学位論文要旨



No 116515
著者(漢字) 成瀬,智恵
著者(英字)
著者(カナ) ナルセ,チエ
標題(和) ジーントラップ法により得られたEphA2変異マウスの解析
標題(洋)
報告番号 116515
報告番号 甲16515
学位授与日 2001.04.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4043号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 横田,崇
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
内容要旨 要旨を表示する

 Eph受容体型チロシンキナーゼファミリーは、チロシンキナーゼファミリーの中で最多の分子の属するファミリーである。Ephファミリーのリガンドはephrinファミリーとして知られているが、ephrinファミリーは細胞膜上への結合様式からephrinAとephrinBのサブファミリーに分けられている。Ephファミリーも、それらのリガンドに対する親和性を基にEphAとEphBに分けられる。Eph受容体とephrinリガンドは、神経、血管、体節、四肢など、発生過程においてマウス胚の様々な組織に発現し、機能することが知られている。そして、多くの場合、Eph受容体を発現する細胞と、ephrinリガンド発現細胞は相互排他的に分布することが知られており、in vitroで細胞を混在させたときに相互に排斥するよう機能することも確かめられている。最近の研究では、相互排他的な機能だけでなく、Eph受容体とephrinリガンドが同一細胞に同時発現している場合やEph受容体のアイソフォームが存在する場合には互いの細胞が親和性を持つことが明らかになり、Eph受容体とephrinリガンドの役割は、発生過程を理解する上でますます重要性を増してきた。私は、ジーントラップ法によりEphAサブファミリーの1つであるEphA2の変異マウスを得た。その結果、EphA2が尾部における脊索細胞の位置決定に重要な役割りを果たすことが明らかになった。マウスにおけるEphファミリー及びephrinファミリーの欠損マウスについてはいくつかの報告があり、その大部分は神経系に欠陥を持つが、脊索形成にEphファミリーが関与することを示したのはこの報告が初めてである。

 EphA2ヘテロ変異マウスは野生型マウスと区別がつかないが、EphA2ホモ変異マウスは尾部の屈曲、短小化が起こる表現型を示した。成獣の尾部の組織切片標本を作製し観察したところ、ホモ変異体の90%において尾椎が異所的に形成されていることがわかった。尾部の異常の原因を調べるために、尾長及び尾部の形態の異常の起こる時期を調べた結果、胎生12.5日から13.5日の間に形態異常が現れることがわかった。

 そこで、胎生12.5日前後での尾部形成におけるEphA2とephrinAリガンドサブファミリーの働きを調べるために、正常な尾形成における発現パターンを調べたところ、図1A、Eに示すようにEphA2は脊索の先端部に限局した発現を示した。一方、EphA2のリガンドの1つであるephrinA1が図1Cに示すように尾芽に発現していた。EphA2発現細胞とephrinA1発現細胞は隣接していたが、ephrinA1は脊索及び脊索となるべき細胞には発現しておらず、両者の発現部位は重複してはいなかった(図1G)。ところが、EphA2変異マウスにおいては、ephrinA1の発現パターンに変化は見られなかったが(図1D、H)、EphA2を発現すべき細胞がephrinA1発現領域である尾芽にまで広がって分布していた(図1B、F)。この結果は、尾形成においてはEphA2とephrinA1の両者の排他的な相互作用が脊索予定細胞の分布を決定している可能性を示唆する。

 そこで、脊索形成に異常がないかどうかを脊索細胞の自発的発現遺伝子であるBrachyury(T)の発現を指標に調べた。その結果、野生型及びヘテロ接合体では図2Aのように尾の前後軸方向に一直線に伸びている脊索が、ホモ接合体では尾の先端部において二分していた(図2B)。個体によっては二分した脊索が複雑に曲がり、交叉しているものもあった(図2C)。さらに、体節から硬節を誘導するSonic hedgehogと、硬節のマーカーであるPax1の発現を調べることにより、脊索の異常形成が脊椎の形成に及ぼす影響を調べた結果、Sonic hedgehogの発現部位は脊索の異常に従い彎曲しており(図2E)、Pax1により異所的な硬節の形成も認められた(図2G)。これらのことから、EphA2変異マウスにおいては、脊索の異常形成が起こり、そのことが直接の原因となって将来脊椎となる硬節の異所的な形成が起こることがわかった。

 以上の結果から、EphA2とephrinA1は尾部の脊索先端において、相互排他的なシグナルを送ることによって、脊索となるべき細胞が尾芽に拡散しないように働いていると考えられる。尾部に形成異常のある変異マウスは、Tやcurly tailなど、数多く知られているが、正常な尾部の形成に、尾部の先端での脊索細胞の正常な分布が必須の条件であることは、それらの解析からはわかっていなかった。この研究から、尾部の正常な形成には、脊索先端に脊索となるべき細胞が凝集していることが必要であり、そのためにEphとephrinが相互排他的に機能していることが明らかになった。

 In vitroの実験により、EphA2はintegrinを介して細胞内にシグナルを送り、細胞骨格を制御することが示唆されている。また、EphA2は細胞骨格の制御に深く関わる分子である、Focal Adhesion Complexやintegrinと関連するFAKと直接結合し、Focal adhesion complex Associated Kinase(FAK)のリン酸化を制御することもわかっている。しかし、in vitroあるいは脊索先端において、EphA2の下流にどんな分子が存在するかは未だに不明である。今後、EphA2からどのようなシグナル伝達機構によって脊索となる細胞の拡散を抑制することができるのか、検討していく予定である。

 また、EphA2とephrinA1の発現は、尾芽が形成された後の尾部脊椎先端だけでなく、胎生7.5日胚の体幹部の脊索先端、すなわち結節にも見られる。よって、尾部だけでなく、体幹部においても、脊索細胞の分布に関わる機能を持つと考えられる。EphA2のみの欠損マウスでは、体幹部には異常が認められなかったが、これは、他のEphファミリーが機能を代償しているためと考えられる。実際、EphAファミリーの中ではEphA4も脊索の先端部に発現しているという報告がある。今後、EphA2とEphA4のダブルノックアウトマウスを作製し、脊索形成におけるEphファミリー全体としての機能を調べていく予定である。

図1 ヘテロ接合体(+/-)とホモ接合体(-/-)の尾部におけるEphA2とephrinA1の発現パターンの比較。

AからDの矢印は染色された部位を、矢頭は最遠位の体節を示す。E、F、Hの矢印は脊索を示す。Gの黒矢印はEphA2発現細胞を、白矢印はephrinA1発現細胞を示す。説明本文参照。

図2 ホモ接合体における脊索の異常形成。

AからEの矢印は脊索を示す。Gの矢頭は異所的に形成された硬節を示す。説明本文参照。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなり、1章は序論、2章は、ジーントラップ法による遺伝子変異マウスの作製について、3章は、EphA2受容体型チロシンキナーゼ欠損マウスの解析について述べられている。4章は結語、5章は参考文献である。

 Eph受容体型チロシンキナーゼファミリーは、チロシンキナーゼファミリーの中で最多の分子の属するファミリーである。Eph受容体とephrinリガンドは、神経、血管、体節、四肢など、発生過程においてマウス胚の様々な組織に発現し、機能することが知られている。そして、多くの場合、Eph受容体を発現する細胞と、ephrinリガンド発現細胞は相互排他的に分布することが知られており、in vitroで細胞を混在させたときに相互に排斥するよう機能することも確かめられている。最近の研究では、相互排他的な機能だけでなく、Eph受容体とephrinリガンドが同一細胞に同時発現している場合やEph受容体のアイソフォームが存在する場合には互いの細胞が親和性を持つことが明らかになり、Eph受容体とephrinリガンドの役割は、発生過程を理解する上でますます重要性を増してきた。論文提出者は、ジーントラップ法によりEphAサブファミリーの1つであるEphA2の変異マウスを得た。その結果、EphA2が尾部における脊索細胞の位置決定に重要な役割りを果たすことが明らかになった。

 EphA2ヘテロ変異マウスは野生型マウスと区別がつかないが、EphA2ホモ変異マウスは尾部の屈曲、短小化が起こる表現型を示した。成獣の尾部の組織切片標本を作製し観察したところ、ホモ変異体の90%において尾椎が異所的に形成されていることがわかった。尾部の異常の原因を調べるために、尾長及び尾部の形態の異常の起こる時期を調べた結果、胎生12.5日から13.5日の間に形態異常が現れることがわかった。

 胎生12.5日前後での尾部形成におけるEphA2とephrinAリガンドサブファミリーの働きを調べるために、正常な尾形成における発現パターンを調べたところ、EphA2は脊索の先端部に限局した発現を示した。一方、EphA2のリガンドの1つであるephrinA1が尾芽に発現していた。EphA2発現細胞とephrinA1発現細胞は隣接していたが、ephrinA1は脊索及び脊索となるべき細胞には発現しておらず、両者の発現部位は重複してはいなかった。ところが、EphA2変異マウスにおいては、ephrinA1の発現パターンに変化は見られなかったが、EphA2を発現すべき細胞がephrinA1発現領域である尾芽にまで広がって分布していた。この結果は、尾形成においてはEphA2とephrinA1の両者の排他的な相互作用が脊索予定細胞の分布を決定している可能性を示唆する。

 そこで、脊索形成に異常がないかどうかを脊索細胞の自発的発現遺伝子であるBrachyry(T)の発現を指標に調べた。その結果、野生型及びヘテロ接合体では尾の前後軸方向に一直線に伸びている脊索が、ホモ接合体では尾の先端部において二分していた。個体によっては二分した脊索が複雑に曲がり、交叉しているものもあった。さらに、体節から硬節を誘導するSonic hedgehogと硬節のマーカーであるPax1の発現を調べることにより、脊索の異常形成が脊椎の形成に及ぼす影響を調べた結果、Sonic hedgehogの発現部位は脊索の異常に従い彎曲しており、Pax1により異所的な硬節の形成も認められた。これらのことから、EphA2変異マウスにおいては、脊索の異常形成が起こり、そのことが直接の原因となって将来脊椎となる硬節の異所的な形成が起こることがわかった。以上の結果から、EphA2とephrinA1は尾部の脊索先端において、相互排他的なシグナルを送ることによって、脊索となるべき細胞が尾芽に拡散しないように働いていると考えられる。

 以上、本研究により、尾部脊索の正常な形成には、EphA2とephrinA1の働きによって脊索先端に脊索となるべき細胞が凝集していることが必要であることが初めてわかった。マウスにおけるEphファミリー及びephrinファミリーの欠損マウスについてはいくつかの報告があり、その大部分は神経系に欠陥を持つが、脊索形成にEphファミリーが関与することを示したのはこの報告が初めてである。また、尾部脊索形成の際にも、これまで知られていたように、Ephとephrinが相互排他的に機能していることが明らかになった。この様に、本研究は発生学分野に大きく貢献するものである。

 なお、本論文においてマウス作製は浅野雅秀、岩倉洋一郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断した。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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