学位論文要旨



No 116444
著者(漢字) 小松,孝美
著者(英字)
著者(カナ) コマツ,タカミ
標題(和) 新規アンジオテンシン変換酵素様遺伝子ACE2の単離とその性状解析
標題(洋)
報告番号 116444
報告番号 甲16444
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1839号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 榊,佳之
 東京大学 助教授 後藤,淳郎
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

【序文】循環動態の調節機構としてレニンーアンジオテンシン(RA)系は非常に重要な系である。さらにアンジオテンシン変換酵素(ACE)はその中心的な酵素の一つである。ACEはアンジオテンシンIを強い昇圧作用をもつ活性ペプチド、アンジオテンシンIIに変換する。ACEはキニナーゼIIと同一の酵素であり、降圧ペプチド、ブラジキニンの不活性化も行う。ACEは他にも多種の基質に対してジペプチジルカルボキシペプチダーゼとして働く。このため、昇圧系のRA系と降圧系のカリクレインーキニン系を直接結びつける重要な酵素である。さらに交感神経系と共に高血圧の成因や病態に関与する重要な因子であると考えられている。近年ではACE阻害薬の開発により新たに組織RA系として臓器障害の発症における役割についての研究が盛んに行われてきた。その結果、今日ではRA系は血圧調節だけではなく、左室肥大・血管肥厚などの心血管系のリモデリングや腎障害などの高血圧性臓器障害の進展に重要な役割をしていることが分かった。さらに遺伝子解析などを含めた研究によりACEの機能について新たな知見が増加している。しかし、哺乳類ではACEの相同遺伝子は最近まで同定されていなかった。

 我々はヒト回腸粘膜において発現されている完全長のcDNAを分離する過程で新規のACE様遺伝子(ACE2)のヒトcDNAを得た。本研究では、ヒトおよびマウスのACE2のクローニングの詳細およびそのアイソフォームの存在、酵素としての活性の可能性について示す。

【結果と考察】ヒト回腸粘膜において顕著な発現を示す膜タンパク質、特に分泌に関与する遺伝子の単離を行う目的で、ヒト回腸由来完全長cDNAライブラリーを用いて解析を行った。4800個に及ぶ解析から18個の遺伝子候補が得られた。そのうちの一つがACEに対して33〜41%と高い相同性を示した。この全長は2599-bpで805アミノ酸(aa)からなるタンパク質であった。N末側よりシグナルペプチド(17aa)、5アミノ酸からなるZnを活性中心に持つ亜鉛メタロプロテアーゼモチーフ、膜貫通領域(22aa)から構成されていた。この遺伝子をヒトACE2(hACE2)と名付けた。

 ノーザンブロットより、hACE2の発現は腎臓、睾丸で強く、心臓でも発現が強かった。さらにRT-PCRを用いた発現解析より胎盤、骨格筋、膵臓、甲状腺、前立腺、卵巣、小腸、大腸、白血球においても発現がみられた。脳、肺、脾臓では発現が見られなかった。hACE2は腎臓、心臓という循環器系の臓器での発現が強く、ACE同様循環に関与する可能性が示唆された。さらにゲノムシークエンスと比較したところhACE2は18のエキソンからなりACEのエキソンと比較したところ8個のエキソンで共通性があった。このことからACE2がACEと共通の遺伝子から進化したと思われた。

 マウスACE2のクローニングを行うためにhACE2cDNAを用いたデータベース検索を行い、5'端領域で約90%の相同性を示すマウスEST(expressed sequence tag)を確認した。このEST cDNAは全長がhACE2に比べ600-bp程短かった。そこでマウス腎臓cDNAのライブラリーを作製し、全長2394-bpで798aaからなるマウスACE2(mACE2)を同定した。hACE2とmACE2はアミノ酸で83%の相同性を示した。シグナルペプチド、亜鉛メタロプロテアーゼモチーフ、膜貫通領域も保存されていた。mACE2ではアイソフォルムが存在し、これは全長1995-bpで353aaからなり、mACE2-sと名付けた。mACE2-sとmACE2はスプライシングバリアントと思われた。mACE2-sでは亜鉛メタロプロテアーゼモチーフは存在しなかった。

 ノーザンブロットでは2つのアイソフォルムが存在することが示され、ヒトとは異なり肺と腎臓での発現が見られた。マウスではヒトでは見られなかったアイソフォルムが同定されたことと共に、今後他の哺乳類でのACE2の同定がなされることで、ACE2の種間での差が明らかになると思われた。

 進化上の類縁関係ではヒト、マウスACE2とヒトACEの関係の方がdrosophila ACEとヒトACEの関係より近い関係であった。

 ヒトACE2の染色体上における位置をFISH(fluorescence in situ hybridization)法で決定した。ヒトX染色体短腕p22にマッピングされた。一方マウスではradiation hybird mapping法で決定した。PCR解析よりX染色体70.5cMの位置にマッピングされた。ヒトXp22とマウスX70.5cMはシンタニーのある領域と報告されている。X染色体は性染色体であり、ACEのノックアウトマウスでは血圧の変動、生殖能力の変化に雌雄差があるが、このことがACE2と関連性があるかは更に検討する必要があると思われた。

 ACE2の機能解析を行うため、hACE2をチャイニーズハムスター卵巣組織から分離された繊維芽細胞(CHO-K1)ヘリポフェクション法で一過性に導入し、強制発現させた。細胞形態には変化が見られなかった。これらの発現細胞において、hACE2のC末端の細胞内領域末端由来ペプチド(20aa)を基に作製した抗血清により約110kDaのタンパク質を確認した。これは予想される分子量より約20kDa大きいが、これは糖付加などの翻訳後修飾を受けたためと思われた。さらに細胞内の局在を同様に作製した抗血清を用いて、免疫染色によって確認したところ、小胞体内でhACE2が確認された。

 細胞培養液中に分泌されていると思われるタンパク質を濃縮してACE活性を、笠原法を用いて測定したが、ACE活性はごくわずかしか認められなかった。また細胞抽出液で膜に結合しているアンカー部分を界面活性剤であるCHAPSを用いて切断し、分泌型のACE2として同様にACE活性を求めたが、ごくわずかしか認められなかった。対象としてヒト体性型ACEを同様に発現させたものではいずれも活性が認められた。

 最近の知見によるとhACE2もACE同様に分泌型があると言われている。ACE2も予測されるアミノ酸配列を考慮するとカルボキシル基末端側に膜にアンカーされると考えられる22個のアミノ酸配列が存在し、膜結合型がこのアンカー部で切断されて酵素として機能する分泌型になると思われる。この機構については未だ明らかにはされていない。

 ACE2にはジカルボキペプチデースダーゼとしての活性はなく、カルボキシペプチダーゼとしての活性しかないと言われている。ACE2はアンジオテンシンI、ニューロテンシンなどのC末端のアミノ酸1つのみを加水分解し、ブラジキニン、黄体形成ホルモン刺激ホルモン(LH-RH)などは分解せず、ACEに比べ基質特異性が高いようである。さらにACE2はACE阻害薬では酵素活性を阻害されず、キレート剤であるEDTAによって酵素活性が阻害されると言われている。ACE2が他にどの様な基質を分解するかは不明である。さらにACE2がACEに対してどの様な機能を示すのかも不明である。今後マウスACE2のノックアウトマウスの研究などが進むことにACE2の機能について明らかになってくると思われた。

【結語】ヒト回腸粘膜において顕著な発現を示す膜タンパク質特に分泌タンパク質のcDNAを効率良く解析するためにオリゴキャッピング法を用いて、腎臓、睾丸、心臓で発現が高く、ACEに高い相同性を持つ新規ACE様遺伝子ACE2を得た。ヒトおよびマウスではアミノ酸レベルで83%の相同性を示し、ほぼ同時期にクローニングされたヒトのACE2、ACEHは本遺伝子と全く同一なものであった。マウスでは2つのアイソフォルムを同定した。染色体上の位置はそれぞれ、Xp22およびX70.5cM領域で、シンタニーを示すものであった。ACE2に対する抗体から、分子量は約110kDaであり、細胞内小胞体に特異的に局在していた。ACE2をCHO-K1細胞に発現させたところ、ジカルボキペプチダーゼとしてのACE活性は同様に発現させた体性型ACEの約1/20しかなく、ほとんど活性はないと思われた。ACE2の基質としては文献的にはアンジオテンシンIの他にニューロテンシンなどがあり、ブラジキニン、LH-RHなどは加水分解されないようであった。今後さらに基質の解析、他のACE相同遺伝子が同定されることにより、ACEを始めとしたACEファミリーの機能の解明が可能と思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は哺乳類動物循環系において重要な役割を演じていると考えられているアンジオテンシン変換酵素(ACE)の機能を明らかにするため、新規ACE様遺伝子としてACE2のヒトおよびマウスcDNAの単離を行い、酵素としての活性を含めた機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1)オリゴキャッピング法を用いたcDNAの作製、およびそのその5'端のシークエンス解析により、膜分泌タンパク質と思われ、既存のタンパク質に相同性があるが、未知な候補遺伝子が幾つかクローニングされた。

2)そのなかからACEに対して33〜41%と高い相同性を示す新規ACE様遺伝子ACE2のヒトcDNAを得た。

3)ACE2の発現を調べたところ、心臓、腎臓と言った循環に深く関わる臓器での発現が強く見られた。さらに生殖機能に関連する睾丸でも強く発現していた。

4)ヒトおよびマウスACE2遺伝子はそれぞれXp22とX70.5cM領域にマッピングされ、相互にシンタニーのある領域であることが示された。ヒトとマウスでは発現に違いがあり、またアイソフォルムもマウスでは発見出来たが、ヒトでは存在しなかった。

5)チャイニーズハムスターCHO-K1細胞へACE2を強制発現させたところ、細胞形態の変化は見られなかった。ACE2に対する抗体と発現細胞を用いたWestern blotの結果、分子量は約110kDaであることが示された。

6)酵素活性はACEと同じとは言えず、その基質も文献的には一部明らかにされたが機能も含めて不明なところがあると思われた。

 以上、本論文では新規ACE様遺伝子ACE2をクローニングし、その解析により、ACE familyに属する遺伝子であることが示された。循環系のみならず、多種の臓器で多彩な作用を示すACEの機能解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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