学位論文要旨



No 116483
著者(漢字) 我妻,昭彦
著者(英字)
著者(カナ) アズマ,アキヒコ
標題(和) ポリオウイルス翻訳開始におけるIRES構造とIRES関連分子の解析
標題(洋)
報告番号 116483
報告番号 甲16483
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第957号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 助教授 久保,健雄
内容要旨 要旨を表示する

 ポリオウイルス(PV)はピコルナウイルス科エンテロウイルス属に属するウイルスであり、小児麻痺の病因となるウイルスである。ゲノムは約7500塩基からなるプラス鎖のRNAであり、mRNAとしても働く。ゲノムRNAはウイルス蛋白をコードする領域の他、5'UTR(Untranslated region),3'UTR,Poly Aからなる(Fig.1)。PV5'UTRは742塩基からなり、複雑な二次構造を持つと予測される。ゲノムRNAの5'末端には細胞のmRNAとは異なりCap構造は存在しない。Cap構造を持たないPVの翻訳は5'UTR中に存在するInter-nal ribosomal entry site(IRES)と呼ばれる領域(Fig.1)にリボソームがCap構造非依存的にエントリーする事により開始される。このようにして翻訳されるウイルス蛋白は1本の長いポリペプチドとして合成され、ウイルスプロテアーゼ(2Apro,3Cpro)により切断され、機能のあるウイルス蛋白となる。

 PVが細胞に感染すると宿主のCap構造依存的な翻訳は停止(Shut off)する。これはPV 2Aproの働きにより翻訳開始因子eIF4Gが切断されるためと考えられている。切断されたeIF4GのC末端側(△eIF4G)はPVIERSからの翻訳開始にとっては依然として機能のある蛋白であると考えられ、このような条件下でもPVIRESからの翻訳は効率良く進行する。PVIRESからの翻訳開始は種特異性及び組織細胞特異性があるとされており、ウイルストロピズムの一端を担っていると考えられている。現在、ウイルスのRNAのみならず、宿主のmRNAにおいても数多くのIRESを持つmRNAが発見されており、発生の段階でのみ働くIRESや細胞周期特異的に働くIRESの存在が報告されている。IRESからの翻訳開始の特異性はその活性発現に必要な宿主因子の有無によって規定されると考えられる。しかし、現状ではそのような宿主因子がなぜ必要なのかなど、機能についてはほとんど理解されていない。また、未知の宿主因子が存在することも予想されている。

 本研究はこのようなIRESからの翻訳開始のメカニズムを明らかにすることを目的とした。PV5'UTR中の塩基番号120-165(SLII)の領域はPVの翻訳だけでなく、ゲノムRNA複製にも重要な領域である。しかし、どのようにSLII領域が翻訳に関与しているかはほとんど理解されていない。本研究ではSLII領域に変異を持ち翻訳活性を失ったSLII-2変異体を主に解析した。本研究のような解析方法はPVの翻訳開始に必要な因子が解析できる可能性とともに、PV IRESからの翻訳開始を負の方向に調節しているメカニズムを解析できる可能性もある。

 まず、SLII-2の細胞内での翻訳活性を測定した。FirstcistronとしてCap,Second cistronとしてPV IRESからの翻訳活性を測定することが出来るDicistronic mRNAを発現するcDNAを持つプラスミド(Di-luc)を細胞にトランスフェクションすることによりPVIRESからの翻訳効率を測定した。この時、First cistronからの翻訳効率はトランスフェクション効率などを補正する内部コントロールとして用いることができる。HeLa細胞にDi-lucをトランスフェクション後、18hrのluciferase活性を測定したところ、補正後のIRESからの翻訳効率(IRES/Cap)はWTの翻訳活性に比べ、SLII-2の翻訳活性は著しく低かった(Fig.2a)。続いて、in vitro translationにおける翻訳活性を測定した。HeLa細胞から調製したHeLa S10中での翻訳活性は細胞内での結果と同様にIRESからの翻訳効率(IRES/Uncap)はWTの翻訳活性に比べ、SLII-2の翻訳活性は著しく低かった(Fig.2b)。この結果からWTは細胞内においても、in vitro translationにおいても翻訳活性があるのに対して、SLII-2はどちらの条件でも翻訳活性がほとんど認められないことが明らかとなった。Cap依存的な翻訳において、Cap構造は細胞内における翻訳に重要であることが知られている。しかし、in vitro translationにおいては効率の違いこそあるものの、Capの有無に関係なく翻訳活性がある。これは、空間的な問題等を含め、in vitroでの翻訳開始の制御が十分に行われていない結果と考えられる。SLII-2がin vitroにおいても翻訳活性が認められないということは翻訳開始の制御には関係なく根本的に翻訳開始に適さない構造であることが示唆された。

 翻訳開始はmRNAに40Sリボソームサブユニットがエントリーし、スキャンニングを経て、48S翻訳開始複合体を形成する段階、そしてそこに更に60Sリボソームサブユニットが結合し、80S翻訳開始複合体を形成する段階がある。80S翻訳開始複合体を形成後、ペプチド鎖伸長反応が起こる。そこで、WTRNAおよびSLII-2RNA上に翻訳開始複合体が形成できるかを調べた。その結果、WTは48S、80S翻訳開始複合体が形成されるのに対してSLII-2は80Sおよび48S翻訳開始複合体の形成は観察されなかった(Fig.3)。この結果からSLII-2の変異はRNAにリボソームがエントリーする段階、またはスキャンニングする段階で影響していることが考えられた。そこで、スキャンニングの段階を解析するために、スキャンニング領域を削ったMutant(Fig.4a)を作製し、in vitro translationにおける翻訳効率を測定した。この様なmRNAからの翻訳はスキャンニングを伴わないと考えられ、この時、SLII-2の翻訳活性が回復すれば、スキャンニングの段階でSLII-2の変異が影響していると考えられる。このような、mRNAを用いてin vitro translationを行ったところ、翻訳活性はWTの翻訳活性に比べ、SLII-2の翻訳活性は著しく低かった(Fig.4b)。この結果から、SLII-2の変異はスキャンニングの段階には関与しないこと、すなわち、リボソームエントリーに影響していることが示唆された。

 リボソームエントリーにはそのために必要な因子の有無が重要である。PVIRESからの翻訳には翻訳開始因子、および翻訳開始因子以外にPTB,La,PCBP-2が必要であると考えられている。そこで、これらの因子のWTおよびSLII-2への結合性を比較した。まず、翻訳開始に重要であると考えられる翻訳開始因子eIF4A,ΔeIF4GのPVIRESへの結合性を調べたが、WTおよびSLII-2への結合性の差異は観察されなかった。このことから翻訳開始因子以外の因子の結合性に差異があることが考えられた。そこで、次にPV IRESからの翻訳に必要であると考えられているPTBのWTおよびSLII-2への結合性を調べた。PVIRESの塩基番号1-388部分を32P-UTP存在下、合成し、UVcrosslink法を行った結果、WTに比較してSLII-2により強くPTBの結合が観察された(Fig.5 lane1,4)。また、競合体RNAを存在させた実験によってもSLII-2により強くPTBが結合することが支持された(Fig.5 lane2,5および3,6)。つまり、SLII-2の塩基番号1-388部分に新たなPTB結合サイトが出来ていることが示唆された。同様な実験をLa,PCBP-2について行ったが、WT,SLII-2に対する結合性の差異は観察されなかった。このことから新たなPTB結合サイトの出現がPVIRESからの翻訳を抑制しているという可能性が考えられた。そこで、IRES領域は完全であるRNAにPTB結合サイトを導入したRNA、つまりIRES領域内に含まれていないPVIRESのSLIの領域を新たなPTB結合サイトのできたSLII-2の1-388部分に置き換えた変異体を作成した(Fig.6a)。このとき、コントロールはWTの1-388部分を置き換えたものを用いた。このような変異体はIRES領域である103-743は正常であることから現在までの考えでは、両IRESからの翻訳活性は変わらないと考えられる。このようなMutantを用いて、in vitro translationを行ったところ、SLII-2の1-388部分を置き換えた変異体の方が翻訳活性が低いことが明らかとなった(Fig.6b)。以上の結果よりRNA上に新たなPTB結合サイトが出来ると本来のサイトへのリボソームのエントリーを阻害する可能性を示唆することができた。

 以上の結果をまとめる。SLII-2RNA上では翻訳開始複合体が形成されないことが明らかとなった。また、リボソームのRNAへのエントリー過程にSLII-2の変異が影響していることが示唆された。SLII-2の塩基番号1-388の領域に新たな強いPTB結合サイトが生じている。また、新たなPTB結合サイトのIRES上流への導入はIRES活性を阻害することを示唆された。このことはIRES上流へ導入される配列によってはIRESからの翻訳活性が阻害される場合があることを示している。また、新たなPTB結合サイトの出現がSLII-2の不活性の一因であることが示唆できたと考えられる。

Fig.1 Possible Secondary Structure of Poliovirus5'UTR

Fig.2 Translation activities in HeLa cells and HeLa S10

Fig.3 Formation of 80S,48S lnitiation Complex on WT RNA and SLII-2RNA A:GMP-PNP(40krpm,4.5hrs) B:Cycloheximide(40krpm,3hrs)

Fig.4 Effect of Deletion of Scanning Region on Translation Activity

Fig.5 UV Crosslinking of PTB to WT RNA and SLll-2RNA

Fig.6 Effect of New PTB Binding Site on Activity of Translation Driven by PV lRES

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、ポリオウイルス(PV)の翻訳開始のシスエレメントであるIRES(internal ribosome entry site)の構造と機能を、IRES結合性蛋白分子との相互作用の側面から、解析したものである。

 PV RNAの5'末端にはキャップ構造は存在せず、翻訳開始機構はIRES依存的である。リボソームは、PV RNAの5'非翻訳領域に存在するIRES(塩基番号100近辺から塩基番号600近辺)にエントリーし、開始コドンAUGまでRNA上を移動(スキャンニング;塩基番号600近辺から塩基番号743)した後、塩基番号743からはじまる開始コドンAUG上で翻訳開始複合体となり、蛋白合成を開始する。

 IRES依存性翻訳開始には、キャップ構造依存性翻訳開始に必要とされる宿主因子の他に、いくつかの宿主因子が必要であることが知られている。PVIRESの場合、PTB(polypyrimidine tract binding protein)、La蛋白、およびPCBP(poly ribo(C)binding Protein)-2が少なくとも必要であると考えられている。

 本論文では、PV IRES領域内のstem-loop構造II(SL-II)(塩基番号120-165)に欠損変異を持ち、活性を全く示さない変異IRESであるSLII-2に主に着目し、その不活化のメカニズムの解析を行った。まず80Sおよび48S翻訳開始複合体形成がSLII-2においては観察されないことを明らかにし、その不活性化の過程は、リボソームのエントリー又はリボソームのスキャンニング過程にあることを証明した。次にリボソームがスキャンニングする領域を欠損させ、リボソームのエントリー部位と考えられている塩基番号586からはじまるAUG配列を開始コドンとして利用できる変異RNAを作製した。この変異を野性型(WT)IRESに導入した場合、IRES活性が認められたが、SLII-2に導入した場合には活性が認められなかった。したがって、SLII-2において不活化している過程は、スキャンニング過程ではなく、リボソームのエントリー過程であることが示唆された。

 リボソームのRNAへのエントリーに必要な宿主分子がSLII-2には結合できなくなっている可能性を考え、eIF4A、eIF4G、PTB、La、PCBP-2などのWT IRESおよびSLII-2 IRESへの結合性の比較検討を行った。競合的UVクロスリンク法を含むUVクロスリンク実験を詳細に行った結果、SLII-2に結合できなくなった宿主分子は存在しなかったが、意外なことにSLII-2へのPTBの結合力が上昇していることを見出した。さらにIRES各領域へのPTB結合性を検討したところ、本来のPTB結合部位(塩基番号570近辺)と考えられる部位以外に、SLII-2の塩基番号1-388に新たに強いPTB結合部位が生じていることを明らかにした。以上のことから、新たに生じた強いPTB結合部位により、リボソームは本来の部位にエントリーできなくなっている可能性が考えられた。

 そこで、本論文では、IRES領域の上流にPTB結合性を持つRNAフラグメントを導入し、そのIRES活性への影響を検討した。RNAフラグメントとして、SLII-2の塩基番号1-388、および強力なPTB結合性を持つことで知られるencephalomyocarditis virus(EMCV)RNAのEループを用いた。その結果、これらRNAフラグメントのIRES上流への導入は、IRES活性に阻害的に働くことを示した。また、その阻害活性は、PTBへの結合力と相関しているという結果を得た。

 以上の研究は、変異IRES SLII-2の不活化メカニズムの一つの可能性を示すものであるが、より一般的にIRES活性発現調節機構の解明に貢献するものである。IRESを利用した発現ベクター構築に当たっての留意点を与えたという側面からも評価でき、博士(薬学)号の授与に値するものと判定した。

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