学位論文要旨



No 116536
著者(漢字) 茂木,章
著者(英字)
著者(カナ) モテギ,アキラ
標題(和) 受容体型チロシンキナーゼALKの機能解析
標題(洋) Functional analysis of ALK, a receptor-type protein tyrosine kinase
報告番号 116536
報告番号 甲16536
学位授与日 2001.04.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1853号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 中福,雅人
 東京大学 助教授 高木,智
内容要旨 要旨を表示する

 神経系において特異的に発現の見られる受容体型チロシンキナーゼ(RTK)およびそれらのリガンドは、神経系の発生、分化、生存維持など多彩な生物学的機能を有している。代表的な例として、TrkA/NGF、Ret/GDNF、およびEph/Ephrinなどがあげられる。Trk遺伝子は、ヒト大腸がんにおいて活性化されている癌遺伝子として見い出され、一部の感覚神経と交感神経の分化誘導因子として知られていたNGF(nerve growth factor)の高親和性受容体であることが明らかにされた。Ret遺伝子もヒトリンパ腫のDNAからNIH 3T3細胞をトランスフォームする癌遺伝子として同定されたが、現在GDNF(glial-cell-line-derived neurotrophic factor)に対する受容体であることが知られている。また、近年解析の進んだEph/Ephrinファミリーは、神経回路網の形成時において軸索誘導、標的選択に関与することが明らかにされた。

 ALK(anaplastic lymphoma kinase)は神経系に特異的に発現する受容体型チロシンキナーゼである。ALKも上記のTrkやRetなどと同様、癌遺伝子として見い出された。全長cDNAクローニングおよびin situハイブリダイゼーションの結果から、LTK(leukocyte tyrosine kinase)と最も高い相同性(キナーゼドメインで78%、細胞外ドメインで約50%)を示し、マウス胎生後期の中枢神経系(終脳、間脳、中脳、脳幹、および脊髄腹側のある特定の神経細胞)や末梢神経系(三叉神経節、上頸神経節、および後根神経節など)において特異的に発現の見られる新規の受容体型チロシンキナーゼであることが明らかにされた。分子構造および発現パターンの解析から、ALKは特定の神経細胞集団に対して増殖、生存維持などの作用を持つ神経栄養因子、または軸索誘引・反発作用などを持つ位置情報因子に対する受容体として機能していることが期待されるが、ALKに対するリガンドは現在未同定でありその詳しい機能は不明である。

 そこで本研究では、第一章においてALKの下流のシグナルを明らかにするために、ALKのoncogenic formであるp80NPM-ALKの癌化能に関わるシグナルの解析を行った。また、第二章では、ALKのリガンドを模倣する活性化抗体、および阻害する中和抗体の候補を得る目的で、ALKの細胞外領域に対するモノクロナール抗体(mAb)を作成した。これらの実験から、未知のALKリガンドの想定される生理的機能や、引き起こされる下流シグナルの基礎的情報を得ること、またリガンド候補の検索・同定の際に有用なツールを得ることを意図した。

 第一章:非ホジキン型リンパ腫の一部に観察される融合蛋白質p80NPM-ALKの細胞癌化能に関わるシグナルの解析

 非ホジキン型リンパ腫の一亜型であるanaplastic large cell lymphoma(ALCL)の約3割においてt(2;5)(p23;q35)の染色体転座が観察される。この転座に伴い、新規のチロシンキナーゼをコードするalk遺伝子と、既知の核蛋白質nucleophosmin(NPM)をコードするnpm遺伝子との融合遺伝子が生じる。ALCLではこの融合遺伝子産物であるp80NPM-ALKの特異的発現、およびチロシン(Y)リン酸化が検出され、p80から生じる異常なシグナルが本疾患の主要な病因であると考えられている。p80のトランスフォーム能に関わるシグナルについては、PLCγ1の結合するY664のフェニルアラニン(F)変異によりトランスフォーム能が失われるという報告がなされたが、Y664を含むC末154aaを欠失してもトランスフォーム能を持つという報告もあり矛盾していた。これらに対して私は、Y664がマウスALKには存在しないことに着目して、p80のALK部分をマウスに置換した変異体を作成し、マウス変異体でもトランスフォーム能を持つことを示した。また、ヒトp80においてもY664Fの変異体ではfocusの若干の減少が見られるものの依然トランスフォームするという結果を得た。p80のシグナルに関してはこのほかにY156にIRS1、Y567(と一部Y156)にSHCがそれぞれ結合するがこれらはトランスフォーム能に大きく影響しないという報告がある。しかし、詳しい比較はなされていなかった。そこでY156F,Y567F,Y664Fの単独および全ての組み合わせの変異体を作成し、それぞれのトランスフォーム能をNIH 3T3細胞を用いfocus formation assayにて比較検討した。その結果、Y567F単独変異にてwild typeに比べfocus数が約5割に減少した。またY156/567F(2F)でも依然生じるfocusはp80のどの部位を介したシグナルによるのかを検討するため、156/567以外のY(NPM部分のYおよびkinase活性に必須であると考えられるY342,Y343を除く。)について2Fにもう1Fを加えた変異体を作成し、それらのトランスフォーム能を検討した。その結果、2F/Y646Fでのみさらにトランスフォーム能を減少させることを見い出した。以上から、p80によるNIH 3T3細胞のトランスフォームにはSHCの主要な結合部位であるY567を介したシグナルが重要であること、およびY646への未知のシグナル分子の寄与が示唆された。しかし、Y156/567/646Fでもトランスフォーム活性は残ることから、これら以外の標的分子が関与すると考えられる。この点については、p80/3F変異体にはGrb2,PI3-Kのp85サブユニット,PLCγ1との結合が依然見られるのでこれらの結合部位の関与をさらに検討する必要がある。また、Grb2がTrkAの活性化に必須なY(上述p80のY387,Y390に相当する部位)と直接結合するという報告や標的分子にリン酸化チロシンに依存しない結合をするアダプター分子の存在が知られてきており、これらの分子のトランスフォームへの関与を検討する必要があると思われる。

 第二章:ALKの細胞外領域に対するモノクロナール抗体の作成

 生理的機能を有する抗体を得るために、抗原は哺乳動物細胞の糖鎖修飾をもち非変性の条件下で精製されたものであることが望まれる。このような抗原を得るためにマウスALKの細胞外領域にprotease siteを挟みmyc/His tagを付加した蛋白質を発現するプラスミドを作成した(pAPmH;下図参照)。pAPmHをHEK 293T細胞に発現させ、APmHを培養液からchelating Sepharoseにて回収しPreScission(GST-protease)消化によりtagを分離した。さらにglutathione Sepharoseにてproteaseを除去しPBSに対して透析を行った。得られた標品を抗原にして3週齢ラットに免疫しリンパ節を採取、ミエローマ細胞(PAI細胞)とのハイブリドーマを作成した。ハイブリドーマの培養上清を用いてELISAスクリーニングを行ったところ210クローン中12の陽性クローンを同定した。(動物免疫とELISAスクリーニングは、東京都立臨床医学総合研究所の小谷博士との共同研究)これら陽性クローンのうちWestern blottingおよび免疫沈降実験により11クローンがALKの細胞外領域を認識することを確認した。さらにこれらの抗体がALKリガンドを模倣する活性を持つかを調べるためにNIH 3T3細胞にマウスALKを安定発現させた細胞株(2-C4)を作成し、各抗体を作用させたところ4クローンでALKの自己リン酸化の上昇が認められた。ALKは全長と考えられる約220kDとminorな160kDのバンドの2本が観察されるが、この自己リン酸化の上昇は160kDのバンドにより強く認められた。この生理的意義は未解明であるがALKの活性化に伴うプロセシングが存在する可能性を示唆するのかも知れない。抗体によるALKの活性化をさらに解析するために、特に顕著に活性化能の認められたクローン16-39を産生・精製した。mAb16-39によるALKのリン酸化のtime courseを観察したところリン酸化は刺激後5minで最大に達し、以後減衰し、24時間後も低レベルのリン酸化が持続することが明らかになった。また抗体の容量依存性を検討したところ、抗体濃度の増加とともにALKのリン酸化は上昇し3-10μg/mlにて最大のリン酸化を引き起こすことを示した。このALKの活性化が下流のシグナルを動かすことができるかを調べるために刺激を加えた2-C4細胞の全溶解物をMAP kinase(ERK1/2)の活性化を反映すると考えられているリン酸化formを認識する抗体でWestern blotしたところ、MAP kinaseのリン酸化が観察された。一方、Stat 3のチロシンリン酸化は認められなかった。またこれらの変化は抗体を作用させていない細胞およびALKを発現していない細胞には観察されなかった。さらにmAb 16-39が内在性のALKを活性化できるかを調べるために、ヒト神経芽細胞腫の細胞株であるSK-N-SH細胞を用いて同様の実験を行った。その結果、これらの細胞種でもALKのチロシンリン酸化およびMAP kinaseのリン酸化が観察された。さらに抗体刺激によりSHC,CblがALKと会合し、チロシンされることを明らかにした。またPI 3-kinaseのp85 subunitは抗体刺激に伴いALKと会合し、自身のリン酸化は受けないものの約200および130 kDaの共沈タンパクのリン酸化を受けることを示した。これらより本研究にて作成した抗ALKモノクロナール抗体mAb 16-39はALKの活性化を介して特定の下流シグナルを動かすことができると考えられた。さらにALKの活性化により細胞レベルの挙動にどの様な変化が引き起こされるかを調べるために、血清飢餓にしたSK-N-SH細胞にmAb 16-39を20nMの濃度で加え培養したところ、著明な神経突起様構造物の伸長および生存維持が観察された。また、0.1%血清存在下で[3H]thymidineのDNAへの取り込みを観察したところ、抗体刺激によりDNA合成を促進した。これらのことから、mAb 16-39はin vitroにおいて神経細胞栄養因子様活性を有し、ALKは生体内で特定の神経細胞の増殖・分化に関わっている可能性が示された。mAb 16-39による上記生物学的現象の分子機構の解明、およびmAb 16-39がin vivoにおいてどのような作用を有するかについての解析はこれからの課題であるが、未知のALKリガンドの生理機能に関する非常に興味深い示唆が得られることが期待される。また、免疫沈降実験にてALKと結合するが自己リン酸化を引き起こさない7クローンに関しては、将来ALKの中和抗体として有用である可能性があり、さらなる解析が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は受容体型チロシンキナーゼの生物学的機能を明らかにするため、神経系において高い発現を示す受容体型チロシンキナーゼALKおよびそのoncogenic formであるp80NPM-ALKに注目し、その機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

(1)

 染色体転座t(2;5)(p23;q35)を伴う非ホジキン型リンパ腫において観察される融合遺伝子産物p80はY156,Y567,Y664を介してそれぞれIRS1,SHC,PLCγが直接結合することが示されている。これらシグナル伝達分子の結合配列であるチロシン残基の細胞癌化への寄与を明らかにするためにY156F,Y567F,Y664Fの単独および全ての組み合わせの変異体を作成し、それぞれのトランスフォーム能をNIH 3T3細胞を用いfocus formation assayにて比較検討した。その結果、Y156がp80によるトランスフォームに重要であることが示された。また、156/567/664以外のY(NPM部分のYおよびkinase活性に必須であると考えられるY342,Y343を除く。)について2Fにもう1Fを加えた変異体を作成し、それらのトランスフォーム能を検討することにより、Y646もp80によるNIH 3T3細胞のトランスフォームに関与することが示された。

(2)

 1.受容体型チロシンキナーゼALKはリガンドが未知のためその生理的機能は全く不明であった。そこで、ALKリガンドを模倣する活性化抗体を得る目的で細胞外領域に対するモノクロナール抗体を作成した。これらの抗体をNIH 3T3細胞にマウスALKを安定発現させた細胞株2-C4に作用させ、anti-ALK polyclonal抗体による免疫沈降物のチロシンリン酸化をWestern blotting法により検討することによりクローン16-39がALKの著明なチロシンリン酸化を引き起こすことを示した。

 2.mAb 16-39によるALKのチロシンリン酸化の時間経過および容量依存性を観察したところ、ALKのリン酸化は刺激後5minで最大に達し以後減衰、24時間後も低レベルのリン酸化が持続すること、また抗体濃度の増加とともにALKのリン酸化は上昇し3-10μg/mlの濃度にて最大のリン酸化を引き起こすことを示した。

 3.ヒト神経芽細胞腫の細胞株であるSK-N-SH細胞において、抗体刺激によるALKの活性化に伴いSHC,Cblといったシグナル分子がALKと会合しチロシンリン酸化されることを免疫共沈法およびWestern blot法により明らかにし、またERK1/2の活性化を反映するリン酸化が引き起こされることを示した。さらにPI 3-kinaseのp85 subunitは抗体刺激に伴いALKと会合し、約200および130 kDaのリン酸化タンパクと免疫共沈することを示した。

 4.SK-N-SHおよび2-C4細胞を用いて細胞レベルでの抗体の作用を検討した。血清飢餓下のSK-N-SH細胞に抗体を加えることにより、mAb 16-39は神経突起様構造物の著明な伸長および生存維持作用を示すことを明らかにした。また、0.1%血清存在下での[3H]thymidineの取り込みを指標として抗体による増殖促進能の検討を行った。ALKを発現した2-C4およびSK-N-SH細胞は抗体の容量依存的な取り込みの促進を示したのに対し、NIH 3T3細胞は促進がみられず、16-39抗体はALK依存的にこれらの細胞の増殖促進作用を示すことを明らかにした。

 以上、本論文は非ホジキン型リンパ腫の一部において観察される融合遺伝子産物p80NPM-ALKの増殖シグナルに関わるチロシン残基の同定を行うことにより本リンパ腫の発癌機構の理解を深めた。またp80のnormal counterpartである受容体型チロシンキナーゼALKの活性化抗体を作成することによりALKの活性化により引き起こされるシグナル伝達経路の解析および細胞レベルでのALKの機能解析を行った。これらは受容体型チロシンキナーゼの関わる発癌のメカニズム、神経系の発達・維持等の研究において重要な貢献をなしうるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク