学位論文要旨



No 116484
著者(漢字) 礒山,毅
著者(英字)
著者(カナ) イソヤマ,タケシ
標題(和) C型肝炎ウイルスのコア蛋白質の核内輸送と細胞の核細胞質間輸送系に対する影響
標題(洋)
報告番号 116484
報告番号 甲16484
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第958号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

 C型肝炎は肝硬変や肝細胞癌といった重篤な症状に進行するウイルス性肝炎であり、その病原体であるC型肝炎ウイルス(HCV)はフラビウイルス科に属する。HCVは約9500ヌクレオチドからなる1本のプラス鎖RNAをゲノムとしてもち、そのゲノムは約3000アミノ酸からなる1つの蛋白質前駆体をコードしている。この前駆体は宿主のシグナルペプチダーゼ及びウイルスのプロテアーゼにより切断されて少なくとも10個のHCV蛋白質が産出される。HCVのコア蛋白質はウイルス粒子構成成分であるが、そのN末端側に核移行シグナル(NLS)様配列をもつ。全長のHCVコア蛋白質p21及びシグナルペプチダーゼにより切断されたコア蛋白質P19は細胞質、核内の両方に存在し、C末端側が欠失したコア蛋白質pl6は核内に局在化する。

 本研究では、分子遺伝学的操作が容易である出芽酵母、Saccharomyces cerevisiaeを真核細胞のモデル系として用いて、HCVコア蛋白質の細胞内分布メカニズムについて解析することを目的とした。また、コア蛋白質の分布メカニズムが細胞側蛋白質の核一細胞質間輸送に及ぼす影響についても検討した。

C型肝炎ウイルスのコア蛋白質の酵母における細胞内分布

 HCVコア蛋白質P21、P19、及びpl6を出芽酵母細胞内で発現させ、抗コア抗体を用いてWestern blottingを行ったところ、それらの発現が確認された。また、P21は哺乳動物細胞内においてと同様に、シグナルペプチダーゼによりP19様分子に切断されることが示唆された。

 次に、出芽酵母細胞内におけるHCVコア蛋白質の細胞内分布を免疫染色法を用いて検討した。p21、p19は細胞質、核内の両方に存在し、細胞質では主に核の周辺に存在することが観察された。また、p21よりもp19の方が核局在性は強い。一方、p16は核内に局在していることが明らかになった(Fig.1)。この結果は、これまでに報告されている哺乳動物細胞でのHCVコア蛋白質の細胞内分布パターンと一致しており、コア蛋白質の細胞内分布に関する研究を遂行する上で出芽酵母を用いた実験系が哺乳動物細胞の良いモデル系となり得ることが示唆された。

C型肝炎ウイルスのコア蛋白質の酵母における核内輸送

 一般に、分子の細胞質から核への輸送、すなわち核内輸送は、NLSをもつ分子が細胞質において核内輸送受容体に結合し、その受容体との複合体として核内に運ばれる過程である。その際、低分子量GTPaseであるRanは細胞質ではGDP結合型として、核内ではGTP結合型として存在し、輸送される複合体の核膜孔の通過と核内での解離の過程で作用すると考えられている。

 そこで、核局在性を示すHCVコア蛋白質p16についてその核内輸送がこのような能動的な輸送機構によるか、つまりRan依存的であるかを検討した。Ranの出芽酵母ホモログであるGsplpの温度感受性変異酵母株、gsp1-1細胞を用い、遺伝学的解析を行った。許容温度である25℃ではp16は核内に局在していたが、制限温度である37℃にすると全体的に存在するようになった(Fig.2)。この結果は、HCVコア蛋白質の核内輸送はRan依存的な能動輸送であることを示している。

 出芽酵母では全ゲノム塩基配列が明らかにされ、9種類の核内輸送受容体の存在が報告されている。それぞれの核内輸送受容体に関する変異株を用いてHCVコア蛋白質の酵母における核内輸送受容体の同定を行ったところ、KAP123欠失変異酵母株、kap123△細胞においてのみP16の核内輸送は観察されなかった(Fig.3)。つまり、HCVコア蛋白質の出芽酵母における核内輸送受容体はKapl23pであることが明らかになった。

C型肝炎ウイルスのコア蛋白質による真核細胞蛋白質の核内輸送阻害

 HCVコア蛋白質の核内輸送は細胞の核一細胞質間輸送系に影響する可能性がある。コア蛋白質による真核細胞蛋白質の核一細胞質間輸送に対する作用を検討するために、核一細胞質間輸送についてよく研究されている出芽酵母のAP-1様転写因子、Yap1pをターゲット分子として用いた。YaP1PはN末端側のNLSにより細胞質から核へ、C末端側の核外移行シグナル(NES)により核から細胞質へ、つまり両方向へ定常的に、またRan依存的に輸送されているが、酸化ストレスにより核から細胞質への輸送、すなわち核外輸送が特異的に阻害される。しかしながら、核内輸送は行われるので、Yap1pは核局在化し、標的遺伝子の転写を活性化することが明らかにされている。そこで、Yap1pの転写活性及び細胞内分布を指標としてHCVコア蛋白質の核一細胞質間輸送への影響について解析した。

 Yap1pはAP-1結合部位に結合し転写を活性化することが知られているので、SV40AP-1部位により誘導されるレポーター遺伝子1acZを有する酵母株を用いたβ-galactosidase assayにより、HCVコア蛋白質のYap1p依存的転写活性に対する影響を検討した。その結果、HCVコア蛋白質の発現によりYap1pによる転写活性は抑制されることが示された。

 次に、HCVコア蛋白質によるYap1p依存的転写活性の阻害がYap1pの細胞内分布によるのかを検討するために、GFPを融合させたYap1pを観察することで、Yap1pの細胞内分布に及ぼすコア蛋白質の影響を解析したところ、Yap1pの酸化ストレスによる核局在化はコア蛋白質により阻害されることが明らかになった。

 さらに、酸化ストレスの影響を除くために、Yap1pのNLSのみをGFPに融合し発現させることで、Yap1p NLS依存的核内輸送に対するHCVコア蛋白質の影響について観察した。コントロールではGFP-Yaplp NLS融合蛋白質は核局在化するが、HCVコア蛋白質によりこのYap1p NLS依存的核内輸送は阻害されることが示された(Fig.4)。

 また、NESの存在するC末端側を欠失したYap1pをGFPに融合させて用いた核内輸送に関する速度論的な解析からも、HCVコア蛋白質によるYap1pの核内輸送阻害は支持された。この阻害作用はp21、p19の方がp16より強いことも示唆された。これに対して、SV40 T抗原のNLSについて同様の実験を行ったところ、コア蛋白質による影響はほとんど見られなかった(Fig.5)。この結果から、HCVコア蛋白質による核内輸送阻害には特異性があることが明らかとなった。

C型肝炎ウイルスのコア蛋白質による核内輸送阻害のメカニズム

 HCVコア蛋白質によるYap1pの核内輸送阻害のメカニズムを解明するために、Yap1pの核内輸送受容体について検討した。酸化ストレス及びNESの存在するC末端側を欠失したYap1p(1-571)を用いて、核内輸送受容体に関する変異酵母株について観察したところ、PSE1 町温度感受性変異酵母株、pse1-1 細胞においては許容温度である25℃では野生酵母株と同様にYap1pは核局在化するが、制限温度である37℃にすると全体的に存在するようになった(Fig.6)。つまり、Yap1pの核内輸送受容体はPse1pであることが同定された。

 さらに、大腸菌で発現、精製したリコンビナント蛋白質を用いてin vitroの蛋白質間相互作用について解析した。Pse1pはGST融合蛋白質として、Yap1pはHis-tag付加蛋白質として用いた。その結果、Yap1pはGSTとは結合しないが、GST-Pse1pとは直接結合することが明らかになった(Fig.7A)。

 また、核内輸送受容体とそれにより運ばれる分子の結合はGTP結合型Ranにより解離することが知られている。そこで、Yap1pとPse1Pとの複合体にRanGTPを加えたところ、Pse1Pと結合しているYap1p量は減少し、非結合型として存在するようになったことから、RanGTPによりYap1pとPse1Pとの複合体は解離することが示された(Fig.7B)。以上の結果から、Yap1pの核内輸送受容体はPse1Pであることが明らかになり、HCVコア蛋白質のものとは異なっていた。

 そこで、Yap1pとPselpの相互作用に対するHCVコア蛋白質の影響についてin vitro結合実験により検討した。コア蛋白質の存在下でYap1pとPse1Pを反応させたところ、Yap1pとPse1pとの結合はコア蛋白質により濃度依存的に抑制された(Fig,8)。この結果から、HCVコア蛋白質によるYap1pの核内輸送受容体への結合阻害が核内輸送阻害のメカニズムであることが示唆された(Fig.9)。細胞質に存在するコア蛋白質がYap1pと結合している、あるいはコア蛋白質がPse1pと結合しているために、Yap1pとPse1Pの相互作用が抑制されて、コア蛋白質はYap1pの核内輸送を阻害するものと考えられる。

結論

1. HCVコア蛋白質は出芽酵母細胞内においても哺乳動物細胞内と同様の細胞内分布を示す。

2. HCVコア蛋白質は酵母内においてRan依存的にKap123pにより核内輸送される。

3. HCVコア蛋白質はYap1pの核内輸送受容体への結合を抑制することでYap1pの核内輸送を阻害する。

4. HCVコア蛋白質は細胞側蛋白質の核内輸送を阻害することにより細胞の代謝機能に影響すると予想される。

5. HCVコア蛋白質は哺乳動物細胞においても酵母における核-細胞質間輸送系に対する影響と類似した作用をもつ可能性がある。

Fig.1 Subcellular localization of HCV core proteins in yeast cells

Fig.2 Nuclear accumulation of HCV core protein requires Ran/Gsp1P

Fig.3 Nuclear import of HCV core protein is mediated by Kap123p in yeast cells

Fig.4 Effect of HCV core proteins on nuclera import by Yap1p NLS

Fig.5 HCV core proteins inhiblt import by Yap1p NLS,but not import by SV40 NLS

Fig.7 Yap1p interacts directly with Pselp, and the interaction is dissociated by RanGTP

Fig.9 Possible inhibition mechanism of Yap1p nucIear transport by HCV core protein

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、C型肝炎ウイルス(HCV)のコア蛋白質が核内に輸送されるメカニズムを酵母をモデル系に使用して明らかにし、さらにHCVのコア蛋白質により影響を受ける細胞の核一細胞質間輸送系を解析したものである。HCVは肝硬変や肝細胞癌の主要な病因である。HCVのコア蛋白質は、ウイルス粒子構成成分であり、N末端側に核移行シグナル(NLS)様配列を持つ。全長のコア蛋白質(p21)の他、シグナルペプチダーゼによりC末端側を欠失したp19、およびp16の存在が知られている。p21とp19は細胞質と核内の両方に存在し、p16は核内に局在化することが明らかとなっている。HCVコア蛋白質の核内輸送メカニズムを解析することを第一の目的とした。

 本論文では、遺伝的解析が容易な酵母を使用することとした。まず、酵母細胞内におけるHCVコア蛋白質の細胞内分布を調べた。その結果、p21,p19,p16は動物細胞内における分布と同様であり、酵母が良いモデル系となることを示した。次に酵母の各種変異株を使用することにより、P16の核内輸送は、低分子量GTPaseであるRan依存的な能動輸送であること、さらにこの核内輸送受容体として働いているのはKap123pであることを明らかにした。

 第二の目的として、HCVコア蛋白質が細胞側蛋白質の核一細胞質間輸送系に与える影響を解析するため、核-細胞質間輸送されることで良く知られる出芽酵母のAP-1様転写因子であるYap1pをターゲット分子とした。Yap1pはN末端側のNLSにより細胞質から核へ、C末端側の核移行シグナル(NES)により核から細胞質へと移行しており、酸化ストレスにより核外輸送が特異的に阻害されることで核局在化し、標的遺伝子の転写を活性化することが明らかとなっている。そこで、Yap1pの転写活性および細胞内分布を指標としてYap1pの核-細胞質間輸送に対するHCVコア蛋白質の影響を検討した。いずれの指標を用いた実験も、HCVコア蛋白質がYap1pの核内輸送を阻害しているとの結果を得た。HCVコア蛋白質による核内輸送阻害現象はSV40T抗原NLSによる核内輸送への影響は微弱であることから、阻害の特異性が考えられた。

 Yap1pの核内輸送もRan依存的能動輸送である。酵母の変異株を使用した実験により、Yap1pの核内輸送受容体はPse1Pであることを同定した。Pse1pはKap123Pと相同性が比較的高い。以上の結果は、HCVコア蛋白質とYap1pとは異なる核内輸送受容体を利用しているが、HCVコア蛋白質は、Yap1pとその受容体Pse1pの結合を阻害している可能性を示すものである。実際に試験管内での結合実験を行ったところ、Yap1pはPse1pと結合し、その結合は、HCVコア蛋白質添加により濃度依存的に阻害されることを明らかにした。

 以上のことから、HCVコア蛋白質は動物細胞内でも、同様のメカニズムで核内輸送され、転写因子等を含む細胞側分子群の核一細胞質間輸送に影響を与えている可能性が示された。本論文は、ウイルス特異的蛋白質による細胞機能への影響に関し、重要な知見を与えるものであり。博士(薬学)号の授与に値すると判定した。

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