学位論文要旨



No 116518
著者(漢字) マホップ エリック アレン
著者(英字) MAHOP,ERIC-ALAIN
著者(カナ) マホップ エリック アレン
標題(和) コートジボアール農村部における農家植林行動の規定要因に関する計量経済分析
標題(洋) Econometric Analysis of Determinants of Agroforestry Adoption in Rural Cote d'Ivoire
報告番号 116518
報告番号 甲16518
学位授与日 2001.04.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2329号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 教授 岩本,純明
 東京大学 教授 泉田,洋一
 東京大学 助教授 齊藤,勝宏
 東京大学 助教授 川島,博之
内容要旨 要旨を表示する

 サハラ以南のアフリカ諸国同様、コートジボアールでは急速な人口増加と経済発展を背景として、商品作物や食料生産を目的とした農耕地化による森林面積の急速な減少と土地荒廃といった環境問題が顕在化している。国家環境対策計画(National Environment Action Plan, 1994)によると、1956年に1200万haであった森林面積は91年には250万haにまで減少しており、過去30年間の平均で、毎年30万haの森林が姿を消している。こうした危機的な状況を改善するために、コートジボアール政府は国際的支援を得て農家による植林の導入を奨励している。

 本研究では、コートジボアール農村地域における農家植林行動(具体的にはカシューナッツの栽培)の規定要因を、世帯主の年齢・教育レベル・世帯人員数・土地所有権の有無・技術支援サービスの提供状況・交通手段整備状況などの社会経済的要因を考慮しつつ分析した。分析に使用するデータは、99年に実施された10の農村地域の農家調査によって収集した。分析にあたって、カシュー導入に関する意思決定についてはプロビットモデル、導入されたカシューの栽培規模についてはトービットモデルを、さらに、多項ロジットモデルを用いてカシューナッツ、綿花、ヤム芋間の生産比率推計を行った。

 プロビットモデルでは、高齢農家ほどカシュー導入に消極的であるとの推計結果が得られた。これは、新技術の導入に関して年齢が高くなるほどリスク回避的になる関係を示している。一方、トービットモデルによって、高齢農家ほどカシュー栽培規模が大きいことが示された。これらの結果は矛盾しない。カシューは多年生作物であり、いったん若齢期に栽培を開始した農家にあっては、以後年々植栽規模を拡大したことが考えられる。また、カシューの平均栽培規模は増加傾向にある。カシュー導入に踏み切った農家は、知識と経験の蓄積により栽培規模の拡大を選択してきた。コートジボアールでは、政策的に主として若い農家に対して農家植林の奨励が行われてきたが、こうした政策は本研究の結果からも支持される。

 世帯の規模は、カシューの導入に対して有意に影響していない。ただし、栽培規模に対しては家族労働力は有意に作用しており、寄与率は約14%であった。プロビットモデル、トービットモデル、多項ロジットモデルのいずれの推計結果についても、教育レベルは植林行動にプラスに作用している。特に多項ロジットモデルの推計結果は、教育レベルが高くなるに従って、耕地面積に占めるカシューの栽培比率が増加することを明瞭に示している。以上の分析結果は、識字率の低い農村地域に適切な教育システムを導入することにより、農家植林が促進される可能性を示している。

 土地所有権の有無は導入の意思決定に影響していない。事実、土地所有権したがって植林権のない農家のなかにも、植林行動をとっているものが存在する。しかし、Godoy(1992)の商品樹木生産に関する実証研究と同様に、栽培規模に関しては植林権のある農家ほど大きい傾向が認められた。Godoyは、植林行動に伴う高い収益が、所有権の確立していない条件下においても、農家による植林に対する強い誘因となることを指摘している。

 普及機関を通した技術支援により、植林は促進される。カシュー・ヤム芋・綿花の栽培比率に関する分析によって、普及機関の活動がカシュー栽培比率を22%引き上げていることが示された。新品種導入に際して、技術支援と情報提供は不可欠である。また、成長の早い品種ほどデモンストレーション効果が大きく、植林パイロット地域を設定して展示することにより農家の植林行動が促進される。また、普及に際しては、多様な植林方式や多様な樹種に関する情報を提供することにより、農家が経営状態にマッチした技術や品種を選択することが可能となる。普及機関によって促進される農家植林は、補助金を除いた場合にも、充分に収益性が高く、導入の可能性が高いものでなくてはならない。

 作物が家畜や火事によって損なわれた経験をもつ農家ほど、農家植林技術の導入率が高いという結果も、本研究が明らかにしたファインディングスの一つである。この結果は、農家と畜産農家のあいだの衝突が頻繁に生じている地域を中心に植林導入促進政策を実施することの有効性を示唆している。

 プロビットモデルの推計結果によると、代替栽培作物である綿花・ヤム芋に対するカシューの相対価格がカシュー導入にプラスに影響している。カシュー/ヤム芋価格比のほうがカシュー/綿花価格比よりも、カシュー導入とのあいだに強い相関を持つ。この結果は、フィリピンにおけるマンゴー導入に関するShively(1998)の研究と一致している。すなわち、フィリピンでは食用作物である米との相対価格が、換金作物であるトウモロコシとの相対価格よりも強い影響を与えている。このことは、潜在的な収益性が農家植林に対する強いインセンティブとなっていることを示している。以上の分析は、早期に収益の見込める植林技術の促進がはかられるべきであることを物語っている。栽培の不可能な地域を除いて、政府は材木用の植林奨励を回避すべきである。概して農家は短期のニーズに着目し、肥沃で生産性の高い土壌を食物や換金作物栽培に利用する傾向にある。

 農家植林の導入と都市からの距離は、いずれの推計モデルについても負の相関を示している。

 この結果は、マラウィ(Place and Otsuka, 1998)やパキスタン(Amacher, 1993)における植林行動の研究の結果と整合的である。都市からの距離は市場へのアクセスの良否の指標であり、推計結果はこの差がカシュー栽培規模に対して有意に負にはたらいていることを示している。すなわち、都市から離れた農村地域ほど、カシュー栽培に使用される土地面積は小さくなる。調査地域への道路は整備されておらず、車での輸送は不可能である。遠隔地に居住する農家は都市市場へのアクセス費用が高く、輸送費の増加は取引費用の増加を意味する。遠隔地農家のカシュー栽培を促進するためには、政府は交通網を整備する政策を実施し、商取引を円滑にすすめる基盤作りを行う必要がある。

 農地の傾斜や標高といった地理的条件や農家所得など、データの利用可能性の問題から本分析に含まれていない要因も、農家植林技術の利用状況に影響を与えているかもしれない。多年生作物であるカシューなどの栽培と、一年生作物の収益性の比較をするためには、更なる研究が必要である。しかしながら、相対価格の変化や市場アクセス条件が農家植林行動に与える影響をはじめ、本研究が明らかにしたファインディングスは、今後の研究についても重要な礎石となるものと確信している。

審査要旨 要旨を表示する

 コートジボアールでは、他のサハラ以南のアフリカ諸国と同様、食料増産や商品作物の導入を目的とする農地開発を背景に、森林の減少と土地の荒廃に代表される環境問題が急速に顕在化している。本研究は、こうした環境問題の克服に有効であるとされている農家の植林行動を取り上げ、植林行動を促す諸要因について、計量経済学的な手法を応用することにより、その作用を実証的に明らかにしたものである。

 第1章では、研究の対象地域であるコートジボアールの農村に関して、森林減少と土地荒廃の度合い、農家植林行動に関する政策展開、農家植林行動をめぐる既往の研究の3点について簡潔な説明が提示されるとともに、本研究が明らかにしようとする社会経済的な要因と制度的な要因の内容が特定される。続く第2章は、農家植林行動に関する計量的な研究のサーベイであり、世界のさまざまな地域を対象とする実証研究の結論が相互に比較される。その結果、土地保有制度の差異や農家の規模といった要因について、相反する方向の作用が検出されていること、また、植林の収益性や市場アクセスといった経済的な条件に関する実証研究に乏しいことなどが明らかにされる。これらの未確定ないしは未知の要因に関する知見を得ることが、本研究のポイントにほかならない。

 第3章と第4章は、計量経済分析に先立つ予備的な分析にあてられている。第3章では、コートジボアールのサバンナ地域に関して、農業の特質と制約条件、土地保有制度の特徴、林業をめぐる経済条件、人口圧力と貧困問題の関係などが、主として記述的な統計分析によって明らかにされる。続く第4章では、130のサンプル農家について、カシュウナッツ植林を含む土地利用のパターン、農家の規模、家長の年齢と教育レベル、市場からの距離、家畜頭数、普及組織との接触の度合い、災害経験の有無、土地所有権のタイプなどの基本統計が示される。さらに、ヤム芋・綿・カシュウの相対価格の傾向的な変化と分散が評価され、次章以下の計量経済分析に用いられる変数の特徴が整理される。

 第5章では、農家の効用関数を線型に特定したうえで、プロビット・モデルとトービット・モデルを植林行動の分析に応用している。いずれのモデルも、豊富な労働力や高い教育レベルや普及機関との接触が、植林行動を強く促していることを示している。また、若年層ほど植林に積極的である点も確認された。加えて本研究は、年々の作物相対価格の変動をモデルに組み込むことによって、作物価格の持つ農家植林誘発力の評価にも成功している。すなわち、農家のカシュウに関する高価格の期待は植林行動にプラスに働いていた。こうした収益性の植林誘発力に関する定量的な評価は、Shively(1998)と並ぶこの分野における先駆的な業績である。また、市場への輸送距離が植林にマイナスに働いていることも明らかにされている。

 第6章では、多項ロジット・モデルを用いることにより、連続変数としてあらわされた3つの作物の選択比率を社会経済的な要因によって説明している。おおむね第5章の分析と整合的な結果が得られており、それぞれの要因の効果がカシュウへの土地利用を促す確率の増加分として把握された。例えば、普及機関との接触はカシュウを基幹作物とする確率を22%引き上げるだけのインパクトを有しており、過去に災害経験のある農家について推定された同様の確率増分も23%と高い影響力を持つ。

 以上を要するに、本論文はコートジボアールの農家植林行動に関するはじめての計量経済学的研究であるのみならず、植林行動に対する収益性や災害経験の作用などを定量的に明らかにした点において、この分野の実証研究に少なからぬ新知見を加えている。さらに本研究の成果は、今後の植林振興政策のデザインにさいして注意を払うべき問題を明確に指摘している。このように、本論文によって得られた成果は学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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