学位論文要旨



No 116450
著者(漢字) 田高,悦子
著者(英字)
著者(カナ) タダカ,エツコ
標題(和) 在宅痴呆性高齢者の日常生活適応に関する研究 : 無作為化臨床比較試験による回想法を取り入れたプログラムの有効性の検討
標題(洋) Intervention Study on Adaptation to Daily Life in Demented Elderly : Randomized Clinical Trial of a Program of Reminiscence
報告番号 116450
報告番号 甲16450
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1845号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 大嶋,巌
 東京大学 講師 難波,吉雄
 東京大学 講師 萱間,真美
内容要旨 要旨を表示する

I.緒言

 人口の高齢化、特に75歳以上の後期高齢者の増加に伴う痴呆性(アルツハイマー病:ADおよび脳血管性痴呆:VD)高齢者の急激な増加に全世界中の先進諸国が直面している。痴呆性高齢者を早期に把握するシステムやケアプログラムの開発は、痴呆性高齢者と家族介護者双方のQOLの維持、向上に極めて重要である。本研究では、地域(在宅)の軽症痴呆性高齢者に対するケアプログラムの開発にむけて、回想法とリアリティオリエンテーションを取り入れたケアプログラムの有効性を無作為化臨床比較試験により検証することを目的とする。

II.研究方法

1.研究対象

 研究対象は、東京都区内の1老人保健施設デイケアセンターを利用中の在宅高齢者116名(全数)中、本研究の包含基準、すなわち a)診断名:DSM-IVによるADもしくはVD、b)CDR:1〜2、c)視聴覚障害:著しい障害なし、をすべて満たした適格者78名のうち、研究参加に同意した者60名(無作為割付により介入群30名、対照群30名)である。

2.倫理的配慮

 本研究では、ヘルシンキ宣言(World Medical Association Declaration of Helsinki,1997)の基本原則に従うと同時に、1)痴呆性高齢者および主たる介護者に対するインフォームド・コンセントの実施、2)研究に伴う利益とリスクに関する研究対象間の公平性の保証(対照群における標準的デイケアの保証)に留意した。

3.介入方法

1)介入群:痴呆性高齢者6名に対し、訓練された専門看護職および臨床心理士合わせて4名を1単位とするグループを編成し、回想法とリアリティオリエンテーションを取り入れたケアプログラムを、毎回同一の枠組みで、週1回(1.5h)、連続10週間、同一の環境設定のもと、通常の標準的なデイケアプログラムに加えて実施した。

2)対照群:痴呆性高齢者30名に対し、専任の介護職1〜2名が、通常の標準的なデイケアプログラム(軽体操、レクリエーション、食事、入浴などを含んだ集団プログラム)を、毎回同一の枠組みで、介入群と同一の研究期間中、介入群と同一の施設内で実施し、経過を観察した。

4.評価指標

1)痴呆性高齢者に対する評価指標

(1)認知機能

 認知機能については、Mini Mental State Examination(MMSE)にて測定した。本尺度は、a)見当識、b)記憶、c)注意および計算、d)言語能力、e)構成図形模写の5領域11項目から構成されている。評価は、全領域の合計得点(範囲:0〜30点)ならびに各領域得点を用いて行った。得点が高いほど機能は高い。測定は、研究施設から独立した立場にあり、かつ研究対象の割付に盲目である1名の精神科専門医が実施した。

(2)日常生活機能

a.多面的日常生活機能

 多面的日常生活機能については、Multi-dimentional Observation Scale for Elderly Subjects(MOSES)にて測定した。本尺度は、a)セルフケア、b)失見当識、c)抑うつ、d)いらだち、e)引きこもりの5領域40項目(4段階評価)から構成されている。評価は、各領域ごとの合計得点(8〜32点)を用いて行った。得点が高いほど機能は低い。測定は、在宅での日常生活状況を観察し得る痴呆性高齢者の主たる家族介護者が実施した。

b.意欲

 意欲については、The Vitality index(研究者により一部改変)にて測定した。本尺度は、a)起床、b)意志疎通、c)食事、d)排泄、e)活動性の5領域5項目(3段階評価)から構成されている。評価は、合計得点(範囲:0〜10点)を用いて行った。得点が高いほど意欲は低い。測定は、在宅での日常生活状況を観察し得る痴呆性高齢者の主たる家族介護者が実施した。

(3)グループセッション反応

 グループセッション反応については、東大病院精神科初期痴呆グループ観察スケール(試案;以下グループスケール)にて測定した。本尺度は、a)言語的コミュニケーション、b)非言語的コミュニケーション、c)注意・関心、d)感情の4領域20項目(2段階評価)から構成されている。評価は、合計得点(範囲:0〜20点)を用いて行った。得点が高いほど反応は高い。測定は、専門看護職および臨床心理士が実施した。

2)家族介護者に対する評価指標

 家族介護者のアフェクトバランス

 家族介護者のアフェクトバランスについては、The Affect Balance Scale of Caregiver for the Elderly(筆者開発)にて測定した。本尺度は、高齢者に対する肯定的感情5項目と否定的感情5項目の計10項目(5段階評価)から構成されている。評価は、肯定的感情得点一否定的感情得点から算出される得点(範囲:-20〜20点)を用いて行った。得点が高いほど肯定的感情(捉え方)が強い。測定は、痴呆性高齢者の主たる家族介護者本人が実施した。

5.評価時点

1)ベースライン:1999年10月

2)介入直後フォロアップ(短期効果):2000年1月

3)介入6ヵ月後フォロアップ(長期効果):2000年4月

6.解析方法

 本研究の解析では、研究対象を全体、AD群、VD群に層別し、各層ごとに解析を展開した。介入群と対照群における背景因子ならびに評価指標のベースライン値の差の比較には、変数の特性に応じて、t-test、Cochran-Mantel-Haenszel test、chi-square testもしくはFisher's exact testを実施した。介入の効果評価には、評価指標のベースライン値および評価指標との関連が認められるCDR値を共変量として同時に投入したrepeated measures ANCOVAを実施した。さらに評価時点における群間比較には、評価指標のベースライン値を共変量とするANCOVAを実施した。すべてのデータ解析には、統計解析パッケージSAS Ver.6.12(Mixed-Procedure)を用いた。

III.研究結果

1.対象の概要

1)対象のベースライン特性

 研究対象は、全体60名、AD群24名(介入群:平均年齢82.5(SD=6.6)歳),対照群:平均年齢81.2(SD=6.2)歳)、VD群36名(介入群:平均年齢85.3(SD=6.3)歳,対照群:平均年齢83.2(SD=6.4)歳)である。AD群ならびにVD群の介入群と対照群の間には、ベースライン特性(背景因子ならびに評価指標)に有意な差を認めるものはなかった。

2)対象のフォロアップ経緯

 研究対象60(介入群30;対照群30)名のうち、本研究のフォロアップ中、介入群では4名が脱落し、対照群では6名が脱落したため、最終研究対象は50(介入群26、対照群24)名となった。最終研究対象群と脱落群との間には、べースラインの背景因子ならびに評価指標の特性値のいずれにも、有意な差を認めなかった。

2.痴呆性高齢者に対する介入効果

1)AD群に対する介入効果

 認知機能(MMSE)に対しては、有意な介入効果は認められず、介入群と対照群ともに、ベースラインに比して介入6ヵ月後には、MMSEスコアが減少する傾向が認められた。

 日常生活機能に対しては、引きこもり傾向ならびに意欲の領域に、介入効果の傾向が認められた。測定時点ごとの効果をみると、介入直後の引きこもり傾向ならびに意欲の領域では、介入群では対照群に比して改善の傾向が認められた。一方、介入6ヵ月後の引きこもりならびに意欲の領域では、介入群と対照群との間に有意差は認められなかった。

2)VD群に対する介入効果

 認知機能(MMSE)に対しては、総合得点に有意な介入効果が認められた。測定時点ごとの効果をみると、介入直後および介入6ヵ月後ともに、介入群では対照群に比して有意な改善が認められた。なお、MMSEの下位領域では、見当識の領域に有意な介入効果が認められた。測定時点ごとの効果をみると、介入直後の介入群では対照群に比して有意な改善が認められ、介入6ヵ月後の介入群では対照群に比して改善の傾向が認められた。

 日常生活機能に対しては、セルフケア、失見当識、引きこもり傾向および意欲の領域に、有意な介入効果が認められた。測定時点ごとの効果をみると、まずセルフケアについては、介入直後の介入群では対照群に比して有意な改善が認められ、介入6ヵ月後の介入群では対照群に比して改善の傾向が認められた。次いで、失見当識については、介入直後および介入6ヵ月後ともに介入群では対照群に比して改善の傾向が認められた。次いで、引きこもり傾向については、介入直後および介入6ヵ月後ともに介入群では対照群に比して有意な改善が認められた。さらに、意欲については、介入直後および介入6ヵ月後ともに介入群では対照群に比して有意な改善が認められた。

3)グループセッションに対する反応

 グループセッションに対する反応をグループスケールの合計得点でみると、AD群、VD群ともに、第1回目のグループセッションの得点(基準値)に比して、最終回のグループセッションの得点では有意な増加が認められ、回を追うごとにグループセッションに対する反応の高まりが認められた。

3.家族介護者への介入効果

 家族介護者の痴呆性高齢者に対するアフェクトバランスでは、AD群、VD群ともに、有意な介入効果は認められなかった。すなわちAD群の介入群と対照群では、ベースラインより6カ月後フォロアップ点までネガティブバランス(否定的感情)のまま経過し、VD群の介入群と対照群では、同期間中、ポジティブバランス(肯定的感情)のまま経過し、変化を認めなかった。

IV.考察

 本研究の目的は、地域における痴呆性高齢者と家族介護者双方のQOLを可能な限り維持、向上させるためのケアの確立にむけて実施された、回想法とリアリティオリエンテーションを取り入れたケアプログラムの有効性を検証することである。研究の結果、プログラムは、AD群に対しては、日常生活機能(引きこもり傾向および意欲)の短期の改善傾向に有効であり、VD群に対しては、認知機能(見当識)の短期の有意な改善ならびに長期の改善傾向、および日常生活機能(引きこもり傾向および意欲)の短期ならびに長期の有意な改善におのおの有効であることが認められた。これより、回想法とリアリティオリエンテーションを取り入れたプログラムは、痴呆性高齢者に残存する感情機能や行動機能の日常生活機能の賦活に有効であり、地域(在宅)での日常生活適応を促進し得るプログラムであることが示唆される。またプログラムの実施方法であるグループには、地域(在宅)から孤立しがちな痴呆性高齢者の帰属欲求を満たし、不安等を緩和させ、回想法やリアリィティオリエンテーションによって賦活化された日常生活機能を一層維持、強化する効果が期待できると考えられる。

 一方、本研究では、AD群、VD群ともに、介入直後では一定の機能の改善を認めたものの、介入6ヵ月後では緩やかな機能の低下が示唆された。これにより痴呆性高齢者の機能の維持、改善に対するケアの効果を持続させるためには、継続的な介入が必要であることが示唆される。長期にわたる痴呆性高齢者の介入のあり方は、経済的な側面からの検討も不可欠であり、この点については今後の課題と考える。しかしながら、本研究は、痴呆性高齢者の残存機能に着眼したケアにより、障害の進行を一定程度予防し、日常生活機能を維持、改善させる可能性があることを示したものであり、地域の痴呆性高齢者に対するプログラムを勘案する上で重要な知見と考える。さらに研究対象基準に国際的な診断基準や重症度を用いたこと、研究デザインに無作為化臨床比較試験を用いたこと、研究設定を地域としたこと、評価指標に認知機能のみならず日常生活の多側面の機能を取り入れたこと、評価時期に介入直後のみならず介入一定期間後を設定したことなど、痴呆性高齢者を対象とした先行研究にはみられないデザインの洗練性ならびに独自性があり、意義を有すると思われる。

 本研究の限界は、第一に、研究の設定は都市における1デイケアセンターに限られている点であり、結果の一般化にあたっては、この点を考慮する必要がある。第二に、研究対象である痴呆性高齢者および家族介護者は割付結果に盲目ではなかったため、ホーソン効果を否定できない。今後はこれらの課題を検討するとともに、対象や地域の特性に応じたプログラムの発展が課題である。また家族介護者を直接の介入対象としたプログラム開発も必要であろう。将来において、地域を拠点としたこれらの実践と研究の蓄積が待たれる。

V.結論

 地域(在宅)の痴呆性高齢者60名を対象(介入群30名;対照群30名)として、回想法とリアリティオリエンテーションを取り入れたプログラムによる介入の有効性を無作為化臨床比較試験により検証した結果、以下の結論を得た。

1)介入によるAD群への効果では、日常生活機能において、引きこもりおよび意欲の領域に短期の改善傾向が認められた。

2)介入によるVD群への効果では、認知機能において、見当識の領域に短期の有意な改善ならびに長期の改善傾向が認められた。また、日常生活機能において、引きこもりおよび意欲の領域に短期の有意な改善ならびに長期の有意な改善が認められた。

3)介入による家族介護者への効果では、痴呆性高齢者に対するアフェクトバランスにおいて、AD群、VD群のいずれにおいても、有意な効果は認められなかった。

4)グループ評価では、グループ反応において、AD群、VD群のいずれにおいても、基準値の第1回目スコアに比較して、最終回スコアでは、有意に高まりを示した。

 以上より、回想法とリアリティオリエンテーションを取り入れたプログラムによる介入は、痴呆性高齢者の地域(在宅)を拠点とした日常生活の適応に向けての有効な一方策と考えらた。しかし効果を持続させるためには継続的な介入の必要性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、地域(在宅)の痴呆性高齢者における、回想法とリアリティオリエンテーションを取り入れたグループケアプログラムの有効性を無作為化臨床比較試験により明らかにしたものである。本研究では、地域(在宅)の痴呆性高齢者(DSM-IVに基づき診断されたアルツハイマー病もしくは脳血管性痴呆)60名を無作為割付により介入群30名、対照群30名とし、介入群に対しては、回想法とリアリティオリエンテーションを取り入れたグループケアプログラムを実施し、一方、対照群に対しては、標準的なデイケアプログラムを実施することによりグループケアプログ・ラムの有効性を検証し、以下の結果を得ている。

1.アルツハイマー病高齢者に対する効果

 認知機能(MMSE)では、総合得点に有意な介入効果は認められなかった。一方、日常生活機能(MOSES・Vitality Index)では、「引きこもり傾向」ならびに「意欲」の領域の改善に介入効果の傾向が認められた。測定時点ごとにみると、介入直後の「引きこもり傾向」ならびに「意欲」の領域では、介入群に対照群と比較して改善の傾向が認められた。一方、介入6ヵ月後の同領域では、介入群と対照群との間に有意差は認められなかった。

2.脳血管性痴呆高齢者に対する効果

 認知機能(MMSE)では、総合得点の改善に有意な介入効果が認められた。測定時点ごとにみると、介入直後では、介入群に対照群と比較して有意な改善が認められ、介入6ヵ月後では、介入群に対照群と比較して改善の傾向が認められた。一方、日常生活機能(MOSES・Vitality Index)では、「失見当識」、「引きこもり傾向」、「意欲」の領域の改善に、有意な介入効果が認められた。測定時点ごとにみると、「失見当識」では、介入直後および介入6ヵ月後ともに介入群では対照群に比較して改善の傾向が認められ、「引きこもり傾向」および「意欲」では、介入直後および介入6ヵ月後ともに介入群では対照群に比較して有意な改善が認められた。

3.家族介護者に対する効果

 家族介護者の痴呆性高齢者に対するアフェクトバランス(ABS-FC)では、アルツハイマー病高齢者の家族介護者ならびに脳血管性痴呆高齢者の家族介護者ともに、有意な介入効果は認められなかった。すなわちベースラインより介入6ヵ月後までの観察期間中、アルツハイマー病高齢者の家族介護者では、ネガティブバランス(否定的感情)にて経過し、脳血管性痴呆高齢者の家族介護者では、ポジティブバランス(肯定的感情)にて経過し、ともに時間的変化は認められなかった。

4.グループケアプログラムの有効性

 上記の知見より、回想法とリアリティオリエンテーションを取り入れたグループケアプログラムは、アルツハイマー病高齢者に対しては、日常生活機能(引きこもりおよび意欲)の短期改善傾向に有効であり、また脳血管性痴呆高齢者に対しては、認知機能の短期の有意な改善ならびに長期の改善傾向、および日常生活機能(引きこもりおよび意欲)の短期ならびに長期の有意な改善に有効であり、地域(在宅)の痴呆性高齢者において、適用性の高い有用なプログラムであることが示唆された。さらに、これらの効果を持続させるためには、継続的なケアによる介入の必要性があることが提言された。

 以上、本論文では、いまだ根本的な治療法が確立されていない痴呆症において、症状の進行を予防し、痴呆性高齢者と家族介護者双方のQOLを可能な限り維持、向上させ得る、十分に有効性が検証されたケアプログラムがほとんどない点に着眼し、回想法とリアリティオリエンテーションを取り入れたグループケアプログラムを開発し、その有効性を厳密かつ高次な研究デザインによって、地域(在宅)のアルツハイマー病ならびに脳血管性痴呆の高齢者において明らかにした点に、独創性が認められる。かつ本論文では、検証されたグループケアプログラムが地域で適用性の高いプログラムであることを示すとともに、効果を持続させるためには、継続的な介入が必要であることを提言している。よって、本論文は、将来における地域(在宅)を拠点とした痴呆性高齢者に対するプログラム開発の際に重要な貢献をなすと考えられる点で、臨床上の有用性をも兼ね備えており、学位の授与に値するものと認められる。

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