学位論文要旨



No 116522
著者(漢字) 竹内,伸介
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,シンスケ
標題(和) マルマンクランプ型接手の分離に関する研究
標題(洋)
報告番号 116522
報告番号 甲16522
学位授与日 2001.04.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5013号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 近藤,恭平
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 助教授 青木,隆平
内容要旨 要旨を表示する

 マルマンクランプ型分離接手は衛星打ち上げに多用される分離機構の一形態であり、機構の特徴から特に、衛星とロケットを結合/分離する分離機構に用いられることが多い。最も一般的なマルマンクランプ型分離接手の機構の概念図を図1に示す。マルマンクランプ型分離接手は、フランジを有する上下段2つの円筒もしくは円錐台と、マルマンバンドと呼ばれる内面にV字型の溝がつけられた帯とで構成されており、上下段のフランジ部を合わせてマルマンバンドのV字型の溝に嵌め、バンドで締め付けることにより結合を行なう。またマルマンクランプ型分離接手の分離は、火工品と称される火薬を動力源とする装置を用いてマルマンバンドを切断することにより行われる。実際のマルマンクランプ型分離接手の設計には荷重、分離衝撃、分離速度、分離擾乱等の設計条件が課されている。このうち特に分離衝撃については、忠実にマルマンクランプ型分離接手のモデル化を行って分離衝撃の解析を行う場合には、解析が接触問題を含む動的解析問題となり、計算量などの面が問題となるため、解析的に分離衝撃を予測できた例は現在のところ報告されていない。実際の接手の開発は、過去の実験値から経験的に分離衝撃を予測して搭載機器用の衝撃設計基準を設定し、ある程度開発が進んだ段階で接手を試作して分離実験を行い、実際に発生する衝撃が設定した衝撃設計基準以下であることを確認するという形で行われている。そこで本研究では、マルマンクランプ型分離接手の分離時に発生する衝撃を、実際的な計算量で定量的に予測する手法の確立を目指す。いくつかの条件の下で実験を行い、実験結果から分離衝撃の発生メカニズムについて考察し、その考察結果に基づいて分離衝撃に対する定量的な予測法を提案し、さらにその予測法を応用した接手構体の設計改善法について考察する。

 第1章は序論であり、まずマルマンクランプ型分離接手の機構について解説している。またマルマンクランプ型分離接手に対する設計条件を挙げ、各条件について従来行われてきた研究及び現段階で確立されている設計手法について概説し、特に本論文で問題としている分離衝撃加速度について現在用いられている一般的な設計手法と、実際の実験結果と経験式による衝撃設計基準の比較とを示している。衝撃加速度の評価には、衝撃応答スペクトル(Shock Response Spectrum,以下SRS)と呼ばれる指標を用いた。SRSは図2に示すような固有振動数f0、共振倍率Q=10である一自由度系に衝撃加速度yが作用したときに、質点に発生する加速度xの絶対値の最大値を固有振動数f0の関数としてのように表すものである。SRSは通常、衝撃の評価に多用されており、衛星の衝撃設計基準としても用いられる。本研究でも衝撃加速度の評価にSRSを用いた。

 第2章ではまず最初に分離実験の概要と、行った実験内容とその目的、及び実験結果の評価法について解説している。次に接手構体の寸法及び材質が分離衝撃に及ぼす影響を調べるために、表1に示す接手半径と材質が異なるA〜Dの4種類の接手構体を用意し、分離実験を行って分離衝撃加速度のデータを収集した。さらに後の衝撃発生メカニズムの考察に役立つように実験条件を変更し、発火する火工品の数を変更した実験、分離用バネを用いない実験、バンド張力を変更した実験、バンド質量を増加させた実験等を行った。それに続く分離実験結果の整理にあたっては、まず、同一条件下での実験で得た衝撃計測値を比較してその再現性を見極め、この再現性を念頭において各実験結果を吟味した。その結果、実験結果の整理/考察から以下の知見を得た。

 1.分離時に接手構体上各部に発生する衝撃値は、火工品や張力調整機構からの距離にほとんど依存しない

 2.分離時に発生する衝撃は、マルマンバンド締め付け力にほぼ比例する

 3.マルマンバンド質量が増加すると、分離時に発生する衝撃は減少する傾向がある

 4.分離用バネの有無が、分離時に発生する衝撃に与える影響は小さい

 5.分離時に発生する半径方向衝撃のSRSが最大値となる周波数はほぼ、接手構体の比剛性の平方根に比例し、接手構体の半径に反比例する(図3参照)

 第3章ではマルマンクランプ型分離接手の分離衝撃を現実的な計算量で定量的に予測する計算法の提案を行っている。まず最初に分離衝撃の発生メカニズムについて考察を行った。分離衝撃の要因として、火工品の化学的エネルギ、分離用バネの歪みエネルギ、バンドの歪みエネルギ、構体の歪みエネルギを考え、第2章の実験結果で得られた知見1.〜4.と一般的なマルマンクランプ型分離接手の運動に対する考察から、分離衝撃の要因は構体に蓄えられた歪みエネルギによって発生する接手構体の振動が支配的であるとの仮説を立てた。しかしこの仮説に従い接手構体の振動を計算するにあたり、接手構体やマルマンバンドを忠実に有限要素モデル等でモデル化して分離解析を行うと、複雑な接触問題を含む動的解析を実施することとなり、計算量が膨大となるため計算法として非現実的になるという問題が生じる。そこで接触問題を避けるために、マルマンバンドが接手構体に及す影響を簡略にモデル化した簡易マルマンバンド張力モデル及び簡易マルマンバンド質量モデルを提案した。簡易マルマンバンド張力モデルは、マルマンバンドの張力が接手構体の振動に及ぼす影響をモデル化したものであり、マルマンバンドの単なる外力としてのモデル化、及びマルマンバンドの張力変化は瞬間的にバンド全体に伝達されるという仮定からなる。また簡易マルマンバンド質量モデルは、マルマンバンドの質量が接手構体の振動に及ぼす影響をモデル化したものであり、マルマンバンドから張力が失われた後のマルマンバンドの単なる質量としてのモデル化、及びその質量が接手構体の振動に影響を及ぼさなくなる時刻τを一自由度系の振動に基づいて類推した仮定からなる。

 まず接手構体を有限要素モデルでモデル化して固有値解析を行い、得られた固有振動モードを用いて提案した2つの簡易モデルに従ってモード法による衝撃加速度の計算を行った。その結果、図4に示すように、実験で得られた最大の衝撃(図4の例では半径方向)とほぼ一致する計算結果(図4中太実線)を得た。なお図中には、参考としてNASAの文献に基づいて計算した経験式による衝撃設計基準も点線で示している。先に述べたように、現在のマルマンクランプ型分離接手の分離衝撃の予測は経験式と実験値に頼っており、解析的な手法である程度精度の良い分離衝撃の予測が行えるようになったことは大きな進歩である。また、異なる実験条件に対応するように計算条件を変更して衝撃加速度の計算を行い、対応する実験結果との比較から、この計算法を用いて実験条件の差によって生じる衝撃加速度の差が再現できることの確認を行った。

 またこの計算結果における振動モードの解析から、半径方向の衝撃加速度のSRSが最大になる点においては軸対称振動が支配的であることが判明した。そこでさらに簡略な衝撃加速度の予測法として、Donnelの方程式に基づいて軸対称円筒殻の固有値解析を行い、求めた軸対称固有振動モードを用いてモード法によって衝撃加速度を計算する簡易計算法をも提案した。その結果、図4中灰色実線に示すように、半径方向衝撃のSRSが最大となる周波数及びその最大値が実験値とほぼ一致する計算結果を得た。この簡易計算法は先の有限要素法を用いた計算法よりもさらに簡略であり、また設計時に重要な値となる半径方向衝撃のSRSの最大値および最大値を生じる周波数をある程度精度良く予測できるため、特にマルマンクランプ型分離接手開発の初期段階で有用であると言える。またこの軸対称円筒殻の解析解から、半径方向衝撃のSRSが最大となる周波数はほぼ接手構体の比剛性の平方根に比例して接手構体の半径に反比例することを示し、実験から得られた知見5.を理論的に裏付けている。

 第4章では第3章で提案した衝撃予測法を実際の接手の設計に応用する例として、最適設計問題を取り上げた。ある接手構体を例とし、その接手構体と同一の荷重条件に耐え、かつその接手構体と同一重量の条件下で、分離衝撃が最小となる接手構体の設計を求めた。その結果、例とした接手構体と同一重量で、かつ発生する衝撃が約3割軽減された接手構体の設計を得ることができた。3割減少という値はそれほど大きな値ではないが、これは出発点とした設計が既に比較的良い設計であるためであり、最適設計の効能を否定するものではない。また最適化結果に対する考察から、実際の接手構体の設計指針として、接手構体に作用する荷重のうち、軸方向引張力が支配的な場合は接手構体半径が小さい方が、また曲げモーメントが支配的な場合には接手構体半径が大きい方が、発生する衝撃が小さくなるという結果を示した。

 最後に第5章は結論である。

本論文では、実験結果に対する考察からマルマンクランプ型分離接手の分離衝撃の発生メカニズムを明らかにし、それに基づいた現実的かつ定量的な衝撃予測法を提案している。またこの予測法を設計に応用することで、接手構体の設計が改善可能であることを示している。

表1:A〜D接手構体の概要

図1:マルマンクランプ型分離接手の概念図

図2:SRS振動モデル

図3:接手構体半径に対するSRSが最大になる周波数の補正値のプロット

図4:計算結果例:分離衝撃の実験値と計算値のSRSの比較

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)竹内伸介提出の論文は、「マルマンクランプ型接手の分離に関する研究」と題し、5章からなっている。

 多段ロケットの段間の結合や、衛星とロケットの結合には分離接手が用いられる。これらの分離接手には、結合時には高い強度と剛性が必要とされ、分離時には確実で擾乱の少ない分離動作が求められる。そのために、少量の火薬を用いた火工品の動作により分離する仕組みの分離接手が多数考案され、実用に供されている。これらの分離接手の分離動作に伴い、一定の衝撃加速度が発生することは避けられず、この衝撃加速度は場合によってはロケットや衛星の搭載機器を破壊し、あるいは誤動作を誘起する。従って、この衝撃加速度の値を接手の設計パラメタの値の関数として知ることは、搭載機器の開発の上からも、低衝撃接手の開発の上からも、極めて重要である。本研究で取り扱っているマルマンクランプ型接手は、V字型断面のフランジを端部に有する2つの円筒をフランジ部で合わせ、両フランジ部をV字状の溝を有するマルマンバンドで締めて結合し、火工品でバンドを切断することにより分離を実現する仕組みの分離接手であり、分離時の衝撃が比較的小さいことから、特に衛星分離に古くから多用されている。しかし、その分離衝撃加速度については、現象が複雑であることから、解析的に値を予測した報告は皆無であり、現実の実機開発では、先行する類似の分離接手についての経験と、事後の確認試験に頼っているのが現状である。

 この様な現状に鑑み、本論文では、マルマンクランプ型接手の分離時に発生する衝撃加速度を定量的に予測する手法の確立を目指している。先ず大小4種のマルマンクランプ接手を用いて、各種条件の下で多数の分離実験を行い、測定した分離衝撃加速度に基づき、分離衝撃発生のメカニズムについて考察している。さらに、考察結果に基づき、現実的な計算量で分離衝撃を定量的に予測する方法を提案し、これにより得られる分離衝撃加速度を実測値と比較して、ほぼ実用に耐えうる程度に予測可能であることを示している。さらにその予測法を用いて、低衝撃に向けた接手構体の設計指針について考察している。

 第1章は序論であり、本研究の背景を述べ、関連する研究及び技術の現状を紹介しながら、本研究の必要性と目的を明らかにしている。

 第2章では、現実の宇宙プロジェクト用に開発されたものと同等の、材質および直径の異なる4種のマルマンクランプ接手を用いて、各種条件の下で計17回の分離実験を行い、接手構体上の多数の位置で分離衝撃の測定を実施している。更に、測定した分離衝撃を分析することにより、火工品の火薬の発火による衝撃は接手構体上では支配的でないこと、衝撃加速度の値はマルマンバンドの張力にほぼ比例すること、マルマンバンドの質量が増加すると衝撃加速度は低下する傾向にあること、衝撃加速度における支配的な成分の周波数はほぼ接手構体材料の比剛性の平方根に比例し、接手構体の半径に反比例することなどを明らかにしている。

 第3章では、マルマンクランプ型接手の分離衝撃加速度を定量的に予測する手法の提案と、その評価を行っている。

 まず、第2章の実験結果で得られた知見とマルマンクランプ型接手の分離動作に対する考察から、分離衝撃加速度については、構体に蓄えられた歪みエネルギの解放によって発生する接手構体の振動が支配的であるとの仮説を立てている。しかし、本仮説に従って接手構体の衝撃加速度を求めるために、接手構体とマルマンバンドを有限要素法を用いて忠実にモデル化して分離のシミュレーションを行うには、マルマンバンドと接手フランジ間の複雑な接触問題を含む動的解析が避けられず、計算量が非現実的に膨大となる。そこで本論文では、現実の現象を考察した上で、マルマンバンドと接手フランジ間の接触は接手構体の軸対称最低次モードの振動位相のみにより支配される等の近似を導入した上で、モード法による解析を、第2章で実施した多数の実験条件について実施している。その結果、分離実験で衝撃加速度が最大であった半径方向、および軸方向については、実測の衝撃加速度の値とほぼ一致する結果を得ている。

 更に、上記解析結果では軸対称振動モードが支配的である点に着目し、より簡略な予測法として、軸対称固有振動モードのみを用いて衝撃加速度を求める簡易計算法をも提案し、解析結果を実験結果と比較吟味して、ある程度の精度での予測が簡便に行えることを示している。

 第4章では、第3章で提案した衝撃加速度予測法を実際の接手の設計に活用する例として、低衝撃分離接手の最適設計問題を取り扱っている。総重量、耐荷重性など分離接手に対する一般的な要求条件の下で、分離衝撃の最小化に向けた接手の設計が可能であることを示している。

 第5章は結論であり、本論文で得られた成果を要約している。

 以上要するに、本論文は、衛星打ち上げなどに多用されるマルマンクランプ型分離接手の分離衝撃加速度について、多くの実験により支配的な発生メカニズムについて考察し、従来は専ら経験に頼って予測していた衝撃加速度の値を、現実的な計算量で定量的に予測する手法を提案するとともに、その実用性を示したものであり、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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