学位論文要旨



No 116461
著者(漢字) 山田,健一
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ケンイチ
標題(和) 触媒的不斉ニトロマンニッヒ反応の開発
標題(洋)
報告番号 116461
報告番号 甲16461
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第935号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 講師 眞鍋,敬
内容要旨 要旨を表示する

【背景】イミンに対する脂肪族ニトロ化合物の求核付加反応であるニトロマンニッヒ反応は生成物としてβ-ニトロアミンを与える(スキーム1)。β-ニトロアミンは1,2-ジアミンへ変換可能な有用合成中間体である。筆者が本研究を開始した時点ではジアステレオ選択的な反応を含めて、立体選択的なニトロマンニッヒ反応の報告例はなかった。エナンチオ選択的ニトロマンニッヒ反応が実現すれば、新規キラル1,2-ジアミン合成法となりうる。そこで筆者は初の触媒的不斉ニトロマンニッヒ反応の開発を目標とし、本研究に着手した。

【イッテルビウム錯体を用いる触媒的不斉ニトロマンニッヒ反応】筆者の所属する柴崎研究室ではこれまでに中心金属としてランタノイドもしくは13属金属を有し、アルカリ金属、及び不斉配位子のビナフトールを含む様々な不斉複合金属錯体の開発に成功した(図1)。これらの錯体は触媒的不斉ニトロアルドールを始めとする様々な不斉反応の触媒として有効であることが示されている。その中には脂肪族ニトロ化合物を求核剤として用いる反応や、イミンを求電子剤として用いる反応も含まれる。そこで筆者は触媒的不斉ニトロマンニッヒ反応においてもこれらの錯体が有効であろうと考え、錯体の検討を開始した。

N-ジフェニルホスフィノイルイミン1aとニトロメタン(2a)を用いて触媒的不斉ニトロマンニッヒ反応の検討を行ったところ、YbK3[(R)-binaphthoxide]3錯体、YbPB錯体が比較的良好な結果を与え、-20℃、60時間にて収率64%、52%eeで目的物3aが得られた(表1、entry 1)。さらなる検討の結果、錯体調製時に加えるカリウムt-ブトキシドの量を減じることにより不斉収率が向上することを見いだした。カリウムt-ブトキシドをイッテルビウムに対して1等量加えて調製するYbKH2[(R)-binaphthoxide]3錯体、が最も良い結果を与え、収率62%、82%eeにて目的物3aが得られた(entry 3)。

そこで、YbKH2[(R)-binaphthoxide]3錯体から系中でビナフトールが遊離してYbK[(R)-binaphthoxide]2錯体が生じ、それが触媒として働いているのではないかと考えた。しかしながら、YbK[(R)-binaphthoxide]2錯体を調製して反応を検討したが、反応は進行しなかった(entry4)。

反応温度-40℃にて基質の適用範囲を検討した(表2)。イミン1aの場合収率79%、91%eeにて目的物3aが得られた(entry1)。電子求引基を持つイミン1bの場合は反応はスムーズに進行し、収率93%、87%eeにて目的物3bが得られた(entry 2)。電子供与基を持つイミン1cでは反応速度が低下したものの、168時間反応させることにより収率85%、89%eeにて目的物3cが得られた(entry 3)。電子過剰な複素環を持つイミン1d、1eの場合はさらに反応の進行が遅くなり不斉収率は良好ながら、化学収率は中程度にとどまった(entry 4,5)。ナフチル環を持つイミン1fや嵩高いアルキルイミン1g、α,β-不飽和イミン1h-jを用いる反応は収率、不斉収率ともに満足のいく結果を与えなかった(entry 6-10)。

新規複合金属不斉錯体であるYbKH2[(R)-binaphthoxide]3錯体の構造を決定するために結晶化を試みたがX線結晶構造解析に適した結晶を得ることはできなかった。そこで錯体構造に関する手がかりを得るために、錯体のレーザーイオン化飛行時間型マススペクトルを測定した。その結果ビナフトール由来のピーク、YbK[(R)-binaphthoxide]2由来のピークが検出された。またTHF中の錯体の13CNMRを測定したところ、遊離のビナフトールの存在が確認された。表1のentry 4に示すようにYbK[(R)-binaphthoxide]2錯体は反応を触媒しない。そこで現在のところ錯体は図2に示すような構造を持ち、溶液中でビナフトールを遊離した構造との平衡にあると考えている。

【アルミニウム錯体を用いるジアステレオ選択的触媒的不斉ニトロマンニッヒ反応】先に述べたイッテルビウム錯体を用いる触媒的ニトロマンニッヒ反応はニトロメタン以外のニトロ化合物を求核剤として用いることができなかった。そこでこの問題点を克服するべく引き続き研究を行った。まず、高級ニトロアルカンを用いる反応が進行しない理由は立体障害ではないかと考え、より広い反応場を提供すると予想される13属金属を中心金属とする不斉複合金属錯体(図1右)の適用を検討した。その結果、イミン1aとニトロエタン(2b)の不斉ニトロマンニッヒ反応がAILi[(R)-binaphthoxide]2/KO-t-Bu錯体によって触媒されることを見いだした。触媒20mol%を用いた場合、-40℃48時間にて収率77%、アンチ:シン6:1、アンチ体の不斉収率83%eeにて目的物3kが得られた(表3、entry 1)。ニトロプロパン(2c)、ニトロブタン(2d)を用いた場合も反応は進行し、良好な化学収率及び不斉収率にて目的物31,mが得られた(entry 2,3)。酸素官能基を有する二トロ化合物2e-gを用いた場合も良好な結果が得られた(entry 4-6)。触媒を10mol%用いた場合もほぼ同等な結果を得ることができた(entry 7-10)。ニトロメタン(2a)を用いた場合は中程度の不斉収率であった。またニトロアミン3nのジアステレオ比が2:1-3:1にとどまった理由は酸素官能基の誘起効果によるエピマー化であろうと考えている。

次にニトロプロパン(2c)を用い、イミンの適用範囲を検討した(表4)。20mol%の触媒を用いる場合ナフチル環を持つイミン1k、電子供与基を持つイミン1c、11、電子求引基を持つイミン1bとのいずれの場合も良好な収率及び選択性で目的物3q-tが得られた(entry 1-4)。また、触媒を10mol%用いた場合でもほぼ同等の結果が得られた(entry 5-7)。嵩高いアルキル基を持つイミン1gを用いる反応は進行しなかった(entry8)。ニトロアミン3tのジアステレオ比が3:1にとどまった理由は電子求引基によるエピマー化であろうと考えている。

生成物のβ-ニトロアミンはスキーム2に示すように2工程でエピマー化を伴うことなくキラル1,2一ジアミンへと変換した。

【結語】以上のように初の触媒的不斉ニトロマンニッヒ反応の開発に成功した。用いる求核剤がニトロメタンの場合、新規複合金属不斉錯体YbKH2[(R)-binaphthoxide]3が最適な触媒である。本反応は付加の段階が律速であると考えられ、イミンの求電子性が低下すると長時間の反応時間が要求される。触媒のルイス酸性の向上が今後の課題である。ニトロメタン以外のニトロ化合物を用いる場合はAlLi[(R)-binaphthoxide]3/KO-t-Buが最適な触媒である。本反応は酸素官能基を有するニトロ化合物を含む、様々なニトロ化合物が適用可能であり、アンチ選択的に光学活性β一ニトロアミンを与える。しかしながらジアステレオ選択性は最高7:1、エナンチオ選択性は最高83%eeと、まだ改善の余地があり、シン選択的反応の開発とともに今後の課題である。生成物のβ-ニトロアミンは2工程でエピマー化を伴うことなく1,2-ジアミンへ変換可能であり、本反応は新規キラル1,2-ジアミン合成法として用いることができる。

スキーム1 ニトロマンニッヒ反応と1,2-ジアミン合成

図1 複合金属不斉錯体

表1 イッテルビウム-カリウム比の効果

表2 基質の適用範囲

図2 YbKH2[(R)-binaphthoxide]3錯体、YbPB(1:1:3)錯体の推定構造

表3 ニトロ化合物の適用範囲

スキーム2 β-ニトロアミンの1,2一ジアミンへの変換

表4 イミンの適用範囲

審査要旨 要旨を表示する

 山田健一はイミンに対する脂肪族ニトロ化合物の求核付加反応であるニトロマンニッヒ反応を初めて触媒的不斉反応化することに成功した。ニトロマンニッヒ反応の生成物β-ニトロアミンはニトロ基の還元によって1,2一ジアミンへと変換可能であり、したがって触媒的不斉ニトロマンニッヒ反応は新規キラル1,2-ジアミン合成法として有用である。

 すなわち山田健一はN-ルジフェニルホスフィノイルベンズアルデヒドイミン1aとニトロメタン(2a)を用いて触媒的不斉ニトロマンニッヒ反応の検討を行い、YbK3[(R)-binaphthoxide]3錯体、YbPB錯体が比較的良好な結果を与え、-20℃、60時間にて収率64%、52%eeで目的物3aが得られることを見いだした。さらなる検討の結果、錯体調製時に加えるカリウムt-ブトキシドの量を減じることにより不斉収率が向上することを見いだした。カリウムt-ブトキシドをイッテルビウムに対して1等量加えて調製するYbKH2[(R)-binaphthoxide]3錯体が最も良い結果を与え、収率62%、82%eeにて目的物3aを得た。

 次に最適な触媒YbKH2[(R)-binaphthoxide]3錯体を用い、-40℃にて基質の適用範囲を検討した(表1)。イミン1aの場合収率79%、91%eeにて目的物3aが得られた(entry 1)。電子求引基を持つイミン1bの場合は収率93%、87%eeにて目的物3bが得られた(entry 2)。電子供与基を持つイミン1cでは反応速度が低下したものの、168時間反応させることにより収率85%、89%eeにて目的物3cが得られた(entry 3)。電子過剰な複素環を持つイミン1d、1eの場合はさらに反応の進行が遅くなり不斉収率は良好ながら、化学収率は中程度にとどまった(entry 4,5)。ナフチル環を持つイミン1fや嵩高いアルキルイミン1g、α,β-不飽和イミン1h-jを用いる反応は収率、不斉収率ともに良好な結果を与えなかった(entry 6-10)。

 イッテルビウム錯体を用いる触媒的ニトロマンニッヒ反応はニトロメタン以外のニトロ化合物を求核剤として用いることができなかった。山田健一は高級ニトロアルカンを用いる反応が進行しない理由は立体障害ではないかと考え、より広い反応場を提供すると予想される13属金属を中心金属とする不斉複合金属錯体の適用を検討した。その結果、イミン1aとニトロエタン(2b)の不斉ニトロマンニッヒ反応がAlLi[(R)-binaphthoxide]2/KO-t-Bu錯体によって触媒されることを見いだした。触媒20mol%を用いた場合、-40℃48時間にて収率77%、アンチ:シン6:1、アンチ体の不斉収率83%eeにて目的物3kが得られた(表2、entry 1)。ニトロプロパン(2c)、ニトロブタン(2d)を用いた場合も反応は進行し、良好な化学収率及び不斉収率にて目的物31,mが得られた(entry 2,3)。酸素官能基を有するニトロ化合物2e-gを用いた場合も良好な結果が得られた(entry 4-6)。触媒を10mol%用いた場合もほぼ同等な結果を得ることができた(entry 7-10)。ニトロメタン(2a)を用いた場合は中程度の不斉収率であった。

 次にニトロプロパン(2c)を用い、イミンの適用範囲を検討した(表3)。20mo1%の触媒を用いる場合ナフチル環を持つイミン1k、電子供与基を持つイミン1c、1l、電子求引基を持つイミン1bとのいずれの場合も良好な収率及び選択性で目的物3q-tが得られた(entry 1-4)。また、触媒を10mol%用いた場合でもほぼ同等の結果が得られた(entry 5-7)。嵩高いアルキル基を持つイミン1gを用いる反応は進行しなかった(entry8)。

 生成物のβ-ニトロアミンはヨウ化サマリウム(II)によるニトロ基の還元し、続いてメタノール中塩酸処理することによって2工程でエピマー化を伴うことなくキラル1,2-ジアミンへと変換した。

 以上の研究成果は今後の医薬合成上重要な知見を提供しており博士(薬学)に十分相当すると判断した。

表1 基質の適用範囲

表2 ニトロ化合物の適用範囲

表3 イミンの適用範囲

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