学位論文要旨



No 116516
著者(漢字) 石崎,摩美
著者(英字)
著者(カナ) イシザキ,マミ
標題(和) GnRH神経系におけるGnRH分泌活動の生理学的解析
標題(洋) Physiological analysis of GnRH release activities in the GnRH neurons
報告番号 116516
報告番号 甲16516
学位授与日 2001.04.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4044号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岡,良隆
 東京大学 教授 森澤,正昭
 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 助教授 朴,民根
 東京大学 助教授 小林,牧人
内容要旨 要旨を表示する

 生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)は下垂体からの生殖腺刺激ホルモン分泌を促進するホルモンとして発見されたが、これに関与する視索前野GnRH系の他にも複数のGnRH系が脊椎動物の脳内に存在することが近年の研究から明らかになってきている。その一つである終神経GnRH系のニューロンは正中隆起には投射しておらず、生殖線刺激ホルモンの放出には直接関わっていない。これまでの形態学的・生理学的知見から、終神経GnRHニューロンは脳全体に軸索を伸ばし、他のニューロンの興奮性や神経伝達物質の放出などを調節する神経修飾系として働いていると考えられている。そのような神経修飾作用はGnRHニューロンからのGnRH分泌を介して行われていると考えられるが、終神経GnRH系の分泌活動についてはこれまで調べられていない。また、視索前野GnRH系の分泌活動と終神経GnRH系のGnRH分泌活動との違いも明らかではない。そこで本研究では、脊椎動物においてGnRHニューロンの解析に最も適した実験系の一つである淡水産熱帯魚ドワーフグーラミー(Colisa lalia)の脳を用いて実験を行った。まず、脳・下垂体スライス標本からのGnRH放出をラジオイムノアッセイ(RIA)で測定し、両GnRH系の分泌活動の違いを明らかにした。また終神経GnRH細胞の電気的活動とGnRH分泌活動の関係について考察した。さらに、微小炭素繊維電極を作製してGnRHを電気化学的に測定する方法を開発し、この方法を用いて、脳・下垂体スライスにおける視索前野GnRHニューロン軸索終末領域から、ホルモン分泌活動のリアルタイム記録を行った。

第1章 終神経GnRH系と視策前野GnRH系のGnRH分泌活動の測定

 終神経GnRH系と視索前野GnRH系のGnRH分泌活動の違いを調べるために、脳・下垂体スライス標本からのGnRH放出を測定し、GnRH分泌量の雌雄差などの点において両GnRH系で違いがあることを明らかにした。

 まずドワーフグーラミーの脳・下垂体矢状断スライス標本を作製し、視索前野・下垂体を含む部分(視索前野GnRHニューロンの細胞体とその投射領域)と、それ以外の部分(終神経GnRHニューロンの細胞体とその投射領域の大部分)の2つに切り分けた(図1)。次にそれぞれをリンガー溶液中で培養し、その後培養液をアゴニスト等が含まれている溶液に替えて一定時間おき、回収した培養液中のGnRH量をRIAで測定した。

 高K+溶液で10分間脱分極刺激を行った結果、視索前野GnRH系を含むスライスからのGnRH放出量には雌雄差があり、雄の方が雌よりも多くのGnRHを分泌していることが分かった。一方、終神経GnRH系を含むスライスからのGnRH放出には雌雄差が少なかった(図2)。脱分極刺激によるGnRH分泌は外液Ca2+依存的であったことから、カルシウムチャネルの関与が予想されたのでその型を検討した。Nifedipine, ω-Conotoxin, ω-Agatoxin(それぞれL-type, N-type, P/Q-typeのカルシウムチャネルの阻害剤)を投与して高K+脱分極刺激を行った結果、視索前野GnRH系を含むスライスではN-typeのカルシウムチャネルが関与しており、終神経GnRH系を含むスライスでも主にN-typeが関わっているがそれに加えてL-typeも少し関与していることが示唆された。どちらのスライスでもP/Q-typeのカルシウムチャネル阻害剤はGnRH分泌を阻害しなかった。興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸を投与した結果、どちらのGnRH系を含むスライスでもグルタミン酸濃度依存的にGnRH分泌量が増加する傾向がみられた。また、終神経GnRH細胞のパッチクランプによる電流固定法の実験から、同程度の濃度のグルタミン酸によってGnRH細胞の自発的規則発火頻度が上昇することも明らかになった。以上の結果から、終神経GnRHニューロンではグルタミン酸の入力を受けて脱分極がおこり、主に電位依存性N-typeカルシウムチャネルが開いてCa2+が流入し、それによってGnRH分泌が起こると推測することができる。

 次に細胞内カルシウムストアのGnRH放出への関与について調べた。細胞内カルシウムストアからのCa2+放出を促進するためにカフェインを投与した結果、視索前野GnRH系を含むスライス・終神経GnRH系を含むスライスのいずれも、カフェイン投与によりGnRH放出量が自発放出に比べて有意に増加することはなかった。しかし、細胞内カルシウムストアへのCa2+取り込みを阻害するThapsigarginを投与すると、終神経GnRHを含むスライスでGnRH分泌量が減少した。Thapsigargin感受性のカルシウムストアが自発的GnRH分泌に関わっている可能性もあるが、さらなる検討が必要である。また、カルシウムストアの枯渇によって引き起こされる細胞外からのカルシウム流入(容量性カルシウム流入)がGnRH分泌活動にどう関わっているか検討するために、外液Ca2+のない状態で細胞内カルシウムストアを枯渇させておき、その後外液Ca2+を再導入することによって容量性カルシウム流入を起こさせて、その時のGnRH分泌量の変化を調べた。その結果、終神経GnRH系を含むスライスでは、容量性カルシウム流入がGnRH分泌に寄与していることが示唆された。以上の結果から、終神経GnRH系の自発的GnRH放出には、細胞内カルシウムストアとストアヘCa2+を補充する役割を持つ容量性カルシウム流入が関わっている可能性が考えられる。

第2章 視索前野GnRH系の分泌活動のリアルタイム記録

微小炭素繊維電極を用いた電気化学的方法により、ドーパミンなどのカテコールアミン類やセロトニンなど酸化還元されやすい神経伝達物質の放出を培養細胞等においてリアルタイムに記録することが最近可能になった。GnRHは酸化されやすいアミノ酸であるTrp、Tyrを含むペプチドなので、微小炭素繊維電極を用いてGnRH分泌活動のリアルタイム記録ができると考えた。そこで、微小炭素繊維電極を自作してGnRH溶液の電気化学的測定を行った。その結果、微小炭素繊維電極の電極電位をおよそ600-800mV以上にすればGnRHの酸化電流を測定できることが分かった。このことから、微小炭素繊維電極の電極電位を800mV以上に保持することにより、脳・下垂体の局所的な場所からのGnRH分泌を記録することができると考えられた。

 この方法を利用して、ドワーフグーラミー矢状断脳スライス標本の下垂体における視索前野GnRHニューロンの軸索終末付近からの分泌活動のリアルタイム記録を行った(図3)。下垂体断面における視索前野GnRHニューロンの軸索終末が密集している場所に、微小炭素繊維電極を接触させて電極電位を900mVに保持した。高K+灌流液で脱分極刺激をすると、分泌活動を反映する酸化電流がK+濃度依存的に観測された。このとき電極電位を異なる値に保持して、同様に脱分極刺激を行い酸化電流を記録すると、600mV以下の電極電位では酸化電流は観測されなかったことから、この酸化電流はドーパミンやセロトニンなどの神経伝達物質の酸化電流ではないことが明らかである。RIAの結果と併せ、微小炭素繊維電極を用いて、スライス標本からGnRHニューロンの分泌活動をリアルタイムに記録できることが示唆された。この方法は、GnRHを分泌する脳内の領域や細胞からの局所的なGnRH放出のリアルタイム測定に応用することができ、GnRH系の機能を解析する有効な手段になると考えられる。

(図1) 脳−下垂体スライスから放出されたGnRHのラジオイムノアッセイによる測定に用いたグーラミー矢状断スライスの模式図。

下垂体を含む2匹分の脳スライスを、視索前野GnRH系を含むスライス、終神経GnRH系を含むスライスの2つに切り分けた。

(図2)高K+脱分極刺激によるGnRH放出。

左:視索前野GnRH系を含むスライスからのGnRH放出。右:終神経GnRH系を含むスライスからのGnRH放出。どちらのスライスにおいても、K+濃度依存的にGnRH放出量が増加した。視索前野GnRH系を含むスライスでは、GnRH分泌量に雌雄差がみられた(雄>雌)が、終神経GnRH系を含むスライスでは雌雄差は少なかった。

(図3)微小炭素繊維電極(CFE)を用いたGnRHのリアルタイム測定。

(a)sGnRH溶液のアンペロメトリーによって得られた濃度・電流曲線。電極電位900mVに固定したCFEの先端に濃度の異なるGnRH溶液をパッファーピペットでふきかけ、GnRHの酸化電流を記録した(n=4)。(b,c)視索前野GnRHニューロンの軸索終末付近における分泌活動のアンペロメトリー。(b)下垂体におけるGnRHニューロンの投射領域(斜線部)。CFEをこの部位に接触させ、電極電位900mVで記録を行った。(c)高K+脱分極刺激を行うと、GnRH分泌活動を反映する酸化電流が記録された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなり、第1章では、ラジオイムノアッセイ(RIA)を用いて脳・下垂体スライス標本からのGnRH放出を測定することにより、終神経および視索前野GnRH系の分泌活動のメカニズムおよびそれらの違いについて述べられている。また,第2章では微小炭素繊維電極を用いてGnRH放出を電気化学的に測定する方法を開発することにより、脳・下垂体スライスにおける視索前野GnRHニューロン軸索終末領域からのホルモン分泌活動をリアルタイム記録した結果について述べられている。

 生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)は下垂体からの生殖腺刺激ホルモン分泌を促進するホルモンとして発見されたが、これに関与する視索前野GnRH系の他にも複数のGnRH系が脊椎動物の脳内に存在することが近年の研究から明らかになってきている。その一つである終神経GnRH系のニューロンは正中隆起には投射しておらず、生殖線刺激ホルモンの放出には直接関わっていない。これまでの形態学的・生理学的知見から、終神経GnRHニューロンは脳全体に軸索を伸ばし、他のニューロンの興奮性や神経伝達物質の放出などを調節する神経修飾系として働いていると考えられている。そのような神経修飾作用はGnRHニューロンからのGnRH分泌を介して行われていると考えられるが、終神経GnRH系の分泌活動についてはこれまで調べられていない。また、視索前野GnRH系の分泌活動と終神経GnRH系のGnRH分泌活動との違いも明らかではない。そこで本研究では、脊椎動物においてGnRHニューロンの解析に最も適した実験系の一つである淡水産熱帯魚ドワーフグーラミー(Colisa lalia)の脳を用いて以下のような実験を行なった。

 第1章では,終神経GnRH系と視索前野GnRH系のGnRH分泌活動の違いを調べるために、ドワーフグーラミーの脳・下垂体矢状断スライス標本を作製し、視索前野・下垂体を含む部分(視索前野GnRHニューロンの細胞体とその投射領域)と、それ以外の部分(終神経GnRHニューロンの細胞体とその投射領域の大部分)の2つに切り分けた。次にそれぞれをリンガー溶液中で培養し、その後培養液をアゴニスト等が含まれている溶液に替えて一定時間おき、回収した培養液中のGnRH量をRIAで測定した。その結果GnRH分泌量の雌雄差などの点において両GnRH系で違いがあることを明らかにした。

 第2章では,まず,微小炭素繊維電極を自作してGnRH溶液の電気化学的測定を行った。その結果、微小炭素繊維電極の電極電位をおよそ600-800mV以上にすればGnRHの酸化電流を測定できることが分かった。このことから、微小炭素繊維電極の電極電位を800mV以上に保持することにより、脳・下垂体の局所的な場所からのGnRH分泌を記録することができると考えられた。そこで,この方法を利用して、ドワーフグーラミー矢状断脳スライス標本の下垂体における視索前野GnRHニューロンの軸索終末付近からの分泌活動のリアルタイム記録を行った。第1章の結果と併せ、微小炭素繊維電極を用いて、スライス標本からGnRHニューロンの分泌活動をリアルタイムに記録できることが示された。この方法は、GnRHを分泌する脳内の領域や細胞からの局所的なGnRH放出のリアルタイム測定に応用することができ、GnRH系の機能を解析する有効な手段になると考えられる。

 これらの論文の各章で示された研究成果は脊椎動物一般のGnRH神経系の機能を理解する上で大変重要な知見であり、論文提出者の研究成果は博士(理学)の学位を受けるにふさわしいと判定した。

 なお、本論文第1章および第2章は、岡良隆および飯郷雅之との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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