学位論文要旨



No 116480
著者(漢字) 村井,淳
著者(英字)
著者(カナ) ムライ,ジュン
標題(和) 小胞輸送に介在する低分子量G蛋白質Rab5の新しい役割 : 細胞周期に依存して核内移行する新規のRab5結合蛋白質
標題(洋)
報告番号 116480
報告番号 甲16480
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第954号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
内容要旨 要旨を表示する

 ホスファチジルイノシトール(PI)3-キナーゼは、受容体刺激によって活性化され、PI、PI(4)P、PI(4,5)P2のイノシトール環の3位水酸基をリン酸化する脂質キナーゼである。このキナーゼが生成するリン脂質は、PDK1やPKBなどのキナーゼを活性化するセカンドメッセンジャーとして機能するだけでなく、最近では、メンブラントラフィックの制御因子としても重要な役割を果たしていることが示されつつある。また、このような様々な生理応答を厳密に制御するためにPI3-キナーゼ自身も多様なファミリーを形成している。

 当研究室では受容体刺激を介して活性化される110kDaの触媒サブユニットと85kDaの調節サブユニットからなるヘテロダイマー型PI3-キナーゼの制御機構を解析する過程で、110αを触媒サブユニットにもつタイプがチロシンキナーゼ型受容体を介したシグナルによってのみ活性化されるのに対して、110βを触媒サブユニットにもつタイプはチロシンキナーゼ型受容体と三量体型G蛋白質と共役する受容体により協調的に活性化されることを見出している。そこで私はこのユニークな特性をもつ11OβタイプPI3-キナーゼの細胞内での機能を明らかにするために、110βをbaitにyeast two-hybrid systemによる相互作用蛋白質のスクリーニングを行った。その結果、110βに特異的な相互作用分子として、細胞膜から初期エンドソームへのエンドサイトーシス過程を制御する低分子量G蛋白質のRab5を同定した。さらに、Rab5との相互作用分子として新規のRab5結合蛋白質を単離同定し、この蛋白質がRab5との相互作用により細胞周期のM期において特異的に核内に移行することを明らかにした。

1.新規のRab5結合蛋白質の同定とその性状解析

 GTPase活性を消失させ構成的活性化型にしたRab5変異体、Rab5(Q79L)に対してyeast two-hybrid systemによるスクリーニングを行い、新規の結合蛋白質を取得しその遺伝子の全長を決定した。この遺伝子産物(Rab5bp)は895アミノ酸からなり、そのN末端側にSH2ドメインを、C末端側にはRab5に対するグアニンヌクレオチド交換因子であるRabex-5、およびそのyeastホモログであるVps9pと相同性の高いVps9ドメインを、さらにC末端にはRab5と同じく低分子量G蛋白質であるRasとの結合に関与するRAドメインという多様な機能ドメインを有していた(Fig.1)。次に、この分子と様々な低分子量G蛋白質との相互作用をyeast two-hybrid systemにより検討したところ、Rab5bpはRab5(WT)、およびRab5(Q79L)とのみ相互作用し、構成的不活性型であるRab5(S34N)、Rab4、Rab7、Rab9、Rab11およびRasとの相互作用は認められなかった。また、このRab5bpとRab5のリコンビナントを用いたin vitroでの結合実験において、Rab5bpはGTP結合型Rab5と、より強い結合を示した。さらに、Rab5bpはRab5のGTPase cycleに影響を及ぼさなかったことから、この分子はRab5の新規エフェクターであることが推測された。

2.Rab5bpとRab5の細胞内局在

 Rab5は細胞膜から初期エンドソームまでのエンドサイトーシス経路において、細胞膜からのクラスリン被膜小胞の出芽、クラスリン被膜小胞と初期エンドソームおよび初期エンドソームどうしの融合、さらにはこれらの小胞の移動を制御することが知られている。そこでRab5bpが細胞内においてRab5のいかなる機能に関与するのかを明らかにするために、HeLa細胞におけるRab5とRab5bpの局在を蛍光抗体染色により共焦点顕微鏡を用いて観察した。その結果、多くの細胞においてRab5bpは細胞質中の小胞上に一様に局在するものの、Rab5との局在の完全な一致は認められなかった。しかしながら、一部の細胞においてFig.2に示すように、Rab5bpは核周辺部への局在を示し、このときRab5との局在の一致が部分的に認められた。さらに意外なことに、一部の細胞においてはRab5が細胞質側に局在するにもかかわらずRab5bpが核内に局在する様子が認められた。

蛍光抗体染色法により細胞内のRab5bpを染色、共焦点顕微鏡で観察。中央の細胞においてRab5bpが核内に移行している。

3.細胞周期に依存したRab5bpの細胞内局在の変化

 Rab5のエフェクター分子として既にRabaptin-5(α,β)やEEAlなどが同定されているが、それらは初期エンドソーム同士の融合に関与し、細胞質と初期エンドソーム上に局在する。これまでにRab5と相互作用を示す分子が核内に局在するという知見はなく、Rab5bpが核内局在を示した今回の結果は、非常に興味深い現象である。また、Rab5bpの細胞内局在にはいくつかの典型的なパターンが認められることから、その細胞内局在と細胞周期の関連についてさらに解析を加えた。

 ダブルチミジンブロック法によりHeLa細胞をS期に同調した後に細胞周期を進行させ、Rab5bpの細胞内局在の継時変化を共焦点顕微鏡で観察した。Fig.3に示すように、M期移行に伴う染色体凝集と時期を同じくしてRab5bpは核内に移行し、核膜消失とともに凝集した染色体以外の部分に一様に小胞状の分布を示した。さらに、Rab5bpは分裂終了直前の核膜の再構成にともない再び核内に移行し、分裂が終了してG1期に移行した細胞では、核内から消失して細胞質の小胞上に一様な局在を示した。これらの結果は、これまでに単離されているRab5のエフェクターの作用とは異なり、Rab5bpが細胞周期の制御に関与する可能性を示唆するものである。

4.Rab5によるRab5bpの細胞内局在の制御

 Rab5bpは細胞周期に依存してM期に核内へ移行したが、この核移行とRab5との関連を検討するために、Rab5の各変異体を過剰発現させた細胞を用いてRab5bpの細胞内局在を観察した。野生型のRab5を発現させた細胞の約40%では、M期以外の段階においてもRab5bpの核内への移行が認められた。一方、GTPase cycleが停止した変異体であるRab5Q79Lを発現させた細胞では、核膜周辺部へのRab5bpの局在化が起きるものの、核内への移行は認められなかった。これらの結果は、Rab5bpの核移行にRab5のGTPase cycleが必要である可能性を示唆している。

まとめ

本研究により、Rab5の相互作用分子として同定したRab5bpが細胞周期のM期に依存して核内に移行し、この核内移行にはRab5のGTPase cycleが必要であることが示唆された。これまでに報告されているRab5に関する知見は細胞膜から初期エンドソームへのエンドサイトーシス制御に限られており、本研究より示されたRab5の新しい役割、すなわち細胞周期に依存する核内移行への関与は極めて興味深いもの知見である。今後このRab5bpの核移行への詳細なメカニズム、およびM期におけるその機能を明らかにすることは、Rab5の新たな機能を解明するための重要な研究課題であると考えられる。

Fig.1 Rab5bpの全長配列に含まれるドメイン構造

Fig.2 Rab5bpの細胞内分布

Fig.3 細胞分裂期におけるRab5bpの細胞内分布の変化

蛍光抗体染色法により分裂期の細胞を染色し、共焦点顕微鏡で観察。

Fig.4 野生型(A)および変異型(B)Rab5を発現させた時のRab5bpの細胞内分布

Fig.5 Rab5によるエンドサイトーシス制御とRab5bpの核内移行

審査要旨 要旨を表示する

 低分予量G蛋白質のRab5は,細胞の小胞輸送において機能しており,エンドサイトーシスに関わるクラスリン被覆小胞と初期エンドソームの融合,及びそれらの輸送に関与することが指摘されている。「小胞輸送に介在する低分子量G蛋白質Rab5の新しい役割:細胞周期に依存して核内移行する新規のRab5結合蛋白質」と題する本論文では,イノシトールリン脂質の3位水酸基をリン酸化するキナーゼ(PI3-キナーゼ)がRab5と直接結合することを見出すと共に,Rab5と結合する新規の蛋白質Rab5bp2を同定している。さらに共焦点顕微鏡を用いた蛍光抗体観察から,Rab5bp2は細胞分裂期において特徴的な核内移行を示し,細胞内輸送系におけるRab5bp2およびRab5の新たな役割について考察している。

1.Pl3-キナーゼp110βとの結合蛋白質としてのRab5の同定

 ヘテロ2量体からなるPI3-キナーゼのp110αサブタイプは,低分子量G蛋白質のRasと相互作用することが知られていたが,別のサブタイプであるp110βに特異的な結合蛋白質としてRab5を同定した。両者の結合は,GTP結合型のRab5に特異的であり,他の低分子量G蛋白質とp110βの結合は認められなかった。さらにGTP結合型Rab5の結合はPI3-キナーゼの活性化を促すことが示唆された。

2.新規Rab5結合蛋白質の同定とその性状解析

 酵母のtwo-hybrid systemによりRab5との結合蛋白質を探索した結果,新規分子であるRab5bp1,2を見出し,Rab5bp2の全長配列を決定した。Rab5bp2にはSH2ドメイン,プロリンに富む領域など,情報伝達を担うドメインが多く見出された。

 さらにRab5bp2は,Rab5を活性化するヌクレオチド交換因子(GEF)に保存されたVps9ドメインをもつことから,Rab5に対するGEFと予想された。しかしながら,GEF活性は認められず,Rab5bp2がこのドメインを介してRab5と結合することが明らかにされた。

3.Rab5bp2とRab5の細胞内局在

 HeLa細胞において,Rab5bp2の細胞内局在を共焦点レーザー顕微鏡を用いて蛍光抗体染色法により観察した結果,多くの細胞においてRab5bp2は小胞上に存在し,Rab5の局在と核周辺部において部分的な重なりが見られた。一方,一部の細胞においては,Rab5bp2の核内への局在が認められた。Rab5bp2の核内移行は,分裂期に見られる染色体の凝集と共に認められたので,細胞周期に着目して同調培養法を試み,分裂期の細胞を選択して観察した。その結果,細胞分裂に前後してRab5bp2の核内局在が見られた。すなわち,Rab5bp2は細胞周期の制御に関与する可能性が示唆された。

4.Rab5によるRab5bp2の細胞内局在の制御

 次に,Rab5bp2の核内移行とRab5との関連を探る目的で,Rab5およびその変異体を過剰発現させたHeLa細胞を用いて,Rab5bp2の細胞内局在を観察した。その結果,野生型Rab5を過剰発現させた細胞の約40%において,分裂期以外の段階においてもRab5bp2の核内移行が認められた。一方,GTPase活性を低下させて不活性型にならない変異体Rab5Q79Lを発現させた場合には,Rab5bp2は各周辺部に局在し,核内へ移行しないことも見出された。以上の結果は,野生型Rab5の機能がRab5bp2の核内移行に必要である可能性を示唆している。

 以上を要約するに,本論文はPI3-キナーゼと結合する分子として先ず低分子量G蛋白質のRab5を見出し,次にRab5の機能を探索する目的からRab5との結合分子を探索し,新規分子のRab5bp2を同定している。Rab5bp2は細胞周期に依存して核内移行するという,Rab5結合分子としては他に例がない興味深い特徴を示した。さらに,Rab5bp2の核内移行には,Rab5のGTPアーゼサイクルが重要な役割を果す可能性が示唆された。これらの研究結果は,小胞の細胞内輸送,特に核への物質輸送におけるRab5の新たな機能を解明する上で重要な知見を与えるものであり,博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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