学位論文要旨



No 116521
著者(漢字) 正信,聡太郎
著者(英字)
著者(カナ) マサノブ,ソウタロウ
標題(和) 半潜水式超大型浮体に作用する風揚力および応答評価に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 116521
報告番号 甲16521
学位授与日 2001.04.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5012号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,英之
 東京大学 教授 前田,久明
 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 教授 影本,浩
 東海大学 教授 吉田,宏一郎
内容要旨 要旨を表示する

 近年、メガフロート実証実験用浮体モデルや沖縄普天間基地の代替海上へリポート計画に代表される大型浮体による海洋空間利用が注目されている。その中で、外洋に面した厳しい海域でも適用できる超大型浮体の実用化が強く求められており、厳しい環境でも成立すると言われている半潜水式超大型浮体の必要性が再認識されてきた。しかし、これを実用化するには、まだ研究が不十分な箇所も多く残されている。風荷重がその一つであるが、これまでの研究で半潜水式超大型浮体に作用する風揚力が係留システムのみでなく構造強度上からも検討する必要があることが指摘されている。安全性の確保の観点からも検討しなければならない重要な課題である。

 そこで、本研究では台風時のような強風と大波が共存する状況に半潜水式超大型浮体が晒されたとき、浮体に作用する風揚力の実用的な評価法を提案し、風波共存場における浮体の応答評価を行い風揚力が浮体の挙動に与える影響を明らかにして、風揚力の観点から望ましい浮体形式を探った。

 半潜水式超大型浮体に作用する風揚力評価に際して、揚力を時間平均成分と変動成分にわけて考えた。揚力はデッキ上下面の圧力差によって生じるのでさらにそれぞれをデッキ上下面の風圧モデルにわけた。平均揚力が発生する主要な物理現象はFig.1の上図に示すように、デッキ上面前縁付近の剥離−再付着現象とデッキ下の風速の低下によって生じるデッキ上下面の圧力差であることを示した。剥離−再付着現象では接近流の乱れの強さとデッキ型深さが、またデッキ下の風速低下を引き起こすものとしてデッキ下面の遮蔽影響を支配するデッキ下部空間体積に対するコラムの体積比、デッキ下面−静水面間距離に対するデッキ長さが主要なパラメータであると考え、風水洞実験結果および数値シミュレーション結果と照らし合わせながら式(1)に示す平均風圧モデル式を提案した。変動揚力は、Fig.1の下図に示すような強風と大波が共存している場合波周期で変動する成分が卓越しているのでこれをモデル化した。変動揚力は、波長、波振幅、デッキ下面−静水面間距離が支配的であると考え、式(2)に示すようにこれらをパラメータとした風水洞実験結果からモデルの構築を行った。

 平均揚力モデル

 変動揚力モデル

 ここに、φ:デッキ下部空間体積に対するコラムの体積比、Iu:流入風の乱れの強さ、ζ:波振幅、B:デッキ下面−静水面間距離、λ:波長、D:デッキ型深さ、t:時刻であり、長さの次元についてはデッキ長さL、時間の次元については波周期Tで無次元化している。

 得られた平均揚力モデルは本実験結果および他の実験結果と良い相関を示しており、特に浮体の短辺方向に平行に風が吹くような二次元性が強く風方向のデッキ長さが比較的短い状態のとき有効であることが確認された。また、変動揚力モデルは設計上重要であると考えられる風上についてほぼ妥当な評価を与えることが確認された。

 風揚力モデルのパラメータの確定および数値決定のための資料を得るために、主要パラメータと風揚力との関係を風水洞実験により定量的に評価した。

 風水洞実験は運輸省船舶技術研究所の変動風水洞で行った。実験は2種類行い、最初の実験は半潜水式超大型浮体の部分模型に関するものでコラム1本が支持するデッキに作用する風揚力を計測した。2番目の実験はコラムがなく、デッキ模型単体を水面上に配置したものでデッキ面に作用する風圧を計測した。計測結果から、平均揚力は風上端部付近で大きいことが確認された。これはデッキ上面の前縁付近で発生する強い負圧領域とデッキ下面のコラムの存在による流れの堰き止め効果によって発生する正圧領域の作用によるものである。風下では平均揚力は風方向に徐々に減少していく。デッキ上面では再付着点以降平均風圧は回復し一定になるのに対してデッキ下面では全圧の損失により平均風圧が降下するためであると考えられる。コラム径が大きくなると流れの堰き止め効果が増して特に風上で平均揚力が上昇する。また、風方向のデッキ長さが相対的に短いときデッキ下面の平均風圧はコラムの影響が支配的であるが、デッキが相対的に長くなるとデッキ長さの影響が無視できなくなることがわかった。デッキ長さの影響と構造物の側面から逸れ外部に流出する風が端部に限定されているため大部分が二次元的な流れになるため、全体の平均揚力は従来型の半潜水式浮体の3倍程度生じる可能性がある。上載構造物がデッキ上面に建造される場合、上載構造物の屋根面で同様の剥離現象が生じるためその位置付近で平均揚力が増加する。そのため設計において風揚力評価の点からも上載構造物の配置の検討が必要である。規則波を伴う場合、変動揚力は波周期変動成分とみなしてよい。変動揚力はコラム径の影響がほとんどなく、デッキ下面−静水面間距離と波条件で決定されると考えてよいことがわかった。また、比較的低い波高では揚力の変動振幅はデッキ下面−静水面間距離に対する波振幅の比と線形関係にあり、この特性から大波高時に平均揚力に匹敵する量になる可能性がある。風上の剥離点付近では変動揚力振幅の分布形状は波周期に依存せず、主に前縁の剥離−再付着現象に関連する。

 実験で得られない風の場全体の情報を得るために、CFDプログラムを開発し、コラムの存在による平均揚力の発生機構、デッキに作用する変動風圧と波面との相関を調べた。計算アルゴリズムはABMAC法に基づき、波面を進行する壁面として波面境界条件にはすべり条件を課した。定性的情報を得ることが目的であるため、モデルは単純なものとした。一連のシミュレーション結果から、デッキ下面の平均風圧の降下は主に粘性による全圧損失に起因しているものであることを確かめ、コラム径とデッキ下の風速低下の関係を示した。また、各波周期に対する風圧の変動振幅に関して実験結果と同様の傾向が得られた。

 半潜水式超大型浮体を弾性支床上の梁にモデル化し、波浪外力と提案した風揚力モデルで評価した風揚力を外力に組み込むことによって風波共存場における半潜水式超大型浮体の弾性応答評価を行うためのプログラムを作成した。半潜水式超大型浮体の部分模型に関する風水洞実験を行い、作成したプログラムを検証した。この実験も運輸省船舶技術研究所の変動風水洞で行った。計算結果を実験結果と比較したところ、作成したプログラムはほぼ妥当な評価をしていることが確認された。次に、このプログラムを用いて半潜水式超大型浮体に関するパラメトリックスタディを行い風揚力が浮体応答に与える影響について調査した。

 浮体の短辺方向に平行に風が吹くような風方向に配置されたコラム数が比較的少ない場合、デッキ長さの影響は少なく、平均揚力はコラム径−コラム間隔比によって決定されると考えられる。ここで円柱コラムを考えた場合、前述したφとコラム径−コラム間隔比D'との関係は、である。Fig.2に示したグラフはユニット数を一定にしてコラム径を変化させたときのデッキの変位である。コラム径−コラム間隔比0.4程度までは全体の平均揚力はコラム径の増加に伴い直線的に増加するので、浮体の復原力がコラムの水線面積に比例することを考慮するとコラム径が大きいほうが浮体の変位が少ない。ここで検討した風方向に14本コラムがある浮体では、コラム径−コラム間隔比が0.4のとき風速50m/sの強風下でデッキ前縁で約2m上向きに変位した。また、コラム径−コラム間隔比が0.4を超えるとデッキ前縁での全圧損失が顕著になり全体の平均揚力はほとんど変化しなくなるので、やはりコラム径が大きいほうが有利である。コラム径の小さい浮体を設計する場合、上下方向の運動を拘束する係留システムを採用することによって成立すると考えられる。

 Fig.3にコラム径を一定にして風方向のユニット数を変化させたときのデッキの変位を示す。ユニット数が増えてくると、浮体のデッキ剛性が相対的に柔らかくなり、デッキの風上側がx/L=0でめくれ上がるようになる。ユニット数がさらに増加してくると全体の平均揚力は増大していき変位量も大きくなるが、あるユニット数を超えるとデッキ下を風がほとんど通り抜けなくなりデッキ下面に流入する風の運動エネルギは前縁付近でほとんど損失するため、デッキの変形は前縁付近に限られ全体としてはほとんど変位しなくなる。そのときのユニット数はコラム径に依存しており、検証実験で行ったコラム径−コラム間隔比0.17の浮体では100ユニット程度であると考えられる。

 Fig.4に検証実験で用いたコラムフーティングタイプの浮体に関して風速を変化させたときの浮体の応答の変化を示す。変動揚力は波面の位相に依存するため、支持浮体に作用する波力との位相差によって浮体の応答に与える影響が異なっていることがわかる。T=23s付近にある波なし周期を境に上下方向波強制力の位相が逆転する。そのため、波なし周期より短い周期では変動揚力は波力を打ち消す方向に作用するため波のみを考慮したときよりも応答は減少し、周期が長くなると逆に外力を増大する方向に作用し応答は増大することがわかった。変動揚力はコラムの影響を比較的受けないため、受ける波力が小さい支持浮体形式ほど変動揚力による影響が相対的に大きいといえる。したがって、ロワーハルタイプやコラムフーティングタイプでは波なし周期付近では変動揚力が浮体の応答に対して支配的になると考えられる。コラム支持タイプはコラム径が大きいほど波力も増加するため変動揚力の影響は相対的に小さくなる。

 このような考察から、コラム径の太いコラム支持タイプが風揚力の影響を受けにくい浮体形式であると考えコラム支持タイプの半潜水式超大型浮体の試設計を行い、風揚力による応答を抑えることができることを確かめ、応答設計方針の有効性を示した。

Fig.1 揚力の発生機構

Fig.2 コラム径の違いによるデッキの変位の変化

Fig.3 ユニット数の違いによるデッキの変位の変化

Fig.4 風波共存場でのデッキ前縁における変位応答(コラムフーティングタイプ)

審査要旨 要旨を表示する

 国土が狭く、平地の少ない島国である我が国にとって、海洋の空間を有効に利用することは重要である。ポンツーン型の超大型浮体を静穏な海域に浮かべて空港などの用途に用いるための研究が、メガフロート技術研究組合を中心に大掛かりに行われている。一方、我が国における海洋空間の利用を考える場合、静穏な海域のみを対象とするばかりではなく、海象条件の厳しい湾口や沖合いにおける海洋空間の利用も必要となることが考えられる。このため、耐波性の良い半潜水式超大型浮体の研究の必要性が再認識されてきている。この形式の浮体を実用化するための検討は、ポンツーン型の超大型浮体に比べて不十分な点が多く残されているのが現状である。

 本研究は外洋における利用に適した半潜水式超大型浮体について、設計上の観点から重要性を指摘されながら、本格的な検討の十分に行われていなかった風荷重に着目し、そのうち風揚力について詳細な検討を行ったものである。まず、強風と大波が共存する状況に遭遇した場合の揚力の発生メカニズムを明らかにした上で、揚力の実用的な評価モデルを提案し、検証を行った上で、実際の半潜水式超大型浮体に適用して、応答を評価し実験との比較を行っている。さらに、一連の計算結果に基づいて、揚力を考慮した場合の望ましい浮体形式の提案を行っている。

 揚力の評価モデルの構築に当たっては、発生する揚力を時間平均成分と変動成分に分けて考えている。さらに各成分はデッキ上面およびデッキ下面の風圧モデルに分けて与えている。平均揚力が発生する主要な物理現象はデッキ上面前縁付近の剥離−再付着現象とデッキ下の風速の低下によって生じるデッキ上下面の圧力差であることを実験より示した。剥離−再付着現象では接近流の乱れの強さ、デッキ型深さが支配的なパラメータとなる。またデッキ下の風速低下を引き起こすものとしてデッキ下面のカラム群の遮蔽影響を挙げ、デッキ下部空間体積に占めるコラムの体積比、デッキ下面−静水面間距離に対するデッキ長さを主要なパラメータとして、これらを考慮した揚力モデルを作成している。さらに、変動揚力については波周期で変動する成分が卓越していため、波条件を考慮したモデル化を行っている。その上で、運輸省船舶技術研究所の変動風水洞を用いた多数の実験結果および数値シミュレーション結果と照らし合わせながらモデルの係数を特定し、確定している。得られた平均揚力モデル、変動揚力モデルは実験結果と良い相関を示しており、特に設計上重要であると考えられる風上部分について妥当な評価を与えることを示した。

 実験で得られない風の場全体の情報を得るために、CFDプログラムを開発し、コラムの存在による平均揚力の発生機構、デッキに作用する変動風圧と波面との相関を調べている。計算アルゴリズムはABMAC法に基づき、波面を進行する壁面として波面境界条件にはすべり条件を課したものである。一連のシミュレーション結果から、デッキ下面の平均風圧の降下は主に粘性による全圧損失に起因しているものであることが確かめられた。また、各波周期に対する風圧の変動振幅に関して実験結果と同様の傾向を得ている。

 得られた揚力評価モデルについては、半潜水式超大型浮体を弾性支床上の梁にモデル化し、波浪外力および提案した風揚力モデルで評価した風揚力を外力に組み込むことによって風波共存場における半潜水式超大型浮体の弾性応答評価を行った。さらに、半潜水式超大型浮体の部分模型に関する風水洞実験を行い、作成したプログラムの検証を行っている。計算結果を実験結果と比較した結果、作成したプログラムはほぼ妥当な評価を与えることが確認された。次に、このプログラムを用いて半潜水式超大型浮体に関するパラメトリックスタディを行い風揚力が浮体応答に与える影響について調査を行っている。

 浮体の応答に関して、全体の平均揚力はコラム径−コラム間隔比0.3程度まではコラム径の増加に伴い直線的に増加するので、浮体の復原力を考慮するとコラム径が大きいほうが浮体の変位が少なくなることが分かった。ここで検討した浮体は風方向に14本コラムがある浮体で、コラム径−コラム間隔比が0.3のとき風速50m/sの強風下でデッキ前縁で約2m上向きに変位している。また、コラム径−コラム間隔比が0.3を超えるとデッキ前縁での全圧損失が顕著になり全体の平均揚力はほとんど変化しなくなるので、コラム径が大きいほうがさらに有利となる。

 浮体が長くなると、浮体のデッキ剛性が相対的に柔らかくなり、デッキの風上側がめくれ上がるようになる。浮体長さがある程度を超えるとデッキ下を風がほとんど通り抜けなくなりデッキ下面に流入する風の運動エネルギは前縁付近でほとんど損失するため、デッキの変形は前縁付近に限られ全体としてはほとんど変位しなくなる。

 変動揚力は、支持浮体に作用する波力との位相差によって浮体応答に与える影響が異なっていることがわかった。波強制力は波無し周期を境に位相が反転する。そのため、波無し周期より短い周期では変動揚力は波力を打ち消す方向に作用するため、波のみを考慮したときよりも応答は減少し、周期が長くなると逆に外力を増大する方向に作用し応答は増大することがわかった。変動揚力はコラムの影響を比較的受けないため、波から受ける波力が小さい浮体形式ほど変動揚力による影響が相対的に大きいことが分かった。したがって、ロワーハルタイプやコラムフーティングタイプでは波無し周期付近では変動揚力が浮体の応答に対して支配的になると考えられる。コラム支持タイプはコラム径が大きいほど波力も増加するため変動揚力の影響は相対的に小さくなる。

 このような考察から、コラム径の太いコラム支持タイプが風揚力の影響を受けにくい浮体形式であると考え、コラム支持タイプの半潜水式超大型浮体の試設計を行い、風揚力による応答を抑えることができることを確かめ、応答設計方針の有効性を示した。

 以上、本論文は、超大型浮体に作用する風荷重のうち風揚力についてその重要性を指摘した上で、実用的な揚力評価モデルを提案し、浮体の弾性応答を評価し、設計への有効な提案を行ったものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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