学位論文要旨



No 116534
著者(漢字) 藏内,隆秀
著者(英字)
著者(カナ) クラウチ,タカヒデ
標題(和) 中間潜時聴性誘発磁気反応の起源に関する研究
標題(洋)
報告番号 116534
報告番号 甲16534
学位授与日 2001.04.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1851号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 助教授 今泉,敏
 東京大学 助教授 菅澤,正
 東京大学 助教授 伊良皆,啓治
内容要旨 要旨を表示する

 近年は画像診断の進歩により,聴皮質の損傷の有無を同定することは容易となった.しかし,画像上聴皮質が損傷している可能性が考えられた場合,機能的な診断一即ち,患者の側頭葉内に活動している聴皮質が残存しているか否かについての診断一は,従来困難であった.現在まで,従来の電気的反応としての聴性誘発中間潜時反応(auditory evoked middle latency response; MLR)は,このような場合の補助的診断法としてしばしば用いられてきたが,その臨床的有用性は確立されているとはいいがたい.その最大の理由は,MLRの主要な構成成分であるPa成分(通常潜時50ms以内に出現する陽性成分)がどこに起源するのか,という問題が未だ明らかではない点にある.

 脳磁図(magnetoencephalogram, MEG)は,神経細胞の電気的活動(おもに興奮性後シナプス電位)によって生じる磁界を頭表より記録したものである.磁界の発生源として最も重要といわれている神経細胞は,大脳皮質の錐体細胞である.MEGにおいてもEEGによる誘発電位と同様に,誘発磁場が記録できる.MLRに相当する反応としては,中間潜時(聴性誘発)磁気反応(middle-latency auditory evoked magnetic field, MLAEF)がある.一般に,MLRも含めた頭皮上より記録する脳波(electroencephalogram; EEG)は,volume currentsによる電位差を測定しているために,頭皮・頭蓋骨・脳脊髄液などの介在組織の影響を受けやすい.これに対してMEGは,おもに神経細胞に生じた細胞内電流より発生する磁界を測定する検査法であり,かつ介在組織の透磁率は空気とほぼ等しいため,磁場はほとんど歪まずに頭皮外で測定できる.よって,MEGは,脳内活動源の精密な局在推定にはより適しているといえる.さらにMEGでは,微分型(あるいは勾配型)とよばれる磁気センサーの特性などにより,近傍の大脳皮質に対する感度が選択的に高くなるため左右の側頭葉皮質の反応を個別に記録し得る.以上の点において,MEG記録は,聴皮質の活動の測定に有用である可能性が高いと思われる.

 健常者に対するMLAEFの測定の報告は,MakelaらやPantevらによって行われているが,いずれの報告においても,Pamの等価電流双極子はprimary auditory cortex内に位置している.

 一方,起源の証明法であるが,健常者で反応の起源が推定される部位の損傷をうけた患者において,その反応が消失するのであれば,その部位が反応の起源である可能性が極めて高いといえる.しかしながら,このような考えに基づく聴皮質損傷例でのMLAEFsの記録の報告は,過去にほとんど無い.

 そこで本研究では,まず第一に,健常者を対象としてMLAEFとMLRの同時記録を行い,反応波形の特徴について検討し,さらに測定された磁場の値をもとにして,Pam成分の起源の推定を試みた.次いで聴皮質のPam成分形成に対する関与の重要性を考察するため,一側性側頭葉損傷症例および他の中枢性聴覚伝導路損傷症例に対してのMLAEF記録を行い,損傷に伴うMLAEF反応の変化について検討を加え,Pam成分が一側の聴皮質由来であるか否かを明らかにすることにした.

 方法であるが,磁気シールドルーム内にて,37チャンネルのSQUID-gradiometer(MagnesTM : Biomagnetic Technologies)を用いてMLAEFを記録した.被験者は室内のベッド上に,vacuum cushionにて頭部を固定したうえで横臥位にさせた.刺激音はtone burst(2000Hz, 100.2dBpeSPL, rise/fall 0.1msec, plateau 10msec)を用い,プラスチックチューブを用いたイヤホンを通じて被験者の一側耳に呈示した.刺激呈示頻度は2Hz,刺激呈示回数は3000回とした.sensor array(直径144mm)を刺激耳反対側の側頭部に可能な限り近接させたうえでMLAEF記録を行った.記録は,左右の大脳半球についてそれぞれ別個に行った.

 記録後,電流源解析を行った.具体的には,得られた各測定点における磁場の値をもとにして,0.96msごとに単一の等価電流双極子(the equivalent current dipole; ECD)を仮定して,その位置・方向成分を最小2乗法を用いたコンピューターによる収束演算で求めた.また,同時に相関係数(推定結果より理論的に求まる磁場分布と実際にその潜時で観測された磁場分布との間の相関係数)を算出した.仮定された各潜時ごとのECDのうち,相関係数値の最も高いものを1つ選び,Pam成分の電流源を示すものとして採用した.(以下でもちいるECDという語句は,相関係数値の最も高い潜時におけるECDのことのみを指す事とする.)我々はYonedaらにならい,ECDを算出した場合にはそのcorrelationの値が0.98を越えた場合のみ,電流源を示すものとして信頼に足ると判断した.

 健常例においては,15例を対象としてMLAEF記録を行い,その後結果,左半球において10例(67%),右半球記録において9例(60%)十分な相関係数値をもっている例については,算出されたDipoleの位置は,左右半球共に,すべて聴皮質若しくはその近傍にfitされた.Pantevらが12人の健常例にたいしてPam/Pa, N1m/N1の同時記録をおこなった研究によると,Pamのgeneratorはprimary auditory cortex内に,N1mのgeneratorは後方のsecondary auditory cortex内にそれぞれ存在する可能性が大きいと述べている.われわれの結果も,PamについてPantevの結果と一致した.Pam成分は,聴覚刺激により生じる誘発成分であり,その潜時はMLR記録におけるPaにほぼ一致し,その反応の発生源は,single-dipole fitting法による推定では聴皮質上に推定されることがわかった.

 また,一側性側頭葉損傷症例9例に対して同様の記録を行った.その結果,9例中8例(89%)において,聴皮質損傷側の記録でPam成分の振幅は減少した.また,損傷側の反応の減少の程度の指標となるLH/RH-Indexを算出した結果,一側性側頭葉損傷症例群では健常群よりその値は有意に減少していた.これは,Pam成分の発生源として聴皮質が主要な位置を占めていることを支持する結果となった.

 両側聴皮質損傷例においては右半球上記録ではPam成分が消失していた一方で左半球上記録では明瞭なPam成分が出現したが,左側頭葉における第一次聴覚野の一部の活動が残存しているためにこのような結果となったと考えられた.

 また,聴放線損傷例において障害側Pam成分の振幅が著しく減少したこと,およびAuditory Nerve Disease症例,脳幹腫瘍症例,内耳性難聴症例においてMLAEF反応が影響を受けたことより,末梢より聴覚野への投射経路のあいだの障害があると,聴皮質の直接の損傷がない場合でも聴皮質の活動が著しく制限を受けると考えられた.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,未だ明らかではない中間潜時聴性誘発反応の起源について,脳磁図を用いた中間潜時聴性誘発磁気反応(MLAEF)記録を行なうことにより,解明することを試みたものである.起源の証明法であるが,健常者で反応の起源が推定される部位の損傷をうけた患者において,その反応が消失するのであれば,その部位が反応の起源である可能性が極めて高いといえる.しかしながら,このような考えに基づく聴皮質損傷例でのMLAEFの記録の報告は,過去にほとんど無かった.そこで,本研究では,従来行われている健常者を対象としたMLAEF記録を行い,その主要成分であるPam成分の起源の推定を行った.それと同時に,聴皮質をはじめとする聴覚伝導路損傷の症例に対しても同様に記録を行い,反応の変化について調べた.その結果,以下の知見を得た.

1.健常者を対象としてMLAEFとMLRの同時記録を行なった結果,MLAEF反応におけるPam成分は,聴覚刺激により生じる誘発成分であり,その潜時はMLR記録におけるPaにほぼ一致し,その反応の発生源は,single-dipole fitting法による推定では聴皮質上に推定されることがわかった.よって,Pam成分の主な発生源のひとつとして聴皮質,とりわけ第一次聴覚野が重要な位置を占めていることが推測された.

2.一側性側頭葉損傷症例に対して同様の記録を行った.その結果,9例中8例において聴皮質損傷側の記録においてPam成分の振幅は減少した.また,両側聴皮質損傷例においては左半球上記録では明瞭なPam成分が出現したが,左側頭葉における第一次聴覚野の一部の活動が残存しているためにこのような結果となったと考えられた.

これらは,Pam成分の発生源として聴皮質が主要な位置を占めていることを支持する結果となった.

3.聴放線損傷例において障害側Pam成分の振幅が著しく減少したこと,およびAuditory Nerve Disease症例,脳幹腫瘍症例,内耳性難聴症例においてMLAEF反応が影響を受けたことより,末梢より聴覚野への投射経路のあいだの障害があると,聴皮質の直接の損傷がない場合でも聴皮質の活動が著しく制限を受けると考えられた.

 本研究によって,Pam成分の起源が第1次聴覚野にある可能性が高いことが,側頭葉損傷例を用いて初めて示された.また,より末梢もふくめた聴覚伝導路の損傷によるPam成分の反応の減少を明らかにした.これらは,従来臨床応用が困難であった聴性誘発中間潜時反応記録を,聴皮質の機能的診断に応用することを可能にした点で意義深く,学位の授与に値するものと考えられる.

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