学位論文要旨



No 116540
著者(漢字) 大塚,達也
著者(英字)
著者(カナ) オオツカ,タツヤ
標題(和) 養豚企業における経営管理と環境適応
標題(洋)
報告番号 116540
報告番号 甲16540
学位授与日 2001.05.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2331号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 八木,宏典
 東京大学 教授 岩本,純明
 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 助教授 萬木,孝雄
 東京大学 助教授 木南,章
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、養豚企業の事例調査を基に、経営体の経営行動を分析した研究である。特に、経営体が環境適応していく上で蓄積した知識資産に注目し、それが経営成長に果たした役割を捉え、経営者が経営を管理して上でどのような領域の知識資産を基軸にしたのかという事について詳しく分析した。また事例経営体が現在抱える問題点を分析し、経営体が環境適応していく上で阻害要因となっている知識資産の欠如を明らかにし、それと前述の経営成長の基軸となっている知識資産の役割との関係について分析した。その結果、経営体の環境適応の失敗は、経営管理階層上層にある知識資産の欠如と、それを基にした経営管理階層のコーディネーションの限界によって起こる事が示唆された。また事例企業の経営管理は、経営者が、管理階層上層の知識資産を押さえる事によって、経営全体をコントロールしているため、コーポレート・ガバナンスを維持する働きをしている事が示唆された。この二つの示唆により、経営体の環境適応の失敗は、経営者が保持する管理階層上層の知識資産により経営管理が規定され、それによって経営者を中心とするコーポレート・ガバナンスが保たれている経営体に、処理能力を超える問題が発生した時に生じるという示唆が導出された。このような論文の成果は、これまで環境適応の結果としての経営体を分析する研究が多く、適応が成功した面に偏って分析が行われていた現状に対し、環境適応のプロセスそのものを研究対象にする事によって、経営体の持つ処理能力の限界を明らかにし、そういった処理能力は、これまで経営体を取り囲んでいた環境と、経営者の持つ知識資産の特性によって決まるというロジックを呈示した事である。このような研究は、養豚企業だけに留まらず、広く農業の企業的経営に適用できる可能性があり、これまでの農業経営学の研究成果からもその事が支持されると思われるが、今回の研究は、インテグレーションといった経営体の他律的要素が無い事と、創業者が依然として経営者を務めているという条件の規定を受けており、このようなポイントが研究の限界となると思われる。従って今後はこうした条件を取り払った時に、経営体はどのような経営行動を取るのかという事が課題になると思われる。

また、各章の内容は以下の様になっている。

第1章 イントロダクション

 第1章では、経営行動の分析に関わる農業経営学の既存研究をサーベイし、課題の設定を行った。その結果、本論文は経営史学的視点を取り入れ、時系列で経営体の行動を観察する研究である事、経営成長を観察し、そこに見られる成長の推進力となった知識資産を捉える事、農業経営学の既存の環境適応研究の成果を踏まえ、それらと連続性のある環境適応プロセスに関する分析を行う事、既存の畜産業界における経営経済的経営行動研究の成果を踏まえ、それらの対極にある個別経営の視点で養豚業界を捉える研究を行う事を述べた。

第2章 知識資産と経営行動

 第2章では、事例の事業展開史を分析し、経営体が成長する上での中核となった知識資産と、それ以外の知識資産とに峻別した。そしてこれらの知識資産の役割分担が、経営体の経営行動を通じて不変である事と、中核的な知識資産に新たな領域を付け加えようとすると、様々な障害が起きてそれを阻害する力が働く事を見た。

第3章 経営管理とコーポレート・ガバナンス

 第3章では、事例企業の経営管理における重点領域を明らかにし、その領域において経営者の持つ知識資産が中心的な役割を果たしている事を見た。また、経営管理には上層の全般管理と下層の部門管理という、管理の階層性がある事を明らかにし、各事例がそれらの階層のどこに重点領域を持つのかという事を分析した。そして、最終的に、管理階層の上層の知識資産を保持し、経営全体の経営管理をコーディネーションしている経営者が、経営体をコントロールしているというコーポレート・ガバナンスが成立している事を明かにした。

第4章 経営体の環境適応と経営管理

 第4章では、始めに事例企業が現在抱える問題点について分析した。特に、経営体の存続に関わるような致命的なトラブルに注目し、経営体の環境適応の失敗がどのような部分で起こっているのかを見た。そしてなぜ経営体がそのような状況に至ったのかを、過去の経営行動から探り、必要な知識資産が欠如している事と、それがこれまで蓄積されなかっ理由を明かにした。最後に、第3章の結果を踏まえ、必要な知識資産の追加を拒む経営管理の特性に注目し、環境適応の失敗は、経営管理上層の経営者によって保持される知識資産の領域の欠如と、経営管理の各階層をコーディネートして対応できる限界とによって決まってくるという示唆を得た。

第5章 終章

 第5章では、論文全体の要約と結論、論文の分析結果から得られる示唆、今後の課題等を整理した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、養豚企業を対象とした濃密な実態調査と内部資料分析をもとに、事業の拡大や新規事業部門の立ち上げなど養豚企業の経営成長のプロセスと企業をめぐる外部環境変化への適応のあり方との相互規定関係を実証的に解明したものである。経営の成長をはかるための経営資源には、土地や資金などの有形資源のほかに、技術やノウハウ、ブランドなどの無形資源がある。本論文では、養豚企業のように農地に制約されない分野では、経営者自身が過去に蓄積してきた技術や経営管理のノウハウなど、経営の知識資産(無形資源)がきわめて重要であることに着目して、まずそれらの内容を事業部門や経営管理領域ごとに抽出して整理するとともに、経営者が経営を成長させていく上で、どのような種類の知識資産を中核にこれを推進してきたのかを実態分析の中から明らかにした。さらに、経営が環境に適応して成長していくプロセスで、逆に阻害要因となった知識資産の特質や欠如はどのような種類のものであるかを分析し、先の経営成長の基軸となっている知識資産と相互に関係づけて類型化した。その中から、経営者はそれぞれの部門や領域の中核となる知識資産をおさえることによって経営全体の統制を行っていること、そして、経営の環境適応の失敗は、経営管理階層の上層にいる経営者自身の有する知識資産の欠如によるものであり、それによって引き起こされる経営管理の限界や処理能力の不足によるものであること、また、経営の成長プロセスにおける環境適応の方向は、決してどの企業にも全方向的なものではなく、経営者がそれまで蓄積し中核としてきた技術や経営管理のノウハウ、いいかえればそれまではむしろ経営の強みとなってきた知識資産の固有の特質によって、逆に大きく規制されるものであることを明らかにした。

 これまでの多くの既存研究では、経営の成長プロセスにおける外部環境への適応は、農業においても幅のあることを前提に議論が進められてきたが、この研究の成果は、養豚企業のような農地に制約されない分野であっても、個々の経営の知識資産蓄積の特質によって制約され限定されることを明らかにしている。さらに、なぜ同じ外部環境のもとでもそれぞれの経営の適応する方向は異なるのかという疑問にも解答を与える論理を提示している。この研究の対象は、創業者自身が経営者であり従業員数も少ないという小企業に限定したものであるが、養豚企業だけにとどまらず、これからの農業の企業的経営にも広く適用できる論理を提示したものであり、農業分野における経営の環境適応に関する研究に、新しい知見を提供したものということができる。

 本論文の各章の内容は以下の通りである。まず、第1章で経営成長と環境適応に関する農業経営学の既存研究をサーベイし、本論文の課題と方法を整理した後、第2章では、企業の事業展開のプロセスを経営史学的視点から分析し、経営が成長する過程で中核となってきた知識資産を、それぞれの事業部門や経営管理の領域別に抽出し、それ以外の知識資産も含めてその内容を体系的に整理した。そして、これらの中核的な知識資産の蓄積が、経営成長の大きな推進力になるものの、他方ではその蓄積のあり方や固有の特質が、むしろ新たな知識資産のとりこみに一定の制約を与え、それを阻害する場合のあることを明らかにした。

 第3章では、企業の経営成長のプロセスにおいて、経営者の有する知識資産が中核的な役割を果たしていること、また、経営管理には上層の全般管理と下層の部門管理という管理の階層性があるが、この管理階層の上層の知識資産が、経営成長のプロセスにおいて最も重要であり、経営者はこれによって経営組織の全体を統制していることを事例分析を通じて明らかにした。

 第4章では、経営の存続に関わる致命的なトラブルに注目し、そのような経営の外部環境不適応がどのような場面で起こるのかを分析し、環境適応のための必要な知識資産の欠如とそれが蓄積されなかった理由を明らかにして整理した。そして、必要な知識資産の追加を拒む経営管理の特性を類型化し、外部環境への不適応は、経営管理上層の経営者によって保持される知識資産の固有の特質や領域の欠如によるものであり、それを中核にして進められる経営者の経営管理の限界によるものであることを明らかにした。最後の第5章では、論文の要約と結論、今後の課題が整理されている。

 以上、本論文は、技術や経営管理のノウハウなどの知識資産に着目した養豚企業の経営管理と経営成長、その中での環境適応の方向などに関する実証分析を通じて、農業分野における経営の外部環境適応に関する研究に新知見を与えたものとして、学術上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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