学位論文要旨



No 116439
著者(漢字) 柳,靖雄
著者(英字)
著者(カナ) ヤナギ,ヤスオ
標題(和) 視細胞特異的転写因子(CRX)の機能解析
標題(洋)
報告番号 116439
報告番号 甲16439
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1834号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 川島,秀俊
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
 東京大学 助教授 門脇,孝
 東京大学 講師 武内,巧
内容要旨 要旨を表示する

脊椎動物の感覚網膜は、主要な7種類の細胞によって形成され、3層の細胞層をなしている。これらは外層から順に、錐体視細胞、桿体視細胞よりなる外顆粒層、アマクリン細胞、双極細胞、水平細胞よりなる内顆粒層、神経節細胞よりなる神経節細胞層を形成している。以上6種類の神経細胞の他、網膜を裏打ちするグリア細胞として、ミューラー細胞が上記三層を貫き、網膜構造を支えるような形で存在する。脊椎動物の眼形成、特に感覚網膜形成は中枢神経分化研究の優れたモデルとしてこれまで広く研究されている。また、眼形成にかかわる因子の研究は、現在までに有効な治療法が無く予後不良である遺伝性網脈絡膜変性疾患の病態解明、および、将来の治療法開発のために有用であると考えられている。この分野におけるこれまでの一連の結果により、細胞外環境のみならず、細胞内環境の変化が網膜細胞の分化に重要な働きがあることが明らかになってきた。従って、網膜形成における各種転写因子の働きは、各種成長因子、サイトカイン等と同様に精力的な研究対象となされてきた。1997年になって取得されたCRX(cone-rod homeobox)は、ペアードクラスに属するホメオボックス型転写因子で、視細胞および発生学的に視細胞と近縁関係にある松果体に特異的に発現が見られる。In vitroの実験で多数の視細胞特異的遺伝子のプロモーター上に結合し転写を活性化する他、データベース上から多数の視細胞特異的遺伝子プロモーター上にCRX binding siteが存在することが示され、また、レトロウイルスを用いたCRXの網膜ヘドミナント・ネガティブ体を導入したマウスやCRXノックアウトマウスでは、視細胞外節の形成不全が観察され、多数の視細胞特異的因子の発現の低下が観察されている。また、ヒトにおける常染色体優性遺伝型錐体桿体ジストロフィー、レーベル先天盲、網膜色素変性症など視細胞の発達、及び、その維持の異常によって引き起こされる疾患においてCRX遺伝子の変異が認められる症例が存在することがわかっている。これらの結果から、CRXは、視細胞の最終分化および、機能維持に重要な役割を担っていることが示唆されている。

近年、遺伝子欠損マウスの解析や、様々なin vitroの実験の結果が明らかになるにつれて遺伝子の発現制御に関与する因子や、その標的遺伝子の機能の解析において、シストランスの因子ばかりではなく、転写共役因子が重要であることが明らかとなってきている。転写共役因子は、エンハンサー配列に結合する転写因子と基本転写因子を結ぶブリッジングファクターとして機能したり、転写開始複合体形成の安定化に関与したりすることで、転写を制御していると考えられている。これまでに、転写共役因子として、p300/CBP(CREB binding protein)やp160protein familyがよく知られており、精力的な研究がなされている。これまでに視細胞の分化制御・恒常性維持における転写制御因子の研究は精力的に行われてきた。しかしながら、未だに、視細胞分化制御・恒常性維持における転写共役因子の役割は殆どわかっていない。

特に、視細胞特異的因子の発現制御を解明する上で、転写共役因子を介したCRXの転写活性化機構を知ることは重要であると考えられる。

本研究では、培養細胞と酵母を用いてCRXの転写活性化領域の同定を行い、更に、p300/CBPがCRXの活性化領域に結合して転写共役因子として機能することを明らかにし、その詳細な解析を行った。

CRXの転写活性化領域の同定

まず初めに、CRXに視細胞特異的な転写共役因子が存在するのか明らかにする為、GAL4融合CRX蛋白質とGAL4ルシフェラーゼレポーターを用いたルシフェラーゼアッセイを行いCRXの活性が視細胞においてのみ観察されるのか、他の細胞においても同様に観察されるのかを様々な培養細胞で検討した。その結果、ヒト腎臓由来293T細胞、サル腎臓由来のCOS-1細胞、ヒト子宮癌由来のHeLa細胞、網膜芽細胞種由来のY79細胞の、いずれの細胞を用いても、同程度のCRXの転写活性が観察された。さらに、CRXの様々な欠失変異体を用いてこれらの細胞でルシフェラーゼアッセイを行い転写活性化領域を同定した結果、293T細胞、COS-1細胞、HeLa細胞いずれを用いてもCRXの転写活性化領域は、219から267アミノ酸を含む領域に存在する事が分かった。これらの結果から、使用する細胞種に関係なくCRXのカルボキシ末端の219から267アミノ酸を含む領域に転写活性化領域が存在することが示された。また、細胞種特異的転写共役因子が存在するのではなく、これらの細胞に共通に発現する転写共役因子がCRXの転写活性化に関わっている事が示唆された。次いで、CRXが、酵母内においても転写活性化能を持つか、持つならば、その転写活性化領域がどこであるかを検討した。その結果、酵母内でも156-300アミノ酸残基を含む領域に転写活性が認められることが示された。この領域は培養細胞内で転写活性を認めた219-269アミノ酸を含む領域であった。これらの結果から、CRXの転写活性に必要な転写共役因子の機能を代替する因子が酵母内でも存在する可能性が示唆された。

P300/CBPはCRXの転写共役因子として作用する

次に、これまでに深く研究されており、多数の転写因子の転写共役因子として働くと分かっているp300/CBPやp160 family蛋白質がCRXの転写活性に影響を及ぼすか否かをルシフェラーゼアッセイによって検討した。全長のCRXの転写活性化能を測定するネイティブなエンハンサー配列としてヒトblue cone pigment遺伝子の転写制御領域を用いたアッセイの結果、p300,CBPの存在下でのみCRXの転写活性化能の増強が見られ、p160 family蛋白質ではCRXの転写活性化能の増強は観察されなかった。さらに、GAL4融合CRX蛋白質とGAL4ルシフェラーゼレポーターを用いたレポーターアッセイにおいても、ネイティブなエレメントを用いたアッセイの結果と同様p300,CBPの存在下でCRXの転写活性化能の増強が見られ、p300/CBPが真にCRXの転写活性化能自身を増強していることが確認された。次にp300/CBPによるCRXの転写活性化能増強作用が、p300/CBPがCRXに直接相互作用する事によって発揮されるのか、それとも別の因子を介した間接的な作用によるのかを明らかにするため、in vitroのpull down assayにて両者の直接の相互作用の検出を試みた。その結果、CRXはin vitroで直接p300/CBPに結合することが明らかとなった。更に、CRXとp300/CBPの相互作用がin vivoにおいても観察されるか否かを確認し、その相互作用に必要なp300/CBPおよびCRXの領域を決定するためにp300/CBPおよびCRXの様々な欠失変異体を用いてmammalian two-hybrid assayを行った結果、全長のCRXは、p300とはカルボキシ末端の1600から2414アミノ酸を含む領域と、CBPとはカルボキシ末端のQ-rich domainを含む領域に強く結合することがわかった。また、CRXが結合すると示されたp300のカルボキシ末端のVP-16融合タンパク質発現ベクター、およびGAL4 DBD融合の各種CRX欠失変異体を用いて、CRXのp300との相互作用に必要な領域を同様にmammalian two-hybird assayで決定した結果、CRXは転写活性化領域を含む219から267アミノ酸を含む領域でp300と結合することが明らかとなった。

まとめ

本研究ではCRXの転写活性化領域が219から267アミノ酸を含む領域に存在することが明らかとした。この結果から、これまでに人における網膜疾患の原因として報告されているCRXの変異のうち、これまでにその機能異常が明らかとなっていなかったGlu168Δ1bpやArg196/7Δ4bp、Ala196+1bpは、転写活性化領域を完全に欠失するために、転写活性化能を持たないことが予測される。また、本研究では、p300/CBPがCRXの転写活性化領域と直接結合し、転写共役因子として機能することを示した。網膜には多数のp300/CBP依存的な転写因子が発現していることが分かっている事や、P300/CBPは細胞内の様々な局面で転写のインテグレーターとして機能すると考えられている事を考え合わせると、P300/CBPを介した他因子との協調的作用、阻害作用によって網膜形成、維持なされる可能性があると思われ、今後、網膜細胞においてもこれまでに報告があるようにp300/CBPが転写のインテグレーターとして機能するかどうかの検討が待たれる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では網膜視細胞特異的因子の発現制御を解明する目的で、脊椎動物の視細胞および発生学的に視細胞と近縁関係にある松果体に特異的に発現が見られ、視細胞の最終分化および機能維持に重要な役割を担っているペアードクラスのホメオボックス型転写因子CRX(cone-rod homeobox)の転写活性化機構の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. GAL4融合CRX蛋白質とGAL4ルシフェラーゼレポーターを用いたルシフェラーゼアッセイを行いCRXの活性が視細胞においてのみ観察されるのか、他の細胞においても同様に観察されるのかを様々な培養細胞で検討した。その結果、ヒト腎臓由来293T細胞、サル腎臓由来のCOS-1細胞、ヒト子宮癌由来のHeLa細胞、網膜芽細胞種由来のY79細胞の、いずれの細胞を用いても、同程度のCRXの転写活性が観察された。

2. CRXの様々な欠失変異体を用いてルシフェラーゼアッセイを行い転写活性化領域を同定した結果、293T細胞、COS-1細胞、HeLa細胞いずれを用いてもCRXの転写活性化領域は、219から267アミノ酸を含む領域に存在する事が分かった。これらの結果から、使用する細胞種に関係なくCRXのカルボキシ末端の219から267アミノ酸を含む領域に転写活性化領域が存在することが示された。また、細胞種特異的転写共役因子が存在するのではなく、これらの細胞に共通に発現する転写共役因子がCRXの転写活性化に関わっている事が示唆された。

3. CRXが、酵母内においても転写活性化能を持つか、持つならば、その転写活性化領域がどこであるかを検討した。その結果、酵母内でも156-300アミノ酸残基を含む領域に転写活性が認められることが示された。この領域は培養細胞内で転写活性を認めた219-269アミノ酸を含む領域であった。これらの結果から、CRXの転写活性に必要な転写共役因子の機能を代替する因子が酵母内でも存在する可能性が示唆された。

4. 次に、これまでの研究から多数の転写因子の転写共役因子として働くと分かっているp300/CBPやp160 family蛋白質がCRXの転写活性に影響を及ぼすか否かを検討した。全長のCRXの転写活性化能を測定するネイティブなエンハンサー配列としてのヒトblue cone pigment遺伝子の転写制御領域を用いたルシフェラーゼアッセイ、および、GAL4融合CRX蛋白質とGAL4ルシフェラーゼレポーターを用いたルシフェラーゼアッセイの結果、p300,CBPの存在下でのみCRXの転写活性化能の増強が見られた。

5. 次にp300/CBPによるCRXの転写活性化能増強作用が、p300/CBPがCRXに直接相互作用する事によって発揮されるのか、それとも別の因子を介した間接的な作用によるのかを明らかにするため、in vitroのpull down assayにて両者の直接の相互作用の検出を試みた。その結果、CRXはin vitroで直接P300/CBPに結合することが明らかとなった。

6.更に、CRXとP300/CBPの相互作用がin vivoにおいても観察されるか否かを確認し、その相互作用に必要なp300/CBPおよびCRXの領域を決定するためにp300/CBPおよびCRXの様々な欠失変異体を用いてmammalian two-hybrid assayを行った。その結果、全長のCRXは、p300とはカルボキシ末端の1600から2414アミノ酸を含む領域と、CBPとはカルボキシ末端のQ-rich domainを含む領域に強く結合することがわかった。また、CRXのp300との相互作用に必要な領域を同様にmammalian two-hybird assayで決定した結果、CRXは転写活性化領域を含む219から267アミノ酸を含む領域でp300と結合することが明らかとなった。これらの結果から、p300/CBPがCRXの転写共役因子として働くと考えられた。

以上、本論文はこれまで未知であったCRXの転写活性化領域を明らかにし、さらに、その転写共役因子を介した転写活性化機構を明らかにした。本研究ではこれまで未知であった視細胞発育分化における転写因子活性化機構解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に価すると考えられる。

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