学位論文要旨



No 116452
著者(漢字) 萩原,潤
著者(英字)
著者(カナ) ハギハラ,ジュン
標題(和) 出生率への近成要因の影響 : 年齢依存の両性シミュレーションモデルの構築と適用
標題(洋) Effects of Proximate Determinants on Fertility : The Formulation and Application of Two-Sex Age Dependent Simulation Model
報告番号 116452
報告番号 甲16452
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1847号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 助教授 橋本,修二
 東京大学 助教授 土屋,尚之
 東京大学 講師 佐藤,元
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 人口規模やその年齢構成の変化は政治経済な側面ばかりでなく,人間の生存や健康に関連した地球規模の問題の一つである。その変化を解明するために,出生や結婚,そして死亡といった再生産にかかわる様々なプロセスを同時に組み込んだ分析手法が必要とされている。その中で,特に出生力を決定する近成要因(proximate deteminants)は集団や時代ごとに異なるので,その影響を評価できる枠組みが重要である。

 出生の近成要因を考える上で,希望子供数および避妊具の普及率という変数が重要であることが報告されている。近成要因が出生力に与える影響を直接に評価するためにはシミュレーションモデルを構築し,現実のデータと比較することが効果的である。しかし,先行研究では先に挙げた変数や,人口変動にかかわるプロセスを組み込んでいないものがほとんどであった。本研究の目的は,これらの変数やプロセスを組み込んだ確率論的シミュレーションモデルを構築し(Chapter 1),そのモデルをバングラデシュで行われたDHS(Demographic and Health Survey)のデータに当てはめ考察することである(Chapter 2)。

一章 両性年齢依存シミュレーションモデルの構築

緒言

 人口動態に関する先行研究は単性を扱うものから始まった。しかし,単性モデルを両性に当てはめると不適切であり,これを解決するには両性を同時に扱い,結婚という要素を取り入れたモデルを構築する必要がある。ところが,現在まで両性を扱い,かつ死亡,結婚,出生のすべてのプロセスを組み込んだモデルはつくられていない。

方法

 本研究では性と婚姻状態にカテゴリわけされた年齢グループをシミュレーションの単位とした。すべての年齢グループは死亡を経験し,未婚者グループは結婚,既婚者グループは出生を経験する。経験するか否かは一様乱数とイベントごとに用意した年齢別確率との比較によって行った。比較を人数分繰り返すことで,すべての人がイベント発生のプロセスを表現した(Figure 1)。

死亡と結婚については日本の動態統計調査から得られたデータを元に数理モデルのパラメータを決定した。出生は妊孕力を定義し,これから妊孕力を下げる要因によって年齢別出生確率が下がるという方法を用いた。妊孕力を下げる要因は女性の希望子供数と,希望子供数に達したときに実際に避妊を行う割合という二つを用いた。

結果

 初期人口の違いによる影響を,初期人口1000人と10000人で検証した結果,これらは人口増加率に影響しないことがわかった。次に,希望子供数と避妊割合を変化させたときの影響を観察したところ,両者は人口増加率に影響した。同様に,年齢別死亡率および年齢別結婚割合の変化も人口増加に影響することが確認された。

考察

 今回構築したモデルはMode and Salsburg(1993)のフレームワークを用いたが,組み込んだ死亡に関する数理モデルは彼らのものよりもより組み込みやすく,かつ生命表とのあてはまりのよいものであった。出生に関しては,希望子供数と避妊割合を組み込むことにより,出生にかかわる変数が全体に与える影響を調べることができるようになった。

二章 バングラデシュのDHSデータへのシミュレーションモデルの適用

緒言

 バングラデシュは1990年代には人口増加率,人口密度ともに高く人口増加が重要な問題になっている国の一つである。全国で人口増加を抑制しようと家族計画プログラムが実行されているが,それらの影響をコホート単位で検証した研究は少ない。なお,Demographic and Health Surveyによる調査は発展途上国を対象に述べ100回以上が行われてきたが,その分析法は多変量解析が主であった。本研究では,バングラデシュで1993年に行われたDHSのデータと,前章で構築したシミュレーションモデルを用いて,出生に関するパラメータの推定を行った。

対象と方法

DHSデータ

 本研究で用いたDHSデータは1993年から1994年に得られたものである。対象者は10歳から49歳までの既婚女性で,基本的属性に加えて人口学的変数(出産歴など),公衆衛生に関する変数(予防接種など)が得られている。本研究で用いた変数は,初婚年齢と,出産歴,希望子供数である。

 またデータ,のコホートによる違いを考慮し,本研究では40歳49歳コホートのみをあつかった。さらに,居住地をruralとurbanに分割して分析した。

モデル内のパラメータと変数

 Simulationで用いる死亡パラメータは,バングラデシュの人口登記システムから得られた情報を元に推定した。結婚に関してはDHSから推定した。

結果

 避妊割合を0.9,0.7,0,5としたときの年齢別有配偶出生率をシミュレーションから得られたデータとDHSから得られたデータを居住地域別に示す(Figure 2,Figure 3)。これらの図から,シミュレーションから得られたデータとDHSから得られたデータがおおむね一致していることがわかった。また,muralでは避妊割合が0.5に最も近く,urbanでは避妊割合が0.7に最も近い値をとっていた。

考察

 本研究ではシミュレーションで計算された年齢別有配偶出生率とDHSによる年齢別有配偶出生率とを比較し,避妊割合がどの場合に最もDHSデータに近づくかを検証した結果,ruralでは避妊割合が0.5に最も近く,urbanでは0.7に近いことがわかった。避妊割合は希望子供数に達したときの避妊具のaccessibilityを仮定しているので,バングラデシュでは地域によって避妊具のaccessibilityに差があることが示唆された。

結論

 本研究結論は二つあり,一つは両性年齢依存シミュレーションモデルを構築したことである。これは,個人の意志決定に関連した変数と,結婚,死亡を含む再生産にかかわるすべてのプロセスを組み込んだことで特徴づけられる。

 もう一つは,このモデルを使って計算されたデータと,DHSによるデータを比較することにより,適用できることを証明したことである。なお,年齢別有配偶出生率にruralとurbanで違いが見られたが,これは避妊割合の差と考えられた。

Figure 1. The flow diagram of simulation.

Figure 2. Age-specific marital fertility rate of each condition in rural area. Parameters of death and marriage components were estimated from Bangladeshi data.

Figure 3. Age-specific marital fertility rate of each condition in urban area. Parameters of death and marriage components were estimated from Bangladeshi data.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は人口規模やその年齢構成に影響を与える要因として,出生や結婚,そして死亡といった人口再生産にかかわる様々なプロセスを同時に組み込んだシミュレーションモデルを構築し,さらにそのモデルをDHS(Demographic and Health Survey)におけるバングラデシュのデータに当てはめ,その適用可能性を検証したものであり,以下の結果を得ている。

1. 年齢,性別,婚姻状態に分割したグループを対象にイベントの発生によってその対象グループの人数が増減するというシミュレーションモデルを構築した。イベントは出生,結婚,そして死亡とし,それらは年齢別確率の数理モデルとして表現した。特に出生は希望子ども数と,避妊割合という変数をモデルの中に組み込んだ。それらモデルのパラメータを1930年と,1990年の日本の動態統計を基に推定し,全人口に与える影響を観察した。まず,初期人口の違いによる影響を,初期人口1000人と10000人で検証した結果,これらは人口増加率に影響しないことがわかった。次に,希望子供数と避妊割合を変化させたときの影響を観察したところ,両者は人口増加率に影響した。同様に,年齢別死亡率および年齢別結婚割合の変化も人口増加に影響することが確認された。

2. 先に構築したシミュレーションモデルをバングラデシュのDHSのデータを基に対象者の居住地域別(urban,rural)にパラメータを推定した。シミュレーションモデルに,DHSには記載されていない「希望子ども数に達してから実際に避妊する割合(避妊割合)」という変数を組み込み,その値を3通り仮定し,シミュレーションを行って年齢別有配偶出生率を計算し,DHSによる有配偶出生率と比較を行った。その結果,urban,ruralともに,DHSからの年齢別有配偶出生率とシミュレーションによって計算された年齢別有配偶出生率とがおおむね一致していることが示された。

3. ruralでは避妊割合が0.5に最も近く,urbanでは避妊割合が0.7に最も近い値をとっていた。このことから今回のシミュレーションモデルによって実際のデータには記載されていない変数が推定できることが示された。さらに,避妊割合は希望子供数に達したときの避妊具のaccessibilityを仮定しているので,バングラデシュでは地域によって避妊具のaccessibilityに差があることが示唆された。

 以上のことから,本論文は人口規模に影響を与える出生の近成要因の相対的な効果を検証するシミュレーションモデルを構築し,そしてそのモデルをバングラデシュのDHSデータの当てはめ,DHSでは記載されていない変数を推定することができた。本研究は今までほとんどなされなかった再生産にかかわるすべてのイベントを組み込み,出生にかかわる未知の変数を推定することを可能にしたシミュレーションモデルを構築したことにより,人口再生産のプロセス解明に重要な貢献を果たすものと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。

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