学位論文要旨



No 116523
著者(漢字) 藤松,信義
著者(英字)
著者(カナ) フジマツ,ノブヨシ
標題(和) 地面効果によって生じる垂直着陸ロケットの機体底面空気力に関する研究
標題(洋)
報告番号 116523
報告番号 甲16523
学位授与日 2001.04.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5014号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 藤井,孝蔵
 東京大学 助教授 田村,善昭
内容要旨 要旨を表示する

 現在、再使用型宇宙輸送往還機の開発機運が各国で高まっている。その中の概念の一つである垂直着陸型ロケットは翼を持たないため機体が軽量であること、地面に垂直に着陸するので、長大な滑走路を必要としないなどの利点がある。垂直着陸型ロケットは逆噴射を行い、減速して地面に軟着陸する。特に、ノズル出口面積を差し引いた機体底面積が広いため、着陸直前にはノズル噴流と地面、機体表面や地上風などが干渉し合うことで、機体底面に形成される圧力分布が全機空力特性に与える影響は大きいと考えられる。そのため、着陸直前の機体に作用する空気力について調べることは、機体と着陸地点の安全を確保する意味でも重要となる。本論文は、このような垂直着陸型ロケットの機体底面流れに着目し、流れ場と底面空気力との関係について研究するものである。

 本論文の内容は以下の通りである。

 第1章ではこれまでの垂直着陸型ロケットに関する研究、また、衝突噴流に関する実験的・数値的研究について概観する。その中で、地面効果を受ける垂直着陸型ロケットについて明らかにされていない現象と、その重要性を示し、本論文の目的と意義を述べる。

 第2章では地面効果によって生じる垂直着陸型ロケットの底面空気力に関する実験結果を示す。実験は1本のノズルを模型底面に取り付け、地面板に向かって噴きつけることで行ない、このときの底面圧力を測定することで、空気力を調べた。また、垂直着陸型ロケットは上昇中に燃料を消費して、着陸時には打ち上げ時の機体重量よりも軽くなっている。このとき、ノズル推力が絞られた状態で着陸すると考えられ、設計圧力比よりも低い条件で実験を行なった。実験結果から、ノズル半径の約3倍の臨界高度を境に底面圧力分布のパターンが次のように切り替わることが分かった。一つは臨界高度以上で、ほぼ大気圧に近い状態から機体外縁に向かって圧力が低くなる分布であり、もう一つは臨界高度以下で、機軸側に圧力が低下し、機体外周に向けて大気圧へと漸近する分布である。このとき機体を地面に引き寄せるように力が生じており、地面に近づくにつれて、その力は強まり、最終はノズル推力と同程度に達した。このような空気力の発生は、ノズル周囲に大面積を持ち、そこでの底面圧力の変化が機体に働く全空気力に強く影響する垂直着陸ロケットに特有の現象であるといえる。可視化実験から、臨界高度以上では機体周りの大気が機体底面に吸い込まれ、臨界高度以下では吸い込みが生じない様子が観測された。可視化実験と底面圧力分布から臨界高度以下の底面流れ場には渦が存在すると推定された。次に、地面にラフネスを与えた実験を行なった。このとき、臨界高度以下での下向き空気力はラフネスを与えないときよりも弱くなった。また、機軸側に底面圧力が下がりにくくなったことから、地面粗さによって、運動量散逸が促進され、機体底面に生じる渦が弱められたと考えられる。これは機体底面での渦の存在を示唆すると共に、渦が底面空気力の発生に深く関与していると考えられる。このような観点から、機体周囲を薄い板でスカート状に巻きつけて吸い込みを遮断し、スカート内の機体底面に渦を発生させるような実験を行なった。このとき、臨界高度以上では下向き空気力はスカートが無い場合よりも強くなった。また、臨界高度以下では、スカートが無い場合よりも下向き空気力が弱くなった。これまでの実験から、渦と底面空気力の発生は深く関係していることが予想された。最後に、噴流同士の干渉効果によって生じる底面空気力を調べるために、4本のノズルを機体底面に正方形に配置して実験を行なった。これは1本のノズルとの底面空気力の違いを調べることが目的である。このとき、底面圧力分布はノズル同士の間の機体底面中央で圧力が高くなり、機体外周に向かうにつれて圧力が低くなった。その結果、下向き空気力は1本のノズルのときより弱くなった。機体底面中央での圧力上昇は地面でジェットが巻き上がることで循環領域が生じ、機体底面中央で淀んでいると推定された。機体下面で生じる渦が圧力を上昇させる性質は1本のノズルの時と異なり、噴流干渉効果に特有であるといえる。

 第3章では本研究における数値計算の目的、及び、数値計算手法、単一ノズル形状の計算パラメータについて述べる。基礎方程式は層流軸対称Navier-Stokes方程式とし、SHUSスキームを用いて解析を行った。計算領域はノズル内部、機体底面、機体周りを含む遠方場の3領域を解いている。数値解析は底面流れ場を調べることで、2種類の底面圧力分布が生じるメカニズムを明らかにすること、粗い地面やスカートを取り付けた機体での渦と底面空気力の関係を説明することが目的である。

 第4章では1本のノズルを持つ機体底面の数値解析結果から底面空気力の発生メカニズムについて明らかにする。地面に衝突するジェットは非定常流れであり、底面圧力分布は時間的に変化する。そこで、時間平均した解析結果と実験結果を比較した。このとき、実験から確認された2種類の底面圧力分布をよく再現していた。また、時間平均した解析結果から流れ場を可視化してみたところ、臨界高度以下では機体底面に定在する渦状構造が見られ、臨界高度以上では機体周りから底面への吸い込みが生じており、実験結果から推定された流れ場と良く類似していた。このときのノズル流は設計圧力比より低い状態で作動しているため、ノズル壁から流れは剥離しており、衝撃波セル構造を形成する。そのため、ノズル推力を調べると、設計値よりも低い値となった。また、下向き空気力とノズル推力から正味推力を求めると臨界高度前後でノズル推力は全てキャンセルされ、ノズル流を噴射していても上向きの力は発生しないことが明らかになった。解析結果を時間平均すると底面圧力分布や、可視化実験から推定された流れ場を再現できることが分かったが、この結果では底面圧力分布パターン、すなわち、機体底面で吸い込みや渦状構造が形成されるメカニズムを説明できない。そこで、非定常流れに着目した。瞬間の流れ場から、ノズル流はせん断層が振動しながら渦を発生し、この渦は地面に衝突した後、地面に沿って対流していく様子がみられた。時間平均した流れ場では見られない、これらのせん断層から生じる渦が底面空気力の発生を説明するカギになると考えられる。そこでまず、渦の発生原因を調べた。ノズル出口付近の圧力履歴から周波数特性を調べると、ある周波数でピークを取った。これはノズル−地面間で、特徴的な波の存在を意味する。また、ノズル−地面間での圧力勾配の時間履歴から、ノズルと地面の各方向に進行する波が見られた。これらの波は渦と圧力波であり、その数と圧力履歴の波の数がほぼ一致したことからfeed back loopの存在が確認された。これにより、せん断層は振動し続け、渦が発生する。また、ノズル内径方向の格子を粗くして、粘性を人工的に強くすると、せん断層が振動しないため、feed back loopが発生しないこと、同時に、2種類の底面圧力分布パターンが再現されないことが分かった。これはせん断層から生じる非定常渦が底面空気力の発生に深く関与していることを意味する。そこで、次に地面を沿って対流する渦の挙動に着目した。2種類の底面圧力分布パターンが現われるそれぞれの高度で渦の軌跡を調べると、臨界高度以下では渦が機体底面に衝突し、臨界高度以上では渦は機体底面に当たらないことが分かった。このときの渦の挙動をより詳細に調べるために、流れ場の可視化から渦を追跡した。臨界高度以下では、せん断層の振動で発生した渦がプレートショック後の膨張波によって加速し、地面から剥離する。このとき、渦は上向きに傾き、対流する向きを変える。その後、機体底面と衝突して、機体底面に渦状構造を誘起する。この渦状構造が機軸側で圧力を下げる。一方、臨界高度以上では、せん断層から生じた渦は、機体底面から十分離れているので、臨界高度以下のように渦は機体底面に当たらない。渦は地面に沿って対流し続けると共に、せん断層から新たに生じた渦と干渉し合いながら、大きな渦へと成長する。この渦が機体周りの大気を巻き込み、吸い込みを生じる。以上のことから、2種類の底面圧力分布が形成されるメカニズムは、せん断層から生じる渦が地面に沿って流れるとき、機体底面と干渉するか、しないかによって区別される。壁乱流モデルを入れた解析では、臨界高度以下の底面圧力分布は滑らかな地面よりも下がりにくく、実験と定性的に似た結果になった。臨界高度以下の瞬間の流れ場は滑らかな地面の場合と良く似ており、機体底面で渦状構造が生じるメカニズムは同様に説明できる。時間平均した流れ場の速度ベクトルと渦度分布から、滑らかな地面よりも境界層厚さが増すこと、また、渦度分布から機体底面に定在する渦状構造が弱くなることが確認された。これは地面でジェットが乱され、滑らかな地面よりも運動量散逸が促進されたことを意味する。スカートを取り付けた機体の底面空気力特性は、臨界高度以上でスカートが無い場合よりも下向き空気力が大きくなり、臨界高度以下でスカートが無い場合より下向き空気力が小さくなるという実験結果と定性的に似た結果となった。瞬間の流れ場はスカート無しの場合と良く似ており、機体底面で渦状構造や吸い込みが生じるメカニズムは同じであるといえる。臨界高度以上では、スカートの下から吸い込みが発生するが、時間平均を取った流れ場からスカートの内側の機体底面外周で、渦状構造が確認され、これが下向き空気力の発生を促す原因であることが分かった。また、臨界高度以下では、機体底面に機軸側に渦状構造が生じていた。これはスカート無しの場合に似た流れ場であるが、ジェットの流出口はスカート長さだけ狭まるので、底面圧力が下がりにくくなる。その結果、下向き空気力が弱まったといえる。

 第5章では噴流同士の干渉効果について数値解析を行なった。基礎方程式は3次元Navier-Stokes方程式であり、計算領域は1本のノズルで行なった場合と同様である。また、対称条件を課さず、ノズル4本を同時に解いている。解析の結果、非対称流れ場になることは無かった。時間平均した底面圧力分布は機体底面中央で圧力が上昇し、機体外周に向けて圧力が低下した。また、流れ場の可視化から、ノズル同士の間では再循環領域が形成されており、機体底面で淀んでいることが確認された。これが機体底面中央で圧力が上昇する理由である。このとき、機体周りの大気は機体底面へ吸い込まれており、これにより機体外周の圧力が低くなる。瞬間の流れ場からは、せん断層の振動で生じる渦の存在が確認された。これはノズルが複数ある場合でもfeed back loopが存在することを意味する。数値解析から得られた底面空気力と実験結果の比較から、実験で計測されていない機体外周での底面圧力分布が下向き空気力の発生に大きく寄与することが分かった。また、ノズル4本の合計推力の高度変化は1本のノズルの場合とほぼ同じであった。これは噴流同士の干渉がノズル推力そのものに及ぼす影響が小さいことを意味する。

 第6章では本論文の結論を述べる。以上まとめると、地面効果を受ける垂直着陸ロケットに発生する特徴的な下向き底面空気力の発生メカニズムは、噴流境界せん断層の振動による渦発生と、それが地面を沿って流れる際の挙動によって説明されることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)藤松信義提出の論文は、「地面効果によって生じる垂直着陸ロケットの機体底面空気力に関する研究」と題し、本文6章および付録3項から成っている。

 逆噴射によって減速しながら降下し地面へ垂直に軟着陸する垂直着陸ロケットは、翼を持たないため軽量化が可能なこと、着陸に長大な滑走路を必要としないこと、などの利点から次世代再使用型宇宙輸送機として有望視されている形式のひとつである。その機体は単段式とするため巨大な燃料および酸化剤タンクを内蔵し、ノズル出口面積に比べ非常に大きな底面積を有する。これは、底面での圧力分布が相対的に大きな空気力を発生することを意味しており、特に、着地直前の噴流が地面と干渉する状況において注意が必要である。しかし、過去に行われた衝突噴流に関する研究では、噴流を出している機体側への空力的影響についてほとんど考慮されていない。

 このような観点から、筆者は実験と数値解析を行い、噴流の地面効果によって機体に生ずる下向き空気力の特性を明らかにし、その原因となる機体底面下での特徴的流れ場形成のメカニズム解明に成功している。着地直前での下向き空気力の発生は墜落事故に結びつきかねないものであり、本論文は将来の垂直着陸ロケット開発に際し有用な知見をもたらすものである。

 第1章は序論で、これまでの垂直着陸ロケットおよび衝突噴流に関する研究を概観し、本論文の目的と意義を明確にしている。

 第2章では、実験とその結果が述べられる。底面に1個ないし合計推力が等しい4個のノズルを持つ模型を製作し、地面板に噴流を噴きつけた時の底面圧力の時間平均値が得られている。機体は着陸時に軽くなっており、大きな推力を必要とせず、設計値より低い圧力比で噴射が行われる。そのため、ノズル壁で流れは剥離し、衝撃波セル構造が形成されているのが特徴である。ノズル1個の場合、底面圧力分布には2種類のパターンがあり、両者が切り替わる臨界高度の存在が見出された。すなわち、臨界高度以上では中央のノズルから機体外縁に向かって弱い負圧が生じるパターンとなり、臨界高度以下ではノズル近傍で圧力が低下し機体外周に向かって大気圧へと回復するパターンとなる。筆者は流れの可視化結果と総合させて、前者を機体底面下への周辺大気の吸込み、後者を底面下ノズル近傍での渦状構造流れの存在で説明できると述べている。さらに、底面圧力を積分することで機体に生ずる下向き空気力を算出しており、その絶対値は地面に近づくほど大きくなり、ついにはノズル推力を上回ることを指摘している。また、地面粗さや底面外周でのスカート装着の効果、ノズルが4個となった時の特性についても明らかにしている。

 第3章では数値解析法の詳細が述べられている。基礎方程式は軸対称および3次元層流ナヴィエ・ストークス方程式であり、計算スキームにはSHUS法が用いられている。また、地面粗さ効果を考慮するために導入された乱流モデルについても説明されている。

 第4章では1個のノズルの場合に関する数値解析結果が示されている。まず、時間平均した解析結果が検討され、底面圧力分布と底面空気力ともに実験とよく一致することを確認し、2章で述べた底面流れパターンが数値解析でも得られることを示している。しかし、筆者は、噴流の衝突は本質的に非定常であり、それを考慮しないと現象のメカニズムは説明できないとし、噴流境界における渦の周期的発生と地面衝突後の渦の挙動に分けて詳細な検討を行っている。すなわち、噴流境界では剪断層のケルビン・ヘルムホルツ不安定によって渦が生じるが、その渦が地面と衝突する際に音波を発生し、剪断層とフィードバックループを形成する。これが噴流界面での周期的な渦発生のメカニズムであると述べ、その周波数がPowellのモデルで説明できることを示している。地面に衝突した渦は機体底面に向かって反射される。臨界高度以上において、渦は底面と衝突せずに機体外縁下から出ていくが、その際に周辺大気の吸込み流れを誘起する。一方、臨界高度以下では、渦が底面に衝突し、底面下ノズル近傍で渦状構造流れが誘起されることを明らかにしている。さらに、地面粗さとスカートの効果についても数値解析を行い、前者は底面流れの渦状構造を弱め下向き空気力を小さくすること、後者はその内側に渦状構造流れを誘起し臨界高度以上で下向き空気力を強めること、を見い出している。

 第5章は4個のノズルの場合に関する結果とその考察である。このとき、噴流間で再循環領域が形成され、それが機体底面中央部で淀むことにより圧力上昇が起こることを示し、これが底面に4個のノズルを有する場合では1個のノズルの場合と比べて下向き空気力が小さくなる理由であると説明している。

 第6章は結論であり、本研究で得られた知見をまとめている。

 付録は3項から成り、実験に使用した装置の詳細、超音速噴流の非定常振動現象を対象とした数値計算コードの検証、衝突噴流の振動に関するPowellのモデルに関する説明がなされている。

 以上要するに、本論文は地面効果によって垂直着陸ロケット底面に生じる下向き空気力の特性を実験的に明らかにし、流れ場の非定常数値解析からそのメカニズムが、噴流境界せん断層での渦発生と、それが地面に沿って流れる際の挙動によって説明できることを明らかにしたものであり、流体力学に新しい知見をもたらすとともに、垂直着陸ロケットの着陸安全性とその対策に重要な指針を与え、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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