学位論文要旨



No 116535
著者(漢字) 堀,哲也
著者(英字)
著者(カナ) ホリ,テツヤ
標題(和) ホルボールエステルによるシナプス伝達物質放出増強メカニズムの解析
標題(洋) Mechanism for the phorbol ester-induced facilitation of transmitter release
報告番号 116535
報告番号 甲16535
学位授与日 2001.04.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1852号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 助教授 サーフェン,デービット
 東京大学 助教授 中福,雅人
 東京大学 講師 廣瀬,謙造
内容要旨 要旨を表示する

 ホルボールエステルは伝達物質放出を促進することが様々なシナプスで報告され、そのメカニズムとしてPKCの燐酸化によるCaチャネルの活性化、またはKチャネルの抑制、あるいはCa流入後のシナプス伝達物質放出機構の活性化などの可能性が示唆されてきた。しかしこれまでの研究はいずれも間接的方法によっており、シナプス前終末での直接的な証拠は得られていなかった。そこで我々はラット脳幹横断面スライス標本を作製し、聴覚路の中継核である台形体内側核(MNTB)の興奮性シナプスの、Calyx of Heldと呼ばれる巨大シナプス前終末を顕微鏡下に同定してホールセル記録を行い、ホルボールエステルによる増強効果を検討した。

 実験方法としてはまず細胞外刺激電極を用いMNTBにシナプス応答を誘発し、シナプス後細胞ホールセル電位固定下にて興奮性後シナプス応答(EPSC)を記録した。次にシナプス前終末端及びシナプス後細胞から同時にホールセル記録を行い、シナプス前終末の活動電位により誘発されるEPSCを記録した。また、ホルボールエステルの増強作用に対する、シナプス前終末及びシナプス後細胞の寄与を分離して考察するため、シナプス前終末からテトロドトキシン存在下にCa電流及びK電流を、シナプス後細胞からは自発性微小EPSC(mEPSC)を記録した。

 2分間のホルボールエステルphorbol 1,2-dibutrate(PDBu)の灌流投与により、EPSCの振幅は増大し、この増大は灌流投与終了後20分経過後も持続した。PDBuの不活性類似対である4α-PDBu投与ではこの増強は認められなかった。

 次にPDBuがシナプス後細胞上の受容体の感度を変化させている可能性を検討するためmEPSCに対するPDBuの効果を観察した。PDBu灌流投与によりmEPSCの頻度の上昇が観察されたが投与前後でのmEPSCの振幅は変化しなかった。この実験結果よりPDBuによってシナプス後細胞の受容体の感受性は変化しないことが明らかになった。またmEPSCの頻度が上昇することから、シナプス前終末に起因する増強が示唆された。

 次にPDBuがシナプス前終末のCaチャネルおよびKチャネルに作用する可能性を検討するため、前終末から電位依存性Ca電流とK電流を記録しPDBuを投与したが、電位依存性Ca電流及びK電流はいずれも変化しなかった。これらの結果は、ホルボールエステルに誘発されるシナプス増強にはシナプス後細胞の受容体及びシナプス前終末のCaチャネル・Kチャネルのいずれもが関与しておらず、専らシナプス前終末内へのCa流入過程以降のシナプス小胞開口放出機構への作用であることが示唆された。

 次にPKC活性化のこの増強への関与を考察するため、PKC阻害剤存在下でPDBuによるシナプス増強を観察した。PKC阻害剤であるBIS及びCalphostin C存在下では、PDBuによるシナプス増強効果が抑制された。また、シナプス前終末へPKC阻害ペプチドを直接注入したところ、同様にPDBuによるシナプス増強が抑制された。この結果からPKCがホルボールエステル誘発性のシナプス増強に関与することが示された。

 PKCの分子種を明らかにするために、シナプス前終末のCa濃度減少のPDBuによるシナプス増強への影響を観察した。膜透過性Caキレート剤であるEGTA-AMを標本に前処理をしたところ、PDBuによるシナプス増強効果は変化しなかった。また、シナプス前終末へEGTAを直接注入しても、PDBuによる増強効果には影響がなかった。この結果からホルボールエステル誘発性のシナプス増強にはCa濃度非感受性であるnovel型のPKC分子種が関与していることが示された。novel型PKCのPKCεの抗体による免疫組織化学の実験により、PKCεがシナプス前終末に存在することが観察された。この結果からPKCεがホルボールエステル誘発性のシナプス増強に関与することが示された。

 次にDoc2α-Munc13-1複合体形成阻害部分ペプチドであるMidをシナプス前終末へ注入したところ、PDBuによるシナプス増強が抑制された。

 次に高頻度刺激中のシナプス枯渇に対するホルボールエステルの効果を観察した。100Hzの高頻度刺激中にはホルボールエステルによる増強効果がみられなかった。100Hz刺激により得られた実験結果をもとにEPSCの累積応答を計算し、放出可能なシナプス小胞の数(N)と小胞の放出確率(p)を算出した。ホルボールエステルによりNとpはどちらとも上昇した。

 以上の実験結果より、ホルボールエステルによるシナプス増強はシナプス前終末からの伝達物質の放出の促進によるもので、Ca流入後のシナプス小胞放出過程の増強である事が示された。またホルボールエステルの標的はDoc2αとMunc13-1の結合過程及びCa非感受性型PKCであるPKCεによる放出関連蛋白質の燐酸化である事が示された。ホルボールエステルはシナプス前終末の放出可能なシナプス小胞の数と小胞の放出確率を上昇することによりシナプス伝達を増強することが確認された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はシナプス伝達修飾機構を明らかにするため、巨大シナプス前終末Calyx of Heldから直接記録が可能なラット脳幹台形体内側核(MNTB)スライス標本を用いた電気生理学的実験を行い、ホルボールエステルで誘導されるシナプス増強の解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1. ホルボールエステルはCalyx-MNTBシナプスにおいて興奮性後シナプス応答(EPSC)を持続的に増強した。このとき、ホルボールエステルは自発性微少EPSC(mEPSC)の発生頻度を上昇させたが、mEPSCの振幅は増強しなかった。これらの実験結果からホルボールエステルはシナプス後細胞の受容体の感受性を変化せず、シナプス前終末に作用することが示された。

2. ホルボールエステルがシナプス前終末のCaチャネル及びKチャネルに作用する可能性を検討するため、シナプス前終末のCa電流とK電流を記録し、ホルボールエステルの作用を観察した。電位依存性Ca電流とK電流はいずれも変化しなかった。この実験結果からホルボールエステルはシナプス前終末へのCa流入過程以降のシナプス小胞開口放出機構へ作用することが示された。

3. このシナプス増強機構における蛋白リン酸化酵素protain kinase C(PKC)の関与を考察するためPKC阻害剤存在下でのシナプス増強の程度を比較検討した。シナプス前終末へ直接PKC阻害剤を注入したところ、シナプス増強効果は抑制された。つづいて、シナプス前終末内Ca濃度の低下はシナプス増強ほとんど抑制しなかった。これらの実験結果から、ホルボールエステル誘発性のシナプス増強にはCa非感受性型のPKCであるPKCε分子種の関与が示された。

4. Doc2a-Munc13-1蛋白複合体形成阻害部分ペプチドであるMidペプチドをシナプス前終末へ注入したところ、ホルボールエステルによるシナプス増強が抑制された。

5. 高頻度刺激によりホルボールエステルの作用機構を検討したところ、ホルボールエステルは放出可能なシナプス小胞の数と、シナプス小胞の放出確率を共に上昇することが明かとなった。

 以上、本論文はマウス中枢シナプスにおいて、増強作用を示すホルボールエステルの解析から、シナプス伝達における修飾の分子的、また機能的な機構を明らかにした。本研究はほ乳類中枢神経系でのシナプス修飾機構の理解に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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