学位論文要旨



No 116519
著者(漢字) 竹本,浩
著者(英字)
著者(カナ) タケモト,ユタカ
標題(和) ダイズ退緑斑紋ウイルスの遺伝子の機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 116519
報告番号 甲16519
学位授与日 2001.04.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2330号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 白子,幸男
 東京大学 助教授 山下,修一
 東京大学 助教授 宇垣,正志
内容要旨 要旨を表示する

 ダイズ退緑斑紋ウイルス(Soybean chlorotic mottle virus : SbCMV)は本邦にのみ分布し、ダイズ、インゲンマメ、フジマメ、ササゲの4種マメ科植物にだけ感染する径約50nmの球状の2本鎖DNAウイルスである。本ウイルスはカリモウイルス科SbCMV様ウイルス属に属し、すでにそのゲノムの全塩基配列の解析から8個の遺伝子(Ia,Ib,II,III,IV,V,VI,VII)が存在することが明らかにされている。各遺伝子の機能については推定アミノ酸配列の相同性に基づいて、Iaが細胞間移行タンパク質、IVが外被タンパク質、Vがプロテアーゼとリバーストランスクリプターゼのポリプロテイン、VIが封入体タンパク質であるとそれぞれ推定されているが、他の遺伝子については不明のままである。また、機能が推定されている遺伝子についても直接的な証明はまだなされていない。

 そこで、本研究では、最初にSbCMVゲノムの全塩基配列の再解析によって若干の配列の修正を行った後、本ウイルスの感染性DNAクローンを作製し、これを用いたin vitro mutagenesisによって各遺伝子の機能を明らかにすることを目的として研究を行った。また、カリモウイルスはカリフラワーモザイクウイルス(CaMV)の35S RNAプロモーターのように植物で構成的にmRNAを転写するプロモーターを有しているが、SbCMVではタバコ葉肉プロトプラストを用いたトランジェントアッセイにより、非翻訳領域(non coding region : NCR)およびORF III内部の領域にプロモーター活性が確認されている。しかし、それらがSbCMV感染植物で実際に発現・機能しているか否かはまだ明らかにされていない。そこで、SbCMV感染葉で転写されているウイルスmRNAの解析を行った。

1.タイズ退緑斑紋ウイルス(SbCMV)の全塩基配列の改訂

 SbCMVゲノムの全塩基配列は既に報告されているが、本研究では以降で行う変異導入実験に正確な塩基配列情報が必要不可欠であることから、まず、PCRダイレクトシークエンシングにより、SbCMVゲノムの全塩基配列の再解読を行うこととした。その結果、SbCMVゲノムは既報より3bp長い全長8178bpからなることが明らかになった。さらに、本研究で得られた塩基配列を既報のものと比較したところ、52箇所の塩基置換、13箇所の塩基挿入、10箇所の塩基欠失が見出された。この塩基配列の改訂に伴い、ORF Ia以外の7個のORFで推定アミノ酸配列を一部変更したが、他の球状カリモウイルスとの間で有意な相同性を示すORF IV, V, VIに関して改めてアミノ酸配列を比較したところ、相同性は0.2〜0.7%の範囲でしか変化しなかった。

2.SbCMVの感染性DNAクローン(pSbCMV1.3)の構築

 ウイルス遺伝子の機能を解析するためには、まず感染性クローンを構築し、これに種々の遺伝的変異を導入した後、表現形質の変化をみることが重要である。本研究では、SbCMVが環状ゲノムであるため、一部配列を重複させることによって、感染性クローンを作製することとした。すなわち、pBluescript II SK(+)にCla Iで線状化したSbCMV DNAを挿入して1コピーDNAクローンを作製した後、重複部分にあたるCla I-Sna Bl断片をpBluescript II SK(+)のCla I-Sma Iサイトにクローニングし、得られたクローンを1コピーDNAに連結して1.3 mer DNAクローン(pSbCMV1.3)を作製した。pSbCMV1.3を全身感染宿主であるインゲンマメ(品種:本金時)に機械接種したところ、接種後14日目にSbCMV野生株を接種した場合とまったく同様のモザイク症状が全接種個体で観察された。さらに、ドットブロットハイブリダイゼーションと電子顕微鏡観察によってもすべての個体からウイルスDNAと粒子が検出された。以上からpSbCMV1.3が感染性クローンであることが確認された。

3.SbCMV各遺伝子の機能の解析

 pSbCMV1.3の重複部分以外に存在するORF Ia,Ib,II,III,IV,Vについてin vitro mutagenesisによって欠失あるいは発現停止変異を導入し、得られた各変異クローンをインゲンマメに接種した。その結果、Ia,II,III,IV,Vの各遺伝子の変異クローンでは全身感染が認められなかったのに対し、Ib遺伝子の変異クローンは親クローンと同様の病徴を呈して全身感染し、上葉からウイルス粒子とDNAが検出された。また、全身感染することが出来なかった各クローンの接種葉を用いてimmunoselection PCRを行ったところ、Ia遺伝子の変異クローンに限りその接種葉から微量のウイルス粒子が検出された。以上のことから、Ib遺伝子はウイルスの全身感染に不要な遺伝子であるのに対し、Ia,II,III,IV,Vの各遺伝子は全身感染に必須であり、このうち、Ia遺伝子は本研究結果とアミノ酸配列の相同性から細胞間移行タンパク質をコードしていることが証明された。なお、Ib遺伝子の翻訳産物は全身感染に不要だが、この遺伝子の内部塩基配列には逆転写反応のプライマー結合部位(PBS)と推定される配列が含まれており、この部位に変異を導入した場合にはウイルスの複製が認められなかった。また、IV遺伝子に関してはアミノ酸シークエンシングにより外被タンパク質遺伝子であることが確認された。

4.SbCMVのmRNAの解析

 SbCMV感染葉を用いてウイルスDNAから転写されるmRNAのノーザン解析を行ったところ、約8.2 kbおよび約1.8 kbのRNAが検出された。8.2 kbのRNAはそのサイズがゲノムDNAとほぼ一致し、ゲノムの各領域をカバーするすべてのDNAプローブと反応することから、プレゲノムRNA(複製中間体)であると考えられた。このプレゲノムRNAの両末端をマッピングしたところ、5'末端がG6181、3'末端がC6230〜A6232にそれぞれ位置し、両末端の配列が約50bほど重複していることが示された。G6181は既にトランジェントアッセイでプロモーター活性が確認されているNCRに位置し、その上流にはTATA box(-34)が存在することから、NCRプロモーターがプレゲノムRNAの転写に与っていることが示された。一方、1.8 kbのRNAはVI遺伝子を含むプローブとのみ反応したことから、このRNAはCaMVの19S RNAに相当するVI遺伝子mRNAであることが示された。なお、既報ではORF III内の領域にプロモーター活性が見出されているが、SbCMVの感染葉からはこのプロモーターに依存して転写されたmRNAは検出されなかった。

 以上、本研究で得られた結果と既報のアミノ酸配列の相同性のデータから、SbCMVの各遺伝子産物は、Iaが細胞間移行タンパク質、Ibが全身感染に不要な機能不明タンパク質、IIおよびIIIが全身感染に必須の機能不明タンパク質、IVが外被タンパク質、Vがプロテアーゼ/リバーストランスクリプターゼ、VIが封入体タンパク質であり、また、IbうちのPBSの配列が複製に必須であることが明らかにされた。一方、ウイルスDNAの転写産物としてプレゲノムRNAとORF VIのmRNAが見出され、NCRプロモーターがプレゲノムRNAの転写に与っていることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

 ダイズ退緑斑紋ウイルス(Soybean chlorotic mottle virus : SbCMV)は本邦にのみ分布し、ダイズなど4種のマメ科植物にだけ感染する径約50nmの球状の2本鎖DNAウイルスである。本ウイルスはカリモウイルス科SbCMV様ウイルス属に属し、すでにそのゲノムの全塩基配列の解析から8個の遺伝子(Ia、Ib、II、III、IV、V、VI、VII)が存在することが明らかにされている。しかし、それら各遺伝子の機能については直接的な証明がなされていない。また、SbCMV感染葉で転写されているウイルスmRNAについても不明のままである。

 そこで、本研究では、最初にSbCMVゲノムの全塩基配列の再解析によって若干の配列の修正を行った後、本ウイルスの感染性DNAクローンを作製し、これを用いたin vitro mutagenesisによって各遺伝子の機能を明らかにするとともに、ウイルスmRNAについても解析することを目的として研究を行った。得られた成果の概要は次のとおりである。

1.ダイズ退緑斑紋ウイルス(SbCMV)の全塩基配列の改訂

 SbCMVゲノムの全塩基配列は既に報告されているが、本研究では以降で行う変異導入実験に正確な塩基配列情報が必要不可欠であることから、まず、PCRダイレクトシークエンシングにより、SbCMVゲノムの全塩基配列の再解読を行うこととした。その結果、SbCMVゲノムは既報より3bp長い全長8178bpからなることが明らかになった。さらに、本研究で得られた塩基配列を既報のものと比較したところ、52箇所の塩基置換、13箇所の塩基挿入、10箇所の塩基欠失が見出され、OPF Ia以外の7個のORFで推定アミノ酸配列を一部変更した。

2.SbCMVの感染性DNAクローン(pSbCMV1.3)の構築

 ウイルス遺伝子の機能を解析するためには、まず感染性クローンを構築し、これに種々の遺伝的変異を導入した後、表現形質の変化をみることが重要である。本研究では、SbCMVが環状ゲノムであるため、その一部配列を重複させることによって、感染性の1.3mer DNAクローン(pSbCMV1.3)を作製した。

3.SbCMV各遺伝子の機能の解析

 pSbCMV1.3の重複部分以外に存在するORF Ia、Ib、II、III、IV、Vについてin vitro mutagenesisによって欠失あるいは発現停止変異を導入し、得られた各変異クローンをインゲンマメに接種した。その結果、Ia、II、III、IV、Vの各遺伝子の変異クローンでは全身感染が認められなかったのに対し、Ib遺伝子の変異クローンは親クローンと同様の病徴を呈して全身感染し、上葉からウイルス粒子とDNAが検出された。また、全身感染することが出来なかった各クローンの接種葉を用いてimmunoselection PCRを行ったところ、Ia遺伝子の変異クローンに限りその接種葉から微量のウイルス粒子が検出された。以上のことから、Ib遺伝子はウイルスの全身感染に不要な遺伝子であるのに対し、Ia、II、III、IV、Vの各遺伝子は全身感染に必須であり、このうち、Ia遺伝子は本研究結果とアミノ酸配列の相同性から細胞間移行タンパク質をコードしていることが証明された。なお、Ib遺伝子の翻訳産物は全身感染に不要だが、この遺伝子の内部塩基配列には逆転写反応のプライマー結合部位(PBS)と推定される配列が含まれており、この部位に変異を導入した場合にはウイルスの複製が認められなかった。また、IV遺伝子に関してはアミノ酸シークエンシングにより外被タンパク質遺伝子であることが確認された。

4.SbCMVのmRNAの解析

 SbCMV感染葉を用いてウイルスDNAから転写されるmRNAのノーザン解析を行ったところ、約8.2kbおよび約1.8kbのRNAが検出され、さらに、8.2kb RNAはプレゲノムRNAであり、1.8kb RNAはVI遺伝子mRNAであることが示された。

 以上、本研究によって、SbCMVの各遺伝子産物は、Iaが細胞間移行タンパク質、Ibが全身感染に不要な機能不明タンパク質、IIおよびIIIが全身感染に必須の機能不明タンパク質、IVが外被タンパク質、Vがプロテアーゼ/リバーストランスクリプターゼ、VIが封入体タンパク質であり、また、IbのうちのPBSの配列が複製に必須であることが明らかにされた。さらに、ウイルスDNAの転写産物としてプレゲノムRNAとORF VIのmRNAが見出された。

 本研究で得られた成果は学術上、応用上寄与するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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