学位論文要旨



No 116464
著者(漢字) 安藤,香奈絵
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,カナエ
標題(和) アミロイド前駆体タンパク質リン酸化の機能解析
標題(洋)
報告番号 116464
報告番号 甲16464
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第938号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 助教授 鈴木,利治
内容要旨 要旨を表示する

<序>

 アミロイド前駆体タンパク質(Amyloid precursor protein;APP)は、長い細胞外ドメインと短い細胞内ドメインをもつ一回膜貫通型のタンパク質で、その代謝過程でアルツハイマー病患者脳に蓄積するβアミロイド(Aβ)を生成する。APPの細胞内ドメインには、いくつかの結合タンパク質が報告されている。しかし、APPと結合タンパク質の相互作用を制御するメカニズムは明らかではない。

 本研究室では、APP細胞内ドメインのThr668サイトが、神経組織特異的にリン酸化されることを明らかにしている(Fig1)。このリン酸化サイトThr668は、PC12細胞の神経突起の伸長に重要な役割を担うことが分かっている(Andoetal.,1999)。

 また、このリン酸化サイトThr668は、培養細胞では、細胞周期G2/M期特異的にリン酸化を受けている。しかし、その生理機能は不明である。

 多くのタンパク質において、リン酸化は生理機能を調節する重要な現象である。APPの細胞内ドメインに多くのタンパク質が結合することは、APPの生理機能が結合タンパク質を介するものであること、リン酸化によってこれらのタンパク質との結合が制御されていることを予想させた。しかし、APPThr668リン酸化依存的に結合の変化するタンパク質は報告されていなかった。そこで、新規なAPP結合タンパク質の探索とともに、既に報告されている細胞内結合タンパク質へのAPPの結合が、Thr668依存的に変化するかを調べた。

 その結果、Thr668Glu変異によって、APPのFe65タンパク質への結合が弱まることを見出した。Thr668のリン酸化によっても、APPのFe65への結合は弱まった。Fe65はすでにAPPに結合するタンパク質として報告されていたが、APP Thr668がタンパク結合に関与するという報告は今までになかった。さらに、Thr668が脳組織特異的にリン酸化されていることから、神経細胞内では、リン酸化がタンパク結合を制御していると考えられる。

 Fe65は神経組織に豊富に発現し、複数のタンパク結合ドメインをもつアダプタータンパク質と考えられるが、その生理機能は明らかではない。私はFe65の生理機能の一つとして、APP代謝への関与を調べた。その結果、Fe65の過剰発現によって、APPの代謝が抑制され、Aβの抑制されることを見出した。

 さらに私は、HeLa細胞cDNAライブラリから、新規APP細胞内ドメイン結合タンパク質を単離した。APPThr668は、培養細胞では細胞周期G2/M期特異的にリン酸化を受けており、このタンパク質の解析は、細胞周期特異的なリン酸化の機能解析に結びつく可能性がある。

<結果>

1. APP細胞内ドメイン結合タンパク質のThr668変異APPへの結合

 PC12細胞のAPP細胞内ドメインには、X11,X11L,X11L2,Fe65,Fe65L1,Fe65L2,mDab1が結合することが報告されている。これらは、そのphosphotyrosine interaction(PI)domainを介してAPPに結合する。X11L・Fe65・Fe65L1・Fe65L2・mDab1について、野生型またはThr668変異APPへの結合に差があるかを調べた。各タンパク質のPI domainのGST融合タンパク質を作成し(それぞれ、X11L PI-GST,Fe65 PI2-GST,Fe65L1 PI2-GST,Fe65L2 PI2-GST,mDab1 PI-GST)、精製後グルタチオンビーズに結合した。野生型APPまたはThr668Ala変異APPを発現させた293細胞抽出液に、各GST融合タンパク質を加え、回収されたAPPの量をウエスタンブロットにより比較した。その結果、X11L PI-GST,mDab1 PI-GSTではThr668Ala変異によるAPPへの結合変化は見られなかったが、Fe65 PI2-GST, Fe65L1 PI2-GST, Fe65L2 PI2-GSTのThr668変異APPへの結合は、野生型APPへの結合に比べて減少していた。また、APPThr668Ala変異によるFe65の結合減少は、293細胞を用いた共役免疫沈降実験でも確認された。

 APPと同じ遺伝子ファミリーに属するAPLP2(Amyloid precursor like protein 2)にも、APP Thr668に相当するリン酸化サイトが、Thr736として保存されており、APPと同じリン酸化制御を受ける。このThr736サイトについても、Thr736Ala変異APLP2を作成して、X11 PI-GST,mDab1 PI-GST,Fe65 PI2-GSTについて同様の実験を行った結果、APPと同様に、Thr736Ala変異に対してFe65 protein familyのみ結合の低下が見られた。

 また、Thr668Glu変異APPについても、結合の変化を調べた。いくつかの事例で、Glu変異はSer/Thrのリン酸化状態のアナログとして作用することが報告されている。リン酸化されたThr668を含むAPPの配列を抗原として作成した、リン酸化APP特異抗体は、リン酸化されていない野生型APPまたはThr668Ala変異APPは認識しないが、Thr668Glu変異APPは認識した。この結果は、Thr668Glu変異APPがThr668でリン酸化されたAPPを模しているという仮説を支持する。

 Thr668Glu変異APPについても同様の実験を行って、Fe65への結合が変化するかを調べたところ、Thr668Glu変異によっても、APPのFe65への結合が減少することがわかった。

2. APPThr668リン酸化依存的なAPPとFe65の結合変化

 Fe65とAPPの結合は、APP Thr668Glu変異により変化することから、Thr668リン酸化がFe65への結合に影響を与えると予想された。APP細胞内ドメイン645-695のアミノ酸配列からなるペプチド(非リン酸化ペプチド)、またはThr668サイトにリン酸化を導入したAPP651-695のアミノ酸配列からなるペプチド(リン酸化ペプチド)を用いて、Fe65PI2-GSTと293細胞に発現させたAPPとの結合の、競合阻害実験を行った。その結果、リン酸化ペプチドによる結合阻害は、非リン酸化ペプチドによる阻害より弱く、リン酸化ペプチドは非リン酸化ペプチドよりFe65に結合しにくいことが示された。

 また、in vivoでThr668リン酸化の起きているラット脳由来のリン酸化・非リン酸化APPについて、Fe65-GSTに対する結合の強さに差があるかを調べた。ラット脳抽出液から、Fe65 PI2-GSTに結合するAPPを回収し、APP抗体またはリン酸化特異的APP抗体で検出した。免疫沈降した全APPまたはX11L PI-GSTで回収したAPPと比較すると、Fe65 PI2-GSTに結合したAPPにおけるリン酸化APPの割合は低く、ラット脳でリン酸化されたAPPも、非リン酸化APPに対して、Fe65に結合しにくいことが示された。

3. Fe65のAPP代謝に及ぼす影響

 Fe65は、神経組織に主に発現し、複数のタンパク結合ドメインを持つアダプタータンパク質であるが、その生理機能はほとんど明らかになっていない。

 Fe65はAPPの代謝に重要な再取り込みシグナルNPTY配列に結合することから、Fe65がAPP代謝に影響を及ぼすことが予想された。私は、Thr668とFe65の生理機能の一つとして、Fe65がAPP代謝に及ぼす影響を調べた。その結果、Fe65とAPPをともに発現させたHEK293細胞では、APPの代謝が抑制されることを見出した。

 Fe65の発現によって、Aβ生成に変化が生じるかを調べた。APPのみ、またはAPPとFe65を、293細胞に一過性に発現させ、細胞培養液を回収して、sandwich ELISA法でAβ量を定量した。Fe65をともに発現させた場合、APPのみを発現させた場合と比較して、細胞培養液中のAβ40量は低下していた。Fe65の発現により、Aβ42量はAβ40より大きく減少していた。

 また、Thr668GluAPPからのAβ放出に対する、Fe65の効果を同様にして調べた。Thr668GluAPPからのAβ40放出は、単独で発現した場合とFe65とともに発現した場合で、有意な差がみられなかった。Fe65の発現により、Aβ42放出は減少した。

 Thr668GluAPPに対しては、野生型に対するよりもFe65のAβ放出抑制効果が弱いため、Fe65をともに発現させた状況で、Thr668Glu APPと野生型APPからのAβ放出を比較すると、Thr668GluAPPからのAβ放出は、Aβ40,Aβ42ともに、野生型APPに比べて多かった。

 また、293細胞にFe65を発現させ、Fe65の細胞内局在を調べた。Fe65-Mycを293細胞に一過性に発現させ、細胞を抗Myc抗体で免疫染色した。Fe65-Mycは、細胞膜近辺に局在した。また、APPを発現させ、APPとFe65-Mycを二重染色すると、Fe65-MycとAPPは、細胞膜近辺で共局在していた。これより、Fe65は細胞膜近辺でAPP代謝に作用していると考えられる。

4. 新規APP結合タンパク質の単離

 APP細胞内ドメインのリン酸化サイトThr668は、分裂する培養細胞で、細胞周期G2/M期特異的にリン酸化を受けている。細胞周期におけるリン酸化の生理機能を探索する目的で、HeLa cDNAライブラリから、Thr668依存的に結合の変化するAPP細胞内ドメイン結合タンパク質の探索を行った。プローブとして、APP細胞内ドメインのGST融合タンパク質を、大腸菌に発現させ精製して用いた。野生型APP、Thr668GluAPR Thr668AlaAPPの細胞内ドメインGST融合タンパク質を作成し、これらについて結合の異なるものを探索した。Uni-Zap express vectorに組み込まれたHeLa brain cDNA libraryを大腸菌XL1-Blue MRFに感染させ、10mM IPTGでタンパク発現を誘導した。発現したタンパク質を、ニトロセルロース紙に写し取り、Thr668Glu変異APP細胞内ドメインのGST融合タンパク質とともにインキュベートし、抗GST抗体でGST融合タンパク質の結合を検出した。1x107cloneについてスクリーニングを行った。Thr668Gluに結合が強いが、Thr668Alaには結合が弱いクローンを一種類単離した。このクローンは、ヒトゲノムプロジェクトで報告された染色体19番上で予測されていた680アミノ酸からなるタンパク質のC末端部分(378・680)を含んでいた。APPThr668依存的にAPPの結合が異なるため、このタンパク質をThr668-dependent APP binding protein(TAB)と名づけた。

 単離したタンパク質のAPPへの結合を確認する目的で、APP細胞内ドメインGST融合タンパク質(GST-cAPP)を用いたpull-down assayを行った。スクリーニングで単離されたTAB378-680のC末端にMyc配列を付加し、プラスミドベクターに組み込んでCOS7細胞に発現させた。細胞抽出液にグルタチオンビーズに結合したGST-cAPPを加え、結合したタンパク質を回収した。Myc抗体を用いたウエスタンブロットにより解析した。また、Thr668変異によるAPPのこのタンパクへの結合変化を調べるため、野生型(GST-cAPP wt)、Thr668Ala変異型(GST-cAPPT668A),Thr668Glu変異型(GST-cAPP Thr668Glu)のAPP細胞内ドメインGST融合タンパク質を用いた。

 この結果、TAB378-680は、GST-cAPPwtにもっとも強く、GST-Thr668Alaにもっとも弱い結合を示した。このことから、APPのTABへの結合は、Thr668変異によって変化することが分かった。

 ヒト19番染色体のゲノム配列から、TABの全cDNAが予測されていた。この情報からプライマーを作成し、HeLa細胞からtotal RNAを抽出し、この情報を元に作成したプライマーを用いたRT-PCR法によって、TAB完全長cDNAをクローニングした。

 TABのC末端にMycタグを付加したものを含むプラスミドを作成した(TAB-Myc)。TAB-Mycを、FLAGタグを付加したAPP(FLAG・APP)とともに293細胞に発現させた。TAB-Mycを発現させたHEK293細胞抽出液について抗Myc抗体によるウエスタンブロットを行うと、TAB-Mycは90kDa-100kDaの、二本のバンドとして検出された。細胞溶解液から抗FLAG抗体による免疫沈降でAPPを回収した後、抗Myc抗体でウエスタンブロットを行うと、APPともに沈降されたTABを検出することができた。この結果から、APPとTABが細胞内でも結合していることが確認された。

 また、ノザンブロット法により、成体ヒト各組織でのTABmRNAの発現を比較した。プローブとしてTABcDNAをラベルして用いた。その結果、肝臓、腎臓で約4.6Kbpに弱い発現が観察された。

 また、マウス発生過程でのTABの発現を、ノザンブロットにより検出した。その結果、胎児発生11日目にもっとも強い発現が観察された。

 抗TAB抗体による培養細胞の免疫染色を行うと、アクチン抗体による染色に似たパターンを示した。

<まとめと考察>

 APP細胞内ドメインには、いくつかの結合タンパク質が報告されていたが、その結合・解離のメカニズムはまったく解析されていなかった。この研究で、APP Thr668サイトの変異またはリン酸化によって、Fe65とAPPの結合が変化することが明らかになった。Fe65は、脳に多く発現し、APPと結合するPI domainのほかにさらにひとつのPI domainおよび他のタンパク結合モチーフWW domainをもつアダプタータンパク質と考えられるが、その生理機能は不明である。Fe65のAPPを介した生理機能の解明が今後の課題である。

 Fe65の生理機能の一つとして、APPの代謝に関する影響を検討した。Fe65の発現によって、APPからの細胞培養液中へのAβ放出は抑制された。この効果はThr668Glu変異APPには少ない。HEK293細胞には、内在性のFe65はほとんど発現していないと考えられるが、神経細胞ではFe65が多く発現している。神経細胞内では、Thr668でリン酸化されたAPPに対しては、Fe65の効果が少ないことが予想される。神経細胞内では、リン酸化制御の乱れがAPP代謝の乱れにつながる可能性がある。

 また、APPThr668は、分裂している培養細胞で、細胞周期G2/M期特異的にp34/cdc2 Kinaseによってリン酸化される。しかし、この細胞周期特異的なリン酸化の生理機能もまた不明である。私は、HeLa細胞cDNAライブラリから、新規APP結合タンパク質TABを単離した。Thr668Glu変異APPのTABへの結合が弱いことから、Thr668リン酸化によってAPPの結合が弱まる可能性がある。TABの生理機能は不明だが、マウスの胎生11日目に最も強い発現を示すことから、発生過程で何らかの機能を担っている可能性もある。

 孤発性アルツハイマー病の発病メカニズムについては、いまだに謎のままであり、様々な角度からの研究が必要とされる。複数の生理機能が予想されるAPPについて、リン酸化という制御機構に焦点をあてて研究を進めることは、アルツハイマー病研究の上に多くの重要な情報をもたらすと考えられる。本研究から、APPのリン酸化がタンパク結合に重要な役割を担っていることが、初めて明らかになった。この結果は、APPの神経組織特異的な生理機能について理解する上で、重要であると考えられる。

Fig.1. APPの構造とリン酸化サイト

審査要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病(AD)は、神経細胞自身の変調が原因となる老人性痴呆症の代表的な病気である。AD患者脳内に大量に観察される老人斑の主成分βアミロイド(Aβ)は、レセプター様一回膜貫通型構造を持つアミロイド前駆体蛋白質(APP)から生成されるが、その詳細な分子機構は未だ明らかではない。APPの代謝とAβ生成機構を分子レベルで解明することが、AD発病の理解につながると考えられる。APPは、神経細胞だけでなく全ての組織で発現している。従って、神経細胞に特徴的なAPPの代謝機構を解明する必要がある。

 本研究は、APPが神経細胞で特異的なリン酸化を受ける事に着目して、リン酸化がAPPの代謝に果たす役割を解析したものである。リン酸化がAPPの細胞質ドメインに結合するタンパク質の結合活性を制御し、結果としてAPPの代謝を調節する事を初めて示した。本研究は、APP結合タンパク質が介するAPPの代謝の分子機構に新たな知見を見出したものである。

 APPの細胞質ドメインは、APPの機能・生理的代謝に重要な役割を担っている。APP細胞質ドメインには、少なくとも3つの機能モチーフが存在し、複数の細胞内タンパク質が相互作用を行うことで、APPの機能・生理的代謝を制御している。安藤は修士課程においてAPPの神経特異的なリン酸化が、神経細胞の突起伸張に機能していることを明らかにした。博士課程においては、リン酸化がAPPの代謝を制御する仕組みを解明した。リン酸化サイトThr668に変異を導入し、Yeast-two hybrid法、Far western法を用いて、野生型APPに結合するが変異APP(Thr668をAlaもしくはGluに置換したAPP)には結合しない、もしくは結合が強まる分子の探索を行った。その結果、既知のAPP結合タンパク質Fe65と新規タンパク質(TABと命名)を同定した。両タンパク質の完全長cDNAを単離して機能解析を行った。

 Fe65は神経組織に特異的に発現するタンパク質であり、当初転写因子CP2/LSF/LBP1と相互作用する因子として見いだされたが、APP結合タンパク質として再同定された。Fe65はAPP細胞質ドメインの3つの機能モチーフのうち、もっともC-末端側に位置する682-YENPTY-687配列(アミノ酸番号はAPP695アイソフォームのものを用いる)を認識し、リン酸化サイトThr668を含む667-VTPEER-672配列は認識サイトではないことが明らかになっていた。そこで、APP結合サイトであるFe65の2番目のPhosphotyrosine Interaction Domain(Fe65PI2)とGSTの融合タンパク質を作成し、野生型APP(APPwt),Thr668をAIa(APP T668A)もしくはGlu(APP T668E)に置換したAPPを発現させた細胞抽出液を用いてPull-downアッセイを行った。その結果、Thr668に変異を導入したAPPはFe65PI2に対する結合活性が大きく減少した。全長のAPP695とFe65を細胞内に共発現させ共役免疫沈降を行い、APPとFe65の安定的な結合にはThr668が必要であることを示した。

 次に、APPとFe65の相互作用がAPPの細胞質ドメインペプチドでは阻害されるが、リン酸化されたAPP細胞質ドメインペプチドによる阻害効果は弱いことを見いだした。両ペプチド共に認識サイトである682-YENPTY-687配列は含んでいる。一方、リン酸化サイトThr668を含む667-VTPEER-672モチーフだけを含むペプチドはリン酸化、脱リン酸化を問わず、APPとFe65の相互作用を阻害しなかった。これは、Thr668のリン酸化が、682-YENPTY-687配列を含むC-末端側の構造を変化させることで、Fe65の結合を制御している可能性を示唆するものである。そこで、全長のリン酸化、脱リン酸化APPをラット脳より抽出し、GST-Fe65PI2に対する結合能をPull-downアッセイ法で検討した。その結果として、リン酸化APPはGST-Fe65PI2にほとんど結合しないことを明らかにした。他のPIドメインを持つAPP結合タンパク質、X11LやmDab1のAPPに対する結合はThr668サイトの変異およびリン酸化によって影響を受けなかった。

 APP695を安定的に発現させたHEK293細胞にFe65を過発現させると、β-アミロイド40(Aβ40)および42(Aβ42)の生成が有意に減少した。しかしながら、リン酸化サイトに変異を導入したAPPを安定的に発現させたHEK293細胞にFe65を過発現させた場合は、Aβ40およびAβ42の生成は減少しなかった。どちらの細胞もFe65を発現していない時は、Aβの生成量は同じであった。これは、APPのリン酸化が結合タンパク質との相互作用を介してAβ生成を制御する事を示した初めての結果である。

 さらに、Thr668サイトに依存してAPPに結合する新規タンパク質(TAB,Thr668-dependent APP binding protein)の一次構造を決定し、結合特性を解析した。これは、667-VTPEER-672モチーフに直接結合することが明らかになった初めてのタンパク質である。TABの発現をNorthern blotで解析したところ、生体組織と共に胎児期に高い発現が認められた。細胞にTABを発現させ、分布を解析したところ、APPとは細胞膜近辺で共局在していた。TABの生理機能は充分に解明していないが、リン酸化サイトを認識しAPPと相互作用を行う事が判明している唯一のタンパク質であるので、APPの生理機能を修飾している可能性が考えられた。

 以上、本研究より、APP細胞質ドメインのリン酸化が、結合タンパク質Fe65の結合を制御する事によってAβの生成を調節していることが明らかになった。さらに、リン酸化サイトを直接認識する新規タンパク質の単離にも成功した。これらの多くの新発見を含む研究成果は、アルツハイマー病の発病原因の1つとされているβ-アミロイドの生成機構を解明する上で、大きく貢献すると考えられるので、博士(薬学)の授与に値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク