学位論文要旨



No 116435
著者(漢字) 宮崎,剛
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,ツヨシ
標題(和) 破骨細胞の延命および骨吸収機能活性化に関する研究
標題(洋)
報告番号 116435
報告番号 甲16435
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1830号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 講師 井上,聡
 東京大学 講師 森山,信男
 東京大学 講師 五嶋,孝博
内容要旨 要旨を表示する

【目的】骨吸収をつかさどる多核巨細胞である破骨細胞は、最終分化した細胞で、その寿命は短い。破骨細胞は支持細胞との接触あるいはいくつかのサイトカインが存在しない場合には速やかに細胞死をおこす。このときの細胞死はアポトーシスによるものであることが報告されているが、その詳細な分子機構は明らかにされていない。古典的MAPキナーゼ系であるRas-Raf-MEK-ERK系は種々の増殖因子刺激によって活性化され、神経細胞や血球系細胞では細胞死に対して抑制的に働くと考えられている。また、すでにIL-1による破骨細胞の延命においてNF-KBが重要だという報告がある。今回我々はアデノウイルスベクターを用いて破骨細胞の延命、骨吸収機能活性化におけるERK経路とNF-KB経路の役割を検討し、ERKの活性化は破骨細胞の延命に必要であり、NF-KBは破骨細胞の骨吸収機能の活性化に重要であることを見い出したので報告する。

【方法】破骨細胞としては、マウス骨芽細胞と骨髄細胞の共存培養系において1α,25(OH)2D3の刺激で形成された破骨細胞様細胞を用いた。非増殖型の組換えアデノウイルスは、斎藤らの方法(COS-TPC法)に従って作製した。すなわち増殖に必要なE1A,E1Bの2つの領域は欠損し、CAG[cytomegalovirus lE enhancer+chickenβ-actin promoter+rabbitβ-globin poly(A)signal]プロモーターを持つほぼ全長のウイルスゲノムを含むコスミドカセットに目的遺伝子[ドミナントネガティブRas(RasDN)・恒常的活性型MEK1(MEKCA)・ドミナントネガティブIκB kinase2(IKKDN)・恒常的活性型IKK2 (IKKCA)]を挿入し、293細胞での相同組換えにより目的のアデノウイルスベクターを得た。破骨細胞における遺伝子の発現はウエスタンブロットによって確認し、ERKの活性化は活性型ERKのみを認識する抗リン酸化ERK抗体、あるいはin vitroキナーゼアッセイを用いて調べた。NF-κBの活性化はIκBのdegradation、EMSA(ゲル移動度シフト法)、あるいはNF-κBの核移行を抗RelA抗体による免疫染色で検出することにより調べた。破骨細胞のアポトーシスはHoechstを用いた核染色、TUNEL法、DNA断片化の検出によって確認し、共存培養において骨芽細胞除去後、生存している破骨細胞数をカウントすることで定量化した。破骨細胞の骨吸収機能は、破骨細胞によって象牙質切片上に形成された吸収窩の面積を測定することによって定量化した。

【結果】組換えアデノウイルスは、破骨細胞に効率よくそれぞれの遺伝子の発現を誘導した。破骨細胞においてはERKの恒常的な活性化が認められるが、MEKCAウイルスはこれをさらに増強した。共存培養において形成された破骨細胞は、共存する骨芽細胞を酵素処理で除くと速やかに核の凝集・DNAの断片化をおこし、18時間後には約70%の細胞がアポトーシスによって死滅するが、MEKCAの発現はこの細胞死を著明に抑制し、ほぼ100%の細胞が72時間後にも生存していた。またRasDNの発現はERKの活性化を抑制するとともに破骨細胞のアポトーシスを促進し、18時間後には100%の破骨細胞が死滅していた。RasDNあるいはMEKCAウイルスは破骨細胞の生存に大きな影響を与えるにもかからわず、破骨細胞の骨吸収能に影響を与えなかった。IKKDNウイルスは破骨細胞においてIL-1刺激で起こるNF-κBの核移行を抑制し、逆にIKKCAウイルスでは、NF-κBの恒常的な活性化がみられた。興味深いことに、IKKDNあるいはIKKCAを発現させても破骨細胞の生存に影響はなく、逆に骨吸収機能がIKKDNで低下、IKKCAで上昇した。また、IL-1による破骨細胞の骨吸収の上昇もIKKDNの発現により有意に抑制された。

【考察】これまで“破骨細胞の活性化”を“サバイバルの延長”と“骨吸収活性の上昇”とに分離して解析するという概念はなかった。しかし、本研究により、ERKとNF-κBは破骨細胞の活性化において異なる役割を果たしていることが示唆された。つまり、ERKは破骨細胞の延命を、そしてNF-κBは破骨細胞の骨吸収活性化をそれぞれ制御していることが明らかになった。今後は、ERKの下流で何が働いているのか、そしてNF-κBで転写される遺伝子の中で何が骨吸収機能発現に重要な役割を果たしているのか、これらの点を明らかしていかなければならないと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、破骨細胞の機能発現における古典的MAPキナーゼおよびNF-κBの役割を明らかにするため、アデノウイルスベクターによる外来遺伝子導入系を用いて破骨細胞の延命・骨吸収機能の解析を行い、下記の結果を得ている。

 破骨細胞の生存・骨吸収機能活性化におけるmitogen-activated protein kinase(MAPK)とnuclear factor kappa B(NF-κB)伝達経路の役割を検討するために、様々なミュータント型シグナル伝達分子(ドミナントネガティブ型Ras[RasDN]、恒常的活性型MAPK/ERK kinase1[MEKCA]、ドミナントネガティブ型IKB kinase2[IKKDN]、恒常的活性型1KK2[IKKCA])を組み込んだアデノウイルスを作成した。

1. 組換えアデノウイルスは、破骨細胞に効率よくそれぞれの遺伝子の発現を誘導した。

2. 破骨細胞においてはERKの恒常的な活性化が認められるが、MEKCAウイルスはこれをさらに増強した。共存培養において形成された破骨細胞は、共存する骨芽細胞を酵素処理で除くと速やかに核の凝集・DNAの断片化をおこし、18時間後には約70%の細胞がアポトーシスによって死滅するが、MEKCAの発現はこの細胞死を著明に抑制し、ほぼ100%の細胞が72時間後にも生存していた。またRasDNの発現はERKの活性化を抑制するとともに破骨細胞のアポトーシスを促進し、18時間後には100%の破骨細胞が死滅していた。

3. RasDNあるいはMEKCAウイルスは破骨細胞の生存に大きな影響を与えるにもかからわず、破骨細胞の骨吸収能に影響を与えなかった。これら結果より、Ras/ERK経路が骨吸収を制御するシグナルではなく、破骨細胞の延命において重要な役割を果たしていることが示唆された。

4. IKKDNウイルスは破骨細胞においてIL-1刺激で起こるNF-κBの核移行を抑制し、逆にlKKCAウイルスでは、NF-κBの恒常的な活性化がみられた。

5. IKKDNあるいはIKKCAを発現させても破骨細胞の生存に影響はなく、,逆に骨吸収機能がIKKDNで低下、IKKCAで上昇した。また、IL-1による破骨細胞の骨吸収の上昇もIKKDNの発現により有意に抑制された。これらの結果より、NF-κB経路が破骨細胞の延命ではなく、骨吸収を制御するシグナルに関与していることが示唆された。

 以上、本論文は破骨細胞の活性化において、ERK経路が破骨細胞の延命を、そしてNF-κBが骨吸収機能の上昇を制御していることを明らかにした。これまで“破骨細胞の活性化”を“サバイバルの延長”と“骨吸収活性の上昇”とに分離して解析するという概念はなかった。しかし、本研究により、ERKとNF-KBは破骨細胞の活性化において異なる役割を果たしていることが示唆された。本研究は、これまで困難とされていた破骨細胞への遺伝子導入をアデノウイルスベクターを用いて確立し、破骨細胞内のシグナル伝達経路と機能発現の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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