学位論文要旨



No 116537
著者(漢字) 竹内,百重
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,モモエ
標題(和) ヴェトナムにおける医薬品回転資金プログラムの地域資源動員に与える影響:グラスルーツからの保健医療セクター改革
標題(洋) Impact of Drug Revolving Funds (DRFs) on Community Resource Mobilization in Vietnam : Reforming the Health Sector at the Grass-Roots Level
報告番号 116537
報告番号 甲16537
学位授与日 2001.04.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1854号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 若井,晋
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 衞藤,隆
内容要旨 要旨を表示する

I.序論

 医薬品回転資金(Drug Revolving Fund : DRF)プログラムは1980年代にアフリカで提唱されたバマコ・イニシアティブ(BI)に代表される、医薬品に対する患者負担の導入による地域ヘルスポストにおける費用回収と、得られた利益をプライマリ・ヘルス・ケア(PHC)サービスの質向上に役立てることを目的とするスキームである。しかしその成果に対する評価には賛否両論がある。

 ヴェトナムにおいても、1986年からの経済改革に伴い、地域での保健医療施設における資金難とサービスの質の低下が問題となってきた。そこで1990年から、このバマコ・イニシアティブ(BI)の理念を継承し更に地域主体の保健医療システムの活性化を目標とする医薬品回転資金(DRF)プログラムが展開されている。このBI型DRFの重要な要素のひとつとされている地域資源の動員と住民参加については、他国での先行研究は幾つかあるもののヴェトナムにおいては保健省による予備調査(1995年)の中で質的分析によるBI実施地域で住民参加が向上したという評価結果があるのみで、その検証としての定量的な測定はされていない。また、DRFプログラムの実施が地域保健システムの強化、そして国レベルの保健医療セクターの改革にどのように寄与しているかについての考察もなされていないのが現状である。

II.目的

 そこで、本研究ではBI型DRF実施地域、および比較対象としての小規模の非BI型DRFを実施している地域における住民参加と地域資源の動員を、量的および質的に把握し両地域を比較することによって、BIのスキームが地域資源動員にもたらす影響を明らかにすることを目的とした。さらにそれがどのように地域保健システムの活性化と、移行経済国としてのヴェトナムの保健医療セクター改革に寄与しているのかを分析した。

III.対象と方法

 1996年7-8月に、ユニセフなどの支援によるBI型DRFを実施している北部Yen Phong県と、政府主導の非BI型DRFを実施している北部Kim Bang県を対象とした比較調査を実施し、各県のそれぞれ2つのコミューンにおいて、(1)ヘルスセンターでのスタッフのインタビュー調査およびDRFの財政状況のデータ取得、(2)一般住民を対象とした質問票を用いたインタビュー方式による世帯調査,(3)コミューンのリーダーとのフォーカスグループディスカッション(以下FGDと略す)を行った。

 世帯調査のサンプルはYen Phong県では37世帯182人(うち成人のサンプルは平均年齢36.94±8.80)、Kim Bang県では43世帯189人(うち成人のサンプルは平均年齢37.20±8.69)を無作為抽出し、世帯収入とコミューンの保健医療活動への金銭的貢献、受療行動と医療支出、世帯人員による大衆組織などを通したDRF活動への参加の現状と自己評価、DRFに対する評価などについて質問した。得られた結果の一部についてはカイ二乗検定およびピアソンの相関係数により解析した。FGDでは各コミューンで計38人のリーダーにDRFのもたらした影響や、DRF運営における地域参加の現状、また人民委員会や大衆組織の役割などについての議論を喚起し現状把握を行った。

 また、BI型DRFの長期的な財政状況の安定性を検証するための追跡調査として、1999年9月にYen Phong県を訪れ、県レベルおよびコミューンレベルでのDRFの運営状況に関するデータを、チェックリストを用いたインタビュー形式の調査によって取得した。また国全体の保健医療政策の動向などに関して保健省の担当者にインタビューを行った。

IV.結果

 世帯調査の結果、コミューンにおけるPHC活動やコミューン保健基金への金銭的貢献については世帯の所得レベルと関係が高く、全体として所得レベルの高いKim Bang県のほうが貢献する額が高かった。過去3ヵ月に病気になったとする住民の中でコミューンヘルスステーション(CHS)における受療はBI型DRFを実施しているYen Phong県のほうが有意に高く(p<.001)、BIの導入がCHSにおける薬剤の供給を高めた結果、受療が増加していると推察された。またCHSでの一人あたりの医療支出はYen Phong県のほうが低く、薬剤費が低価格に抑えられていることが分かった。一方CHSにとっては、患者当たりの収入は少なくてもDRFの導入により外来患者数が増えているため、総収入の減少を回避することができていた。

 住民参加の現状については、社会資本(social capita1)に関する先行研究の指標にならい、大衆組織の会員で、地域レベルのPHC活動に参加している住民の数によって把握した。その結果、世帯あたり(p<.05)でも人口あたり(p<.005)でもYen Phong県のほうがKim Bang県よりも参加の割合が高かった。また大衆組織を中心にPHC活動に使われている延べ時間を推計したところ、Yen Phong県のほうが長かった。参加に対する動機やDRFに対する評価についてもそれぞれ尋ねたところ、Yen Phong県についてはより積極的な評価がなされていた。どちらのDRFについても薬剤の入手可能性が増えたという意味では同等の評価であったが、Yen Phong県では薬剤の低価格化や質の向上に対する評価も高かった。

 FGDにおいては、BIのスキームが保健医療セクターとコミュニティの連携を活性化したことが示唆され、特に大衆組織と学校教育部門の参加がYen Phong県において顕著であることが分かった。

 1999年のフォローアップ調査ではYen Phong県および同県Van Monコミューンのヘルスセンターにおいて、1996年と同じ項目でDRFに関する収入・支出などの財政データを収集した結果、政府補助金への依存が減り、BI型DRFからの収入が県・コミューンの両レベルにおいて大きな役割を果たしていることが確認された。また、DRFからの利益は薬剤ストックの増加や、医療材料・物品の購買、貧困層への免除などに使われており、その恩恵は村レベルのヘルスワーカーにも行き渡っていた。PHCにおけるインパクトとしては外来患者数の増加、県レベルヘのリフェラルの減少が確認され、安価で良質の必須医薬品の安定的供給がPHCサービスの向上に貢献したことが明らかになった。

 これらの地域レベルにおけるプログラムは、BIに関しては政府の全面的支援を受けており、DRFで得られた利益に関する免税の措置や、分権化政策によりDRFの管理に対する完全な権限が地方に委譲されている。また、必須医薬品の供給に関する補助金などの支援も行われていることが、BIの実施を成功させている。

V.考察

 本研究においては、BI型および非BI型DRFにおける地域資源の動員と住民参加について、定量的および定性的評価を行い、両地域を比較したことにより以下のことが明らかになった。BI実施県においては、非BI県と比べて金銭的貢献の規模は少ないものの人的資源の動員については高かったことから、BIの理念とスキームが地域住民に積極的な動機づけを与え、地域ベースの保健活動への参加を活性化している状況が提示された。またDRF推進委員会を中心とし、女性同盟や青年同盟などの大衆組織を巻き込んだ地域レベルでの新しいPHC推進のモデルが提示された。これらの取り組みは地域保健システムの強化を促進している。またヴェトナム全体の保健医療セクターの改革という視点からBI型DRFプログラムを分析した結果、「公平性」を確保しながら「効率性」を向上し、さらに人々あるいは地域の「選択」を拡大している点において、保健医療セクターの改革を草の根レベルから推進する方策のひとつとしてのBIの有用性が示唆された。なお、BIの成功要因には社会経済面、技術面、政策環境面などで様々の前提条件が仮定される。従って本研究において示されたBI型DRFの経験をヴェトナムの他地域、あるいは他の移行経済諸国に応用する際にはそれらの諸条件の検討が今後の課題とされる。

VI.結語

 ヴェトナムにおけるBI型DRFプログラムは地域資源の動員と住民の参加に大きな影響を与えていると考えられた。そして、このスキームは保健医療セクター改革の地域レベルからの推進モデルのひとつとなりうると思われる。しかし、本研究には地理的条件の制限、調査のサンプル数などの制約があり事例研究にもとづいてモデルを提示したため、今後はより広範かつ縦断的な研究が求められている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、1980年代にアフリカで提唱されたバマコ・イニシアティブ(BI)に代表される医薬品回転資金(Drug Revolving Fund : DRF)プログラムが、ヴェトナムのコミュニティレベルでの住民参加と地域資源の動員にもたらす影響を量的および質的に把握することを目的に、BI型DRF実施地域および比較対象としての小規模の非BI型DRFを実施している地域の比較調査を行い、その後BI型DRF実施地域において財政的安定性に関する追跡調査を試みた。さらにBI型DRFの実施がどのように地域保健システムの活性化と、移行経済国としてのヴェトナムの保健医療セクター改革に寄与しているのかを分析した結果、下記の結果を得ている。

1.1996年に、ユニセフなどの支援によるBI型DRFを実施している北部Yen Phong県と、政府主導の非BI型DRFを実施している北部Kim Bang県を対象とした比較調査を実施し、一般住民を対象とした質問票を用いたインタビュー方式による世帯調査を行った結果、地域レベルの保健活動への金銭的貢献については所得レベルの高いKim Bang県のほうが貢献する額が高かったが、人的資源の貢献に関しては、世帯あたり、人口あたり、あるいは活動に使われている延べ時間でもYen Phong県のほうが高いことが分かった。参加に対する動機やDRFに対する評価についても、Yen Phong県についてはより積極的な評価がなされていた。さらにコミューンヘルスステーション(CHS)における受療もYen Phong県のほうが有意に高く、BIの導入がCHSにおける薬剤の供給を高めた結果、Yen Phong県のほうが受療が増加していると推察された。またCHSでの一人あたりの医療支出はYen Phong県のほうが低く、薬剤費が低価格に抑えられていることが分かった。

2.同じく1996年にコミューンのリーダーとのフォーカスグループディスカッションを行った結果、BIのスキームが保健医療セクターとコミュニティの連携を活性化したことが示唆され、特に女性同盟や青年同盟などの大衆組織と学校教育部門の参加がYen Phong県において顕著であった。BIの理念とスキームが地域住民に積極的な動機づけを与え、地域ベースの保健活動への参加を活性化している状況が提示された。またDRF推進委員会を中心とし、大衆組織を巻き込んだ地域レベルでの新しいPHC推進のモデルが提示された。

3.1999年にBI型DRFの長期的な財政状況の安定性を検証するための追跡調査として、1996年と同じ項目で県レベルおよびコミューンレベルでのDRFの運営状況に関するデータを取得した結果、政府補助金への依存が減り、BI型DRFからの収入が県・コミューンの両レベルにおいて大きな役割を果たしていることが確認された。また、DRFからの利益は薬剤ストックの増加や、医療材料・物品の購買、貧困層への免除などに使われており、その恩恵は村レベルのヘルスワーカーにも行き渡っていた。BI型DRFのインパクトとしては外来患者数の増加、県レベルヘのリフェラルの減少などが確認され、安価で良質の必須医薬品の安定的供給が地域保健サービスの向上に貢献したことが明らかになった。またこれらのプログラムは、政府の全面的支援を受けており、DRFで得られた利益に関する免税の措置や、分権化政策によりDRFの管理に対する完全な権限が地方に委譲されていることが、BIの実施を成功させていることが示された。

4.BI型DRFプログラムの実施の影響をヴェトナム全体の保健医療セクターの改革という視点から分析した結果、「公平性」を確保しながら「効率性」を向上し、さらに人々あるいは地域の「選択」を拡大している点において、保健医療セクターの改革を草の根レベルから推進する方策のひとつとしてのBIの有用性が示唆された。本研究においては、調査実施地域が意図的に選択されたことから、研究の一般化においての課題は残るものの、ヴェトナムと同様に保健医療資源の逼迫している開発途上国・移行経済国において、本調査で得られた教訓は有用であると考えられた。

 以上、本論文は、ヴェトナムにおけるBI型DRFプログラムが地域資源の動員と住民の参加に大きな影響を与えており、BI実施地域でこれらが向上したことを定量的および定性的に示した。またこのスキームは保健医療セクター改革の地域レベルからの推進モデルのひとつとなりうることを明らかにした。本研究はヴェトナムのみならず他国においてもこれまでに先行研究がほとんどなかったDRFの住民参加・地域資源動員への影響の評価とその分析に関して、今後の研究におおいに資するものと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

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