No | 116447 | |
著者(漢字) | 張,雪君 | |
著者(英字) | Zhang,Xuejun | |
著者(カナ) | チョウ,セツクン | |
標題(和) | 東京都と上海市に在住する高齢者のヘルスサービス利用に関する比較研究 | |
標題(洋) | A comparative study of health service utilization among noninstitutional elderly in Tokyo and Shanghai | |
報告番号 | 116447 | |
報告番号 | 甲16447 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 博医第1842号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 健康科学・看護学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 高齢人口の急速な増加を受けて、1970年代以降、高齢者のフォーマルとインフォーマルなヘルスサービス利用を含む病気行動(Illness Behavior)に関する研究は急増した。しかし、そのほとんどは先進国で行われた研究であり、発展途上国における研究や国際比較研究はあまり多くない。他国のシステムを安易に持ち込むことはできないが、自国のヘルスケアシステムを検討する際、先進的な具体策を持つ他国のシステムと比較検討し、示唆を得ることは有益である。 日本の医療システムにおいて、高齢者はヘルスサービスへの公平なアクセスが実現されていると言われている(杉澤、朝倉、園田、前田,1993)。上海のヘルスケアへのアクセスの公平性を評価する際、東京の高齢者におけるヘルスサービスの利用パターンは公平なアクセスの例として有用である。また、経済的な障壁が取り除かれ、サービス利用に影響を与える要因を明らかにすることもまた非常に興味深い。 中国都市部の住民は、主として雇用に基づく「労働保険」もしくは「公費医療」に加入している。1980年以降、中国社会は計画経済から市場経済へと移行した。その結果、3分の1の国営企業が赤字経営となり、「労働保険」の加入者(被雇用者と退職者)及びその家族の医療費への支払い能力を失ってしまったため、ヘルスサービスを利用できる人とできない人の格差は広がったと指摘されている(Liu,Hsiao and Eggleston,1999)。1998年10月以降、いくつかの都市において新しいプログラムが試行されている。赤字企業の退職者を、自己負担(0-15%)を伴う「医療保険」に移行させるというものである。現在、上海はこのプログラムが施行されて1年半の時期にあり、現時点でのヘルスケアへのアクセスの公平性を検討することは重要である。 さらに、サービス利用を説明する要因は十分解明されておらず、Andersen(1995)が示唆したように、態度など心理的要因をモデルに含めてサービス利用に関する要因を探る必要がある。 目的 本研究は、上海市と東京都に在住する高齢者のフォーマル及びインフォーマルなヘルスサービス利用状況についての比較研究である。本研究では、第一に高齢者におけるヘルスサービスへのアクセスを比較することを目的とする。第二に両都市の病気行動モデルにおける潜在的な要因を明らかにし、モデルの適合度を向上させることを目的とする。 方法 本研究は、人口学的特性など素因(Predisposing Characteristics)、利用促進・阻害要因(Enabling Characteristics)、ニード(Need Characteristics)の3要因群から成るAndersen行動モデルを適用した横断的研究である。対象者は東京都と上海市の各2地域から無作為抽出された65歳から90歳までの高齢者で、東京都に居住する414名、上海に居住する435名の高齢者である。各サービスの利用に対して2つの分析手法を用いた。利用の有無に関連する要因は多重ロジスティック回帰分析により解析し、一度でも利用があった者における利用回数に関連する要因は重回帰分析により解析した。 結果および考察 医療機関への受診(以下「受診」とする)において、ニード要因は両都市に共通する主たる要因であった。この結果は先行研究と一致する。ただし、上海において保険の種類をモデルに投入した場合は、利用促進・阻害要因がニード要因より説明力が大きくなった。 主観的健康観が低いこと、慢性疾患を有すること、症状対処への態度の得点が低い(通院志向が高い)こと、かかりつけ医を有することは、いずれの都市でも受診に関連していた。学歴と保険の種類は、上海においてのみ受診の有無に関連があり、保険の種類は受診回数に関連していた。すなわち、上海ではヘルスサービスに対する社会的不公平が存在することが示されたと言える。互恵規範意識は東京においてのみ、受診の有無に関連していた。 これは、互恵規範意識の高い人は、援助を受けることに心理的負債感をもつ傾向があるため、必要な場合にはインフォーマルなケアに頼るよりは、公的システムによる支援を求めることによるものと考えられた。このような意識は、上海の高齢者の間では、病気行動に影響を与えるほど強くはなかった。受診経験のある人のみを対象とした分析において、主観的健康観が低いことは受診回数に関連があった。これは、主観的健康観が受診するか否かを決定する上で、重要であることを示していると考えられた。東京と異なり、上海では、受診回数と慢性疾患の有無との間には関連が見られなかった。これには2つの可能性が考えられた。一つは慢性疾患管理の意識が低いこと、もう一つはアクセスの不公平が存在することである。東京では低収入の高齢者が外来診療を多く利用するという結果は、次のような理由が考えられた。東京では、社会経済的な地位の高い人は受診に対して消費者としての自覚が高く、必要であると認識した場合にのみ受診する傾向があることによるものと推察された。東京で手段的日常生活動作能力(IADL)に支障のある人は受診日数が少なかった。IADLの維持は受診の促進要因となっていると考えられる。 半日以上床についての休養(以下、就床とする)および大衆薬の利用は、いずれの都市においても、他のサービス利用と同時にまたは補完的(Supplementary)に行われていた。両都市で、就床の有無および日数は、いずれも主観的健康度により決定されていた。東京では、ソーシャルサポートは、就床を代替する機能があると考えられた。つまり、ソーシャルサポートは高齢者に力を与え、励ます作用を持ち、床についてしまうことを防ぐ機能をもつと考えられた。大衆薬利用の有無は、東京では年齢と負の相関が見られ、「若い」高齢者ほど、自己コントロール志向が高いことを示していると考えられた。また、上海では症状対処への態度と正の相関があり、通院志向が低い人は、その代替手段として大衆薬を利用するという傾向を示していると考えられた。両都市ともに、主観的健康度は大衆薬の利用日数と関連していた。上海ではIADLに問題を持つ人は大衆薬の利用が多い傾向が見られたが、これは外出して他のサービスを利用することに支障があるためと推察された。 症状対処への態度は、東京でかかりつけ医の有無のみと関連が見られ、かかりつけ医がある場合に、通院志向が高かった。上海では関連要因はより複雑であり、同居形態、ソーシャルサポート、現在の就労状態、学歴、収入と保険の種類が関連していた。配偶者と同居していることやサポートが得られていることは、受診を決意促進する上で重要であると考えられた。現在就労している人も、通院志向が低かったが、これは時間の余裕がないことによると考えられた。また、社会経済的な地位が低い人(低収入、低学歴の人)はヘルスサービスを購入する経済力に不安を持っているために、通院志向が低くなっていると考えられた。「公費医療」保険以外の人は症状があっても我慢する傾向があったが、これは医療費の償還払いが遅延するためと考えられた。以上より、上海では、症状への対処傾向の点から見ても、不公平が存在すると言える。 結論 本研究では、以下2点の知見が得られた。 第一に、Andersen(1995)は「公平なアクセスとは、人口学的特徴と二ード変数により利用の多寡を説明できる状況である。不公平なアクセスとは、社会公平や、促進・阻害要因により、利用が決定される状況である」と定義した。この観点からみて、東京では、ヘルスケアシステムへのアクセスは公平に保障されていると考えられる。一方、新規に導入された政策下にある上海のヘルスシステムへのアクセスは東京に比べて、まだ、より不公平であることが明らかになった。不公平は低学歴の人、保険を持たないもしくは条件の悪い保険に加入している人たちに見られた。筆者の知見から、上海のヘルスサービスへのアクセスの公平を確保する上で、適切な保険制度を確立することの重要性が示唆された。具体的には、保険の普及、「家族保険」と「合作医療制度」の自己負担率の減免、自己負担の速やかな償還を可能にすることが必要と考えられた。 第二に、サービス利用に関する他の関連要因について、本研究で得られた結果は、Cafferate(1987)の代替モデルとは異なり、フォーマルサービス利用とインフォーマルサービス利用の間に、補完的な関係があった。ソーシャルサポートと同居形態は、医療機関への受診を促進する直接的な関連性は認められなかったもの、就床を代替し(東京)、通院志向を高める(上海)という関連性が認められた。ニード要因に加えて、主治医の有無と症状対処への態度はヘルスサービス利用への重要な要因であったが、これは先行研究と一致するものである。互恵規範意識が受診についての関連要因であることが、東京において初めて明らかになった。 | |
審査要旨 | 本研究は、上海市と東京都に在住する高齢者のヘルスサービスへのアクセスを比較検討し、さらに両都市の高齢者の病気行動モデルにおける潜在的な要因を明らかにする目的で、人口学的特性要因、利用促進・阻害要因、ニード要因の3要因群から成るAndersen行動モデルを適用した調査研究である。調査対象は両地域から無作為抽出された65歳から90歳までの高齢者(上海市435人、東京都414人)である。 本研究から、以下の知見が得られた。第一にニード要因は両都市に共通な主たる受診要因であったが、上海の高齢者におけるヘルスサービスへのアクセスは東京に比べて不公平であった。とりわけ、この状況は低学歴の人、保険を持たないもしくは条件の悪い保険に加入している人たちに多く見られた。上海のヘルスサービスへのアクセスの公平を確保する上で、適切な保険制度を確立することの重要性が示唆された。第二にいずれの都市においても、高齢者のフォーマルサービス利用とインフォーマルサービス利用の間に補完的な関係があった。また、ソーシャルサポートと同居形態は、高齢者の医療機関への受診を直接的に促進するものではなかったが、就床を代替し(東京)、通院志向を高める(上海)という関連性が認められた。さらに東京では、互恵規範意識が受診についての関連要因であることが初めて明らかになった。 以上、本論文はAndersen行動モデルを適用して、上海市と東京都に在住する高齢者のヘルスサービスへのアクセスの比較を行い、両都市の高齢者における受診行動の潜在要因を明らかにした研究であり、高齢者の健康政策に重要な貢献をなすと考えられる。よって、学位の授与に値すると考えられる。 | |
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