学位論文要旨



No 116487
著者(漢字) 小玉,信之
著者(英字)
著者(カナ) コダマ,ノブユキ
標題(和) 抗がん剤ストレスによるGadd45分子の蛋白安定化とその分子機構の解析
標題(洋)
報告番号 116487
報告番号 甲16487
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第961号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
内容要旨 要旨を表示する

<序>

 化学療法剤や放射線照射などによるDNA損傷に対し、癌細胞はストレス応答として増殖抑制やアポトーシスを誘導することが知られているがその初期の分子機構は十分には理解されていない。現状においてDNA損傷に対する初期応答機構でもっとも注目される分子はp53であるが、多くの癌細胞においてp53は変異、欠失していることが知られている。このことからp53に依存しないDNAストレス応答の制御機構の解明ががんの化学療法を考える上で重要であるものと考えられる。

 当研究部ではこれまでに、抗がん剤感受性の異なる種々の変異細胞を樹立し、その解析を行ってきた。さらに私は抗がん剤によるアポトーシス感受性の異なる細胞株を用いて発現に差のある初期応答分子を検索し、その過程で、感受性の異なるp53変異癌細胞において、抗がん剤処理後に転写活性化されアポトーシス及び細胞周期停止を制御するGadd45分子の蛋白翻訳後の制御機構に違いがあることを見い出した。本研究ではGadd45分子が抗がん剤処理後、蛋白安定化されることを明らかにし、さらにその分子機構について検討したので以下に報告する。

<結果>

1.抗がん剤処理によるGadd45分子の誘導

 ヒト卵巣癌細胞株であるOVCAR-3細胞は、抗がん剤処理によりアポトーシスが誘導される。一方、同じく卵巣癌細胞株であるOVCAR-8細胞はOVCAR-3細胞にアポトーシスを誘導する濃度の抗がん剤処理に対し耐性を示す。また、これら2つの細胞株はP53がともに変異していることが知られている。そこで抗がん剤処理によるp53非依存的なGadd45分子の誘導を検討するために、OVCAR-3およびOVCAR-8細胞を抗がん剤エトポシドで処理し、Gadd45分子の発現をRNAレベルおよび蛋白レベルにおいて経時的に検討した。その結果、RNAレベルでは抗がん剤の感受性の異なる両細胞においてGadd45分子の転写活性化がともに認められたが、蛋白レベルでは感受性の高いOVCAR-3細胞においてのみ、発現の誘導が認められた(Fig.1)。これらの結果から、この抗がん剤に対して感受性の異なる両細胞においては、Gadd45分子の蛋白翻訳後の制御機構に違いがあることが示唆された。

 2.抗がん剤処理によるGadd45蛋白の安定化

 次に、抗がん剤処理に対するGadd45分子の蛋白翻訳後の制御機構が存在するかを直接調べるために、外因的に導入したGadd45分子の発現を検討した。ヒト卵巣癌細胞株OVCAR-3細胞およびヒト胎性腎細胞293T細胞にFlagタグを付けたGadd45遺伝子を強制発現させ、外因性のGadd45mRNAの発現が同程度認められる条件下で抗がん剤エトポシドを処理し、Gadd45蛋白量の経時変化を調べたところ、抗がん剤処理後12時間以降で、Gadd45蛋白の増加が認められた。このことから、抗がん剤処理によりGadd45蛋白が安定化することが明らかとなった(Fig.2a)。

 ここで、p53などのDNA damageにより蛋白安定化する分子はDNA damage後にユビキチンープロテアソーム系による蛋白分解に対して耐性を獲得することが知られている。そこで、Gadd45分子の蛋白安定化にもユビキチンープロテアソーム系が関与しているかどうかを調べるためプロテアソーム阻害剤を用いた検討を行った。その結果、Gadd45蛋白量は抗がん剤未処理時、プロテアソーム阻害剤により増加したが、抗がん剤処理時においてはプロテアソーム阻害剤の有無に関わりなく同程度増加していた(Fig.2b)。この結果から、Gadd45蛋白は通常時においてはプロテアソームにより分解されており、抗がん剤処理時においてはプロテアソームによる分解に対し耐性を獲得することで蛋白が蓄積する可能性が示唆された。

3.抗がん剤処理後のユビキチンープロテアソーム蛋白分解系の変化

 そこで抗がん剤処理によりGadd45蛋白がプロテアソームによる分解に対し耐性を獲得することを直接検討するため、抗がん剤処理による細胞内のユビキチンープロテアソーム蛋白分解系への影響を検討した。この蛋白分解系において、標的蛋白はポリユビキチン化を受け、ポリユビキチン化を受けた蛋白がプロテアソームによって選択的に分解されることが知られている。そこでまず、プロテアソーム特異的蛍光基質を用いて細胞内のプロテアソーム活性を測定した。その結果、抗がん剤処理によるプロテアソーム活性の変化は認められなかった(Fig.3a)。次に細胞内におけるGadd45蛋白のユビキチン化を調べるために、タグとの融合蛋白として外因的に発現させたGadd45およびユビキチンをタグに対する抗体を用いて検討した。その結果、Gadd45とユビキチンをともに細胞内に導入したときに見られるポリユビキチン化のバンドが(Fig.3b,lane 4)抗がん剤エトポシド処理時に消失した(lane 5)。この結果より、抗がん剤処理によるプロテアソーム蛋白分解系に対する耐性の獲得はGadd45蛋白のユビキチン化の減少に起因することが明らかとなった。

 4.抗がん剤処理によるGadd45蛋白のリン酸化

 p53やATF2などDNA damageにより蛋白が安定化し蛋白量が増加、機能を発現することが知られる分子において、蛋白安定化の制御に蛋白自身のリン酸化が関与していることが報告されている。そこで、抗がん剤処理時にGadd45分子においても同様に蛋白のリン酸化が起きているかどうかを調べるために、Gadd45蛋白とGSTとの融合蛋白を作製し、これを基質としたIn vitro kinas assayを行った。その結果、GST-Gadd45融合蛋白を抗がん剤エトポシド処理した細胞のcell lysateと反応させたところ、Gadd45蛋白は用量依存的にリン酸化された。また、抗がん剤未処理のcell lysateによってはリン酸化されなかった(Fig.4)。これらのことから抗がん剤処理により細胞内のGadd45キナーゼが活性化することが明らかとなった。また、この結果はリン酸化セリン認識抗体でも再現された。

5.抗がん剤処理によるGadd45蛋白のリン酸化部位の同定と安定化の相関

 次に、Gadd45分子のリン酸化部位について蛋白不安定化に関わるモチーフを中心に検討した。不安定な蛋白に見い出されることが知られているPEST配列は蛋白のアミノ酸シークエンスから解析することができるがGadd45分子にもこの配列が2箇所見い出された。また、DNA damage時においてSQ/TQ motifとなるセリン/スレオニン残基がリン酸化部位になりやすいことが知られているが、Gadd45蛋白においてSQとなる部位はPEST配列中に含まれる箇所を含めて3箇所見い出された。そこで、この3箇所のセリンをアラニンに各々置換したGST-Gadd45融合蛋白を作製し、抗がん剤処理したcell lysateによりリン酸化されるかどうか検討した。その結果、32番目のセリン残基を置換したS32A変異体においてのみ、リン酸化の減少が認められた(Fig・5a)。また、細胞に外因的に発現させたGadd45蛋白に対しリン酸化セリン認識抗体を用いて検討した結果、細胞内においても抗がん剤処理時にGadd45蛋白にリン酸化されたセリンが認識され、S32A変異体におけるリン酸化の減少も再現された。これらの結果より、抗がん剤処理によりこの部位がリン酸化されることが明らかとなった。さらに、この抗がん剤処理における32番目のセリン残基のリン酸化と蛋白安定化との関係を明らかにするために、野生型および変異型Gadd45蛋白発現ベクターを作製し、細胞に導入後抗がん剤処理を行い、蛋白安定化が起こるかどうか検討した。その結果、リン酸化を受けないS32A変異体において抗がん剤による蛋白安定化を受けないことが明らかとなった(Fig.5b)。以上の結果から、Gadd45蛋白の安定化には32番目のセリン残基のリン酸化が重要であることが明らかとなった。

<まとめ>

本研究において、私は抗がん剤ストレスに対するGadd45分子の細胞内挙動について検討を行い、以下のこと明らかにした。(1)抗がん剤処理によるGadd45分子の蛋白量の増加には、RNAレベルの転写活性化だけでなく、蛋白レベルの安定化が必要である。(2)抗がん剤処理によるGadd45分子の蛋白レベルの安定化は、Gadd45蛋白のユビキチン化レベルが減少することによりプロテアソーム蛋白分解系に対して耐性を獲得することに起因する。(3)Gadd45蛋白は抗がん剤処理後にリン酸化を受ける。また、リン酸化を受けないS32Aの変異体が蛋白レベルの安定化を受けないことより、32番目のセリン残基のリン酸化がGadd45分子の蛋白安定化に重要である。

 以上本研究は、抗がん剤処理によるGadd45蛋白のリン酸化依存的な安定化機構について検討したものである。今後は、このGadd45蛋白の蛋白翻訳後の修飾が、固形癌の薬剤感受性や耐性化とどのように関わるのかを明らかにすると共に、抗がん剤処理による細胞内シグナル伝達の詳細をさらに検討するために、Gadd45キナーゼの同定を行いたいと考えている。

(Fig.1)抗がん剤感受性とGadd45分子の発現

(Fig.2)外因性Gadd45分子の蛋白安定化とプロテアソーム阻害剤の影響

(Fig.3)抗がん剤処理によるユビキチンープロテアソーム蛋白分解系への影響

(Fig.4)抗がん剤処理によるGadd45蛋白のリン酸化

(Fig.5)抗がん剤処理によるリン酸化と蛋白安定化との相関

審査要旨 要旨を表示する

 細胞はゲノムDNAに損傷を受けると、細胞周期を停止させて損傷を修復したり、アポトーシスを起こして損傷を受けた細胞を排除しようとする。多くの抗がん剤は、DNAに損傷を与え、アポトーシスを誘導することがその作用メカニズムであることが明らかとなっている。DNA損傷後に活性化される細胞内シグナルとしてp53やJNK1/SAPK、Gadd45などが挙げられるが、実際の癌細胞の多くは野生型のp53を欠失しているため、p53に依存しないアポトーシスシグナル伝達経路を明らかにすることがより効果的ながん化学療法の開発に直接寄与するものと考えられる。これまでに、抗がん剤処理によって活性化するJNK1/SAPKはcaspaseの活性化を介してアポトーシスのシグナル伝達を制御していることが明らかにされている。一方、Gadd45はJNK1/SAPKの活性化因子であるという報告がなされ、抗がん剤処理により誘導されるアポトーシスシグナル伝達におけるGadd45の役割に興味がもたれた。しかしながら、Gadd45分子の抗がん剤処理による細胞内挙動についての報告はなされていない。

 そこで本研究では、ともにp53が変異し、抗がん剤処理によるアポトーシス誘導に対し感受性の異なるヒト卵巣癌細胞株を用いて、抗がん剤エトポシド処理によるGadd45分子の誘導を検討し、蛋白翻訳後の制御機構に違いがあることを見い出した。さらにGadd45分子が抗がん剤処理後、蛋白安定化されることを明らかにし、その分子機構について検討した。

 1.抗がん剤処理によるGadd45分子の誘導

 ヒト卵巣癌細胞株であるOVCAR-3細胞は、抗がん剤処理によりアポトーシスが誘導される。一方、同じく卵巣癌細胞株であるOVCAR-8細胞はOVCAR-3細胞にアポトーシスを誘導する濃度の抗がん剤処理に対し耐性を示す。また、これら2つの細胞株はp53がともに変異していることが知られている。そこで抗がん剤処理によるp53非依存的なGadd45分子の誘導を検討するために、OVCAR-3およびOVCAR-8細胞を抗がん剤エトポシドで処理し、Gadd45分子の発現をRNAレベルおよび蛋白レベルにおいて経時的に検討した。その結果、RNAレベルでは抗がん剤の感受性の異なる両細胞においてGadd45分子の転写活性化がともに認められたが、蛋白レベルでは感受性の高いOVCAR-3細胞においてのみ、発現の誘導が認められた。これらの結果から、この抗がん剤に対して感受性の異なる両細胞においては、Gadd45分子の蛋白翻訳後の制御機構に違いがあることが示唆された。

 2._抗がん剤処理によるGadd45蛋白の安定化

 次に、抗がん剤処理に対するGadd45分子の蛋白翻訳後の制御機構が存在するかを直接調べるために、外因的に導入したGadd45分子の発現を検討した。ヒト卵巣癌細胞株OVCAR-3細胞およびヒト胎性腎細胞293T細胞にFlagタグを付けたGadd45遺伝子を強制発現させ、外因性のGadd45mRNAの発現が同程度認められる条件下で抗がん剤エトポシドを処理し、Gadd45蛋白量の経時変化を調べたところ、抗がん剤処理後12時間以降で、Gadd45蛋白の増加が認められた。このことから、抗がん剤処理によりGadd45蛋白が安定化することが明らかとなった。ここで、p53などのDNA damageにより蛋白安定化する分子はDNA damage後にユビキチンープロテアソーム系による蛋白分解に対して耐性を獲得することが知られている。そこで、Gadd45分子の蛋白安定化にもユビキチンープロテアソーム系が関与しているかどうかを調べるためプロテアソーム阻害剤を用いた検討を行った。その結果、Gadd45蛋白量は抗がん剤未処理時、プロテアソーム阻害剤により増加したが、抗がん剤処理時においてはプロテアソーム阻害剤の有無に関わりなく同程度増加していた。この結果から、Gadd45蛋白は通常時においてはプロテアソームにより分解されており、抗がん剤処理時においてはプロテアソームによる分解に対し耐性を獲得することで蛋白が蓄積する可能性が示唆された。

 3.抗がん剤処理のユビキチンープロテアソーム蛋白分解系変化

 そこで抗がん剤処理によりGadd45蛋白がプロテアソームによる分解に対し耐性を獲得することを直接検討するため、抗がん剤処理による細胞内のユビキチンープロテアソーム蛋白分解系への影響を検討した。この蛋白分解系において、標的蛋白はポリユビキチン化を受け、ポリユビキチン化を受けた蛋白がプロテアソームによって選択的に分解されることが知られている。そこでまず、プロテアソーム特異的蛍光基質を用いて細胞内のプロテアソーム活性を測定した。その結果、抗がん剤処理によるプロテアソーム活性の変化は認められなかった。次に細胞内におけるGadd45蛋白のユビキチン化を調べるために、タグとの融合蛋白として外因的に発現させたGadd45およびユビキチンをタグに対する抗体を用いて検討した。その結果、Gadd45とユビキチンをともに細胞内に導入したときに見られるポリユビキチン化のバンドが抗がん剤エトポシド処理時に消失した。この結果より、抗がん剤処理によるプロテアソーム蛋白分解系に対する耐性の獲得はGadd45蛋白のユビキチン化の減少に起因することが明らかとなった。

 4.抗がん剤処理によるGadd45蛋白のリン酸化

 p53やATF2などDNA damageにより蛋白が安定化し蛋白量が増加、機能を発現することが知られる分子において、蛋白安定化の制御に蛋白自身のリン酸化が関与していることが報告されている。そこで、抗がん剤処理時にGadd45分子においても同様に蛋白のリン酸化が起きているかどうかを調べるために、Gadd45蛋白とGSTとの融合蛋白を作製し、これを基質としたIn vitro kinase assayを行った。その結果、GST-Gadd45融合蛋白を抗がん剤エトポシド処理した細胞のcell lysateと反応させたところ、Gadd45蛋白は用量依存的にリン酸化された。また、抗がん剤未処理のcell lysateによってはリン酸化されなかった。これらのことから抗がん剤処理により細胞内のGadd45キナーゼが活性化することが明らかとなった。また、この結果はリン酸化セリン認識抗体でも再現された。

 5.抗がん剤処理によるGadd45蛋白のリン酸化部位の同定と安定化との相関

 次に、Gadd45分子のリン酸化部位について蛋白不安定化に関わるモチーフを中心に検討した。不安定な蛋白に見い出されることが知られているPEST配列は蛋白のアミノ酸シークエンスから解析することができるがGadd45分子にもこの配列が2箇所見い出された。また、DNA damag明寺においてSQ/TQ motifとなるセリン/スレオニン残基がリン酸化部位になりやすいことが知られているが、Gadd45蛋白においてSQとなる部位はPEST配列中に含まれる箇所を含めて3箇所見い出された。そこで、この3箇所のセリンをアラニンに各々置換したGST-Gadd45融合蛋白を作製し、抗がん剤処理したcell lysateによりリン酸化されるかどうか検討した。その結果、32番目のセリン残基を置換したS32A変異体においてのみ、リン酸化の減少が認められた。また、細胞に外因的に発現させたGadd45蛋白に対しリン酸化セリン認識抗体を用いて検討した結果、細胞内においても抗がん剤処理時にGadd45蛋白にリン酸化されたセリンが認識され、S32A変異体におけるリン酸化の減少も再現された。これらの結果より、抗がん剤処理によりこの部位がリン酸化されることが明らかとなった。さらに、この抗がん剤処理における32番目のセリン残基のリン酸化と蛋白安定化との関係を明らかにするために、野生型および変異型Gadd45蛋白発現ベクターを作製し、細胞に導入後抗がん剤処理を行い、蛋白安定化が起こるかどうか検討した。その結果、リン酸化を受けないS32A変異体において抗がん剤による蛋白安定化を受けないことが明らかとなった。以上の結果から、Gadd45蛋白の安定化には32番目のセリン残基のリン酸化が重要であることが明らかとなった。

 以上本研究は、抗がん剤処理に対するGadd45蛋白の細胞内蛋白量制御に関し、今まで考えられていたようなRNAの転写レベルの制御だけでなく、蛋白レベルにおいてもDNA damageをリン酸化を介する細胞内シグナルとして直接受け取ることにより蛋白安定化を制御する分子機構が存在することを初めて明らかにしたものであり、Gadd45分子を標的とした新たな治療法の開発につながるものと期待される。この成果は生命薬学における興味ある知見を明らかにしたものであり、博士(薬学)の学位を受けるに充分値するものと判断した。

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