウスはホモ接合体個体(klotho遺伝子変異マウス;KL-/-マウス)において、早期死亡、成長障害、動脈硬化、活動性の低下、異所性石灰化、胸腺および皮膚の萎縮、性腺の萎縮および不妊など、様々なヒトの老化に類似した表現型を呈する。骨組織の検討では、KL-/-マウスの長管骨における骨密度は野生型(WT)マウスに比べて約15%減少しており、骨組織形態計測においては骨形成の指標の低下が骨吸収の指標の低下よりも顕著に見られ、ヒトの加齢に伴う低回転型の骨粗鬆症と共通した所見を呈した。培養骨芽細胞において、その増殖能はKL-/-マウスとWTマウスとの間には差がなかったが、アルカリフォスファターゼ活性および石灰化基質形成能がKL-/-マウスで著明に低下していた。骨髄と骨芽細胞との共存培養系における破骨細胞形成能は、破骨細胞前駆細胞を含む骨髄細胞がKL-/-マウス由来の場合にのみ、その支持細胞である骨芽細胞の由来とは関係なく抑制されており、破骨細胞の分化障害は破骨細胞前駆細胞側の異常に基づくことが示された。以上より、KL-/-マウスの骨粗鬆化の背景には骨芽細胞と破骨細胞の両者の独立した分化障害に基づく骨形成と骨吸収の低下が存在することが明らかとなり、これが老人性骨粗鬆症のメカニズムのひとつである可能性が示唆された。つぎにKL-/-マウスとWTマウスにおいて頭蓋骨、脛骨、肝臓よりmRNAを抽出しBMP-2,-4、BMP receptor typeIA、II、Cbfa-1、Osteoclast differentiation factor(ODF)、およびosteoprotegerin(OPG)などの骨代謝関連因子の発現をRT-PCRにて検討した。KL-/-マウスにおいて、OPGは頭蓋骨、脛骨、肝臓でKL-/-マウスにおいてWTマウスより強く発現していることが明らかとなった。これらのことからKL-/-マウスは老人性骨粗鬆症のモデルマウスと考えられた。

【骨髄細胞の検討】

 KL-/-マウスでは以上の結果から低回転型の骨粗鬆症が起こっており、脛骨近位部における破骨細胞数がWTマウスの約1/3に減少している。さらに、骨芽細胞と骨髄細胞の共存培養系において骨芽細胞の由来にかかわらず骨髄細胞がklothoマウス由来の場合に限って破骨細胞様細胞形成が抑制されることから、KL-/-マウスの骨髄細胞自身に破骨細胞の分化障害の原因があると考えた。そこで骨髄細胞の細胞分画を検討したところ、破骨細胞前駆細胞であるF4/80陽性細胞分画の割合はKL-/-マウスとWTマウスの間に差がなかった。最も著明な変化はB220陽性細胞分画(Bリンパ球)に認められ、KL-/-マウスにおいてWTマウスの約1/3に減少し、中でもIgMμ鎖陰性のPre-B cell以前の未分化なBリンパ球の割合が約1/10に減少していた。このB220陽性細胞分画の減少はヒトでの老化に伴う変化と一致した所見であった。一方、骨代謝回転が亢進している卵巣摘出マウスではこのBリンパ球分画の割合が増加していることが報告されており、Bリンパ球が骨代謝回転の調節に関与している可能性が示唆された。さらに最近、慢性関節リウマチにおいて活性化されたTリンパ球が破骨細胞分化に必須の因子であるODFの強い発現を来たし破骨細胞形成を支持するとの報告もあり(Kong YY et a1. Nature. 397:315-323,1999)、さらにPre-B cellのセルラインである70Z/3細胞がストローマ細胞より強いODFの発現をきたし破骨細胞形成を支持する可能性を示唆している(Anderson DM et a1, Nature390:175-179,1997)。またlymphoid lineageであるBリンパ球系それ自身からmyeloid lineageであるマクロファージが形成されたとの報告もあり(Borrello MA et al Immunol Today 17(10):471-475,1996)、Bリンパ球系それ自身から破骨細胞が形成される可能性が考えられている。そこで、ヒトの老人性骨粗鬆症のモデルであるKL-/-マウスの骨髄におけるBリンパ球減少のメカニズム、およびBリンパ球の破骨細胞形成への役割の解明を目指した。

【破骨細胞形成支持細胞としてのB220陽性細胞】

 まず骨髄細胞培養系にmagnetic cell sorting systemで回収した骨髄由来のB220陽性細胞を加え、破骨細胞形成数を検討したところ、加えたB220陽性細胞の容量依存性に破骨細胞形成は増加した。つまり、破骨細胞形成は骨髄B220陽性細胞により分化を調節されている可能性が強く示された。そこで近年同定された破骨細胞分化に必須の因子であるODFの発現をB220とODFのdual color immnofluorescence analysisを行った結果、骨髄においてODFを発現している主要な細胞はB220陽性細胞であり、ODFを発現している細胞の割合がKL-/-マウスの骨髄において著しく低下していることが明らかになった。さらに骨、骨髄、B220陽性細胞、B220陰性細胞の蛋白、mRNAレベルでのODFの発現を比較したところ、B220陽性細胞分画、特にIgM-μ鎖陽性の細胞に最も強い発現を認めた。この事からB220陽性細胞、中でも分化の進んだB細胞は骨髄中でODFを発現することにより破骨細胞分化を支持している可能性が示唆された。またKL-/-マウスにおける破骨細胞形成の低下は減少したB220陽性細胞分画に原因を発する可能性が考えられた。しかしKL-/-マウスで著明な減少を来したIgM-μ鎖陰性のBリンパ球にODF発現が弱いことが分かった。

【破骨細胞前駆細胞としてのB220陽性細胞】

 B細胞とマクロファージ系細胞との分化過程における関係については、B細胞系リンパ腫の細胞はマクロファージ様のphenotypeを呈し、またCD5陽性のBリンパ球はマクロファージ同様にF4/80等の表面抗原を発現し吸着能を持ちBマクロファージと呼ばれており、その分化はINF-γでブロックされることが知られている。またPax-5欠損マウス由来のPro-B cellは様々な系列の細胞に分化し破骨細胞にも分化し得たとの報告がある(Nutt SL et al, Nature 401:556-562,1999)。そこで次にB220陽性細胞自身が破骨細胞に分化し得るかを検討した。骨髄由来のB220陽性細胞、陰性細胞、骨髄細胞をODF+M-CSF存在下で培養したところ、B220陽性細胞、陰性細胞、骨髄細胞でほぼ同数の破骨細胞形成が得られた。そこでそれぞれの細胞分画由来の破骨細胞からgenomicDNAを採取し、Pro B cell以降の分化過程で起こるDJ,Pre B cell以降の分化過程で起こるVDJ recombinationをPCRで調べた結果、B220陽性細胞由来の破骨細胞にDJ,VDJ recombinationが検出された。しかも、特定のrecombinationのpatternしか認められず、monoclonalあるいはoligoclonalに増殖したBリンパ球由来であると考えられた。また、B220陰性細胞由来のosteoclastにはDJ,VDJ recombinationは検出されなかった。このことからB220陽性が破骨細胞に分化する可能性が強く示唆された。またKL-/-マウス由来のB220陽性細胞とWTマウス由来のB220陰性細胞を共存培養し形成された破骨細胞のgenomic DNAのklotho locusをsemi-quantitaive PCRでgenotypingすることで破骨細胞がB220陽性細胞かB220陰性細胞のどちらに由来するかを調べた。その結果できたOCLはmutated,wild alleleの2つを含みB220陽性,−細胞の両者から分化したことが分かった。そのパターンはKL-/-マウス由来genomic DNAとWTマウス由来genomic DNAの比が1:4の比のdensityであったことから、OCLの25%がB220陽性細胞由来、75%はB220陰性細胞由来と考えられた。そこで骨髄B細胞のどの分化段階の細胞が破骨細胞になりうるかを調べた。未分化なBリンパ球の表面抗原でPro-B,Pre-BI,early Pre-BII細胞に発現しその後の分化でdown regulateされ消失するCD43をマーカーとして細胞分離しODF+M-CSF存在下で培養したところ、B220陽性細胞の中でもCD43陽性細胞からはCD43陰性細胞の約5倍の破骨細胞が形成され、主にPre-BII cells以前の未分化なBリンパ球が破骨細胞前駆細胞となる可能性が示された。さらに骨髄では未分化なBリンパ球から破骨細胞形成がみられたが脾臓のような分化程度の進んだBリンパ球からは破骨細胞形成が出来にくいことが分かった。

 骨髄Bリンパ球の中でも分化の進んだものがODFを産生して破骨細胞形成支持能を持つのに対して、未分化なものはlineage switchをおこして破骨細胞前駆細胞として機能しうる可能性が示された。破骨細胞の中には従来のCFU-GM由来のものの他に、Bリンパ球からBマクロファージを経て形成される破骨細胞が存在し、OVXマウスやKL-/-マウスに見られる骨代謝回転の異常に関与していることが推測された。

【まとめ】

 この研究より、Bリンパ球は骨髄において破骨細胞形成の重要な調節因子であり、破骨細胞の前駆細胞となりうることが考えられた。これまで破骨細胞の分化は破骨細胞前駆細胞とstromal/osteoblastic cellとの細胞間相互作用が必要と考えられてきた。しかし今回の結果から成熟Bリンパ球であるIgM-μ鎖陽性のB220陽性細胞が主に破骨細胞前駆細胞との相互作用をとおして破骨細胞形成を支持することが分かった。興味深いことにODF欠損マウスでは破骨細胞形成のみならず、初期のT,Bリンパ球分化が障害されており、ODFの免疫系への関与を強く示唆する所見となっている。実際にODFは骨髄においてPro-B cells(B220陽性,CD43陽性,CD25陰性)からPre-B cells(B220陽性,CD43陰性,CD25陽性)への分化を促進していると考えられている。またmyeloid lineageから単球系を介して破骨細胞に分化する経路以外に、lymphoid系である未分化なBリンパ球(IgM-μ鎖陽性のB220陽性細胞)から骨粗霧症のような病的状況下ではlineageを越えて破骨細胞形成へ分化しうる可能性が考えられた。これまでB cell系からマクロファージが出来ることは報告されていたが、破骨細胞での報告は初めてである。老人性骨粗霧症のモデルマウスであるKL-/-マウスではBリンパ球系の細胞が減少することにより破骨細胞形成の低下が引き起こされていることが考えられた。

審査要旨
UTokyo Repositoryリンク