学位論文要旨



No 116467
著者(漢字) 石野,智子
著者(英字)
著者(カナ) イシノ,トモコ
標題(和) アフリカツメガエル幼生の尾の再生芽に選択的に発現する遺伝子の同定と解析
標題(洋)
報告番号 116467
報告番号 甲16467
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第941号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 助教授 鈴木,利治
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

 器官再生は、偶発的な事故に対応する適応能力であり、また生物種や器官によってその能力が大きく異なるために、正常な胚発生過程にみられる器官発生とは異なる機構が働くと考えられる。これまでに器官再生時に発現する遺伝子は見出されているものの、その再生における機能が示された例はなく、器官発生との違いを説明する分子も知られていない。

 ところで近年、哺乳類(マウス)において、胎児期に限って失われた指を再生しうることが明らかになり、哺乳類も潜在的には器官再生能を有することが示唆された。哺乳類を含めた脊椎動物の器官再生の分子機構を明らかにすることは、臨床応用の観点からも有意義であると考えられる。

 そこで私は、高い再生能を持ち、さらに遺伝子改変個体の作出が可能であるアフリカツメガエルを用いて、器官再生時に発現増強する遺伝子の単離を試みた。その結果、再生芽で発現増強する4つの遺伝子を同定し、そのうちの2つの遺伝子が胚発生時に比較して器官再生時に選択的に発現することを明らかにした。また、脊椎動物と昆虫類の両方においてCa2+依存性レクチンが再生に関わることを示唆する結果を得たので、以下に報告する。

2. ツメガエル幼生の尾の再生芽で発現増強する遺伝子の単離

 ツメガエルの幼生(オタマジャクシ)は高い器官再生能を有しており、切除された尾を再生することができる。そこで、切除後一週間の尾の再生芽からRNAを抽出し、正常な尾のRNAを対照としてディファレンシャルディスプレイ法を行い、再生芽で発現増強している遺伝子を検索した。約10,000の遺伝子断片を電気泳動によって分離し比較した結果、150のバンドが再生芽で強く検出された。そのうち19のバンドについてサブクローニングを行い、RT-PCR法により発現解析を行ったところ、再生芽で発現増強している遺伝子が4つ同定された。そこで、5'-RACE法及びプラークハイブリダイゼプラークハイブリダイゼーション法により、対応する遺伝子のcDNAを単離した。その結果を表1に示す。クローン13a,13bはそれぞれ哺乳類のXVIII型コラーゲンのα1鎖,ニューロナルペントラキシンI(NP1)のツメガエルホモログと考えられた。残りの2つのクローンは、長いORFは見いだされず、遺伝子の非翻訳領域だと考えられる。XVIII型コラーゲン、NP1ともに、器官再生との関連が見出されたのは、今回が初めての例である。

 XVIII型コラーゲンはほ乳類では、細胞膜あるいは細胞外マトリックスを構成していると考えられている。従って、ツメガエルの尾の再生の際には、細胞外マトリックスの新規合成と再編成が起きることを示している。これまでにも、イモリ等の有尾両生類を用いた研究でI、II、およびXII型コラーゲン、さらにコラゲナーゼが、四肢再生に際して発現誘導されることが見いだされている。以上より、器官再生の際には、その場の細胞外マトリックスの分解と再編成がバランスよく起きることが重要だと考えられる。

 一方、哺乳類のNP1は神経系に特異的に発現する分泌蛋白である。器官再生の主に細胞増殖の段階には、神経機能が必須であることが知られているが、その実体は不明のままである。NP1は器官再生における神経機能を担う分子の一つであり、再生芽における組織形成を誘導する可能性が考えられる。

3. 4つの分子の遺伝子発現解析

 次に、上記の4つの遺伝子の器官再生における機能を推測するための手がかりを得る目的で、(a)再生個体の尾における空間的・時間的な発現解析、(b)胚発生期と再生過程での遺伝子発現の比較、(c)尾と肢の再生過程での遺伝子発現の比較を行った。

 (a)再生個体の尾における空間的・時間的な発現解析。まずはじめに、再生個体の尾における遺伝子発現の場所を解析した。尾切除後約一週間の幼生の再生尾を、頭尾軸に沿って3つに分けてRNAを抽出しRTPCR法により、遺伝子発現の有無を調べた。その結果、これらの遺伝子はいずれも再生芽で発現増強していることが確認された。一方、NP1は、再生芽だけでなく、尾の切断部位から離れた部位における発現も増強していた。従って、クローン1とクローン2、XVIII型コラーゲンは再生芽の組織構築に直接関与し、NP1は再生芽以外でも合成され、分泌性因子として再生芽の形成に関与することが示唆された。さらに、尾切除後の時間経過を追って、遺伝子発現を解析した結果、クローン2とNP1は、再生芽の形成以前である、切除後3日目から遺伝子発現が増強することが見出された。従ってこれらは、再生芽形成を引き起こす分子であると考えられる。

 (b)胚発生期と再生過程での遺伝子発現の比較。そこで、これらの分子が、器官再生にだけ関わっているのか、あるいは器官発生と共通の機構に関わるのか明らかにする目的で、胚発生期と再生芽における遺伝子発現をRT-PCR法で比較した。その結果、クローン2とNP1は、再生時期と比較して初期胚発生期において発現レベルが低いことを見出し、器官再生選択的に機能することを示唆した。一方、XVIII型コラーゲンとクローン1は、胚発生過程にも遺伝子発現が検出されたことから、器官再生と器官発生に共通な、パターン形成の過程に関与することを示唆した。

 (c)尾と肢の再生過程での遺伝子発現の比較。最後に4つの分子が、尾の再生にのみ関わるのか、器官再生に共通に関与するのか調べる目的で、幼生の後肢の器官再生時にも遺伝子発現が増強するのか否か解析した。その結果、これらの遺伝子はいずれも、肢の再生の際にも発現誘導されることを示し、付属器官の種類に依らず器官再生一般に関与することを示唆した。

4. ゴキブリの肢再生に関与するレクチンの機能ホモログの同定

 我々はこれまでに、ツメガエルと同様に高い再生能を有するワモンゴキブリを用いた研究により、体液性のCa2+依存性レクチンの遺伝子が肢の再生芽で発現誘導されることを明らかにしてきた。そこで脊椎動物にも同じ機構が保存されているのかを調べることを意図して、糖結合セファロースカラムを用いて、ツメガエル成体の血清からCa2+依存性レクチンを分離した。私はそのうちの一つ、35kDa血清レクチンのcDNAを単離し、それがツメガエルのオオサイトレクチンと同じファミリーに属するレクチンであることを示した。この分子それ自体は、再生芽において発現増強していなかった。しかしながら私は、新たに再生芽で発現しているサブタイプ(レクチンタイプ2)をPCR法により同定し、再生芽での発現を解析した結果、再生芽では正常尾と比較して約2倍の発現増強があることを示した。従って、脊椎動物であるツメガエルにおいてもCa2+依存性レクチンが器官再生に関与することが示唆された。

 さらに、このレクチンタイプ2遺伝子も、初期胚発生期では、再生過程に比較して明らかに発現量が少なく、器官再生選択的に機能する可能性が考えられた。

6. まとめと考察

 本研究において私は、ツメガエル幼生の尾の再生芽で発現増強する遺伝子を新たに5つ同定した。ディファレンシャルディスプレイ法で得られた4つの遺伝子のうち、ひとつは、哺乳類のXVIII型コラーゲンのα1鎖,もうひとつは、ニューロナルペントラキシン1(NP1)のツメガエルホモログと考えられた。残りの2つのクローンは、遺伝子の非翻訳領域だと考えられ、どのような蛋白をコードしているのかは現在のところ不明である。さらに、ツメガエルのオオサイトレクチンの新規ファミリー分子が、再生芽で発現誘導していることを見いだしたことから、Ca2+依存性レクチンの関与という、昆虫類と脊椎動物の両方に共通な再生の分子機構の存在が示唆された。

 図1にモデル図を示すように、胚発生では、組織のパターン形成は、未分化な細胞の相互作用の中で協調的に進行するのに対し、器官再生では、分化した細胞により形成されたパターンの改変が必要とされる。そのために再生では、胚発生とは異なる「場」が利用されると予想される。今回、私が同定した5つの遺伝子の内、XVIII型コラーゲンとクローン1遺伝子は、初期胚発生期でも再生過程でも発現していることから、両者に共通に形態形成の際に必要とされ、特に、XVIII型コラーゲンは細胞間マトリクスの形成に寄与すると考えられる。

 一方、NP1とクローン2、およびレクチンタイプ2遺伝子は胚発生期での発現レベルが低く、また、NP1については、ノックアウトマウスが正常に発生することから、再生固有に機能する分子の候補と考えられる。さらに、NP1は再生芽以外の部域でも誘導される分泌性の蛋白であり、またその誘導時期が早いことから、再生芽の形成を外から誘導する可能性が考えれる。NP1が神経から分泌されると考えられることから、古典的な再生における神経機能を代償する因子の候補として今後、その機能解析に興味が持たれる。

 今後、遺伝子導入ツメガエルの作成等により、これらの遺伝子産物の器官再生での機能を解析することで、器官再生の分子機構を解明することが重要な課題である。また、器官再生を包括的に理解するためには、さらなる関与因子の同定が必要だと考える。例えば、より上流の転写因子などを同定するためには、尾切除後1日以内の傷口付近の組織に発現する遺伝子を解析する必要がある。さらに、再生能を持つ若い後肢と、再生が起きない成長した後肢における遺伝子発現を比較することにより、器官再生の能力を規定する実体を明らかにすることが期待できる。

表1 再生芽で発現増強が確認された遺伝子

図1 発生と器官再生における遺伝子の機能分担

再生芽で発現増強することがわかった5つの遺伝子の発現パターンのモデル図。18型コラーゲンとクローン1は、胚発生と器官再生で共通の機構に関与すると考えられる。一方、NP1とクローン2およびレクチンタイプ2は、器官再生特異的に機能すると考えられる。また、器官再生時には、NP1は再生芽から離れた部分でも発現誘導しており、分泌蛋白として再生に関わると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、アフリカツメガエル幼生の尾の再生時に発現増強する遺伝子を5つ見出し、その発現解析を行ったものである。

 申請者は、器官再生時に発現増強する遺伝子を検索する目的で、尾切除後一週間経過した再生芽と正常な尾を比較してDifferential display法を行った。約10,000遺伝子を検索した結果、再生芽で選択的に発現する遺伝子を4つ同定した。次にこれらの遺伝子のcDNAクローニングを行い、そのうちの二つは、哺乳類のNeuronal pentraxin I(NP1)と、18型コラーゲンのα1鎖のホモログであることを明らかにした。他の二つのクローン(クローン1、クローン2と命名)は、現在までに長いORFは見つかっていない。

 そこで、これらの遺伝子の器官再生における発現時期および場所を解析したところ、NP1とクローン2は、尾切除後3日目に既に発現増強されることを明らかにした。この時期にはまだ再生芽の形成は認められず、これらの分子が再生芽形成に先立って機能することを示唆している。さらに、NP1遺伝子は、再生個体の尾において、再生芽から離れた部域でも発現誘導されることからも、NP1が分泌されて再生芽の形成に関わることが考えられた。

 また、胚発生期での遺伝子発現を解析した結果、NP1とクローン2は再生芽での発現に比較して初期胚発生期での発現が少ないことを見出し、これらの分子が再生選択的に機能する可能性を示唆した。さらに、後肢の再生過程においても、これらの遺伝子は全て発現増強することが示され、付属機関の種類によらず再生に関与することが示唆された。

 さらに、ワモンゴキブリの肢再生の際にCa2+依存性レクチンファミリーが局在するという知見に基づき、申請者は、Ca2+依存性レクチンに着目したスクリーニングも行った。その結果、ツメガエルの卵形生に関わることが知られている既知のレクチン(oocyte lectin)の一つのサブタイプが、尾の再生時に遺伝子発現が増強していることを明らかにし、脊椎動物の器官再生においても、Ca2+依存性レクチンが関与することを初めて指摘した。

 以上、本研究は、NP1および18型コラーゲン、Ca2+依存性レクチンが器官再生時に遺伝子発現が増強することを脊椎動物で初めて見出した点で、再生医療の発展に大きく寄与すると考えられ、薬学博士に値すると判断した。

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