No | 116520 | |
著者(漢字) | 岸本,宏之 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キシモト,ヒロユキ | |
標題(和) | ストレス応答性キナーゼMKK7によるSAPK/JNKの活性化機構およびその生理的役割の解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 116520 | |
報告番号 | 甲16520 | |
学位授与日 | 2001.04.11 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第966号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序 Stress-Activated Protein Kinase/c-Jun N-terminal Kinase(SAPK/JNK)は熱、紫外線などの物理化学的ストレスや炎症性サイトカインによって活性化されるキナーゼの一つである。活性化されたSAPK/JNKはc-Junファミリーなどの転写因子のリン酸化によって遺伝子発現を調節し、アポトーシス誘導やストレス応答の制御に関与することが知られている(Fig.1)。 SEK1はSAPK/JNKをリン酸化、活性化するセリン/スレオニン及びチロシンキナーゼ(dual-specificity kinase)であり、当初唯一のSAPK/JNK活性化因子として知られていた。我々はsek1遺伝子のジーンターゲッティングにより、SEK1を介した情報伝達は、マウス発生過程においては胎児の初期肝形成に必須の役割を果たしていること、免疫系においては胸腺T細胞の生存シグナルとして働くことを示してきた。このとき末梢T細胞では、SEK1が存在しないにも関わらずSAPK/JNKの活性化が認められたことから、他のSAPK/JNK活性化因子SEK2の存在が想定された。そしてSEK2の実体としてクローニングされたのがMKK7である。 本研究において私はMKK7の免疫系における生理的役割を明らかにする目的で、mkk7遺伝子のジーンターゲッティングを行った。キメラマウスを用いた免疫担当細胞での解析を行い、細胞周期制御におけるMKK7→SAPK/JNKシグナル系の役割、MKK7とSEK1による協調的なSAPK/JNKの活性化の分子機構について新たな知見を見出した。 1.mkk7遺伝子欠損ES細胞の作出 mkk7遺伝子は10kbpの範囲内にすべてのExonが含まれるコンパクトな構造をとっていた(Fig.2A)。二つの相同染色体上のmkk7遺伝子を共に破壊し、MKK7を完全に欠損したES細胞を作出するために2種のTargeting vectorを作成した。Targeting vector 1は相同組換えによるネオマイシン耐性遺伝子の挿入によりmkk7遺伝子を破壊するもの、Targeting vector 2はCre-loxPシステムにより条件付きでmkk7遺伝子を破壊するものである。mkk7遺伝子欠損マウスは胎生致死になることが予想されるが、今回作出したES細胞を用いて将来的にコンディショナルノックアウトマウスの作成が可能である。まずTargeting vector 1を用いて一方の相同染色体上のmkk7遺伝子が破壊されたmkk7+/-ES細胞を得た。次にTargeting vector 2を用いて、もう一方の相同染色体上のmkk7遺伝子のゲノムにloxP配列を導入し、さらにCreを発現させて両相同染色体上のmkk7遺伝子を破壊したmkk7-/-ES細胞を得た。このmkk7-/-ES細胞ではMKK7が完全に欠失していた(Fig.2B)。 2.mkk7遺伝子変異キメラマウスの作出 V(D)J組換能を失ったrag1遺伝子変異マウスはT・B細胞を産生できないので、rag1遺伝子変異の胚盤胞にES細胞を導入すればES細胞由来のT・B細胞が産生されるようになる。このシステムを利用して、rag1遺伝子変異の胚盤胞とmkk7-/-ES細胞からmmk7-/-T・B細胞を有するキメラマウスを作出した。またmkk7-/-マスト細胞をキメラマウス骨髄から薬剤選択によって調製した。 3.mkk7遺伝子欠損T・B細胞およびマスト細胞の解析 まずmkk7-/-T細胞を解析した。胸腺、末梢におけるT細胞の発生は正常であり、末梢T細胞の活性化、胸腺T細胞のT細胞受容体やFasを介したアポトーシスについても野生型と同等であった。しかし胸腺T細胞のT細胞受容体を介した刺激による増殖を検討したところ、過増殖を示すことが明らかになった。次にB細胞についても同様の解析を行った。骨髄、脾臓におけるB細胞の発生は正常であった。そしてB細胞の活性化による増殖について調べたところ胸腺T細胞と同様に過増殖を示した。これらの結果はMKK7は胸腺T細胞やB細胞の増殖制御において抑制性の役割を担っていることを示唆している。以下、この表現型の詳細な分子メカニズムを生化学的に解析することを考え、長期培養が可能なマスト細胞の解析を行った。マスト細胞のInterleukin-3(IL-3)、Stem Cell Factor(SCF)による増殖を調べたところ、mkk7-/-マスト細胞はやはり過増殖を示した(Fig.3A)。つまり増殖刺激に対する過増殖はmkk7遺伝子を欠損したT・B細胞、マスト細胞に共通にみられる表現型であった。このマスト細胞における細胞周期制御因子の発現状態を検討したところ、細胞周期のG1からS期への移行の促進に関与するCyclin D1の発現が亢進しており、逆に細胞周期阻害に関わるp16INK4aの発現がほぼ消失していることが見出された(Fig.3B)。以上からmkk7-/-マスト細胞の過増殖性は、MKK7→SAPK/JNKシグナル系による細胞周期に関わる因子の転写制御が失われた結果であることが示唆された。 4.mkk7遺伝子欠損細胞におけるSAPK/JNKの活性化 mkk7-/-マスト細胞におけるSAPK/JNKの活性化を検討したところ、野生型でみられるIgEやストレス刺激による強いSAPK/JNKの活性化はほぼ完全に消失していた(Fig.4A)。このmkk7-/-マスト細胞では野生型に比べSEK1は遙かに高いレベルで発現しており、さらに高レベルでリン酸化を受けていることが明らかになった(Fig.4B)。すなわち、mkk7-/-マスト細胞では活性化されたSEK1が過剰に存在するにもかかわらずSAPK/JNKは活性化されていない。同様にmkk7-/-ES細胞におけるSAPK/JNKの活性化を検討した。熱ショック、UVといった物理化学的ストレスよって活性化された場合のSAPK/JNKの活性は著しく減少していた。これらの結果は、MKK7非存在下では強いSAPK/JNKの活性化はおこらないというもので、マスト細胞やES細胞においては、SEK1とMKK7はそれぞれ単独では強いSAPK/JNKの活性化に十分ではなく、協調的に働くことが必要であることが示唆された。 総括 MKK7を欠損した胸腺T細胞、B細胞そしてマスト細胞は、それぞれの増殖刺激に対して過増殖を示すことが見出された。マスト細胞における生化学的解析により、これはMKK7欠損により、細胞周期を制御する因子Cyclin D1、p16INK4aの発現調節が失われた結果であることが示唆された。転写因子JunBがp16INK4aの転写を直接活性化することが知られているので、MKK7→SAPK/JNKのシグナル系がJunBを介して細胞周期を制御している可能性が考えられる。一方、MKK7を欠失したマスト細胞においては、活性化したSEK1が過剰に存在するにも関わらずSAPK/JNKは活性化されないことが見出された。この結果から、細胞内においてMKK7とSEK1はそれぞれ単独でSAPK/JNKを活性化するのではなく、協調的に働いていることが示唆された。本研究により、MKK7を介したSAPK/JNKシグナル系について、免疫担当細胞の細胞増殖の抑制という新たな役割を見出すことができた。またそれぞれ独立に機能すると考えられていたSEK1とMKK7が、協調的にSAPK/JNKを活性化していることが明らかになった。 Fig.1 哺乳類のSAPK/JNKシグナル伝達経路 Fig.2 マウスmkk7遺伝子の構造およびジーンターゲッティング Fig.3 野生型およびmkk7遺伝子欠損マスト細胞におけるサイトカイン刺激による細胞増殖と細胞周期制御因子の発現 Fig.4 マスト細胞におけるSAPK/JNKの活性化とSEK1の発現およびリン酸化状態 | |
審査要旨 | Stress-activated protein kinase/c-Jun N-terminal kinase(SAPK/JNK)は,熱,紫外線などの物理化学的ストレスや炎症性サイトカインによって活性化されるプロテインキナーゼファミリーのメンバーである。リン酸化によるSAPK/JNKの活性化は,c-Junなどの転写因子をさらにリン酸化し,遺伝子発現を介してアポトーシスの誘導やストレス応答を制御している。SEK1はSAPK/JNKをリン酸化するセリン/スレオニン及びチロシンキナーゼ(dual-specificity kinase)であり,当初唯一のSAPK/JNK活性化因子と考えられた。しかし,sek1遺伝子のジーンターゲッティングによる解析から他のSAPK/JNK活性化因子(SEK2)の存在が想定され,その実体としてMKK7が単離・同定された。「ストレス応答性キナーゼMKK7によるSAPK/JNKの活性化機構およびその生理的役割の解析」と題する本論文においては,免疫系におけるMKK7の生理的役割を解明する目的から,mkk7遺伝子のジーンターゲッティングを行なった。キメラマウス由来の免疫担当細胞を用いた解析から,MKK7→SAPK/JNKシグナル系が細胞周期を抑制的に制御すること,さらに,MKK7とSEK1による協調的なSAPK/JNKの活性化機構を明らかにしている。 1.mkk7遺伝子欠損ES細胞と変異キメラマウスの作出 mkk7遺伝子は10 kbpの範囲内にすべてのエクソンが含まれる構造をとるが,二つの相同染色体上のmkk7遺伝子を共に破壊してMKK7を完全に欠損したES細胞を作出するために,2種のtargeting vectorを作成した。その一つは,相同組換えによるネオマイシン耐性遺伝子の挿入によりmkk7遺伝子を破壊するもの,もう一つは,将来的にコンディショナルノックアウトマウスの作成が可能となるよう,Cre-loxPシステムにより条件付きでmkk7遺伝子を破壊するものである。まず一方の相同染色体上のmkk7遺伝子が破壊されたmkk7+/-ES細胞を取得し,次にもう一方の染色体上のmkk7遺伝子のゲノムにloxP配列を導入し,Creを発現させて両相同染色体上のmkk7遺伝子を破壊したmkk7-/-ES細胞を作出した。このmkk7-/-ES細胞ではMKK7が完全に欠失していることを確認した。 V(D)J組換能を失ったrag1遺伝子変異マウスはT・B細胞を産生できないので,rag1遺伝子変異の胚盤胞にES細胞を導入すればES細胞由来のT・B細胞が産生されるようになる。このシステムを利用して,rag1遺伝子変異の胚盤胞とmkk7-/-ES細胞からmkk7-/-T・B細胞を有するキメラマウスを作出した。また,キメラマウスの骨髄から薬剤選択によって,mkk7-/-マスト細胞も調製した。 2.mkk7遺伝子を欠損したT・B細胞およびマスト細胞の特性 胸腺,末梢におけるmkk7遺伝子欠損T細胞の発生は正常であり,末梢T細胞の活性化,胸腺T細胞のT細胞受容体やFasを介したアポトーシスについてもmkk7遺伝子欠損の効果は認められなかった。しかし,胸腺T細胞のT細胞受容体刺激を介した増殖は逆に増強され,mkk7遺伝子欠損が過増殖の表現型を示すことが明らかにされた。B細胞においてもT細胞と同様の効果が認められることから,MKK7は胸腺T細胞やB細胞の増殖制御において抑制性の役割を担うことが示された。この表現型の分子機構を生化学的に解析するために,長期培養が可能なマスト細胞を用いて解析を行った。interleukin-3, stem cell factorによるマスト細胞の増殖は,mkk7遺伝子欠損で同様に増強された。細胞周期制御因子の発現状態を解析した結果,細胞周期のG1からS期への移行において,促進的に関与するcyclin D1の発現が亢進しており,逆に抑制的に関わるp16INK4aの発現がほぼ消失していることが見出された。すなわち,MKK7→SAPK/JNKシグナル系は細胞周期を抑制的に制御しており,mkk7-/-マスト細胞の過増殖性は,周期関連転写因子の制御不全に起因することが明らかにされた。 3.mkk7遺伝子欠損細胞におけるSAPK/JNKの活性化動態 mkk7-/-マスト細胞におけるSAPK/JNKの活性化を検討した結果,野生型で認められるIgEやストレス刺激による強いSAPK/JNKの活性化はほぼ完全に消失していた。このmkk7-/-マスト細胞では,野生型に比べてSEK1が著しく高発現しており,さらに刺激によるSEK1のリン酸化も増大していた。しかしながら,SAPK/JNKの活性化は観察されなかった。mkk7-/-ES細胞におけるSAPK/JNKの活性化を同様に検討した結果,熱ショック,UVといった物理化学的ストレスよるSAPK/JNKの活性は著しく減弱していた。これらの結果は,SEK1とMKK7はそれぞれ単独ではSAPK/JNKの活性化に不十分であり,協調的に働くことが必要であることを意味している。 以上を要するに,本研究は,ジーンターゲッティングによりMKK7を欠損させた諸種の免疫担当細胞を用いてその増殖能を解析し,MKK7が細胞周期を制御する因子cyclin D1, p16INK4aの発現を調節するという新規のシグナル伝達経路を提唱している。さらに,それぞれが独立して機能すると当初考えられていたSEK1とMKK7が,協調的にSAPK/JNKを活性化することを明らかにしている。これらの研究成果は,今後の細胞のシグナル伝達研究に有用な知見を提供しており,博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。 | |
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