学位論文要旨



No 116526
著者(漢字) 足立,倫明
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,ミチアキ
標題(和) 水素化処理触媒の活性点に関する研究
標題(洋) Study on Active Sites of Hydrotreating Catalyst
報告番号 116526
報告番号 甲16526
学位授与日 2001.04.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5017号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 助教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 椿,範立
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 講師 冨重,圭一
内容要旨 要旨を表示する

 近年、環境保全を目的として、欧米を中心に軽油の品質規制をより厳しくしようするとする動きがある。その一環として、軽油の超低硫黄化がある。具体的には現行軽油の硫黄濃度が500ppmであるのに対し、この値を50ppm、さらにはそれ以下まで低減するという動きである。軽油の硫黄分は自動車排ガス中の浮遊粒子状物質生成原因の一つとされており、また排ガス浄化対策として期待されている酸化触媒、窒素酸化物還元触媒の触媒毒となることが背景にある。この目標値自体の根拠は明確でないものの、低硫黄化は我が国にも適用される方向で考えられてきている。

 このような背景の下、石油精製ではこれまで以上に高い精製度で軽油を生産する必要に迫られる。装置、プロセスそのものを見直し、リアクターの増強または高圧化のような対応はあるが、そのコストは莫大である。もっとも好ましい対応は水素化処理触媒の性能を向上させ、設備投資を抑えることである、高活性水素化処理触媒の開発は非常に重要なテーマである。

 石油精製で用いられている水素化処理触媒はこれまで主にMo系硫化物型触媒であり、これにCoやNiのようなプロモーターが添加されている。まだ、その活性点構造は明らかにはなっていないものの、近年キャラクタリゼーション手法の進歩により、硫化物触媒活性点の理解は深まってきている。ところがこれら触媒を製造した時、ユーザーが手にした時は酸化物の形であり、製造触媒の性能は結局、硫化工程を経て、活性試験をしてみなければわからないという現状である。硫化状態で高い活性点構造が決定されているのであれば、その前駆体が酸化物状態で既に存在しているという仮定の下、本研究は代表的な水素化処理触媒であるCo-Mo触媒に関し、活性点前駆体を明らかにすることを目的としている。本論文は全10章から成る。以下に各章を簡潔にまとめる。

 第1章は本研究の行われた背景と意義および本研究の目的について述べるとともに研究の概要を説明した。

 第2章では本研究で用いた触媒調製法および物性、活性測定法を述べた。特に本研究において最も注目したプロトン親和力分布(以下PADと略記)の考え方およびその意味を説明した。

 第3章ではアルミナ担持Co-Mo触媒のCo担持量の影響を検討した。Coを担持することにより、元のMo触媒とは異なるPADを示すことがわかった。一方、Coのみアルミナに担持した触媒はPADに変化をもたらさないことから、Mo触媒にCoを担持して現れるPADピークはCoとMoの相互作用した表面種(以下Co-Mo-Oと略記)に帰属されると推定した。またXPSの結果と考え合わせると、Co-Mo-O表面種を構成するCoは分散して存在していることが示唆された。過剰にCoを担持した場合、むしろCo-Mo-Oを示すPADピークが減少した。これは凝集したCo酸化物が表面に析出し、それがCo-Mo-Oを被覆したためと考えた。

 第4章ではMo担持量の影響を検討した。後に同量のCoを担持したが、先に担持したMoの量によってCo-Mo-O表面種の数は異なることがわかった。これはMoの配位状態に依存していると考えられ、ラマン分光法により、Co担持前のMo触媒が6配位の状態で存在する場合に、Co-Mo-O表面種を形成しやすいことが見出された。つまりCo-Mo-Oは6配位のMoと分散したCoから構成されることを提案した。

 第5章ではCo, Mo担持順序の影響を検討した。先にMoを担持し後からCoを担持した触媒および同時含浸した触媒はCo-Mo-O表面種が現れた。しかし先にCoを担持し後からMoを担持した触媒はむしろMo単独触媒に近いPADを示した。先にCoを担持すると凝集しやすく、ここでも分散したCoが必要であるという提案を支持する結果となった。

 第6章では硫化処理に伴うCo-Mo-Oの変化を検討した。硫化処理の過酷度とともにPADのピークが小さくなったことから、ここでもそのピークが担持金属に基づく表面種であることを改めて確認できた。

 第7章では硫化後の触媒のチオフェン脱硫活性を検討した。金属担持量、調製方法によらず、Co-Mo-Oのピーク面積とチオフェン脱硫活性の間には正の相関が認められたことから、Co-Mo-Oは硫化後脱硫活性点となる前駆体であると推定できる。

 第8章ではCo以外のプロモータ効果を検討した。従来、脱硫触媒として使われているNiはCoと類似のPADを示し、脱硫活性の向上も認められた。一方FeはCo, Niとは異なり、PAD、活性ともにMo単独触媒と大きな違いは認められなかった。Moと相互作用して、高活性点の前駆体となりうる金属は限られることを見出した。

 第9章ではアルミナ以外の担体、シリカ、およびシリカーアルミナ複合酸化物上でのCo-Mo-Oを検討した。シリカ上では凝集したCoMoO4のみ認められたが、シリカーアルミナ複合酸化物上にはCo-Mo-O表面種の存在も確認できた。ところがシリカーアルミナ複合酸化物に担持した触媒と比べて、アルミナに担持した触媒は活性が高く、TPRで測定した還元温度は低温を示した。Co-Mo-Oの状態は担体によって影響を受けることが示唆された。

 第10章で以上の結果を総括し、これまで解明されていなかった水素化処理触媒の酸化物状態における活性点前駆体構造に関する提案を行った。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は代表的な水素化処理触媒であるCo-Mo触媒に関し、脱硫活性と相関する活性点前駆体を検出、定量化し、その前駆体を形成するための触媒調製指針を与えている。またさらにその構造にまで言及している。

 第1章は現在の世界的動向である軽油の超深度脱硫の動向を概観しながら、本研究の行われた背景と意義および本研究の目的について述べるとともに研究の概要を説明した。また過去の水素化処理触媒活性点に関する研究を概観した。

 第2章では本研究で用いた触媒調製法および物性、活性測定法を述べた。特に本研究において最も注目したプロトン親和力分布(以下PADと略記)の考え方およびその意味を説明した。

 第3章ではアルミナ担持触媒に関するPADを中心としたキャラクタリゼーションの結果を述べた。まずCo-Mo触媒のCo担持量の影響を検討した。Coを担持することにより、元のMo触媒とは異なるPADを示すことがわかった。一方、Coのみアルミナに担持した触媒はPADに変化をもたらさないことから、Mo触媒にCoを担持して現れるPADピークはCoとMoの相互作用した表面種(以下Co-Mo-Oと略記)に帰属されると推定した。またXPSの結果と考え合わせると、Co-Mo-O表面種を構成するCoは分散して存在していることが示唆された。過剰にCoを担持した場合、むしろCo-Mo-Oを示すPADピークが減少した。これは凝集したCo酸化物が表面に析出し、それがCo-Mo-Oを被覆したためと考えた。

 次にMo担持量の影響を検討した。後に同量のCoを担持したが、先に担持したMoの量によってCo-Mo-O表面種の数は異なることがわかった。これはMoの配位状態に依存していると考えられ、ラマン分光法により、Co担持前のMo触媒が6配位の状態で存在する場合に、Co-Mo-O表面種を形成しやすいことが見出された。つまりCo-Mo-Oは6配位のMoと分散したCoから構成されることを明らかにした。

 次にCo, Mo担持順序の影響を検討した。先にMoを担持し後からCoを担持した触媒および同時含浸した触媒はCo-Mo-O表面種が現れた。しかし先にCoを担持し後からMoを担持した触媒はむしろMo単独触媒に近いPADを示した。先にCoを担持すると凝集しやすく、ここでも分散したCoが必要であるという提案を支持する結果となった。

 また硫化処理に伴うCo-Mo-Oの変化を検討した。硫化処理の過酷度とともにPADのピークが小さくなったことから、ここでもそのピークが担持金属に基づく表面種であることを改めて確認できた。

 さらにCo以外のプロモータ効果を検討した。従来、脱硫触媒として使われているNiはCoと類似のPADを示し、脱硫活性の向上も認められた。一方FeはCo,Niとは異なり、PAD、活性ともにMo単独触媒と大きな違いは認められなかった。Moと相互作用して、高活性点の前駆体となりうる金属は限られることを見出した。

 最後に硫化後の触媒のチオフェン脱硫活性を検討した。金属担持量、調製方法によらず、Co-Mo-Oのピーク面積とチオフェン脱硫活性の間には正の相関が認められたことから、Co-Mo-Oは硫化後脱硫活性点となる前駆体であると推定できる。またNiをプロモートした触媒も高い脱硫活性を示したことからCo-Mo触媒と類似の活性点前駆体を有することが示唆された。

 第4章ではアルミナ以外の担体、シリカ、およびシリカーアルミナ複合酸化物上でのCo-Mo-Oを検討した。シリカ上では凝集したCoMoO4のみ認められたが、シリカーアルミナ複合酸化物上にはCo-Mo-O表面種の存在も確認できた。ところがシリカーアルミナ複合酸化物に担持した触媒と比べて、アルミナに担持した触媒は活性が高く、TPRで測定した還元温度は低温を示した。Co-Mo-Oの状態は担体によって影響を受けることが示唆された。

 第5章では以上の結果に基づき、脱硫活性点の前駆体の推定を行った。6配位のMoと分散したCoからなることから、Anderson型ヘテロポリ酸構造であることを仮定し、それが二次元的に広がっている構造であると推定した。

 第6章で以上の結果を総括し、成果をまとめた上で今後の展望を述べている。

 以上に述べたように、本論文はCo-Mo系脱硫触媒に関し、酸化物状態で脱硫活性と相関のある表面種の定量を可能とし、触媒調製方法の指針を与えた功績は大きい。またこれまで構造、物性が明らかになっていないCo-Mo系脱硫触媒の硫化前の脱硫活性点前駆体に関し言及した意義は大きい。この成果により、これから環境規制強化により社会的ニーズの高くなる脱硫触媒の開発の一助となり、工学的意義は大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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