学位論文要旨



No 116460
著者(漢字) 山下,恭弘
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,ヤスヒロ
標題(和) キラルな銀およびジルコニウム触媒を用いる触媒的不斉合成反応の開発研究
標題(洋)
報告番号 116460
報告番号 甲16460
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第934号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 講師 金井,求
 東京大学 講師 眞鍋,敬
内容要旨 要旨を表示する

 有用な生理活性物質の中には光学活性なものが多く、これらの効率的合成法の開発は今日の有機合成化学において最も重要な研究課題の一つとなっている。中でも、触媒的不斉合成法の開発は、省資源、省エネルギーの観点から非常に魅力的である。現在までに、幾つかの反応において実用レベルに達しているものもあるが、全体としては効率や選択性、反応条件などの面において未だ未完成であると言わざるを得ない。本研究において筆者は、より効率性の高い不斉反応の開発を目指し検討を行った。

1. シリルエノールエーテル類の不斉アミノ化反応の開発

 カルボニル化合物α位へのアミノ化反応は、キラルなα-アミノ酸、α-アミノケトン類を合成する上で重要な手法の一つとなっている。中でも、窒素等価体としてアゾジエステル化合物を用い、各種キラルなエノラートと反応させる方法は、その生成物であるヒドラジン誘導体を窒素-窒素結合の切断によりα-アミノカルボニル化合物へと誘導できるため、アミノ酸類のジアステレオ選択的不斉合成において重要な位置を占めている。しかしながら、この反応をエナンチオ選択的に行った例はほとんどなく、非常に興味が持たれる。そこで、キラルルイス酸によりアゾジエステル化合物を触媒的に活性化し、安定に単離できるシリルエノールエーテル類と反応させることができれば触媒的不斉アミノ化反応が実現できるものと考え、検討を行った。

 Dibenzyl azodicarboxylate(DBnAD)とS-ethyl propanethioate由来のシリルエノールエーテルとの反応において、種々の金属トリフラートを触媒として用い、その活性について評価を行ったところ、Cu、Agのトリフラートに高い触媒活性があることが明らかになった。また、この触媒活性はより反応性の低いケトン由来のシリルエノールエーテルとの反応においても有効であり、特にAgOTfはわずか1mol%の触媒量においても高い活性を有することが明らかとなった(Table1)。次に、不斉反応への展開を検討した。中心金属としてAgClO4を用い、(R)一BINAPを不斉配位子として反応を行ったところ、THF中、propiophenone由来のシリルエノールエーテルの反応において、高収率、および中程度の選択性をもって目的の付加体を得ることができた。ここで反応溶媒を検討したところ、トルエンまたはメシチレンとTHFの混合溶媒系を用いることにより高い不斉収率で目的とする付加体をえるをことができ、触媒的不斉アミノ化反応の新たな手法を開発することができた。

2. キラルジルコニウム触媒を用いるアルデヒド類に対する不斉反応の開発

 アルデヒド類に対する不斉反応の開発は現在までに多くの研究が行われ、有機合成化学上最も重要な研究分野の一つとなっている。中でも不斉向山アルドール反応は、光学活性なβ-ヒドロキシカルボニル化合物を得る有用な方法の一つである。過去にこの反応において多くの触媒系が開発されているが、その多くは、厳密な無水系や極低温条件が必須であり、基質一般性も必ずしも十分であるとは言えず、効率的反応としては開発の余地を残していた。一方で、我々の研究室では、アルドイミン類の触媒的活性化において、ジルコニウム化合物とビナフトール誘導体からなる触媒が高い活性を有し、Mannich型反応、アザDiels-Alder反応、Strecker反応などが高収率かつ高い選択性をもって進行することを明らかにしている。これらキラルジルコニウム触媒の活性化能や不斉な環境がアルデヒド類の反応に与える影響は非常に興味深い。そこで、キラルジルコニウム触媒を用いたより有用な不斉向山アルドール反応の開発を目指し、検討を開始した。

(1)触媒系の開発

 ベンズアルデヒドに対する向山アルドール反応において、種々のキラルジルコニウム触媒を用いて検討を行ったところ、Zr(OtBu)4と3,3'-X2BINOLにPrOHを添加した触媒系が有効であることを見出した。ここで、3,3'位の置換基を最適化したところ、ヨウ素原子を導入した3,3'-12BINOLが高い不斉誘起能を示すことがわかった(Table 2)。さらに詳しく検討を行ったところ、添加するアルコールとしては、一級アルコールが良好な結果を与えること、反応温度としては0℃で高い選択性を与えること、またプロトンソースが反応に必須であることが明らかとなった。これらの性質は、従来の不斉ルイス酸触媒を用いる反応条件と比較して、非常に穏和な条件下での反応であるといえる。そこで、この系を用いて基質一般性の検討を行ったところ、芳香族アルデヒド、α,β-不飽和アルデヒド、脂肪族アルデヒドに対し、良好な結果が得られ、さらにプロピオン酸エステル由来のケテンシリルアセタールを用いて反応の検討を行ったところ、高Anti、高エナンチオ選択的に反応が進行することが明らかになった(Table 3)。また、この触媒系を用いるとき、エノラートの幾何異性によらずAnti選択的に反応が進行することがわかった。過去に不斉ルイス酸触媒を用いた向山アルドール反応において、用いる基質によらず高Anti選択的に反応が進行する例はほとんどなく、非常に有用な反応であるといえる。

(2)触媒サイクルについて

 この反応には一級アルコールの添加が必須である。これは触媒構造のみではなく、触媒サイクルの促進、さらには予想されうるシリルカチオンによるアキラルな経路の抑制と多くの役割を演じていると考えられる。この反応では生成物は主にアルドール体1であること、系内ではBINOLのトリメチルシリルエーテルが観察されること、さらにMe3SiORの生成が確認されることから、触媒サイクルはScheme 1に示す様なものであると推測している。(3)H20の添加効果

 この反応について詳しく検討を行ったところ結果の再現性が得にくいことがわかり、原因を究明したところ微量のH20が反応に大きな影響を及ぼしていることが判明した。そこで、反応系に積極的にH20を添加して検討を行ったところ再現性良く結果が得られ、この反応に微量のH20が必須であることが明らかになった。このH20の役割についてNMRを用いて詳細に調べたところ、触媒調製時に触媒の形を整えていることがわかった。現在、H20は何らかの形で触媒に対する配位子として働いている可能性が高いと考えている。

(4)触媒の改良

 本触媒系を用いた反応においてのさらなる効率の向上を目的として、BINOLの修飾を試みた。その6,6'位により強い電子吸引性基であるペンタフルオロエチル基を導入した3,3'-I2-6,6'-(C2F5)2BINOLを合成して検討を行ったところ、プロピオン酸チオエステル由来のシリルエノールエーテルとのアルドール反応において有意な触媒活性の向上が見られ、より有効な触媒系を構築することができた(Scheme 2)。

(5)不斉ヘテロDiels-Alder反応の検討

 アルデヒドとDanishefsky's dieneとの不斉ヘテロDiels_Alder反応は、光学活性な2,3-dihydro-4H-pyran-4-oneを効率的に合成する上で極めて有効な反応である。そこで、本触媒系を用いて検討を行ったところ反応が高い不斉収率をもって進行することがわかった。さらに、4位にメチル基を有するDanishefsky's dieneを用いて反応を行ったところ、生成物が高収率、高trans選択的、高エナンチオ選択的に得られることが明らかになった(Scheme 3)。この反応系ではアルドール付加型で反応が進行した中間体が確認されたことから、反応がAnti選択的なアルドール反応を経由して進行していることがわかった。現在までにアルデヒドとDanishefsky's dieneとの,trans選択的な不斉ヘテロDiels-Alder反応は報告例がなく、この反応は極めて興味深い。

(6)不斉アリル化反応

 さらに、本触媒系を用いる不斉アリル化反応について検討を行った。アルデヒドに対し、γ-methylallyltdbutyltinを用いて反応を行ったところ、溶媒としてt-ブチルメチルエーテルを用いることにより、良好な収率、中程度の選択性をもって生成物を得ることができた(Scheme 4)。

 以上の検討より、筆者はジルコニウムとビナフトール誘導体からなる錯体がアルデヒド類の活性化において有効な触媒として機能することを明らかにした。

Table 1 Catalytic Aminations

Table 2 Effect of BINOLs

Table 3 Catalytic Asymmetric Mukaiyama Aldol Reactions

Scheme 1 Proposed Catalytic Mechanism

Scheme 2 The Aldol Reactions Using 3,3-12-6,6-X2BINOL

Scheme 3 Asymmetric Hetero Diels-Alder Reactions Using the Chiral Zirconium Catalyst

Scheme 4 Asymmetric Allylation Using the Chiral Zirconium Catalyst

審査要旨 要旨を表示する

 キラル触媒を用いる触媒的不斉合成反応は、光学活性化合物を得るために最も効率のよい方法論を提供し、その開発は今日の有機合成化学において最も重要な研究課題の一つとなっている。本論文はこの課題に取り組み、より効率性の高い不斉反応の開発を目指し検討を行った結果について述べたものである。

 まず第一章では、シリルエノールエーテル類の不斉アミノ化反応について述べている。カルボニル化合物α位へのアミノ化反応は、キラルなα-アミノ酸、α-アミノケトン類を合成する上で重要な手法の一つとなっている。中でも、窒素等価体としてアゾジエステル化合物を用い、各種キラルなエノラートと反応させる方法は、その生成物であるヒドラジン誘導体を窒素-窒素結合の切断によりα-アミノカルボニル化合物へと誘導できるため、アミノ酸類のジアステレオ選択的不斉合成において重要な位置を占めている。しかしながら、この反応をエナンチオ選択的に行った例はこれまでほとんどなかった。本論文では、ルイス酸を用いるシリルエノールエーテル類のアゾジエステル化合物によるアミノ化反応を検討している。まず不斉反応に先立ち、アキラルな反応系において触媒の活性評価を行い、銅および銀のトリフラートが高い触媒活性を有することを見出している。この触媒は、より反応性の低いケトン由来のシリルエノールエーテルとの反応においても有効であり、特に銀トリフラートを用いるとわずか1mol%の触媒量においても高い活性を有することを明らかにしている。続いて、この触媒をもとにして不斉反応への展開を検討し、中心金属として過塩素酸銀を用い(R)-BINAPを不斉配位子として反応を行うことにより、高収率および中程度の選択性をもって目的の付加体が得られることを見出しており、触媒的不斉アミノ化反応の新たな手法を開発している。

 第二章では、キラルジルコニウム錯体をアルデヒド類の活性化に用いる触媒的不斉反応について述べている。アルデヒド類を用いる不斉反応に関しては、現在までに多くの研究が行われ、その開発は有機合成化学上最も重要な研究分野の一つとなっている。中でも不斉向山アルドール反応は、光学活性なβ_ヒドロキシカルボニル化合物を得る有用な方法の一つである。この反応に関する研究は活発に行われすでにいくつかの優れた触媒系が開発されているが、そのほとんどが厳密な無水系や極低温条件を必要とし、基質一般性も必ずしも十分でない場合もあり、効率的反応としては開発の余地を残していた。本論文はこの問題に取り組み、キラルジルコニウム触媒を開発し、これを用いる不斉向山アルドール反応において、従来の結果を凌駕する反応性および選択性を実現している。まず触媒系の開発を行い、Zr(Ot-Bu)4と3,3'位にヨウ素原子を導入したBINOL(3,3'-I2BINOL)にプロパノールを添加した系が有効であることを見出している。反応は、0℃で広い基質一般性をもって円滑に進行し高い選択性を与えること、またプロトン源が反応に必須であることを明らかにしている。さらに、プロピオン酸エステル由来のケイ素エノラートを用いて反応の検討を行ったところ、アンチ体が高いジアステレオおよびエナンチオ選択性をもって得られることを見出している。また、この触媒系を用いると、エノラートの幾何異性によらずアンチ選択的に反応が進行することを示している。これまで不斉ルイス酸触媒を用いる向山アルドール反応において、用いるエノラートの幾何異性によらず高アンチ選択的に反応が進行した例はほとんどなく、反応機構的にも興味深い。

 さらに本論文は、触媒サイクルおよび触媒系における微量の水の効果についてNMRを用いて詳細な実験を行い、興味深い事実を見出している。すなわち、触媒サイクルに関しては、一級アルコールが触媒サイクルの促進、さらには予想されるシリルカチオンによるアキラルな経路の抑制に重要な役割を果たしていることを見出している。一方、水に関しては、触媒形成に重要な働きをしていることを明らかにし、特に配位子として作用している可能性を述べている。また一方、触媒系の改良にも取り組み、BINOLの6,6'位により強い電子吸引性基であるペンタフルオロエチル基を導入した配位子を新たに合成し、これを用いる触媒を検討したところ、アルドール反応において有意な触媒活性の向上が見られ、より有効な触媒系となることを明らかにしている。

 さらに、不斉ヘテロDiels_Alder反応、不斉アリル化反応にもここで開発したジルコニウム触媒が有効であり、目的とする付加体がそれぞれ高収率、高選択収率をもって得られることを見出している。

 以上、本論文はキラルな銀およびジルコニウム触媒を開発し、いくつかの触媒的不斉合成反応おいて従来法を凌駕する結果を達成したもので、有機合成化学、医薬品化学の分野に貢献するところ大である。よって博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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