学位論文要旨



No 116466
著者(漢字) 石井,淳子
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,ジュンコ
標題(和) 血管内皮細胞由来スカベンジャー受容体SRECの分子機能
標題(洋)
報告番号 116466
報告番号 甲16466
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第940号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 鈴木,利治
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 酸化等の変性を受けたLDLを選択的に認識する受容体をスカベンジャー受容体といい、現在までに構造の異なる複数の受容体が同定されている(Fig.1)。内皮細胞が変性LDLを取り込む性質を持つことが古くから知られていたが、当研究室では、ヒト臍帯静脈内皮細胞cDNAライブラリーより、新規スカベンジャー受容体SRECを同定した。SRECは、これまでに報告されたスカベンジャー受容体と構造上の相同性を持たず、また、約400アミノ酸からなる大きな細胞内ドメインを有していた。しかしながら、SRECの機能については、これまで全く解明されてこなかった。私は、SRECの生理機能を解明する糸口として、特に特徴的な細胞内ドメインに注目して解析を行った。

【方法と結果】

(1)SREC細胞内ドメインの機能解析

1. SREC発現細胞のフェノタイプの解析

 SRECは、アセチル化LDL(AcLDL)を効率よく取り込むことがわかっている。そこでまず、この取り込みに対して細胞内ドメインが必要かを、CHO細胞にSRECの様々な細胞内ドメイン欠失体を発現させ検討した。その結果、細胞内ドメインを欠失させてもAcLDLの取り込みはほとんど変化せず、約400アミノ酸の細胞内ドメインはAcLDLの取り込みには必要ではないことがわかった。次に、様々な培養細胞にSRECを発現させ、そのフェノタイプを調べた。その結果、CHO,COS等の細胞では大きなフェノタイプは現れなかったが、マウス線維芽細胞L細胞にSRECを発現させると、細胞の形態が大きく変化し、突起伸展を引き起こすことを見いだした(Fig.2)。他のスカベンジャー受容体を発現させてもこのような現象は見られず、また、非常に興味深いことに、細胞内ドメイン欠失体ではこのフェノタイプは全く観察されなかった。すなわち、突起伸展という現象にはSRECの細胞内ドメインが必要であることがわかった。

2. SREC細胞内ドメイン結合蛋白質の探索-1

 そこで次に、SRECの細胞内ドメインの機能を解析するために、Yeast Two-Hybrid systemを用いて、細胞内ドメインと結合するタンパク質の探索を行った。その結果、約40個の陽性クローンの中でProtein Phosphatase 1α(PP1α)が8クローン得られた。実際、SRECとPP1αをCOS-1細胞に発現させ、免疫沈降を行ったところ、両者が共沈することがわかり、確かにSRECとPP1αが細胞内で結合することもわかった。

3. PP1α結合部位の解析

 次に、SRECの細胞内ドメインのどこにPP1αが結合するかについて、GSTフユージョンタンパク質を用いたアフィニティーカラムにより解析した。L細胞の可溶性画分をカラムに流し調べた結果、可溶性画分中のPP1αはSREC細胞内ドメインの前半約半分(C1部分)には結合せず、中央部(c2部分)に結合することがわかった(Fig.3)。このことから、PP1αはC2部分のうちC1部分を含まない部位、アミノ酸でいうと約640〜750番目付近の領域に結合するものと予想された。

4. SRECによるL細胞の突起伸展現象におけるPP1αの関与

 上の結果より、L細胞においてSRECによる突起伸展にPP1αが関与している可能性が考えられた。そこで、PP1αがSRECの細胞内ドメインの機能に本当に関わっているかについて、phophataseの選択的阻害剤を用いて解析を行った。その結果、SRECによる突起伸展はPP1選択的阻害剤であるタウトマイシン100nMで、著しく阻害された(Fig.4)。一方、protein phosphatase 2Aの阻害剤であるオカダ酸では突起伸展は全く阻害されなかった。これらの結果から、SRECによる突起伸展にPP1αが関与していることが示唆された。

5. SREC細ドメイン欠失体を用いた解析

 SRECによるL細胞の突起伸展は、細胞内ドメインが全く存在しないと起こらないことを見いだしていたが、様々な細胞内ドメイン欠失体を用いてさらに解析を進めたところ、細胞内ドメインを270個けずった欠失体を発現させると、突起伸展は引き起こさず、細胞が細長く伸びたような形態になることを見いだした。この形態は、タウトマイシンを加えてPP1αを阻害した状態で、細胞内ドメイン全長を含むSRECを発現したときの形態(Fig.4)と非常によく似ていた。このことから、SRECによるL細胞の突起伸展には、細胞が細長く伸びる段階と、さらにその後突起伸展が起こる段階があり、それぞれの段階には細胞内ドメインの中でも別々の領域が関与しているものと考えられた。PP1αは、後者の段階に関与すると予想され、結合部位の解析結果もこの仮説を支持している。

6. SREC細胞内ドメイン結合タンパク質の探索-2

 さらに、SRECによるシグナル伝達機構を解明すべく、GSTフユージョンタンパク質を用いたアフィニティーカラムにより、SRECの細胞内ドメインと結合するタンパク質を探索していたところ、SREC細胞内ドメイン(C2部分)に特異的に結合する、PP1αとは別のタンパク質を見いだした。このタンパク質は、アミノ酸シークエンスによる解析の結果、アクチン結合タンパク質advillinであることがわかった。このことから、SRECからのシグナルがadvillinに伝わり、アクチンフィラメントの再構成を引き起こしている可能性が考えられた。

(2)SREC細胞外ドメインの機能解析

 SRECはAcLDLをリガンドとするが、生理的なリガンドが何なのかは全く不明である。私は、SREC発現細胞を樹立している過程で、SREC同士がホモフィリックに結合しうることを見いだした。すなわち、SRECを発現させたL細胞をTrypsin-EDTAではがし浮遊細胞状態にし、37℃、1時間インキュベーションした後、顕微鏡により観察した。その結果、SRECを発現した細胞同士の凝集塊が観察された(Fig.5)。SRECの細胞外ドメインはEGF様リピートを含む繰り返し配列よりなっていることから、SRECはホモフィリックな結合のみならず、他のEGF様リピートを含む蛋白質と相互作用する可能性も考えられた。

(3)SRECファミリー分子のクローニング

 SRECアミノ酸配列を用いてデータベースの検索を行ったところ、SRECと相同性の高い分子の遺伝子断片を見いだした。そこで、マウス肺cDNAライブラリーよりこの新規cDNAをクローニングし、全配列を決定し、SREC-IIと命名した(Fig.6)。SREC-IIの約400アミノ酸からなる細胞外ドメインは、SRECと同様にEGF様ドメインからなる繰り返し構造をとっており、SRECとは約50%の相同性を持っていた。一方、約400アミノ酸からなる細胞内ドメインは、SRECとの相同性は約20%とやや低いが、やはりSRECと同様にセリン、プロリンに富んでおり、さらにSREC-IIはアルギニンにも富んでいるという特徴を持っていた。SRECとSREC-IIのヒトの臓器分布をノーザンブロッティングにより解析したところ、両者の分布は類似しており、主に心臓、胎盤、肺、腎臓、脾臓、卵巣に発現していた。

【まとめと考察】

 本研究において私は、L細胞にSRECを発現させると突起伸展を引き起こすという機能があること、また、この現象にはSREC細胞内ドメインが必要であることを見いだした。さらに、SRECによるこの細胞骨格系の制御にはPP1αが関与している可能性を示した。加えて、SREC細胞内ドメインには、アクチン結合タンパク質であるadvillinが結合することも見いだした。このadvillinがSRECの下流の分子として働き、アクチンフィラメントの再構成を行っている可能性が考えられた(Fig.7)。また、L細胞にSRECを発現させると細胞同士が凝集することから、SRECは細胞外ドメインを介して互いに結合しうることが明らかとなった。また、新しく同定したSREC-llの細胞外ドメインもSRECとの相同性が高いことより、SRECとSREC-IIが結合する可能性も考えられる。

 ところで、ごく最近、内皮細胞に新たに見いだされた低分子量Gタンパク質Gesを内皮細胞に発現させると、L細胞においてSRECを発現させたときに見られた形態と似たような細胞の形態変化を引き起こすことがイギリスのグループにより報告された。彼らは、Gesのドミナントネガティブ体を用いて、このGesによる形態変化が血管新生時の内皮細胞のtube formationに必要であることを示した。このGesとSRECファミリーとの臓器分布も非常によく似ていることがわかった。これらの結果から、SRECファミリーは内皮細胞においてはGesとともに細胞骨格制御を介して血管新生に関与している可能性も考えられた。

 今後は、生体内でSRECファミリーが実際にどのようなリガンドと結合し、どのような機構でシグナルを伝え、いかなる細胞機能を誘発しているか解析する必要がある。

Fig.1 主なスカベンジャー受容体の構造

Fig.2 L細胞にSRECを発現させると突起進展を引き起こす

Fig.3 PP1αのSREC細胞内ドメインとの結合

Fig.4 SRECによって引き起こされる突起伸展はPP1選択的阻害剤によって阻害される

Fig.5 SRECを発現した細胞同士は凝集する

Fig.6 SRECとSREC-IIの相同性

Fig.7 SRECファミリーの細胞内情報伝達(仮説)

審査要旨 要旨を表示する

 内皮細胞上において変性LDLを特異的に認識する受容体として、当研究室でヒト臍帯静脈内皮細胞よりスカベンジャー受容体SRECが同定されていた。SRECはこれまでに報告されたスカベンジャー受容体と構造上の相同性を持たず、また、非常に特徴的なことに約400アミノ酸からなる大きな細胞内ドメインを有していた。しかしながら、SRECの機能については、これまで全く解明されてこなかった。

 「血管内皮細胞由来スカベンジャー受容体SRECの分子機能」と題する本論文においては、SRECが変性LDLを取り込む以外に、L細胞において突起伸展を引き起こすいう分子機能を持ち、また、この現象にはSRECの細胞内ドメインが必要であることを見いだしている。さらに、SREC細胞内ドメインには、Protein Phosphatase 1α(PP1α)が結合し、SRECによる細胞骨格系の制御にはPP1αが関与すること を示している。

1. SRECが突起伸展を引き起こす機能を持つことの発見

 SRECはアセチル化LDL(Ac-LDL)を取り込むが、細胞内ドメイン欠失体でも同様に取り込むことより、約400アミノ酸の細胞内ドメインはAc-LDLの取り込みには必要でないことが示された。次に、様々な培養細胞にSRECを発現させフェノタイプを調べたところ、マウス線維芽細胞L細胞にSRECを発現させると、細胞の形態が大きく変化し、突起伸展を引き起こすことが見いだされた。また、非常に興味深いことに、細胞内ドメイン欠失体ではこのフェノタイプは観察されず、突起伸展現象にはSRECの細胞内ドメインが必要であることが示された。

2. SREC細胞内ドメインと結合するタンパク質としてPP1αを同定

 そこで、SRECの細胞内ドメインの機能解析のために、細胞内ドメインと結合するタンパク質の探索が行われた。その結果、PP1αが候補分子として得られた。動物細胞にSRECとPP1αを発現させた免疫沈降実験により、両者が共沈し、確かに両者が細胞内でも結合することが示された。

3. SRECによるL細胞の突起伸展現象におけるPP1αの関与

 SRECの機能にPP1αが本当に関わっているかについて、phosphataseの選択的阻害剤を用いて解析された。その結果、SRECによる突起伸展は、PP2A選択的阻害剤では全く阻害されないのに対し、PP1選択的阻害剤によって、著しく阻害された。このことから、SRECによる突起伸展にはPP1αが関与していることが示唆された。

4. SREC細胞外ドメインのホモフィリックな結合活性の発見

 SRECの生理的リガンドは未だ不明である。SREC発現細胞を樹立している過程で、SRECを発現した細胞同士が凝集することが見いだされた。SRECの細胞外ドメインはEGF様ドメインからなる繰り返し構造をとっていることから、SRECはホモフィリックな結合のみならず、他のSGF様リピートを含むタンパク質と相互作用する可能性も考えられた。

5. SRECファミリー分子のクローニング

 SRECのアミノ酸配列を用いてデータベースの検索を行い、それをもとに、マウス肺cDNAライブラリーよりSRECと相同性の高い新規遺伝子のクローニングに成功した(SREC-II)。SRECとSREC-IIは細胞外ドメインの相同性は約50%と高いのに対し、細胞内ドメインの相同性は約20%とやや低かった。このことから、SRECとSREC-IIは異なる細胞内情報伝達に関わる可能性が考えられた。

 以上を要するに、本研究は、これまで機能が未知であったSRECが細胞骨格系の制御に関わり、この制御にはSREC細胞内ドメインが必要であるということを初めて示している。さらに、SRECにはPP1αやアクチン結合タンパク質であるAdvillinが結合し、SRECの細胞内ドメインの機能に関与していることも示唆されている。加えて、SRECにはファミリー分子が存在することも明らかにされた。以上の知見は、これまでスカベンジャー受容体としてとらえられていたSRECがどのような生理的機能を持つかを考える上で意義深いものであり、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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