学位論文要旨



No 116475
著者(漢字) 鳥澤,拓也
著者(英字)
著者(カナ) トリザワ,タクヤ
標題(和) 紫外線損傷DNAにおける分子認識とその修復メカニズムのNMR解析
標題(洋)
報告番号 116475
報告番号 甲16475
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第949号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 菊池,和也
内容要旨 要旨を表示する

 紫外線の照射によって生じるDNA損傷は、細胞死、突然変異を引き起こす。その代表的な紫外線損傷DNAとしては、隣接するピリミジン部位で形成されるcyclobutane pyrimidine dimer(CPD)(Fig.1)および(6-4)photoproductが挙げられる。しかし、生物にはこれらの損傷DNAを修復する酵素群が備わっている。CPD photolyaseは光を利用してCPDを修復する酵素である。現在までに大腸菌由来のCPD photolyaseを中心として、その修復メカニズムの分子生物学的研究がなされている。また、DNA非結合状態におけるCPD photolyaseのX線結晶が報告されているが、DNAと結合した状態の構造はX線、NMRいずれの構造生物学的手法によっても解かれていない。したがって、その基質認識機構は全く解明されていない。また、これらの紫外線損傷DNAを認識する一連のマウスモノクローナル抗体が樹立されており、損傷DNAの検出および定量に幅広く用いられている。これらの抗体の抗原認識メカニズムを高次構造の観点から明らかにすることができれば抗体工学の導入により、さらに有用な検出試薬を得ることが可能となる。以上のように紫外線損傷DNAのタンパクによる認識を高次構造の観点から解明することへの期待が高まっている。そこで本研究では第1章にて“NMRによるCPDphotolyaseのDNA認識メカニズムの解明”、筆2章にて“NMRによる紫外線損傷DNA認識抗体の抗原認識メカニズムの解明”を行うことにした。

第1章 NMRによるCPD photolyaseのDNA認識識メカニズムの解明CPDを含むssDNAのphotolyase結合部位の決定

 CPDを含むDNAとphotolyaseとの相互作用部位を調べるために、CPDを含むd7merと、そのphotolyaseと結合状態の31P NMRスペクトルを測定した(Fig.2(a),(b))。photolyase非結合状態のシグナルの帰属はDQF-COSY、TOCSY、ROESY、1H-31P HSQC測定により行った。photolyase結合状態のシグナルの帰属は、photolyaseに対して過剰量のDNAを添加した状態で31P-31P EXSYを測定することによって可能となった。photolyase結合状態のスペクトルを非結合状態と比較した結果、P-1、P0、P1、P2に由来するシグナルが極端な広幅化と化学シフト変化を示した。このことからphotolyaseとの結合にはCPDを含む上記の4ヌクレオチドが特に関与していることが明らかとなった。

表面プラズモン共鳴(SPR)法を用いた速度論的解析

 これらのヌクレオチドがどのような相互作用によって結合に関与しているのかを検討するため、SPR法を用いてCPDを含むd8merとphotolyaseとの結合定数の塩濃度依存性を調べた。その結果、結合定数は塩濃度が高くなるほど低下した。このことから両者の結合にはDNAのリン酸基に由来する負電荷とphotolyaseの塩基性アミノ酸残基に由来する正電荷の静電相互作用が寄与していることが明らかとなった。次に塩基性アミノ酸残基の内、結合に関与する残基を同定するために、Arg、Lys残基をAlaに残基置換した変異体の結合定数を求めた。この結果、R140、R200、K239、R310、R365、R375がCPDを含むDNAとの結合に関与することが明らかとなった。

複合体におけるDNAの配向決定

 次にこれらの結合に関与するアミノ酸残基とヌクレオチドの相対配置を決定するために、変異体と結合した状態のd7merの31Pスペクトルを測定した。Arg200をAlaに置換した変異体(R200A)との結合状態のスペクトル(Fig.2(c))を野生株結合状態のスペクトル(Fig.2(b))と比較するとP-1、P0のみに化学シフト差が観測された。このことからArg200はCPDとその5'側のリン酸基近傍に存在していることが判明した。同様の実験を変異体と結合した状態のd7merの31Pスペクトルを野生株のスペクトルと比較して、化学シフト差が観測されたシグナルが由来するリンと、その変異体の置換残基をphotolyaseのモデル上にマッピングした。他の変異体についても行った。その結果、CPDの5'側のヌクレオチドがクラスターIと結合し、3'側のヌクレオチドがクラスターIIと結合しており、CPDはそれらのクラスターで形成されるキャビティによって認識されることが明らかとなった(Fig.3)。このようにして複合体中のphotolyaseに対するDNAの配向を決定することができた。

CPDの結合様式の解析

 photolyaseと結合した状態のCPDの構造をより詳細に解析するためには、CPDのデオキシリボースおよび塩基に由来するシグナルを観測する必要がある。そのためにはCPDの安定同位体標識が不可欠である。しかし、CPDはその合成収率の低さから安定同位体標識を施すことは不可能であった。そこで、従来の安定同位体標識法に改良を加え、ヌクレオチド選択的標識を確立することによって、CPDのみに13C標識を施したd5merを調製することに成功した。これと2H標識photolyaseとの結合状態のlH-13C HSQCスペクトルを測定した結果、結合状態のCPDに由来するシグナルを観測することが可能となった(Fig4)。これらのシグナルの帰属は1H-13C HSQC-NOESYなどによって行った。その結果、photolyaseの結合に伴い、CPDのデオキシリボース部位に由来するシグナルは顕著な化学シフト変化を示さなかったものの、塩基部位のメチル基および6位に由来するシグナルは1H軸方向に大きく高磁場シフトした。特にCPD塩基の5'側のメチル基に由来するシグナルの化学シフトは1.4ppmから-1.3ppmまで変化し、その差は2.7ppmにも及んだ。このような顕著な高磁場シフトはCPDの隣接塩基、あるいはphotolyaseの芳香環による環電流効果のいずれかに起因する。CPDを含むd5merとCPDの両末端にリン酸基のみを付加したDNAオリゴマーの1HNMRスペクトルを比較することによって、このような高磁場シフトがphotolyaseの芳香環に由来するものであることを示した。上述の変異体の31P NMR解析から明らかとなったヌクレオチドとphotolyaseのアミノ酸残基の相対配置から、環電流効果を及ぼす残基はクラスター1とクラスターIIで形成されるキャビティに存在するTrp246、Trp352あるいは補酵素のFADに特定できる。さらにTrp246をAlaに置換した変異体W246Aを添加した状態におけるd5merの1H-13C HSQCスペクトルを測定し、野生株のスペクトルと比較した結果、cPD塩基部位の5'側のメチルシグナルのみに顕著な化学シフト差が観測された。以上の結果からCPDの塩基部位がキャビティに埋没するような状態で結合し、CPDの5'側近傍にTrp246が位置していることが判明した。現在までに数多くの研究グループによってphotolyaseとCPDの複合体のモデルが構築されているが、いずれも高次構造情報に基づいたものではない。本研究はこの複合体の決定的な構造証拠を与えたと言える。

dsDNAとphotolyaseの複合体におけるCPDのフリップアウトの立証

 以上のようにphotolyaseの基質複合体の解析はCPDを含むssDNAを用いて明らかにしてきたが、photolyaseはssDNAのみならず、dsDNAとも結合することが報告されている。このことからdsDNAがアンワインディングしてssDNAの状態でCPDが認識される可能性が考えられる。また、現在までに、他のDNA修復酵素であるウラシルDNAグリコシラーゼとその基質dsDNAの複合体において、DNAらせんの外部に飛び出した状態(1塩基フリップアウト)の損傷部位を酵素が認識している例が報告されている。このことから、同様にCPD2塩基がフリップアウトしている可能性も提唱されてきた。そこでこれらの可能性を検証するために、CPDを含むストランドの相補鎖を15N標識したdsDNAを用いてphotolyaseとの複合体の1H-15NHSQCスペクトルを測定した(Fig.5)。複合体に由来するシグナルは、塩基の種類に特有な15Nの化学シフトを指標とし、更にNOE差スペクトルを測定することによって帰属された。その結果、CPDの少なくとも両末端のいずれか、あるいは両方に由来するチミンのイミノシグナルが観測された。このことから結合状態においてDNAはCPDの両端近傍まで二本鎖構造を有していることが明らかとなった。また、1H NMRスペクトルを測定した結果、CPDを含むss5merの複合体のスペクトル中で観測されたCPD5'側のメチルシグナルと同様の化学シフトを有するシグナルが観測された。このことから、dsDNA中に存在するCPDはssDNAの場合と同様に塩基部位をキャビティに埋没させた状態で結合していることが明らかとなった。以上のことからphotolyaseとCPDを含むdsDNAとの結合状態においては、CPDがフリップアウトしていると結論した。このようなフリップアウトはエネルギー的に、より効率良くCPDそのものを認識し、修復するために必要な構造変化であったと考えられる。

第2章 NMRによる紫外線損傷DNA認識抗体の抗原認識メカニズムの解明

 以下、参考文献の和訳を記載した。(6-4)photoproductを含むオリゴデオキシヌクレオチドと(6-4)photoproductを認識する抗体のFabフラグメントとの相互作用の31P NMR解析 [1]

 (6-4)photoproductを含むオリゴヌクレオチドと(6-4)photoproductを認識する抗体(64M5、64M3)のFabフラグメントとの相互作用の31P NMR解析について報告する。(6-4)photoproductのリン酸骨格のコンフォメーションはそれに隣接するヌクレオチドの存在によって変化し、上記の抗体の抗原結合部位はこれらの異なるリン酸骨格のコンフォメーションを有する(6-4)photoproductに適合して結合することができるということが31Pシグナルの化学シフトから明らかとなった。また、これらの抗体のエピトープは(6.4)pbotoproductのみならずそれに隣接する5'側、3'側の2あるいは3ヌクレオチドを含むことも判明した。

(6-4)photoproductを認識するモノクローナル抗体の抗原結合部位の構造多型 [2]

 (6-4)photoproductを含むDNAに対して高い親和性を示すモノクローナル抗体64M5の抗原結合部位を安定同位体標識NMR法によって解析した。主鎖アミド基を選択的に13C、15N標識した一連の64M5Fabアナログを調製し、64M5の可変領域に由来するアミドシグナルの帰属を、重鎖と軽鎖との再構成法を併用し、2D-HN(CO)測定を用いることによって行った。d(T[6-4]T)およびd(GTAT[6-4]TATG)の結合に伴うアミドシグナルの化学シフト変化を指標に64M5における(6-4)photoproductの結合サイトと、それに隣接するヌクレオチドの結合サイトを同定した。(6-4)photoproductとの結合に関与するL1とL3セグメントは抗原非存在下において構造多型を示し、d(T[6-4]T)およびd(GTAT[6-4]TATG)との結合状態間で異なるコンフォメーションを有している。64M5のVLドメインとアミノ酸配列の相同性の高い他のFabフラグメントのスペクトルとの比較から、本研究において観察される構造多型はL1とL3のカノニカル構造の組み合わせ、およびL3のカノニカル構造におけるキー残基の残基置換によって生じており、それが抗原結合に対して有利な影響を与えていると結論した。

CPDを認識するモノクローナル抗体のFabフラグメントのDNA結合様式 [3]

 CPDを認識するモノクローナル抗体はDNAの光損傷の検出および定量に幅広く用いられている。しかし抗CPD抗体の抗原結合メカニズムはほとんど明らかとなっていない。そこで本研究ではcis-synシクロブタンチミンダイマー、d(T[c,s]T)を認識するマウスモノクローナル抗体、TDM-2による抗原認識のNMR解析を報告する。31P NMRと表面プラズモン共鳴法によって得られたデータからTDM-2によって認識されるエピトープがCPDを中心とする6ヌクレオチドから構成されることが明らかとなった。TDM-2Fabのd(T[c,s]T)およびd(TAT[c,s]TAT)に伴う化学シフト変化から、これらの抗原アナログの結合サイトを同定した。d(T[c,s]T)は抗原結合部位の中心に結合し、一方CPDに隣接するヌクレオチドはVHドメインの正電荷が分布した領域に静電相互作用を介して結合することが明らかとなった。スピンラベル化DNAアナログを利用した新規NMR手法を用いることによって抗原結合部位におけるDNAの配向を決定した。その結果、CPDを含むオリゴヌクレオチドは湾曲した状態でTDM-2と結合し、3'側のヌクレオチドはH1とH3セグメント上に位置しており、5'側のヌクレオチドはH2とL3セグメント上に位置していることが明らかとなった。これらのデータはTDM-2を抗体工学に応用する際に有用な情報となる。

参考文献

[1] Torizawa, T., Kato, K., Kimura, Y, Asada, T., Kobayashi, H., Komatsu, Y., Morioka, H., Nikaido, O., Ohtsuka, E. and Shimada, I. FEBS Letters 429, 157-161, 1998.

[2] Torizawa, T., Kato, K., Kato, J., Kobayashi, H., Komatsu, Y., Morioka, H., Nikaido, O., Ohtsuka, E. and Shimada, I. J. Mol. Biol. 290, 731-740, 1999.

[3] Torizawa, T., Yamamoto, N., Suzuki, T., Nobuoka, K., Komatsu, Y., Morioka, H., Nikaido, O., Ohtsuka, E., Kato, K. and Shimada, I. Nucleic Acids Res. 28, 944-951, 2000.

Fig.1:CPDの構造

Fig.2: d7merの31P NMRスペクトル

 (a)-photolyase

 (b)+photolyase(野生株)

 (c)+photolyase(R200A)

Fig.3: photolyaseとDNAの相対配置図

Fig.4: CPDのみを13C標識したd5merにphotolyaseを添加した状態の1H-13C HSQCスペクトルスペクトル中にはphotolyaseとの結合状態と非結合状態の両方に由来するシグナルが観測されている。

Fig.5: photolyaseとの結合状態におけるCPDを含むdsDNAの1H-15N HSQCスペクトル

CPDを含むストランドの相補鎖が15N標識されている。

審査要旨 要旨を表示する

 紫外線の照射によって生じるDNA損傷は、細胞死、突然変異を引き起こす。その代表的な紫外線損傷DNAとしては、隣接するピリミジン部位で形成されるcyclobutane pyrimidine dimer(CPD)および(6-4)photoproductが挙げられる。しかし、生物にはこれらの損傷DNAを修復する酵素群が備わっている。CPD photolyaseは光を利用してCPDを修復する酵素である。現在までに大腸菌由来のCPD photolyaseを中心として、その修復メカニズムの分子生物学的研究がなされているが、その基質認識機構は全く解明されていない。また、これらの紫外線損傷DNAを認識する一連のマウスモノクローナル抗体が樹立されており、損傷DNAの検出および定量に幅広く用いられている。これらの抗体の抗原認識メカニズムを高次構造の観点から明らかにすることができれば抗体工学の導入により、さらに有用な検出試薬を得ることが可能となる。以上のように紫外線損傷DNAのタンパクによる認識を高次構造の観点から解明することへの期待が高まっている。そこで申請者はCPD photolyaseのDNA認識メカニズム、および紫外線損傷DNA認識抗体の抗原認識メカニズムをNMR法によって解明している。

 初めに、CPDを含むDNAとphotolyaseとの相互作用部位を調べるために、CPDを含むssDNAと、そのphotolyaseと結合状態の31P NMRスペクトルを測定した。photolyase結合状態のスペクトルを非結合状態と比較解析した結果から、photolyaseとの結合にはCPDを含む4ヌクレオチドが特に関与していることを明らかとした。さらに、SPR法を用いてCPDを含むDNAとphotolyaseとの結合定数の塩濃度依存性を調べた結果、結合定数は塩濃度が高くなるほど低下した。このことから両者の結合にはDNAのリン酸基に由来する負電荷とphotolyaseの塩基性アミノ酸残基に由来する正電荷の静電相互作用が寄与していることが明らかとなった。次に塩基性アミノ酸残基の内、結合に関与する残基を同定するために、Arg、Lys残基をAlaに残基置換した変異体を作製し、その結合定数を求めた。この結果から、photolyaseのDNA結合領域を明らかとした。また、これら変異体と結合した状態のCPDを含むssDNAの31Pスペクトルから、CPDの5'側のヌクレオチドがクラスターIと結合し、3'側のヌクレオチドがクラスターIIと結合しており、CPDはそれらのクラスターで形成されるキャビティによって認識されることを明らかとした。このようにして複合体中のphotolyaseに対するDNAの配向を決定することができた。photolyaseと結合した状態のCPDの構造をより詳細に解析するために、申請者は従来の安定同位体標識法に改良を加え、ヌクレオチド選択的標識を確立することによって、CPDのみに13C標識を施したssDNAを調製することに成功した。これと2H標識photolyaseとの結合状態の1H-13C HSQCスペクトルを測定した結果、結合状態のCPDに由来するシグナルの化学シフトからCPDの塩基部位がキャビティに埋没するような状態で結合していることが明らかとなった。現在までに数多くの研究グループによってphotolyaseとCPDの複合体のモデルが構築されているが、いずれも高次構造情報に基づいたものではない。申請者の研究はこの複合体の決定的な構造証拠を与えたと言える。またphotolyaseはssDNAのみならず、dsDNAとも結合することが報告されている。このことからdsDNAがアンワインディングしてssDNAの状態でCPDが認識される可能性が考えられる。現在までに、他のDNA修復酵素であるウラシルDNAグリコシラーゼとその基質dsDNAの複合体において、DNAらせんの外部に飛び出した状態の損傷部位(1塩基フリップアウト)を酵素が認識している例が報告されている。このことから、同様にCPD2塩基がフリップアウトしている可能性も提唱されてきた。そこで申請者はこれらの可能性を検証するために、CPDを含むストランドの相補鎖を15N標識したdsDNAを用いてphotolyaseとの複合体の構造解析を行った。複合体に由来する1H-15N HSQCシグナルの観測結果から、結合状態においてDNAはCPDの両端近傍まで二本鎖構造を有していることが明らかとなった。また、1H NMRスペクトルを測定した結果、CPDを含むssDNAの複合体のスペクトル中で観測されたCPD5'側のメチルシグナルと同様の化学シフトを有するシグナルが観測された。このことから、dsDNA中に存在するCPDはssDNAの場合と同様に塩基部位をキャビティに埋没させた状態で結合していることが明らかとなった。これらのことからphotolyaseとCPDを含むdsDNAとの結合状態においてCPDがフリップアウトしていることを構造生物学的手法を用いて初めて証明した。このような2塩基のフリップアウトという現象は以前に報告例がなく、フリップアウトというDNAの構造変化がDNAの認識過程において広く採用されているメカニズムであるということが示された。さらに申請者は現在までに得られているDNA単独の状態の構造情報、およびphotolyaseの構造情報を統合することによって、photolyaseがDNAからCPDを探し出し、フリップアウトしたCPDを認識するに至るメカニズムの興味深い仮説を打ち出した。以上のように申請者は高次構造の観点からCPD photolyaseのDNA認識メカニズムに迫った。

 さらに申請者はCPDを認識する抗体TDM-2による抗原認識のNMR解析を行った。その結果、エピトープ、パラトープの決定することができた。また、TDM-2のみならず(6-4)photoprod、lctを認識する抗体64M5のNMR解析をも行った。64M5のエピトープ、パラトープの決定に加え、この抗体の超可変ループが柔軟性を有していることを示した。その柔軟性の起源を従来、静的描写として捉えられていた抗体のループのカノニカル構造から考察した点が非常に斬新である。また、このような柔軟性が化学構造やコンフォメーションの異なる(6-4)photoproductに適合するために重要であることを考察した。これらのデータは今後、紫外線損傷DNA認識抗体を抗体工学に適用する際に極めて有用な構造情報となると考えられる。

 以上のように申請者は生体分子の相互作用メカニズムに原子レベルの解答を与え、本研究から得られた構造知見は解析対象とした生体分子を用いた創薬を考える上で非常に重要な情報であると思われる。このように本研究は薬学の発展における貢献度が高く、博士(薬学)の学位に値するものと認めた。

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