学位論文要旨



No 116478
著者(漢字) 坂東,浩二
著者(英字)
著者(カナ) バンドウ,コウジ
標題(和) 不飽和脂肪酸型リゾホスファチジン酸特異的受容体EDG7の同定
標題(洋)
報告番号 116478
報告番号 甲16478
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第952号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

 リゾホスファチジン酸(LPA)は、細胞増殖、血小板の凝集、平滑筋の収縮など多彩な作用を持つ脂質性のメディエーターであるが、その作用機構は長い間不明であった。1996年にLPA受容体としてEDG2(Endothelial differentiation gene2)が最初に発見され、次いで1998年にEDG4が報告された。私は新規リゾリン脂質性メディエーター受容体をコードする遺伝子を探索する過程において、第3のLPA受容体EDG7を同定した。本研究ではEDG7と、これまでに同定されていたEDG2、EDG4との比較検討を行い、EDG7が不飽和脂肪酸を持つLPAにのみ反応する非常にユニークなLPA受容体であることを見出した。

【方法と結果】

1、新規EDG family受容体遺伝子のクローニング

 Human Jurkat T cellのcDNAをtemplateとし、degeneratePCR法によって新規EDG family遺伝子の部分配列を増幅した。primerはEDG family間で特に相同性が高い、第2膜貫通領域と第6膜貫通領域の核酸配列に基づきデザインした。さらに得られた部分配列を基に、5′並びに3-RACEを行い全長を得た。この遺伝子は、既知のLPA受容体EDG2、EDG4にアミノ酸レベルで、それぞれ53.7%、48.8%と非常に相同性が高くEDG7と命名した。また、その相同性からLPA受容体をコードすることが予想された。

2、EDG7 受容体のリガンドの特定

 ほとんどの哺乳動物培養細胞はLPA受容体を持つこと、また培養液中のウシ血清にLPAが多く含まれていることからリガンド同定にあまり適していないことが分かった。そこで、無血清培地で培養でき、さらにLPA受容体を持たない昆虫細胞Sf9に受容体を発現させリガンドを同定することにした。リガンド同定の指標として、カルシウム蛍光指示薬fura-2AMを用い、細胞内カルシウム濃度上昇を測定した。その結果、親株のSf9細胞ではLPA刺激による反応は観察されなかったが、EDG7を発現させたSf9細胞では、LPAで刺激した時にのみ一過性の細胞内カルシウム濃度上昇が観察された(図1)。その他の試した全てのリゾリン脂質 (LPC、LPS、LPl、LPE)では無効であった。

また、[3H]ラベルされたLPAを用いたリガンド結合実験においてもEDG7を発現させたSf9細胞には特異的な結合が見られた。以上の結果から、EDG7受容体のリガンドがLPAであると結論付けた。

3、EDG7受容体のリガンドの特異性

 生体内では、様々な脂肪酸を持つLPA分子種が存在する。まず、3つの受容体の間においてLPAの分子種に対し反応性の違いがあるかどうかを検討した。各受容体を発現させたSf9細胞を、LPA刺激したときの細胞内カルシウム濃度上昇を測定する系を用いて解析した結果、EDG2とEDG4は飽和、不飽和どちらの脂肪酸を持つLPAに対しても反応を示したがEDG7では飽和脂肪酸を持つLPAにはほとんど反応を示さず、不飽和脂肪酸を持つLPAにのみ高い反応性を示した(図2-A)。また、不飽和脂肪酸がLPAのグリセロ骨格sn-2位に結合している2-acylLPAが、脂肪酸がsn-1位に結合している1-acylLPAに比べ約10倍ほど反応が良いことが明らかとなった(図2-B)。さらにこの系を用い、LPA誘導体であり、ある種の細胞に対し高い細胞増殖誘導能を持つことが知られていた、OMPT(1-oleoyl-sn-2-o-methyl-glycero-3-phosphothionate)が、EDG7に非常に特異性が高く、EDG2とEDG4ではほとんど反応しないことから、EDG7の選択的アゴニストであることが分かった(図3)。

4、EDG7受容体の臓器分布と発現の局在

 EDG7の臓器分布をNorthern blotで解析した。Humanにおいて、前立腺、卵巣、精巣などの生殖器系で発現が強いことが明らかとなった。さらに、EDG7特異的モノクローナル抗体を用い組織染色を行ったところ、ヒト前立腺において分泌管を取り巻くように存在している分泌腺細胞に、非常に強い染色が認められた。この細胞は精液の液性成分を分泌する極度に分化した細胞であることから、LPAがEDG7を介し分泌機能に関与している可能性が考えられた。

5、精液中のLPAの検出

 EDG7が前立腺の分泌細胞に強く発現していることから、その分泌細胞が分泌する液にLPAが含まれており、autocrineで受容体を刺激しているのではないかと考えた。そこで、前立腺分泌液を含む精液で、各受容体を発現させたSf9細胞を刺激したところ、EDG7だけが活性化され、EDG2とEDG4は活性化されなかった。(図4-A)精液の脂質を抽出しその脂質で刺激した場合では3つの受容体全てが活性化された。(図4-B)

6、前立腺培養細胞株でのEDG7受容体を介した分泌促進効果の解析

 前立腺正常腺細胞PrECと前立腺ガン細胞株LNCaP、TSU-prl、ALVA-31、PC-3をOMPTで刺激し分泌促進効果を解析した。RT-PCRの結果では、この5つの細胞株全てにおいてEDG7の発現が認められた(図5)。前立腺分泌細胞が分泌するペプチドホルモンの1つである、Endothelin-1を分泌の指標に用い各細胞での効果をみたところ、OMPTによる刺激で分泌促進が見られたのは正常腺細胞PrECだけであり、ガン細胞株4種類では分泌は促進されなかった(図6)。

7、前立腺培養細胞株でのEDG7受容体を介し細胞増殖効果の解折

 次に前立腺培養細胞でのLPA並びにOMPT刺激による増殖効果を解析した。前立腺ガンは、初期の段階ではandrogenに感受性であり、精巣除去手術などで増殖を抑えることが出来るが、進行するとandrogenに非感受性となり、現在、どの様な因子がこの段階のガン細胞の増殖に効いているかがほとんど分かっていない。ガン細胞株LNCaPは、androgenに感受性の初期のガン細胞モデルである。TSU-prlとALVA-31は進行ガンのモデル。PC-3は最も進行が進んだモデルとして、今回の実験に用いた。その結果、正常細胞PrECと、初期のガン細胞PrECではLPAによる刺激で増殖は見られなかった。TSU-prlとALVA-31は、EDG7の良いリガンドである18:1-LPAとOMPTの刺激により顕著な増殖を見せたが、PC-3ではLPAに関係なく増殖を見せることが分かった。また、EDG2とEDG4の良いリガンドである16:0-LPAでは、全く増殖を示さなかった(図7)。この結果から、進行した前立腺ガンのある段階では、EDG7を介して増殖を示すことが明らかとなった。

【まとめと考察】

 私は新規EDG7をクローニングし、EDG7が既知のLPA受容体EDG2、EDG4と異なり、不飽和脂肪酸を持つ2-acyl LPAを特異的に認識する受容体であることを初めて明らかにした。この結果から、LPA産生系としてホスファチジン酸(PA)に作用するホスホリパーゼAl(PLA1)の可能性が示唆され、新規PA-PLA1のクローニングの成功に至り、現在解析を進めている。またEDG7は正常分泌腺細胞に発現し、分泌機能に関与している可能性が示された。一方、ガン細胞においては、EDG7を介する分泌機能は失われ、逆に細胞増殖に関わってることが示された。Gタンパクとの共役の異常によりガン化が引き起こされるのかもしれない。今後、EDG7が前立腺ガンや肥大などの疾患に対する創薬の新しいターゲットにとなる可能性が考えられる。さらに、精液がEDG7を特異的に活性化すること、しかしながら、ここから抽出した脂質画分ではEDG2、4、7のいずれも活性化できることを見出した。この精液中のLPAは何らかの因子と結合することで、EDG7だけを活性化する可能性が考えられた。この作用機構解明は、今後の課題である。

(参考文献)

 (1)Bandoh,K.et al.:J.Biol.Chem.,274 : 27776-27785(1999)

 (2)Bandoh,K.et al.:FEBS Lett.,478 : 159-165 (2000)

(図 1) 細胞内カルシウム濃度上昇

(図 2) EDG7のLPA分子種による反応性の違い

(図 3) OMPTの効果

(図 4) 精液と精液から抽出した脂質での各LPA受容体の活性化

(図 5) 前立腺細胞株でのEDG7の発現

(図 6) 前立腺細胞株のOMTP刺激によるEndothelin-1の分泌

(図 7) 前立腺細胞株の細胞増殖効果

審査要旨 要旨を表示する

 リゾホスファチジン酸(LPA)は、細胞増殖、血小板の凝集、平滑筋の収縮など多彩な作用を持つ脂質性のメディエーターであるが、その作用機構は長い間不明であった。1996年にLPA受容体としてEDG2(Endothelial differentiation gene2)が最初に発見され、次いで1998年にEDG4が報告された。本研究では、新規リゾリン脂質性メディエーター受容体EDG7を同定し、リガンドがLPAであることを明らかとした。さらに、EDG7と、これまでに同定されていたEDG2、EDG4との比較検討を行い、EDG7が不飽和脂肪酸を持つLPAにのみ反応する非常にユニークなLPA受容体であることを明らかにしている。

1、新規EDG family受容体遺伝子のクローニングとリガンドの同定

 Human Jurkat T cellのcDNAをtemplateとし、degenerate PCR法によって新規EDG family遺伝子の部分配列の増幅を行い、得られた部分配列を基に、5′並びに3-RACEを行い全長をクローニングした。この遺伝子は、既知のLPA受容体EDG2、EDG4にアミノ酸レベルで、それぞれ53.7%、48.8%と非常に相同性が高くEDG7と命名した。また、その相同性からLPA受容体をコードすることが予想されたことから、リガンドの同定を行った。リガンドの同定には、無血清培地で培養でき、さらにLPA受容体を持たない昆虫細胞Sf9を用いた。リガンド同定の指標として、カルシウム蛍光指示薬fura-2AMを用い、細胞内カルシウム濃度上昇を測定した。その結果、親株のSf9細胞ではLPA刺激による反応は観察されなかったが、EDG7を発現させたSf9細胞では、LPAで刺激した時にのみ一過性の細胞内カルシウ濃度上昇が観察された。その他の試した全てのリゾリン脂質(LPC、LPS、LPI、LPE)では無効であった。また、[3H]ラベルされたLPAを用いたリガンド結合実験においてもEDG7を発現させたSf9細胞には特異的な結合が見られた。以上の結果から、EDG7受容体のリガンドがLPAであると結論付けた。

2、EDG7受容体のリガンド特異性

 生体内では、様々な脂肪酸を持つLPA分子種が存在することから、3つの受容体の間においてLPAの分子種に対し反応性の違いがあるかどうかを検討した。各受容体を発現させたSf9細胞を、LPA刺激したときの細胞内カルシウム濃度上昇を測定する系を用いて解析した結果、EDG2とEDG4は飽和、不飽和どちらの脂肪酸を持つLPAに対しても反応を示したがEDG7では飽和脂肪酸を持つLPAにはほとんど反応を示さず、不飽和脂肪酸を持つLPAにのみ高い反応性を示した。また、不飽和脂肪酸がLPAのグリセロ骨格sn-2位に結合している2-acyl LPAが、脂肪酸がsn-1位に結合している1-acyl LPAに比べ約10倍ほど反応が良いことが明らかとなった。さらにこの系を用い、LPA誘導体であり、ある種の細胞に対し高い細胞増殖誘導能を持つことが知られていた、OMPT(1-oleoyl-sn-2-o-methyl-glycero-3-phosphothionate)が、EDG7に非常に特異性が高く、EDG2と,EDG4ではほとんど反応しないことから、EDG7の選択的アゴニストであることが分かった。

3、EDG7受容体の臓器分布と発現の局在

 EDG7の臓器分布をNorthem blotで解析した。Humanにおいて、前立腺、卵巣、精巣などの生殖器系で発現が強いことが明らかとなった。さらに、EDG7特異的モノクローナル抗体を用い組織染色を行ったところ、ヒト前立腺において分泌管を取り巻くように存在している分泌腺細胞に、非常に強い染色が認められた。

4、精液中のLPAの検出

 EDG7が前立腺の分泌細胞に強く発現していることから、その分泌細胞が分泌する液にLPAが含まれており、autocrineで受容体を刺激しているのではないかと考えた。そこで、前立腺分泌液を含む精液で、各受容体を発現させたSf9細胞を刺激したところ、EDG7だけが活性化され、EDG2とEDG4は活性化されなかった。精液の脂質を抽出しその脂質で刺激した場合では3つの受容体全てが活性化された。

5、前立腺培養細胞株でのEDG7受容体を介し細胞増殖効果の解析

 前立腺正常腺細胞PrECと前立腺ガン細胞株LNCaP、TSU-prL ALVA-31、PC-3をOMPTで刺激し増殖効果を解析した。前立腺ガンは、初期の段階ではandrogenに感受性であり、精巣除去手術などで増殖を抑えることが出来るが、進行するとandrogenに非感受性となり、現在、どの様な因子がこの段階のガン細胞の増殖に効いているかがほとんど分かっていない。ガン細胞株LNCaPは、androgenに感受性の初期のガン細胞モデルである。TSU-prlとALVA-31は進行ガンのモデル。PC-3は最も進行が進んだモデルとして、今回の実験に用いた。その結果、正常細胞PrECと、初期のガン細胞PrECではLPAによる刺激で増殖は見られなかった。TSU-prlとALVA-31は、EDG7の良いリガンドである18:1-LPAとOMPTの刺激により顕著な増殖を見せたが、PC-3ではLPAに関係なく増殖を見せることが分かった。また、EDG2とEDG4の良いリガンドである16:0-LPAでは、全く増殖を示さなかった。この結果から、進行した前立腺ガンのある段階では、EDG7を介して増殖を示すことが明らかとなった。

 以上を要するに、本研究は、新規LPA受容体EDG7の同定と、その生体内での機能の解析が中心となっている。特に、EDG7が不飽和脂肪酸を持つ2-acyl LPAに特異的な受容体であることを明らかにした意義は非常に大きい。これまでにLPAの様々な作用が、脂肪酸の種類により異なっていることが分かっていたが、この現象が受容体のリガンド特異性に起因していることを初めて明らかとしたからである。この発見は、LPA受容体をターゲットにした創薬における薬のデザインにも有用な情報になると考えられる。また、今回の研究によってEDG7が前立腺において機能していることも初めて明らかにしている。このことから、前立腺癌や肥大などに対する効果的な治療薬が存在しない病態に対する新たな創薬の可能性を示すものである。以上の知見は、しPAとその受容体の生体内での意義を考える上で非常に重要なものであり、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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