学位論文要旨



No 116525
著者(漢字) 三邉,敏博
著者(英字)
著者(カナ) ミナベ,トシヒロ
標題(和) 酸化チタン表面光励起現象の特性評価
標題(洋) Characterization of Photo-induced Phenomena on Titanlum Dioxide Surfaces
報告番号 116525
報告番号 甲16525
学位授与日 2001.04.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5016号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 助教授 椿,範立
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 酸化チタンの表面光励起現象には、光触媒分解反応および光誘起超親水化反応が知られ、すでにそれらの特性を利用した殺菌、防汚、浄化、防曇を目指した実用化が発展している。しかし、これらの反応機構の解明は不十分な状態にある。本研究では、酸化チタン表面光励起現象の基礎過程研究の一環として以下に示す(1)光触媒反応による吸着種の分解過程、および(2)光誘起超親水性反応の機構解明を課題とした。

 1.酸化チタン光触媒による液体および固体有機化合物の分解(光触媒分解作用・防汚機能)

 常温で液体または固体の高分子量の有機化合物を試料として、反応諸条件を変えた場合の反応速度および系全体の反応収支について検討を行った。

 2.酸化チタン表面の光誘起親水化現象に対する熱処理および排気処理効果(セルフクリーニング・防曇機能)

 表面吸着水の状態を変えた場合の親水性の変化および光誘起親水化速度の相違比較により、酸化チタン表面の吸着水と親水性の関係を考察した。

 2.実験

 2-1.試料

 試料として、アナタース型酸化チタン薄膜およびルチル型単結晶を用いた。アナタース型酸化チタン薄膜(酸化チタン膜厚:0.4μm)は、透明ガラス基板上にチタンテトライソプロポキシド溶液をディプコーティング法により塗布した。ガラス基板からのNa拡散等による活性の低下を防ぐため、厚さ0.2μmのシリカプレコートを行い、その上に酸化チタンコートしたものを500℃で焼成することにより活性の向上を施した。また、FT-IR測定には、CaF2基板上に、密着をよくするために水で希釈した溶液を厚さ0.05μmのブレコートし、さらにその上に酸化チタンをコートした膜(酸化チタン膜厚:0.4μm)を用いた。ルチル型単結晶には、(110)および(001)面のものを使用した。親水性の膜として成膜直後のものを、低親水性の膜として暗所で長時間保持したものを使用した。

 2-2.励起光

 波長365nm付近の光を透過する干渉フィルターにより、ブラックライト(照射強度:0.8-1.1mW cm-2)または紫外線発生装置(照射強度:10-40 mW cm-2)からの光を分光することにより紫外線を得た。

 2-3.親水性の評価

 表面の親水性は、水の接触角により評価した。

 2-4.酸化チタン光触媒による液相および固相有機化合物の分解

 生活空間における汚れのモデル物質として直鎖のオクタデカン(C18H38)、ステアリン酸(C17H35COOH)、トリオレインを用いた。官能基の相違による分解速度の変化を観察するため、FT-IR測定を行った。それぞれの反応速度については、基板部は電子天秤(精度:10μg)による重量により、そして、気相部はメタナイザーを付加したガスクロマトグラフ(GC)によるCO2濃度測定(検出限界:アセトンに対して、〜3.5nmol cm-2 h-1、ホルムアルデヒドに対して、〜1.2nmol cm-2 h-1)により求めた。反応諸条件として、湿度および温度、紫外線強度、初期反応物質重量を変えた。生成物の分析として、GCを用いた。また、それらの結果を用いて、分解における物質の収支を求めた。

 2-5.酸化チタン表面の光誘起親水化現象に対する熱処理および排気処理効果

 加熱処理(100-200℃)および真空処理(〜5×10-6 Pa)により酸化チタン表面の吸着水状態を変化させた。処理前後における水接触角および、光誘起親水性の速度を測定した。

 3.結果および考察

 3-1.酸化チタン光触媒による液相および固相有機化合物の分解

 オクタデカンのアナタース型酸化チタン薄膜による光触媒分解において、25℃、1atm、低湿度雰囲気(<10% RH、RH:相対湿度)下では、紫外線照射(0.8mW cm-2)直後から一定の速度で分解し、反応収支としては、気相に二酸化炭素のみ発生してその他の有害物質は検出されなかった(図1)。ステアリン酸(図2、紫外線強度:0.8mW cm-2)およびトリオレイン(紫外線強度:1.1mW cm-2)についても同様の傾向が見られた。オクタデカンおよびトリオレインは25-50hで完全に分解したが、ステアリン酸(膜厚:520nm)の場合は、100h経過しても基盤に反応物質が分解しないで残留物が一部(31%)残った。それらをGCにより解析を行ったところ、5h後も20h後も中間体はそれぞれ、初期反応物の0.48%、2.43%といずれもわずかであった。残存物が残る原因として、(1)高分子化合物が生成した、(2)ラジカルカップリングにより枝別れした、(3)ステアリン酸と基板との物理的接触状態を考慮する必要があることのいずれかが考えられる。

 ステアリン酸の場合、25℃では、湿度が<10% RHから>90% RHへ上昇すると、反応速度は48nmolC cm-2 h-1から20 nmolC cm-2 h-1へ遅くなり、残存物の量は54%から31%へ増加した。

 官能基の影響については、FT-IR測定の結果、オクタデカンのメチル基(2960cm-2)およびメチレン基(2925および2850cm-2)の分解速度はほぼ同じであった(図3)が、オレイン酸の二重結合(3020cm-2)の分解速度は、単結合(2935および2850cm-2)の分解と比較して速かった(図4)(紫外線強度:1.1mW cm-2)。

3-2.酸化チタン表面の光誘起親水化現象に対する熱処理および排気処理効果

 アナタース型酸化チタン薄膜に熱処理(100-200℃)を行うと、室温では、表面の親水性が低いものは親水性が向上し、親水性が高いものはほとんどもとの親水性のままであった。一方、排気処理(〜5×10-6 Pa)を行った場合、室温では、初期接触角が小さい親水性のものは接触角が増加して(24°±1°から67°±1°へ)酸化チタン表面の親水性は減少したが、初期接触角が大きい低親水性のものは接触角にほとんど変化が見られず(78°±1°から82°±1°へ)、親水性は変わらなかった。これらのことから、熱処理および排気処理ともに表面の吸着水が脱離する傾向があるが、両者の表面の特性は逆になることがわかった。アナタース型酸化チタン薄膜を150℃で加熱処理を行うと、親水性の薄膜の光誘起親水化速度(紫外線照射強度:0.1mW cm-2)にほとんど変化が見られなかったが、低い親水性の膜については向上した(図5)。一方、〜5×10-6 Paの排気処理を施すと、親水性薄膜の光誘起親水化速度(紫外線照射強度:0.1mW cm-2)は低下したが、低親水性膜についてはほとんど変化が観察されなかった(図6)。これらの処理により吸着水の状態が変化したが、加熱処理により物理吸着水のみならず化学吸着水も脱離し、また、排気処理では物理吸着水のみが脱離しいると思われる。FT-IRによる3655cm-1付近に見られる酸性ブリッジOH基および3420 cm-1に見られる塩基性ターミナルOH基のそれぞれの量が増加するに従い、親水性が向上した。このことから、表面のOH基の量に応じて、親水性が変化することがわかった。

 4.結論

 防汚で特に話題となるサラダオイル類似化合物であるオクタデカンやステアリン酸、トリオレインの酸化チタンによる光触媒分解では、気相には二酸化炭素のみが発生して、その他の有害な物質は見つからなかった。つまり、これらの反応は安全に進行することがわかった。ステアリン酸の場合は基板に残留物が残るが、表面に高分子化合物等の難分解性物質が生成したため反応が進まなくなったと考えられ、これらは、完全に分解すること思われる。この残留物も高温または低湿度では減少した。また、官能基の影響として、単結合より二重結合の方が分解しやすいことがわかった。酸化チタン表面の親水性および光誘起親水化速度では吸着水の状態に関係があり、特に親水性は、表面OH基の量に依存した。このように光誘起親水化反応の高感度化のためには表面水酸基の状態と量を制御することが必要となることが明らかになった。

図1 25℃、低湿度(<10% RH)雰囲気下でのオクタデカンの(A)重量変化(●)および二酸化炭素濃度(○)vs.照射時間(B)消費重量(●)および生成二酸化炭素濃度(○)の炭素換算(照射強度:0.8mW cm-2)。

25時間後の重量変化および二酸化炭素生成の速度定数は、それぞれ、0.70および0.74mg cm-2 h-1である。

図2 25℃、低湿度(<10% RH)雰囲気下でのステアリン酸の(A)重量変化(●)および二酸化炭素濃度(○)vs.照射時間(B)消費重量(●)および生成二酸化炭素濃度(○)の炭素換算(照射強度:0.8mW cm-2)。

25時間後の重量変化および二酸化炭素生成の速度定数は、それぞれ、0.75および0.82mg cm-2 h-1である。

図3 (A)0h(実線)、2h(破線)、4h(点線)のIRスペクトル,(B) 25℃のディプコーティング法により製膜した酸化チタン上のオクタデカンの重量変化(○)、CH2逆対称伸縮2925cm-1(□)およびCH2対称伸縮2850cm-1 (+)、およびCH3逆対称伸縮2960 cm-1(×)の吸収vs.照射時間(照射強度:1.1mW cm-2)。

2時間後の重量変化の速度定数は、0.84mg cm-2 h-1である。

図4 (A)0h(実線)、2h(破線)、4h(点線)のIRスペクトル,(B) 25℃のディプコーティング法により製膜した酸化チタン上のトリオレインの重量変化(○)、CH2逆対称伸縮2925cm-1(□)およびCH2対称伸縮2850cm-1(+)、および=CH-伸縮3020cm-1(×)の吸収vs.照射時間(照射強度:1.1mW cm-2)。

2時間後の重量変化の速度定数は、6.6mg cm-2 h-1である。

図5 親水性膜の排気処理(5.0×10-6Pa)前(○)、後(●)、および低親水性膜の排気処理前(□)、後(■)の光誘起親水化曲線(照射強度:0.1mW cm-2)。

図6 親水性膜の加熱処理(150℃)前(○)、後(●)、および低親水性膜の加熱処理前(□)、後(■)の光誘起親水化曲線(照射強度:0.1mW cm-2)。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「酸化チタン表面光励起現象の特性評価」と題し、酸化チタンの表面光励起現象である(1)光触媒反応による吸着種の分解過程、および(2)光誘起超親水性反応の機構について研究したものであり、序論および4章からなる本論、結論より成る。序論では、酸化チタン光触媒の一般論および本論文の位置付け、第1章では、酸化チタン光触媒による液体および固体有機化合物の分解、第2章では、酸化チタン表面の光誘起親水化現象に対する熱処理および排気処理効果、第3章では、酸化チタン薄膜による長鎖有機化合物の光分解、第4章では、酸化チタンコートガラスの光触媒活性および光誘起親水性、結論では、本論文により新しく明らかになったことについて述べている。

 序論では、前半に酸化チタン光触媒全般の知られていることに関して、後半に本論文を書くきっかけとその近い周辺について細部に渡り詳しく書かれている。さらに、前半部では、本多・藤嶋効果および橋本やA.Heller等による光触媒、渡部等の光誘起親水化現象の発見および発明からはじまり、酸化チタンが光触媒分解反応および光誘起超親水化反応で知られ、それらの特性を利用した殺菌、防汚、浄化、防曇を目指した実用化に至った経緯や反応について述べている。後半部では、前半部に対して、本論文の位置付けに関して光触媒分解作用では特に防汚効果、光誘起親水化作用ではセルフクリーニング・防曇機能に着目したことについて書き、低分子の有機化合物全体の光触媒分解および酸化チタン光誘起親水化現象についてまとめてある。

 第1章では、常温で液体または固体の高分子量の有機化合物を試料として、反応諸条件を変えた場合の反応速度および系全体の反応収支について述べている。オクタデカンのアナタース型酸化チタン薄膜による光触媒分解において、紫外線照射直後から一定の速度で分解し、反応収支としては、気相に二酸化炭素のみ発生してその他の有害物質は検出されず、環境にたいして安全であることが明らかになった。ステアリン酸およびトリオレインについても同様の傾向が見られた。

 第2章では、表面吸着水の状態を変えた場合の親水性の変化および光誘起親水化速度の相違比較により、酸化チタン表面の吸着水と親水性の関係を考察している。アナタース型酸化チタン薄膜に対する熱処理および排気処理により吸着水の状態が変化したが、加熱処理により6配位の吸着水が脱離し、また、排気処理では6配位の吸着水のみならず欠陥サイトの解離吸着水も脱離していると考えている。酸性ブリッジOH基および塩基性ターミナルOH基のそれぞれの量が増加するに従い、親水性が向上することがわかった。このことから、表面のOH基の量に応じて、親水性が変化することが明らかになった。

 第3章では、オクタデカンの固相反応では、初期重量を変えても反応速度が変化しないことや表面に反応物が接触していることから、これらの反応では、表面反応であることを強調している。

 第4章では、ルチル型単結晶の面方位を変えた場合の光誘起親水化曲線の変化から、酸化チタン表面の構造と親水性の関係を考察している。酸化チタン表面のブリッジ酸素のみならず、3配位の酸素も紫外線照射により電荷分離により生成したホールと反応して酸素欠陥を生じることが明らかになった。

 結論では、本論文による新たな知見として、光触媒分解では、気相には二酸化炭素のみが発生して、その他の有害な物質は発生していないことを実験的に明らかにしている。さらに種々の分析手法を用いることにより、これらの有機物の反応は(1)酸化チタンに紫外光励起したときに発生する・OHラジカルなどの活性種による水素引き抜き反応、(2)生成した不安定種に空気中の酸素が付加することによる過酸化物の生成、(3)これらが連鎖的に進行していることが明らかになった。これらの結果は実用が進んでいる酸化チタン光触媒応用の安全性を保証するものとして大変重要な知見である。一方、酸化チタン表面の親水性および光誘起親水化速度では吸着水の状態に関係があり、初期の親水性に関与するものと、親水化速度に関与する表面OH基が存在することを明らかにしている。

 酸化チタンの表面光励起現象を利用した殺菌、防汚、浄化、防曇を目指した実用化が発展している中、これらの反応機構の解明は不十分な状態にあったが、本論文ではこれらの反応の基礎過程を明らかにしている。これらの結果は酸化チタン光触媒分野のさらなる発展に大きく寄与するものと考えられる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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