学位論文要旨



No 116453
著者(漢字)
著者(英字) Smith,Marshall
著者(カナ) マーシャル,スミス
標題(和) 喫煙経験の違いに基づく喫煙KAP (知識、態度、行動)に関する比較研究 : 日本の健康科学大学の学部学生を対象として
標題(洋) A Comparative study of the knowledge, attitude and practice (KAP) of cigarette smoking between ever smoking and nonsmoking university students of health sciences in Japan
報告番号 116453
報告番号 甲16453
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1848号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 若井,晋
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 横山,和仁
 東京大学 助教授 福岡,秀興
内容要旨 要旨を表示する

背景および目的

 過去、数十年にわたる世界的な喫煙の増加傾向は国際公衆衛生上の重大関心事である。世界保健機関(WHO)は、喫煙による健康被害を新興流行病と位置づけ、事態の深刻さを強調した。既に年間400万人の犠牲者を出し、2030年までには毎年1000万人の死者を出すと見積もられている。また日本では、未成年者の喫煙が近年急速に増加し、厚生省は、特に若い女性の喫煙率が上昇しているとの新しい見解を発表した。この対策には、未成年者の喫煙に対する知識、態度および行動(KAP)を詳しく知ることが今後の政策立案に不可欠な要素となる。

 未成年者のうち、健康科学大学の学生は深く保健衛生や医療の分野で指導的な役割を担うが、彼等の喫煙に関する情報はいまだに明らかにされていない。そこで、今回筆者は日本の次世代の医療技術従事者養成校である東京都立保健医療科学大学の学生を対象に喫煙KAPの調査研究を行った。

 上記背景を踏まえ、以下の4項目を本研究の目的とした。1)日本の保健技術学部学生の喫煙KAP(喫煙頻度を含めて)を調査すること、2)既喫煙学生と非喫煙学生のKAPを比較すること、3)既喫煙者(特に女子学生)の喫煙KAPの決定要素を特定すること、4)適切な行動を促進する有効な証拠に基づいた対策を体系化すること。

資料と方法

 WHOが推奨する喫煙評価のための標準的な質問をもとに発展させた質問票を用いた。1998年、1999年、2000年4月に東京都立保健科学大学に入学した新入生600名を対象として3年間の調査を実施した(継続調査中)。その内訳は、看護学部240名、放射線技術学部120名、理学療法学部120名、作業療法学部120名であり、回答者は553名(回答率92.2%)であった。

結果

 回答を得ることができた553名の内訳は、男性20.3%、女性79.7%であり、平均年齢はそれぞれ19.8歳、18.8歳であった。このうち、既喫煙者は男性36.6%、女性14.3%であった。未成年者(20歳未満)で、32.1%の男性と11.9%の女性は既喫煙者であった。既喫煙者の喫煙年数の中央値は男子で1.0年、女子で0.8年であった。既喫煙者の喫煙量は、男子の中央値で日に9.0本、女子で2.9本であった。

 既喫煙者を学部間で比較してみると、男性の既喫煙者の占める割合に有意差がみられた。女性既喫煙者と入学年度の間にも有意差が見られた。祖父が喫煙者である家族からの女子学生に既喫煙者が多いということに有意差が認められた。既喫煙者の喫煙を始めた動機として、友人、好奇心、イメージ、集団生活のプレッシャ、広告、父親の影響があげられた。タバコの入手源は90.9%の男子と64.9%の女子学生は自動販売機としており、24、3%の女子学生は家族や友人から入手していた。

 既喫煙者と非喫煙者の間でタバコと健康の関係の知識と態度の調査においては、いくつかの項目で有意差が見られた。既喫煙者と非喫煙者ともに、程度の差はあるが、喫煙と健康についての一般知識は高いことが示された。女性既喫煙者が非喫煙者に比べ喫煙が癌を誘発することの知識に欠けており、一方、既喫煙者と非喫煙者双方とも喫煙が心臓病に与える影響(米国では喫煙による死亡要因の1位である)については認識が浅かった。また、既喫煙者は喫煙の習慣性、それが重要な健康問題となることに関心が低かった。喫煙の感覚に関しては、男女双方の既喫煙者の多くは、喫煙は人間関係を良くし、リラックスした気分を与えると答えている一方で、これら既喫煙者の多くは非喫煙者に比べ、喫煙が重大な健康問題であるという認識に欠けていた。

 現喫煙者の中で、76、5%の男性と50.0%の女性が禁煙したいと思っていた。禁煙したいと思っている現喫煙者の中では、女性よりも男性の方が深刻に禁煙したいと思っていることが伺えた。禁煙したいと思う理由には、健康、節約、喫煙に失望した、健康な子供を産みたい、があった。現喫煙者の中で、6&8%の男性と47.6%の女性はかつて禁煙を試みていた。将来医療従事者として喫煙の有害性を他人に教えたいと願う割合を既喫煙者と非喫煙者で比べると、明らかに既喫煙者の方がその割合は少なかった。しかし双方ともその意思のある割合は50%を超えていた。

考察

 この研究はその規模において現段階である程度の制約を受けるが、喫煙とタバコ抑制問題および学生間の喫煙問題に対する知識、態度、行動(KAP)に関して意義ある結果を得た。

 自動販売機は未成年者にとってタバコの主な入手源となっており、このことは、他の先行研究からも確認されている。この意味で、自販機は未成年者にタバコを売りつける犯罪的な役割をしていることを認識すべきである。この点についての責任の所在を明確にする必要もある。

 今回の研究により喫煙の有無によらず、喫煙と健康についての一般知識の高さは確認できたが、特に既喫煙者に対しては、実用的なタバコ健康教育の強化を行うことが急務であり、彼等に適切な情報を伝え、将来有能な医療従事者となるような知識を与えておかなければならないことが示唆された。

 予想どおり、既喫煙者の方が非喫煙者に比べ、喫煙に関して高い認識と嗜好を示したが、このような対照的な回答がでてくる要因をさらに追求し、回答を適切に体系化しなければならない。

 タバコが経済に与える要因については、既喫煙者と非喫煙者ともに誤った知識を持っていた。喫煙が経済に与える多大な影響は、世界銀行等に裏付けされているにもかかわらず、ほとんど知られていない。

 既喫煙者のうち、女性の方が喫煙問題に関心が低いことも示された。この所見は幾つかの回答に反映されていた。たとえば、女性の既喫煙者は喫煙に関する学校教育の強化、政府の警告メッセージの強化、あるいはタバコ宣伝の禁止に対して関心が低い。反対に、男性現喫煙者は禁煙を深刻に考え過去に禁煙を試みている。

 タバコ抑制対策に関しては、既喫煙者は非喫煙者に比べると、多くの場合やや積極的ではない。程度の差はあるが、全体的にみる際に見逃せない事実として、回答結果は既喫煙者でさえタバコ抑制対策や規制化を支持していることである。さらに、既喫煙者は将来、医療従事者として喫煙の影響を他人に伝えたいという高いレベルの意識も持っている。

 この研究で、学部間で喫煙の普及率に差があることも明らかになった。当初、男子学生の比率によるものと推定したが、その差は学科間と同様に男性既喫煙者間にも見られた。さらに、この相違の理由を特定する研究が必用となる。また、なぜ祖父のいる家庭からの女子学生が高い割合で既喫煙者となっているかについても追求しなければならない。この点を注意深く観察することで、家庭における祖父の影響が明らかになるだろう。明らかにされた、喫煙動機と喫煙継続の理由をもとに、喫煙を減らすか、できれば根絶する方法を研究し実施しなければならない。

結語

 本研究では、日本の保健医療技術大学の未成年者の喫煙状況および既喫煙者と非喫煙者のKAPの違いを明らかにし、この結果が与える影響について検討を加え、今後の対策についての提言を行った。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は日本の健康科学大学の学部学生を対象として喫煙経験の有無に基づく喫煙KAP(知識、態度、行動)に関する比較研究を行ったものであり、以下の結果を得ている。

1. 日本の保健技術大学の学部学生553名を対象とし、喫煙頻度を含めた喫煙に関するKAPを明らかにした。既喫煙者と非喫煙者間でタバコと健康との関係に関する知識と態度についての比較検討から、既喫煙者と非喫煙者ともに、喫煙と健康についての一般知識が高いことを示した。一方、女性既喫煙者が非喫煙者に比べ喫煙が癌を誘発することについての知識に欠けていること、既喫煙者と非喫煙者双方とも喫煙が心臓病に与える影響についての認識が浅いこと、および、既喫煙者は喫煙の習慣性が重要な健康問題を生ずることに関心が低いことなども示した。また、喫煙に関しては、男女共、既喫煙者の多くが、喫煙は人間関係を良くし、リラックスした気分を与えるとする一方で、これら既喫煙者の多くは非喫煙者に比べ、喫煙が重大な健康問題であるという認識に欠けていることも明らかにした。さらに、現喫煙者の中では、女性よりも男性の方が深刻に禁煙したいと思っていることも明らかにした。

2. 既喫煙者(特に女子学生)の喫煙KAPの決定要素の特定を試みた。その結果、既喫煙者のうち、女性の方が喫煙問題に関心が低いことを示した。具体的には、女性の既喫煙者は喫煙に関する学校教育の強化、政府の警告メッセージの強化、あるいはタバコの宣伝禁止に対して関心が低く、反対に、男性現喫煙者は禁煙を深刻に考え過去に禁煙を試みていることが明らかになった。

3. 適切な行動を促進するために有効な、根拠に基づいた対策を提言し体系化することを試みた。タバコ抑制対策に関しては、既喫煙者は非喫煙者に比べると、多くの場合やや積極的ではなかったが、全体として既喫煙者でさえもタバコ抑制対策や規制化を支持していることを明らかにした。さらに、既喫煙者は将来、医療従事者として喫煙の影響を他人に伝えたいという高い意識を持っていることも明らかにした。既喫煙学生と非喫煙学生のKAPについて検討した結果、特に既喫煙者に対しては、現実的かつ実行可能なタバコ健康教育を強化することが急務であり、彼等に適切な情報を伝え、将来有能な医療従事者となるような知識を与える必要性を提言した。

4. 本研究では、単に調査対象から得られた各回答者の出現度数をもとにした統計解析を実施しただけではなく、各回答より得られた背景について、その理由をもとに質的な側面からの検討も加え、総合的に喫煙KAPについて明らかにしている。

 以上、本論文は日本の保健医療技術大学の未成年者における喫煙状況および既喫煙者と非喫煙者のKAPの違いを明らかにし、この結果が与える影響について検討を加え、今後の対策についての提言を行った。本研究は、これまでその重要性が知られていたにもかかわらず、十分な検討が加えられていなかったわが国の未成年者の喫煙に対する知識、態度および行動(KAP)を具体的に明らかにし、今後の政策立案に重要な貢献を果す研究であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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