学位論文要旨



No 116457
著者(漢字) 中川,拓士
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,ヒロシ
標題(和) 新規D4対称キラルポルフィリンの設計、合成、及び触媒的不斉エポキシ化反応への応用
標題(洋)
報告番号 116457
報告番号 甲16457
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第931号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 講師 眞鍋,敬
内容要旨 要旨を表示する

序論

 金属ポルフィリンはエポキシ化、水酸化など有用な酸化反応を効率よく触媒することができるため、この触媒能を不斉反応に展開することは意義深いと考えられる。触媒的不斉酸化反応としては、ポルフィリンと類似した反応性を示すサレン錯体によるcis-オレフィンのエポキシ化反応などがよく知られているが、サレン錯体はそのSchiff base構造から触媒自身が酸化に対して不安定であるなど、ポルフィリンの方が優位な面もあり、キラルポルフィリンを用いた優れた不斉酸化反応系の開発は課題となっている。

 キラルポルフィリンの報告例は合成の容易なオルト1置換ベンズアルデヒドを出発物質とするものが大半であり、それに対しオルト2置換ベンズアルデヒドから合成したものはD4対称体となり(Figure 1)、1置換体からのポルフィリンと比較し、以下のような利点を有する。

1. 1置換体からのポルフィリンは4カ所からの修飾しか行えないのに対し、2置換体では上下計8カ所となり、反応選択性制御のためのより高度な修飾を行いうる。

2. 1置換体からはポルフィリン平面と直交するメソ位のフェニル基の上下により4種類の異性体が生じ、熱的に不安定であったり、困難な分離を要したりすることがあるが、2置換体からはその問題は生じない。

3. ポルフィリン平面の上下に同時に同一の修飾を行える。

そこで、本研究は新規D4対称キラルポルフィリンを合成し、不斉酸化反応への応用をはかることを目的とした。

(1) 5,10,15,20-tetrakis(4'-tert-buty1-2',6'-dicarboxypheny1)porphyrin 1の合成

 高度な修飾を施したポルフィリンの一般的な合成法としては、メソ位のフェニル基に修飾容易な官能基を導入したものを合成し、その官能基に目的とする側鎖を縮合させる方法が挙げられる。特にその官能基はオルト位にあるものが、中心金属近傍に近く、望ましい。そのようなポルフィリン合成における鍵段階となる新規なポルフィリン誘導体(Figure 2,1)の合成を行った。現在までオルト位に官能基をもつD4対称ポルフィリンはOH体、NH2体のみであり、前者は自由な回転の生ずるエーテル結合による縮合となり、また後者は合成が困難である。1はこれらと異なり電子求引性基を有し、酸化触媒として有利と考えられた。

 このポルフィリンの8個のカルボキシル基はアミド基に容易に変換でき、種々のオクタアミド置換ポルフィリン2を合成できたことから、1は高い汎用性を備えているといえる。またR2=Hの場合1HNMRにおいて、R1はポルフィリン環の環電流効果を受けて大きく高磁場シフトするのに対し、アミドのプロトンにはその影響は少なく、すなわちRlは中心金属側を向き、アミドのプロトンが外側を向いていることが示された。アミド結合の剛直性、平面性を考えあわせると、高度な不斉場や基質認識部位などを有する新しい金属ポルフィリンの合成が期待できる。これにキラルなアミンを縮合させ、様々なD4対称キラルポルフィリンを合成することができた。しかし、これらを用いエポキシ化等の不斉酸化反応を試みたところ、化学収率、不斉収率ともに低い結果に終わった。エポキシ化反応は金属―酸素結合とオレフィンとが直交するside-on構造により進行し、不斉反応ではその際適切な基質認識を行う必要があるが、X線結晶構造解析などの結果から考察したところ、このポルフィリンはside-on構造に影響を及ぼすほど混み入っているため基質の認識に問題が生じたと考えられる。

(2) ジオキサン構造を有する新規D4対称ポルフィリンの合成と不斉エポキシ化反応への応用

 ポルフィリンの合成法としては前述のものの他に、あらかじめベンズアルデヒドに目的とする機能を有する基を導入しておき、ポルフィリンとするものが挙げられる。この方法は一般的にポルフィリン環合成における収率が低いため合成したベンズアルデヒドの利用効率が低い可能性があるが、多様な構造を合成することができる。この方法により、C2対称ジオールを原料としたポルフィリン6a、6bを設計、合成した(Scheme 1)。6a、6bは他のキラルポルフィリンと比較し短ステップで合成することができた。特にRをエーテルとすることで、ポルフィリンの収率はオルト2置換ベンズアルデヒドからの合成としては大きく向上した。

 6bを用いて酸化反応系に関して検討を行った(Figure 3)。6b-Mn(Br)/PhIO系および当教室で開発した6b-Ru(0)2/ジクロロピリジンN-オキシド系は低温においてエナンチオ選択性は上昇するものの反応性は低下した。それに対し6b-Fe(Br)/PhIO系は、toluene中-20°でスチレンのエポキシ化を47%ee(化学収率68%)で行うことができた。この系を用いて触媒回転数について検討したところ、600回以上に達した。また、6aでは27%ee(化学収率62%)と6bと比較して低く、これはCH3が小さく、中心金属から遠く、立体障害として不十分であったことが主な原因と考えられる。また、trans-オレフィンを基質とした際のポルフィリンやサレンによる不斉エポキシ化反応では不斉収率は一般的に低いが、6bは42%eeとスチレンと同程度という特徴を有していた。

 置換スチレンを用い、検討を行ったところ(Table 1)、電子求引基を有するもので選択性は上昇し、3-ニトロスチレンにおいて78%ee(化学収率62%)と、スチレンの不斉エポキシ化反応としては高不斉収率でエポキシ体を得た。金属ポルフィリンによる不斉エポキシ化反応においては、反応中間体であるベンジルカチオンがラセミ化を引き起こすとされ、選択性低下の主な原因と考えられており、このカチオンが求引基の存在により不安定になったため選択性が上昇したと考えられる。しかし、trans-β-メチルスチレンでは、カチオン中間体の影響によるcis-エポキシ体の生成量が電子求引性基の導入によって減少するものの、trans-エポキシ体の不斉収率も上昇しており、他の要因が大きく影響していると考えられる。

 電子求引基(pivaloy1、Br)や供与基(n-BuO、Me)をメソ位のフェニル基のパラ位に導入し、その電子的な効果が反応性や選択性に及ぼす影響について検討した(Table 2)。その結果、触媒の電子的な効果とエナンチオ選択性とは相関があり、電子求引性基を有するもので選択性が低下したのに対し、電子供与性基を有するものではtrans-β-メチルスチレンで45%ee、スチレンで52%ee、3-ニトロスチレンで79%eeと上昇した。

 Table 1、2から基質としては電子求引基を有するもの、触媒としては電子供与基を有するものにおいて選択性の上昇が見られた。この現象は、反応性の減少と選択性の向上には相関があるという反応性−選択性関係則(reactivity-selectivity principle, RSP)に基づくものと考え、検討を行った。

 置換スチレンに関してHammett plotを行ったところ、σ+とよい相関を示し、この系において反応中間体として正電荷の存在が示唆された(Figure 4)。また、パラ置換ポルフィリンに関してもHammett plotを行ったところσp値と3種類の基質ともよい相関を示した。特にtrans-β-メチルスチレンについてはエナンチオ面選択性の比であるエナンチオフェイシャルセレクティビティーという指標を用い、相関が見られたことから、エナンチオ面の識別と触媒の電子的な効果とは相関があると考えられる。また、ρ+値の絶対値は3-ニトロスチレンにおいて最も大きい値となったが、これは3-ニトロスチレンが二重結合の電子密度が最も低く、反応性が低いため活性錯合体の構造が生成系に近く、選択性の変化が大きく現れたと考えられる。また、置換スチレンのρ+値はパラ置換ポルフィリンの3種類の基質と比較し大きい値となったが、これはポルフィリンの置換基がメソ位のフェニル基のパラ位と反応場である中心金属から遠いため、電子的な効果の影響が置換スチレンにおいての方が大きく現れたためと考えられる。

総括

 ポルフィリン合成における鍵段階となる汎用性の高い新規D4、対称ポルフィリン誘導体1を用いたD4対称ポルフィリンの一般的合成法の開発に成功した。1は様々なアミンを縮合させることができ、有用な合成骨格として期待される。また新規D4対称キラルポルフィリン6a、6bの合成を行った。不斉エポキシ化反応について検討したところ、6bの方が高いエナンチオ選択性でエポキシ化を行うことができた。立体障害となる置換基が、6aでは中心金属から遠く、6b程度の位置、大きさに存在するのが好ましいと考えられる。また、電子吸引基を有する基質、及び電子供与基を有するポルフィリンにおいて不斉収率の向上が見られ、この現象はHammett plotからRSPに基づくものであることが示唆された。触媒の設計に当たって電子求引基を導入することは反応性、触媒回転数の向上という面から好まれるが、それにより選択性の減少を引き起こす可能性があるといえる。本研究は今後の不斉エポキシ化反応を指向したD4対称キラルポルフィリンの設計に関して指針となると考えられる。

Figure1 o-Functionalized D4-Symmetric Porphyrin

Figure 2 Octacarboxy-and Octaamidotetraphenylporphyrin

Scheme 1 Synthetic Scheme of Novel D4-Symmetric Chiral Porphyrins 6a and 6b

Figure 3 Effect of Temperature on Epoxidatoin of Styrene with Various Metalloporphyrin-Catalyzed System

a) Reactions were typically run for 3h with 0.25 μmol of catalyst, 25 μmol of PhlO, 250 μmol of styrene in 500 μl of toluene. Ees and yields (based on PhlO) were determined by HPLC analysis. b) Reactions were run for 12h with 0.17 μmol of catalyst, 91 μmol of 2, 6-dichloropyridine N-oxide, 83 μmol of styrene in 500 μl of toluene. Ees and yields (based on styrene) were determined by HPLC analysis

Table l Epoxidation of substituted styrenes with 6b-Fe(Br)

Reactions were typically run for 3h at-20°with 0.25 μmol of 6b-Fe(Br), 25μmol of PhlO,250μmol of substrate in5OOμl of toluene. Ees and yields(based on PhlO) were determined by HPLC analysis.a)lsolatedyields. Ees were determined by lH NMR with (+)-Eu(hfc)3.

Table 2 Epoxidation of Olefins Catalyzied by p-Substituted 6b-Fe(Br)

Reactions were typically run for 3h at-20°with 0.25μmol of catalyst, 25μmol of PhIO, 250μmol of substrate in 500μl of toluene. Ees and yields(based on PhIO) were determined by HPLC analysis except 3-nitrostyrene.a)(1S,2S)-Epoxide was obtained as major enantiomer.(1S,2R)-Epoxide was also obtained in 2-3% yield (7-10%ee). b)(S)-Epoxide was obtained. c)Isolated Yields. Ees were determined by NMR with (+)-Eu(hfc)3. Absolute configuration of epoxide was not determined.

Figure 4 Plot of Optical Yields of Epoxides vs σ+ of Substituents of Styrenes

Figure 5 Plots of Optical Yields of Epoxides vs σρof Substituents of porphyrins

審査要旨 要旨を表示する

 金属ポルフィリンは酸化酵素との関連からその酸化触媒能が広範に検討され、炭化水素類のエポキシ化、水酸化など有用な酸化反応を効率よく触媒することが知られている。したがってこの触媒能を不斉化して展開することは、高度の不斉増殖を行えることになる点および炭化水素類を付加価値の高い不斉修飾化合物へ変換できる点、意義深いと考えられる。本論文は、新しい構造様式の一般性ある2種の不斉ポルフィリン骨格を開発し、その金属錯体の触媒する不斉エポキシ化反応について検討を行い有用性を明らかにしたものである。

 キラルポルフィリンの報告例は合成の容易なo-一置換ベンズアルデヒドを出発物質とするものが大部分であり、それに対しo-二置換ベンズアルデヒド,から合成したものはD4対称体となる。このポルフィリンはo-一置換ポルフィリンと比較し、(1)反応選択性制御のためのより高度な修飾を行いうる、(2)熱異性体が生じない、(3)ポルフィリン平面の上下に同時に同一の修飾を行える、等の利点を有する。これまでにもD4対称体の報告例はあるものの合成が煩雑かつ低収率であり、合成容易で高収量のものの開発が望まれていた。

(1) メソーテトラキス(o-カルボキシフェニル)ポルフィリン骨格の開発

 高度な修飾を施したポルフィリンの一般的な合成法としては、メソ位のフェニル基に修飾容易な官能基を導入したものを合成し、その官能基に目的とする側鎖を縮合させる方法が挙げられる。特にその官能基はオルト位にあるものが、中心金属近傍に近く、望ましい。そのようなポルフィリン合成における鍵段階となる新規な様式のポルフィリン誘導体(1)の合成を行った。このポルフィリンの8個のカルボキシル基はアミド基に容易に変換でき、種々のオクタアミド置換ポルフィリン2を合成できたことから、1は高い汎用性を備えているといえる。またR2=Hの場合1H NMRにおいて、R1はポルフィリン環の環電流効果を受けて大きく高磁場シフトするのに対し、アミドのプロトンにはその影響は少なく、すなわちRlは中心金属側を向き、アミドのプロトンが外側を向いていることが示された。アミド結合の剛直性、平面性を考えあわせると、高度な不斉場や基質認識部位などを有する新しい金属ポルフィリンの合成が期待できる。本骨格にキラルなアミンを縮合させ様々なD4対称キラルポルフィリンを合成することができた。現在のところ2の金属錯体に関して反応は満足のいく結果を得てはいないが、ポルフィリン面に直交する剛直なアミドの面を有する本構造が、多様な三次元構造を設計できる機能性分子合成のための汎用性素子となり得ることを示せた。

(2) ジオキサン構造を有する新規D4対称ポルフィリンの合成と不斉エポキシ化反応への応用

 次に、前述とは様式の異なる新規D4対称ポルフィリン骨格の開発を行った。あらかじめベンズアルデヒドに目的とする機能を有する基を導入しておき、それとピロールを一段階で縮合しポルフィリンとする方法により、C2対称ジオールを原料としたポルフィリン6a、6bを設計、合成した。6a、6bは他のキラルポルフィリンと比較し短工程で合成することができた。6b-Mn(Br)/PhIO系および当教室で開発した6b-Ru(O)2/ジクロロピリジンN-オキシド系は低温においてエナンチオ選択性は上昇するものの反応性は低下した。それに対し6b-Fe(Br)/PhIO系は、スチレンのエポキシ化を47%ee(化学収率68%)で行うことができた。この系を用いて触媒回転数について検討したところ600回以上に達した。また6aでは6bと比較して低く、これはCH3が小さいため中心金属から遠く、立体障害として不十分であったことが主な原因と考えられる。また、trans-オレフィンを基質とした際のポルフィリンやサレンによる不斉エポキシ化反応では不斉収率は一般的に低いが、6bはスチレンと同程度という特徴を有していた。

 置換スチレンを用い、検討を行ったところ、電子求引基を有するもので選択性は上昇し、3一ニトロスチレンにおいて78%ee(化学収率62%)と、スチレンの不斉エポキシ化反応としては高不斉収率でエポキシ体を得ており、基質の構造によって大きく不斉収率が向上する場合があることを示した。

 電子求引基や供与基をメソ位のフェニル基のパラ位に導入し、その電子的な効果が反応性や選択性に及ぼす影響について検討した。その.結果、触媒に電子求引性基を有するもので選択性が低下したのに対し、電子供与性基を有するものでは上昇した。

 上記の2つの結果は、反応性の減少と選択性の向上には相関があるという反応性一選択性関係則に基づくものと考えた。

 そこで置換スチレン、パラ置換ポルフィリンに関してそれぞれHammett plotを行ったところ、σ+とよい相関を示し、反応中間体として正電荷の存在、およびエナンチオ面の識別と触媒置換基の電子的な効果との相関という有用な知見を得ている。

 以上のように、本研究はポルフィリン合成における鍵段階となる新しい構造様式の2種のD4対称ポルフィリン一般的合成法を開発し、特に新規D4対称キラルポルフィリン6は短工程合成を行いその金属錯体が不斉エポキシ化を高い触媒回転数で実現するに至ったものである。新たな多様な構造の機能性ポルフィリン誘導体合成への道を開き、今後の不斉酸化金属錯体触媒の設計指針を示したことも含め、金属錯体触媒酸化に関連した合成化学へ大きく寄与する研究として評価でき、博士(薬学)の学位を受けるに十分であると認定した。

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